17 隠せない。こいつは全てお見通し
「それからだ。才蔵の死後、その刀を手にした者はことごとく気がふれ、呪いの刀と呼ばれるようになった」
「そんな危険な刀が世に出てしまったってわけだよね。大変だぁ……」
目を見開いて身震いする啓吾。
「確か、その後の持ち主たちも原因不明の死に方をしたって話だったよな?」
「そうらしい。五人の手に渡ったはずだが、突然の自殺や事故死が続いたんだ」
アニキに何も起こらないよう願うばかりだ。一刻も早く居所を突き止めたい。
「才蔵に縁の深い場所って知らないか?」
アニキが才蔵に憑依されているのなら、きっとその場所にいるはずだ。
「そういう話は聞いたことがないな」
「そっか……」
思わず落胆の息がこぼれた。この焦りと苛立ちのやり場が見付からない。たまらず頭を掻きむしった。
「カズ。ちょっといいか?」
「ん?」
顔を上げた先には、険しい表情でこちらを見つめる悠の姿が。腕を引かれ、二人から離れた場所へ連れて行かれる。
「なんとなく話は読めた。カズのアニキと今の刀が関係してるっしょ?」
相変わらず鋭い。隠してもムダだろう。 こいつの洞察力にはいつも驚かされ、そのきめ細かな心配りから、世話焼きダンナというアダ名が付けられたほどだ。
「大正解。まぁ、そういうこと」
「最近のカズ、変だぞ。困ったことがあるなら相談してくれよ」
その言葉が胸に刺さり、心を激しく揺さぶる。だが、甘えるわけにもいかない。
「友達だからこそ話せないこともあるだろ。おまえらを巻き込みたくねぇんだ。このことは啓吾には秘密だからな」
「カズ!」
「心配すんな。全て済んだら話すから」
黙って見つめてくる悠から逃げるように視線を逸らした。これ以上関わると余計なことまで口にしてしまいそうで。
すると、今度は啓吾と目が合った。
「聞いてよ! 二人のお墓があるって!」
「だとさ。行ってみようぜ」
渋々頷く悠と共に、二人の元へ走った。
☆☆☆
才蔵と異世の墓は、一般の墓地から離れた所にあった。鬱蒼とした木々に囲まれ青臭い香りがする。暑さは軽減されるだろうが、夏真っ盛りともなればセミの大合唱が始まり、穏やかに眠っていられる状況ではなさそうだ。
肝心の墓といえば、真新しく豪華な才蔵のそれとは対照的に、びっしりと苔に覆われ長い年月の風化で丸みを帯びた異世の墓が寄り添うように並んでいる。
「なんだよ、これ……」
誰の目にも明らかな違和感。
「才蔵の墓石だけ新調したんだ」
「どういうこと?」
神宮の言葉に興味津々な啓吾。
「窃盗団に襲われる一週間くらい前だ。なぜか才蔵の墓石が倒されていたんだ」
「才蔵さんに恨みを持つ誰かの仕業?」
「啓吾。いつの話だと思ってんだよ」
その推理を鼻で笑い飛ばした。
「そうとも言い切れない。異世が命の次に大事にしていたという手鏡を骨壺と一緒に納めていたが、それが無くなった」
「手鏡なんか盗んでどうすんだ?」
「カズ。案外バカにできないかもよ。なにか秘密があるかもしれないっしょ」
俺たちのやり取りを背後で見ていた悠が、神妙な面持ちでつぶやいた。
「裏では高値で取引きされてるとか?」
自分の言葉に馬鹿馬鹿しいと思いながらもアニキの顔が過ぎる。才蔵に憑依され、何かの理由で来たのかもしれない。
直後、ポケットにしまっていた携帯電話が着信を受け、小刻みに振動した。
みんなから慌てて離れ、通話ボタンへ手を掛ける。相手はセレナさんだ。
「もしもし」
『通信機の電源を切っているの!?』
怒気を含み、落ち着きのないセレナさんの声。言いようのない胸騒ぎがする。
「すいません。調べ物の最中なんスよ。それより、何かあったんスか?」
『詳しい事は後よ。光源寺の前に車を向かわせたから、急いで乗って!』
「え? え?」
なんだか良く分からないが、切羽詰まった緊迫感だけは電話越しにもハッキリ伝わってくる。
『早く! 手遅れになってしまうわ』
「手遅れって……なんか良く分かんないっスけど急ぎます」
電話を切り情報を整理する。まずはここを出て、車を探すのが最優先だ。
「カズ。どうした?」
すかさず探りを入れてきたのは悠だ。
「急用。まぁ、聞きたいことは大体聞けたから、みんなには悪いけど先に帰る」
駆け出した背後でわめき声がしているが、気にしている場合じゃない。
苦労して昇った石段を素早く駆け下りると、白いライト・バンが待っていた。
それを見つけたと同時にスライド式のドアが開き、久城が顔を覗かせる。
「リーダー! 早く! 早く!」
「おまえらも!?」
意外な招集にとまどい、訳の分からないまま車内へと引っ張り込まれた。そして車は、けたたましいアクセル音を上げて走り始める。
「で、何がどうなってんだよ?」
この混乱を収拾するため、救いを求めて隣へ腰掛ける久城と朝霧を見た。
「っていうか、この車はなんなんだ?」
すると、隣の久城が目を丸くした。
「リーダー、知らないの? これ、夢来屋の名義で管理してる移動車。みんなで共用だから、めったに使えないけどね。今日はたまたま空いてたみたい」
「そんな便利なもんがあったのか」
三列シートの最後部から運転席を覗くと、初老の男性スタッフが運転していた。
「あなたが知りたかったのは、そんなどうでもいい情報なわけ?」
奥の窓際へ腰掛けていた朝霧が、腕を組んで鋭い視線を向けてくる。その迫力に気圧されてしまう自分が情けない。
「気になったから聞いただけだ。で、俺たちはどこに向かってんだよ?」
「私たちだって状況は同じよ。詳しい話はセレナさんに聞くしかないわ」
朝霧は中腰の姿勢で天井へ手を伸ばす。その胸元が視界へ飛び込み、ブラウスの奥へピンク色のブラが透けていた。
C級、やっぱりいい。これで性格が良ければ完璧なんだけどなぁ。
天井には小型のスピーカーが取り付けられ、脇へ電源スイッチがある。朝霧の指がそれに触れようとした瞬間、車が突然急カーブし、その体が大きく傾いた。
「危ねぇ!」
慌てて席を立ち、彼女の体を抱き留めたが、遠心力で体を持って行かれる。間に挟まれた久城の悲鳴が聞こえたが、それを気にしている余裕なんてない。
腕の中に朝霧を抱えたまま、ドアへ思い切り背中を打ち付け車は止まった。
左腕にかかった艶やかな黒髪から、シャンプーのいい香りがする。右腕の下には力を入れたら折れてしまいそうな細いウエスト。そして、それとは対照的な二つの膨らみが胸へ押しつけられている。
「大丈夫か?」
「平気」
朝霧はうつむいたまま慌てて離れると、黙って座り込んでしまった。
「運転手。どうなってんだよ!?」
「すみません。突然、子猫が飛び出して」
「子猫ぉ?」
そう言いつつも、子猫、グッジョブ!
気を取り直してスイッチを入れると、人の話し声と機械の作動音が漏れだした。
「セレナさん、聞こえますか?」
『大丈夫よ。聞こえているわ』
いつものセレナさんの声。落ち着いたようだが、背後に聞こえるスタッフの様子だと状況は好転していないようだ。
「どういうことか説明してくださいよ」
『グレイの身元が判明したの。名前は羽佐間恭子。二十二歳の会社員で、隣駅のマンション在住。今日、その情報をセイギへ知らせたの」
「で、どうしたんスか?」
言いよどむセレナさんにやきもきする。
『マンションへ潜入したセイギの霊力反応が、突然に消えてしまったのよ……』
「どういうことっスか?」
『分からないわ。でも、機械の故障でないことは確かよ。あなたたち三人の情報はこちらで確認しているわ』
「つまり、奴を探せってことっスか?」
『みんなの任務をジャマして申し訳ないけれど、力を貸して欲しいの』
「謝る必要なんてないよ。仲間なんだから助けるのは当然よ。ね?」
久城が俺たちを交互に見てくる。しかし、浮かない顔を見破られ、風船のように頬を大きく膨らませたのだった。