22 何者だ? 悪魔が何か教えろよ
「アナザー・マインドか……それって、どうなっちまうんだよ?」
「特に問題はないそうよ。霊力が増幅するということは更なる力を得るチャンスなのよ。今まで以上に霊的なものに悩まされる機会は増えるでしょうけれどね」
より強力な力というのは魅力的だが、俺の得た力とは決定的に違う気がする。
あの時に感じた抑えようのない破壊衝動と、その力に飲み込まれていくちっぽけな自分の心がまざまざと脳裏に蘇る。
正直、恐い。こうして体を取り戻せたが、もう一度同じ目にあったら、今度は取り戻せる自信も保証もない。
「今は、あの時のような力は感じないわね。安心したわ。いい? A-MINを最初に覚醒させるのは、この私よ」
「声がすると思ったら、どういうこと?」
そこへやってきたのはセレナさんだ。
「ミナ。帰宅指示を出したはずよ。何時だと思っているの!?」
「今、帰ろうとしていたところです」
機嫌を損ねた顔で席を立つ朝霧。立ち去るその腕を、セレナさんがつかむ。
「何をそんなに焦っているの? 悩みがあるのなら、いつでも相談に乗るわ」
「あなたには関係のないことよ! 私の問題なの。自分でなんとかするわ」
制止を振り切り、その足音が遠ざかる。
「ほら。カズ君も、もう休みなさい」
「今、何時なんスか?」
「夜の十時。家には複製が帰っているわ。お兄さんのことも含めて、カズ君はなにも心配しなくていいから」
俺のDNA情報から作られた身代わり人形が早速活躍しているのか。人形とはいえ、記憶や性格、知識までも共有しているというのだから、便利だが薄気味悪い。
「で、アニキがどうかしたんスか? 戦いの途中から、何も覚えてないんスよ」
なぜか目を見開き、驚いている。
「今日はゆっくり休みなさい。明日の学校も複製に任せて構わないから……」
「その前に一つ教えてください。俺たちが戦った怪物、みんなは悪魔って呼んでましたけど、なんなんスか?」
「こんな事になるなんて想像もしていなかったから、後で話すつもりだったの」
上半身を起こして万全の体制を整えると、セレナさんは隣のイスへ腰掛けた。
「霊界は、天界と地獄界に分かれているの。でもそれらとは別に、暗黒界という第三の世界があるの。地獄界に留まることさえ許されない、生前に罪深い行いをした者の霊魂が向かう場所」
「罪深い行い?」
「主に殺人ね。天界へ導かれた霊魂は生まれ変わるけれど、罪人の霊魂はそうはいかないの。その身に低級霊を融合させられ、かつてないほどの痛みと恐怖を味わいながら、悪魔へ堕落させられるのよ」
「低級霊を融合って、なんのために?」
「動物霊を中心に、その人の生前の性格に近い霊をあてがわれる場合が多いわ。そして悪魔へ堕落した罪人は、霊能戦士によって退治されるのよ。堕落する苦しみの後、激痛と共に裁きの浄化を受けて、転生への道を歩むためにね」
「性格や記憶はどうなるんスか?」
「記憶は抹消されるけれど、人格は悪魔になってからも継承されるようね」
基本が人間なら知能は互角だろう。霊界も厄介な敵を作ってくれたものだ。
「その暗黒界ってのは敵を製造する工場みたいなものなんスよね? そんな世界を残しておくことに意味があるんスか?」
「そこにも生命がいるのよ。幻獣という不思議な生き物たちがね。彼等は、暗黒界に集まる負のエネルギーを浄化してくれるのよ。幻獣がいなければ、暗黒界は混沌に満ちた世界になってしまうわ」
幻獣という単語に、ど忘れをした時のもどかしさが込み上げる。思い出そうにも、うまく記憶を辿れない。
「悪魔も階級があるの。下位悪魔、中位悪魔、上位悪魔。下位悪魔でも相当危険なの。みんなが無事なのが不思議なくらいよ」
セレナさんがマジマジと見つめてくる。
「更に、魔空間という、異次元に造った部屋へ相手を引きずり込む能力があるの。悪魔も地上界の空気が合わないのね。全ての力を引き出すために、暗黒界と同じ大気成分の空間を造り出すようね。脱出には……」
そんなところに引きずり込まれれば、まさに一巻の終わりだ。
「ちなみに、地上界に存在する悪魔たちは三十年前の霊魔大戦の残党。当時の報告によれば、数十体の悪魔を取り逃がしたとか……」
いつの間にか話が変わっている。それを聞いた途端、一つの疑念が過ぎった。
「残党? つまり霊界のとばっちりを受けてるんスよね? 具現者も、この町の人も、被害者ってことでしょ?」
押し黙るセレナさん。その沈黙が、指摘の正しさを証明していた。
「とばっちりに命を懸けてる俺たちってなんなんスか!? 悪魔の王、ジュラマ・ガザード。そいつを封印した宝玉を持ち帰れず地上へ残した。問題は押しつけて、霊界は万事オーケーってわけか?」
「違うわ! 押しつけてなんかいない。だとしたら、ここに私たちがいるはずがないわ! 一緒に戦っているのよ!」
瞳に涙を浮かべるセレナさんを見て、胸の奥に痛みが走った。正しいことを主張していたはずなのに罪悪感が渦巻く。
「カズ君は間違っていないわ。霊界の争いに地上界を巻き込み、それは三十年経った今も続いているんだもの……実は、ジュラマ・ガザードには秘密があるの」
「秘密って?」
「敵の正体は、ラナーク賢者の前任。つまり先代の造の賢者なの。それが、私たちが地上界に残って戦う理由」
細い指先で涙を拭うセレナさん。突然の激白に、思考は真っ白になっていた。
「ジュラマ・ガザードの正体が、ボスの上司ってことなんスか? でも、どうして俺にそんな話を?」
「私たちもそれだけの覚悟でこの戦いに望んでいるということを知って欲しかったの。霊界はどんな協力も惜しまないわ。全ての悪魔を駆逐して、宝玉を霊界へ持ち帰るその日まで! だから力を貸して」
訴えるように懇願してくるセレナさん。この人を信じる価値はきっとある。
「生意気言ってすみません。俺も、心のどこかでビビってるんでしょうね。誰かに八つ当たりしたかっただけなのかもしれない。なんで、あんな怪物と戦わなくちゃいけねぇんだって……」
自分でもどうしてそんな弱音を口走ったのか不思議だが、セレナさんには母親と会話をしているような安心感がある。
「突然に色々なことが起こったものね。私がもっとフォローするべきなのに」
「具現者に志願したのは俺っス。リーダーだし、もっとしっかりしねぇと」
「困ったことがあったら相談してね。これでも母親代わりのつもりなんだから」
その言葉を聞いてようやく合点がいった。全てを包み込むような物腰は、彼女のそういう心構えから生まれているのか。
霊界で、いくつもの生死を見ているであろう彼女を見て、胸の中につかえていた自分自身への疑問が浮かんできた。
俺の存在価値。今なら、セレナさんになら打ち明けられる。
「俺の悩みに答えて貰っていいっスか?」
「どんな悩みなの?」
深く深呼吸をして、言葉を整理した。
「霊界にいたセレナさんなら分かるんじゃないかって思うんスよ……人は、何のために生まれてくるんスか?」
「突拍子もない質問ね。人が生まれてくるのに、理由があるのかしら? そこまで考えたことなんてなかったけれど……」
その言葉に気分が著しく落ち込んだ。俺がこれほどまでに求めている答えは、どこの誰が知っているんだろうか。
「この世に生まれてきたからには、与えられた使命があると思ってて。いや。そんな大げさなもんじゃねぇか。生きるための目的、とでも言うのかな……」
考えがうまくまとまらない。髪を掻きむしり、いらつく気分を誤魔化した。
「なんて言ったらいいかな……別に有名になりたいわけじゃないんだけど、自分が存在している意義が欲しいんスよ!」
不意に視線を落とすと、右手に填った霊撃輪が視界に飛び込んできた。それを見ているだけで胸の奥が熱くたぎる。
「そう、具現者。毎日が満たされてるって感じる。ここでは、俺の力が必要とされていて、支えてくれる人たちがいる。これって凄く大切なことっスよね」
「そうね。誰かに必要とされるのは、とても大切なことだと思うわ。でも、この場所を必要としてはダメよ」
「どうしてっスか!?」
俺の気持ちを否定する言葉に、心へ見えない刃を突き立てられた思いがした。




