18 ホントかよ? 事件の真相分かったの!?
「どうして、そんな顔してんの!?」
「いや……まぁ、な」
助けに向かう相手がオタクというのがどうにもいただけない。気乗りがしないまま、朝霧の様子を伺うと。
「ここで借りを返せば、黙らせることが出来るわね。いいわ。この話に乗るわよ」
うつむいていたのが気がかりだったが、いつもの調子に戻ったらしい。
意味深な笑みを作る朝霧。女って怖い。
この二人がイエスということは、選択肢が消滅したというわけだが構わない。グレイに一泡吹かせてやりたい思いが募っている。それに、生命維持装置に繋がれた女性たちのことも気にかかる。ヒーローぶるつもりはないが、彼女たちを救い出すことが出来たなら、具現者になった意義が見いだせるに違いない。
「じゃあ、全員の意見は一致ってことで、オタク捜索隊の出動と行くか」
「レッツ・ゴー!!」
満面の笑みを浮かべた久城が、大きく右拳を突き上げた。
『みんなありがとう。通信は打ち切るけれど、何かあったら追って知らせるわ』
音声が切れ、途端に車内は静かになった。その静寂を嫌うかのように、車のエンジン音だけが止むことなく続いている。
「あなたの方は、何か収穫はあったの?」
朝霧が試すように見ている。二人がどこまで知っているか疑問だが、今日の情報はさすがに初耳だろう。
「収穫か。鬼斬丸が呪いの刀と呼ばれるようになったキッカケ、なんてどうだ?」
「才蔵が、異世を斬った一件ね」
「あれ? 知ってたのか?」
あっと言わせてやれると思っていたが、高揚感が途端に萎える。
「私たちが行っていたのは図書館よ。それぐらいのことはすぐに調べがつくわ」
相変わらずの勝ち誇ったような強気の態度に、なんだか無性に腹が立つ。
「じゃあ、おまえらは他に、何か分かったっていうのかよ?」
知らず知らずケンカ越しのような口調になってしまう。
「リーダーも落ち着いて。ミナちゃんも、そんな言い方しなくていいじゃん」
間に挟まれている久城が不憫に見え、自分の短気さを改めて反省した。よくよく考えればこのチームのリーダーは俺だ。司令塔が乱れては全体に影響してしまう。
気を落ち着け、話を聞けるだけの冷静さを取り戻した。
「そこまでが限界だったわね。セレナさんに呼ばれてしまったから」
「なんだよ。じゃあ、手に入れたのは同じ情報だけか。進展なしだな……」
溜め息が漏れ、やり切れない思いを振り払うように窓へ視線を移した。
過ぎてゆく時間を克明に示すように、車外の景色が素早く移り変わってゆく。こうしている間にも被害は拡大しているかもしれない。気持ちが焦る。
しかし、その焦りとは裏腹に、ある一つの疑問が沸き上がっていた。
「リーダーのお兄さんは、才蔵さんに憑依されたんだと思うんだ。次に調べなくちゃいけないのは、なんで今、才蔵さんの霊が出てきたのかってことじゃない?」
久城の一言は、まさに俺の心を見透かしたような的確な発言だった。
「そう。それなんだよ! 俺もちょうど、同じ事を考えてたんだ!」
「才蔵さんが強い未練を残していたとは考えにくいでしょ? むしろ、未練があったのは異世さんの方だと思うんだ。あたしの推理が正しければ、きっと……」
異世という単語で、先程得たもう一つの情報を思い出した。
「そういえば、鬼斬丸が盗み出される一週間前、才蔵の墓が荒らされて、異世の遺品だった鏡が盗まれたらしい」
「どうしてそれを早く言わないのよ! 情報の共有は大事なことなのよ!」
「こんだけバタついて忘れてたんだよ」
呆れを含んだ朝霧の視線になぜか罪悪感を感じ、思わず視線を逸らしたその時。
「鏡? 鏡が盗まれた?」
「どうしたの、サヤカ?」
朝霧は、うつむいて黙り込んだ友人を気遣いその顔を覗いた。しかし、その顔を見るなり晴れやかな表情へ急変する。
「その顔はひょっとして?」
「うん。分かっちゃったよ」
「分かったって、なにが?」
仲間はずれにされているようで悔しい。
「この事件の真相。ダテに推理小説を読み込んでるワケじゃないんだからね!」
「事件の真相?」
「サヤカの推理力は並じゃないわよ。今までも何度助けられてきたことか。ねぇ。早く説明してちょうだい」
丁度その時、車は減速を始め、一件の賃貸マンションの前で停車した。
「到着しましたよ」
振り返った男性スタッフの知らせが。
「ちょうどいいところで……」
水を差され苛立ちが込み上げるが、ゆっくり聞いている時間はなさそうだ。
「とりあえず、今はオタクを探すのが先決だ。話はその後だな」
緊張で張り裂けそうな胸から深く息を吐き出し、車外へ出た。
「ここか……」
目の前には五階建ての賃貸マンションがそびえ立っている。薄茶色をしたレンガタイルの外壁が特徴的だ。
建物を眺めている間にバンは素早く走り去り、辺りは急に静けさを取り戻した。
既にオタクが済ませているだろうが、念のためにポーチから結界板を取り出し、周囲へ発動させる。
「よし、行くぞ!」
覚悟を決めて言葉を絞り出したその時だ。突如、背筋を悪寒が走った。
イヤな予感がする。
それを肯定するように、不意に通信機からセレナさんの声が漏れた。
『気を付けて。至近に霊力反応。識別の結果、昨日現れた新手と反応が合致』
「了解」
素早く辺りへ視線を巡らせる。まだ視界に捉えられる位置にはいないようだが、緊張で体が強張る。
すると隣へ、身の丈を超える巨大十字架を手にした久城が並んだ。
「ここはあたしとミナちゃんに任せて、リーダーは中をお願い」
「なに言ってんだよ!? あのオタクでも倒せなかった相手なんだぞ!」
こんな時にとんでもないことを言い出す奴だ。一瞬、耳を疑ってしまったが、こいつの顔は真剣そのものだ。
「よく聞いて! リーダーじゃ、あいつに絶対勝てない理由があるんだよ」
「どういう意味だよ!?」
「いいから早く! セイギ君に何かあってからじゃ遅いんだからっ!!」
強引に押され、渋々歩み出した。不安に駆られて振り返ると、銃を構えた朝霧と、ピースサインを向ける久城の姿。
「すぐに戻る。どうにか耐えてくれよ」
「こっちの心配をしているヒマがあったら、自分の心配をしたらどう?」
朝霧の力強い眼差しを信じることにした。ためらいを捨て、マンションのエントランスへ向かって走りながら、通信機を口元へ運ぶ。
「セレナさん。グレイの部屋番号は?」
俺の声だけがエントランスに大きく響いた。通信機からの返答がない。
「故障か?」
手首を素早く振り、再び画面を覗くが特におかしな様子はない。だが、オタクの反応も途切れたのだ。この建物自体に何か障害があるのかもしれない。
「くそっ! 宅配ボックスを調べるか」
どこかに全住戸の郵便口があるはず。そこで名前と部屋を探すしかない。
「これは……霊力か!?」
上からじゃなく、この奥から醜悪な力を感じる。この感じはグレイだ。
途端に、一人になった心細さが沸いてくる。俺自身、朝霧と久城を頼っていたのだと今になって実感した。体を包む空調の冷気に気持ちまでもが低下する。
「ゴースト・イレイザー!」
不安を拭うように声高に剣を呼び出した。大きく息を吐き、奥へと走る。
「中庭か……」
立ち止まった先には、ガラス張りの空間が広がっていた。ベンチが置かれている他は、視界の端に中庭への出入り口が設けられているだけだ。
目の前には木々や花々といった緑が溢れ、まぶしいばかりの夕日が目を覆った。
だが、そんな心癒されるはずの空間に似つかわしくない、二つの人影があった。真っ赤なヒーロースーツへ変身を遂げたオタクと、狂気を身に纏ったグレイだ。
物音を忍ばせ、そっと中庭へ躍り出た。さながら、尾行を行う探偵のように。