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02 異能だと? ゲームやラノベじゃあるまいし


「イレイズ・キャノン!!」


 目を覚ましたのは、天井へ向かって拳を突き出した瞬間だった。


 右手中指に填めた指輪から、バスケット・ボール程もある青白い光の球が吹っ飛んだ。それは深夜の自室を迷うことなく上昇し、暗闇を切り裂きながら天井をすり抜けてゆく。


 障害物をすり抜けるというのは本当らしい。実体には作用しないと言っていたっけ。


「ははっ!」


 さっきまでの夢が妙におかしい。笑いを堪えきれないまま、ベッドの上へ体を起こした。


 Tシャツ越しに、首から提げた御守りが揺れている。死んだ祖父がくれた、魔除けの力があるというそれを握って動悸を静める。これはいつものリラックス方だ。


具現者リアリゼーターか……」


 右手を持ち上げ、中指の指輪を覗き込む。表面には、埋め込まれた三つの青い宝石。それぞれへ俺の創造した技が封じられている。


「こんな異能いのうを手にしたせいで、悪夢を見たってのか? これじゃまるでRPGゲームかラノベの世界だろ……高二にもなって中二病か!?」


 自身へ突っ込み苦笑する。そうして窓辺の机上へ目を向ければ、そこには桐の箱。不気味な刀が収められていた箱だ。


「アニキ。絶対に捜し出してやるからな」


 黒縁眼鏡をかけた神経質そうな顔が浮かぶ。頭は良いし顔も悪くないクセに、骨董収拾なんていう年寄り染みた趣味を持っているから、こんなトラブルに巻き込まれるんだ。


 どこかで買ってきた、斬王丸ざんのうまるという一本の刀。蛇の銀細工という気味の悪い装飾が特徴的だったが、あれを手にした瞬間の、何かが腕をはい上がってくるような感触がまざまざと蘇る。氷水へゆっくりと腕を沈めたように感覚を奪われ、痙攣のような震えに襲われて。


「やっぱり、あの刀は呪われてる……」


 昔から霊感の強い俺は、あの刀へこれまでにないほどの邪悪な何かを感じていた。散々忠告したにも関わらず、骨董マニアの馬鹿アニキは聞く耳を持たなかった。

 自業自得と言ってやりたいが、その当人がいない。このまま放っておけばアニキは呪いに縛られ、殺人をも犯しかねないだろう。


「それにしても……」


 再び指輪へ視線を戻しながら、夕方に起こった信じられない出来事を思い返していた。


 刀を持った時に感じた、漂う禍々しい殺意。そして、それに良く似た波動を持つ一人の女性との遭遇。それが全ての始まりだった。


 グレーのスーツに身を包んだ二十代のOL。ふわりとしたボブカットに、垂れ目で低い鼻。控えめのメイクで飾られたその姿は、派手さはないが感じの良い女性。でも、その瞳と心には悪意が宿っていた。


 駅の裏通りにあった月極駐車場。そこで彼女は、一人の女子高生を襲っていて。


「俺、どうしてあんな無茶をしたんだ……」


 自分でも分からない。ただ、あの女性が刀と似た波動を持っていたことで、アニキと繋がるような気がしたのは確かなんだ。


 妙な正義感もあったのかもしれない。咄嗟に助けへ入ったものの、俺に出来ることなんて高が知れているわけで。

 その悪意に満ちた目で睨まれた途端、恐怖で立ち尽くしてしまった。動けなかった。


「“あいつら”が来てくれなかったら、今頃、どうなってたか分からねぇよな……」


 咄嗟に、二人の同級生の顔が過ぎった。


 朝霧あさぎり美奈みな久城くじょう沙也加さやか。見かけるときは常に一緒という仲良しコンビだが、まさかあいつらまで異能を使えるなんて。


 とにかく、今はもっと情報が欲しい。あと数時間もすれば登校時間だ。もう一度“あの店”へ行って、より詳しい話を聞くしかない。


 呪いの刀。失踪したアニキ。悪意を宿したOL。そして、具現者ぐげんしゃという異能の習得。

 一度に様々なことが起こりすぎた。一つ一つを整理しながら、必ずアニキを捜し出す。


☆☆☆


 電車のドアが開き、六時過ぎという早朝のホームへ降り立った。時間が早い上に、ここは寂れた田舎町。辺りに人の姿はない。


 手提げ袋の中には、刀が収められていた桐の箱が入っている。これを預けて、詳しく調べて貰うことになっている。


 駅を出て、夢来屋むらいやという名の店を目指して歩く。学校と同じ方向にあるのは幸いだが、昨日の話では異能いのうを操る資格者を光栄高校こうえいこうこうの生徒から探していると言っていた。狙ってあの場所へ建てたということだろう。


 通学路を避け、足は自然と裏通りへ向いていた。歩みを進めながら、昨晩に出会ったスーツ姿のOLが頭を過ぎる。あの場所に、まだ何かの手掛かりを期待してしまったんだ。


 駅から歩いて五分ほど。線路沿いに設けられた敷地へ砂利を敷き詰め、ロープを埋め込んで仕切っただけの簡素な月極駐車場だ。

 三十台は駐車できるスペースがあるが、こんな場所で事件が起こっていたことが信じられない。全ては、俺が見ていた夢だったんじゃないだろうとさえ思えて。もしくは、敷地内の四隅へ設けられている古びた外灯が見せた、錯覚だったんじゃないだろうか。


 でも、この右手には異能を操るための指輪が確かにある。どう考えても現実だ。


「あの女。また現れるのか?」


 襲われていたのは、光栄高校の一年生だった。なぜ彼女を襲ったのかは分からない。狙っていたのか、無差別なのか。

 そして一番気になっているのは、どうしてあの女から、アニキが持っていた刀と同じ波動を感じたのかということ。


「あっ! やっぱりそうだ!」


 思案を巡らせていると、背後で聞き覚えのある声がした。咄嗟に振り向けば、そこには朝霧あさぎり久城くじょうの二人が立っていて。


 声を上げた久城が、不思議そうな顔で首を傾げた。その動きに合わせて、淡い茶色に染まったポニーテールがふわりと揺れる。


神崎かんざき君、だったっけ? 何してんの?」


「いや。昨日の女に関する手かがりが、何か残ってるんじゃないかと思ってさ……」


 昨日言葉を交わしたことで、自分の中で多少の免疫が出来たらしい。人見知りをする俺が、二人を相手に会話とは余りにも高難度だ。


「その指輪……まさか、本当に具現者リアリゼーターとしての力を授かるとは思わなかったわ」


 朝霧の切れ長の目になぜか睨まれる。形の良い鼻ときつく結ばれた薄い唇までもが、小顔へ見事なバランスで詰め込まれている。

 色白の肌と、背中が隠れるほどに伸びた黒髪が、人形のような美しさに拍車を掛ける。だが、真骨頂はスラリとしたスタイルだ。身長は俺とほとんど変わらない上に、足が長い。顔が小さいので余計にそう見えるのだろうが、完璧なモデル体型。にも関わらず、胸もそれなりにあるという贅沢スペックの持ち主。


 これだけ非の打ち所がない容姿を持ちながら、なぜか男子に対して攻撃的だから敵わない。こいつに興味を持つ奴は多いが、鉄壁のガードを誇ることから、難攻不落の要塞というアダ名が付けられている。


 昨年の文化祭で行われた一大イベント、ミス光栄の選出。桐島きりしま先輩が連覇を果たしたわけだが、その座を脅かす存在として準ミスを獲得したのがこの女、朝霧美奈だ。


「二人が紹介してくれたお陰だ……これで俺も、晴れて仲間入りってことで」


 二人の顔をまともに見られない。右へ左へ漂う視線は、まるで不審者のように見えているかもしれない。


「やったぁ! これからよろしくね!」


 久城は満面の笑みを浮かべている。


 中学生と見間違えてしまいそうな小柄な体型と、丸みを帯びた童顔。パッチリとした大きな目と相まって、朝霧の美しさとは反して、可愛らしさを持った快活な女子だ。

 校内で二人一緒というのは周知の事実だが、まさか登校時まで一緒だなんて。


「昨日の手掛かりって言ったわね。ここにそんな物はないと思うわよ。アジトへ寄って、セレナさんとでも話した方が有意義な情報が得られると思うけれどね」


 セレナさん。異能の使い方を教えてくれた女性だが、やはり今はあの人に頼る他ない。


 それにしても、朝霧の、人を蔑んだような視線が痛い。どうしてこれほどの敵意を向けられなければならないのだろう。


「じゃあ、どうして二人はここに?」


「それは、サヤカに聞いて」


 朝霧が話を振ると、久城は苦笑いをして。


「駅を出た直後に、神崎君の霊力を感じたから。こっちへ向かってるのに気付いて、気になって追いかけて来ちゃった」


「ということらしいわ。あなたもこのまま、アジトへ行くつもりでしょう? 丁度良いから模擬戦を見せて頂戴。どれほどの力があるのか、じっくり確認させてもらうわ」


 そんな朝霧へ、久城は泣き出しそうな顔を向けている。


「ミナちゃん! またそういう高圧的な言い方して……せっかくの美人が台無しだよって、いっつも言ってるじゃん」


「別に構わないでしょう!? 美人でも美人でなくても、今は関係ないでしょう!」


 なんだか良く分からないが揉めているらしい。まぁ、難攻不落の要塞と言われている程だ。朝霧が高圧的だということも知っている。今更驚くことでも腹を立てることでもない。


「俺の戦いを見たいなら別に構わねぇよ」


 昨晩はここで、棒立ちの情けない姿をさらしてしまった俺だ。模擬戦で良いところを見せて、きっちりと汚名返上してみせる。

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