20 覚 醒
★★★
最初に異変に気付いたのはセイギだった。蝙蝠顔の悪魔と戦いながらも、何かをつぶやく彼に注意を奪われた。
直後、彼の体から溢れ出した霊力が青白い光となってその体を覆い、手にした何かへ急速に吸い込まれたのだった。
そして彼が倒れると同時に、手にしていたそれは甲高い音を上げて砕け散る。
★★★
その頃、具現者のアジトでは、制御モニターを監視していたオペレーターから悲鳴のような声が上がっていた。
「セレナ導師! これを見てください!」
「どうしたの?」
そこには、カズヤたち四人の生命力と霊力を示すグラフが映し出されていた。
「カズヤのMINDが異常な変化を見せています。激しい増減を繰り返していましたが、今度は急激に上昇中。現在、測定不能!!」
「どういうこと!?」
セレナはおもむろに顔を上げ、別のオペレーターへ視線を巡らせる。
「霊眼の映像は!?」
「映像が乱れて確認できません。現在、確認できるのは、マンション入口で交戦中のミナとサヤカだけです」
セレナは親指の爪を噛んで動かない。
「まさか、既に“A-MIN”に覚醒したの? そんなはずがないわ。まだ、ほんの三日なのよ……私が彼に感じた力の正体がこれなの?」
得体の知れない出来事に困惑しながら、呆然とモニターを見つめ続けている。
★★★
「この霊力はリーダー?」
巨大十字架を構えたサヤカは、背後のマンションを振り返った。
「サヤカ、集中して! 気を抜いてどうにかなる相手じゃないわよ!」
ミナは敵から視線を外すことなく、手にした装飾銃を構え直した。
「ごめん。それは分かってるんだけど」
突然現れた不可解で巨大な霊力。凄まじいエネルギーを秘めつつも、底の見えない漆黒で物悲しい色を感じ取っていた。
「この力。A-MINじゃないよね……」
前方では夕闇に紛れるように、敵のシルエットが不気味に立っている。黒い布を頭からスッポリと被り、さながら黒のてるてる坊主といった姿だ。
攻撃を仕掛ける内に、サヤカは相手のおおよその戦闘能力を把握していた。やはり自分たちが敵う相手ではない。
しかし、それは分かり切っていたことだ。彼女の目的は相手を倒すことではなく、あくまでも足止めをすること。そしてそれは今のところ成功している。
敵の武器は近距離専用だ。距離を保てば恐れることはない。幸い、サヤカの巨大十字架に加え、ミナの銃もある。
サヤカは不意に笑みを漏らす。
「接近戦も負けないよ。中学ソフトボール部で四番だった打撃、見せてあげる」
★★★
彼は身を起こし、長い息を吐いた。
自らの体を確かめるようにじっくりと眺め、両手の開閉運動を繰り返す。
「よし……」
何かを確信したように顔を上げ、セイギと悪魔の戦いを凝視した。悪魔を目にしたその瞳へ、憎悪の色が揺らめいた。
「ぶっ殺す!」
手にしたゴースト・イレイザーを“右手”に持ち替え、悪魔を目掛けて走る。
視界の端にそれを捉えたセイギは、本能的に危険を感じ素早く後退。すると悪魔は標的を切り替え、彼へ短剣を向けた。
刃がぶつかり合い、中庭にはとうてい場違いな鋭い衝突音がこだました。
彼は悪魔を見上げる形で対峙した。敵の身長は二メートルを越えている。彼の一撃を受け止め、悪魔は嘲笑を浮かべる。
しかし彼にしてみても、その一撃を受け止められたことは想定内だったようだ。慣れた調子で敵の刃を打ち払い、左手へ急速に霊力を収束させる。
「イレイズ・キャノン!!」
霊力球の攻撃だが、これまでとは質が決定的に違う。サイズは同等でも、内部には数倍の霊力が込められていたのだ。
油断していた悪魔は、その攻撃をまともに腹部へ喰らった。
「ぐおおぉぉぉぉぉ!!」
破裂音と共に青白い閃光が散り、悪魔を焼き尽くすようにその身を包んだ。
敵は背中を丸めて大きく吹き飛び、側で身を潜めていたグレイへ激突。両者は閃光に包まれ、無様に地面を転がった。
「ヒャッハッ!!」
彼は歓喜の声を上げ、追撃を加えようと剣を構えて敵を追う。
「おら、おら! どうしたぁ!? てめーの力はこの程度かぁ?」
悪魔は咄嗟に身を起こし、慌てた素振りで彼の連撃をどうにか受け止める。
狂ったような笑みを浮かべる彼は、まるで剣の稽古をつけるように打ち込み続け、敵を防戦一方に追い込んでいた。
「信じられん……」
目の前で起こっている光景を、セイギは呆然と見つめることしか出来ずにいた。
悪魔と呼ばれるあの怪物を相手に、ここまで圧倒的な戦いをする者など見たことがなかったのだから。
「まるで別人だな……」
他人のことには無関心なセイギだったが、彼の余りの豹変ぶりに、戸惑いを通り過ぎ恐怖すら感じていた。
「ヒャッハッ!!」
彼の奇声が夕闇を切り裂くように響く。そしてその右腕は、目の前の存在を消し去ることだけのために、荒々しくも鋭い斬撃を繰り出し続ける。
悪魔はその連撃を辛うじて受け流しながら、焦りと危機を隠せずにいた。このままでは、確実に葬られると。
直後、彼は攻撃の手を止めて距離を取り、余裕の表情で口を開いた。
「おい。とどめを刺す前に、名前ぐらい覚えておいてやってもいいぜ」
「蝙蝠のバッツァだ」
「見たところ、下位悪魔ってところか? はっ! 可哀想になぁ。俺に出会ったのが運の尽きだな」
笑みを浮かべて右手の剣を構える。
「すぐに終わらせてやるよ」
「シシシッ! どうかな?」
バッツァと名乗った怪物は意地悪く笑い、背中の羽を大きく広げた。
「充分な時間は貰った。ソニック・ウィンド!!」
羽ばたきと共に突風が巻き起こった。周囲の草花を吹き散らし、手近な木々すらことごとくなぎ倒してゆく。先程、二人が不意打ちを受けた一撃だ。
「くっ!」
咄嗟に体制を低くしたセイギだったが、抗う術もなく軽々と吹き飛ばされた。
対して彼は、突風の発動と共に左手を怪物へ突き出していた。
「シールド!」
傘のように展開した青白い霊力壁が、突風を一瞬のうちに遮った。彼の背後には、無傷の草花が何事も無かったように群生している。
「バカな……」
必殺の一撃をいとも容易く受け流され、悪魔は困惑の様子を見せる。
「終わりだな」
霊力壁を解除して勝ち誇ったように言い放った直後、彼の体が大きく傾いた。剣を地面へ突き刺し、慌てて体制を保つ。
「ふざけんなよ……こんな時に……」
その隙を見逃す悪魔ではなかった。
倒れて動かないグレイの体を小脇に抱え、素早く上空へ舞い上がった。
額に汗を滲ませて呼吸を乱した彼が、その姿を忌々しげに見上げる。
「くそっ! 待ちやがれ……」
悔しさに歯噛みする彼を尻目に、敵は逃げるように素早く飛び去った。
「どういうつもりだ!? さっさと仕留めればいいものを」
責めるような怒声を響かせ、セイギが彼へ詰め寄っていた。
「へっ! なにもしてねー奴に、とやかく言われる筋合いはねーな」
「なんだと?」
一瞬にして険悪な空気が漂う。今この場に二人をいさめるものはいない。
「丁度いい。今日こそ、どちらが上かハッキリさせてやろうじゃないか」
セイギは意気揚々と言い放つ。彼にしてみれば実力を示す絶好の機会であり、彼と戦いたいという強い好奇心があった。
「後で泣き出したって知らねーぞ」
「貴様こそ息が上がっているようだが。額に浮かんでいるのは冷や汗か?」
彼は呼吸を整え、剣を正眼に構える。対してセイギも油断無く構えを取った。
近寄りがたい闘気を剥き出し、睨み合う二人。一触即発の空気が辺りへ満ちる。




