16 四十万。あのOLはレベルⅡ
「ということで、今日は刀が納められていた光源寺へ行ってみるつもりです」
朝霧が感心したように鼻を鳴らす。
「あなたにしては上出来じゃない。私とサヤカの調査は白紙ね。もう一度、図書館に行ってみるわ」
「リーダー、やるじゃん!」
久城が人差し指を向けニコリと微笑んだ時、オタクが静かに歩み出た。
「私から言いたいのは一つだけだ。貴様等は、グレイの件から完全に手を引け」
腕組みを崩さずサングラスを押し上げる姿を見て、再び怒りが込み上げる。
「随分と偉そうだけど、昨日の新手が出てきたら一人でどうにか出来るのか?」
「対処できない相手ではない」
「セイギ君。そうも言っていられないわよ。昨晩の映像で、彼女は“レベルⅡ”に達しているわ。懸賞金も四十万に上昇」
「四十万!? でも、レベルⅡってなんスか?」
「最初にも話した通り、悪霊が主体とする攻撃は衝撃波。それ以外の特殊能力を持つ悪霊をレベルⅡと呼んでいるの」
「どうしてそんな能力が?」
「恐らく、憑依した人物との波長がピタリと一致したために、その力が増幅してしまうという見解が有力ね」
「じゃあ、俺たちの霊力を奪ったあの光も、グレイの能力ってことっスか?」
「恐らくね。一瞬で霊力を奪うなんて例がないわ。それと、新手の悪霊も霊力を遮断する能力を持っているようね。間近に迫るまでセンサーにも捉えられない」
俺とセレナさんの会話を遮るように、オタクが大きな咳払いをする。
「レベルⅡと、気配を察知しにくい敵というだけのことだ。グレイ共々私が倒し、懸賞金も全て頂く!」
強気な態度を崩さず会議室を出てゆく。
「セイギ君も心配だわ。実際、昨日の戦いを見てしまうと……」
セレナさんが不安げにつぶやいた。
「いい気味よ。協力して欲しいと泣きついてくるまで放っておけばいいのよ」
「う〜。ミナちゃんのいじわるぅ……」
久城は横目使いで恨めしい視線を送る。
「まぁ、本人が言ってんだからいいんじゃねぇの。俺たちは俺たちのことをやるまでだ。じゃあ、早速、行動開始!」
☆☆☆
「ねぇ。ちょっといいかしら?」
アジトを出た直後、朝霧の声が。
「あなたはまだ、私とサヤカの能力を把握していないわよね。それを知らなければ、戦闘での連携なんてとてもムリよ」
「確かに。二人が、銃と巨大十字架を使うことくらいしか知らねぇしな……」
「あたしのは、ひ・み・つ。うふっ!」
人差し指を立て、小悪魔のように笑う。
「こんな時にふざけないの」
朝霧は困ったように微笑んで、久城を小突くマネをする。
そんな顔で笑う姿を目にして、ドキリとしてしまう自分が悔しい。
「え〜と。じゃあ、俺から説明しようか。まずは霊力の剣。それと霊力球。こいつは小細工なしの直進型。その分、威力に比重を置いてる」
霊力球も多様で、追尾型や分裂型などのアレンジができるらしいが、威力が低下するという理由で一撃必殺を選んだ。
「最後は霊力の盾。通常出力で大人用の傘程度。二段階目が半円。全開になれば球体が全身を包む」
「まぁ、無難な能力だったわよね」
朝霧の何気ない言葉に苛立ちが募る。
「私の武器は、霊力弾を飛ばす装飾銃。引き金を引いたままにしておけば、銃口で霊力弾を拡大することができるわ」
つまり溜め打ちができるということか。
「二つ目は360度に広がる衝撃波。欠点はこの間見られた通り、頭上がガラ空きになること」
先日の戦いを思い出したのか、機嫌を損ねた顔で言い放つ。
「最後は属性変化。弾丸に作用させる能力で、弾の種類を変化させるの。組み合わせ次第で何通りもの攻撃が出来るわ」
「マジかよ!? それ、すげぇな……」
俺が欲しいほどの羨ましい能力だ。
セレナさんも人が悪い。いくら個性を尊重したいとはいえ、こんな力があるなら教えてくれてもいいだろうに。
「で、サヤカは?」
待ちかねたような満面の笑みだ。
「あたしのは極、凄いよ! まずは一つ目! 高さ二メートルの巨大十字架! 野球のバットみたいに相手を打ったり、ブーメランみたいに投げてみたり! オマケに霊力球も反射できる優れモノっ!」
そして、右手でピース・サインを作る。
「二つ目! 十字架からの衝撃波! 相手との距離が近いほど痛いんだよ」
そして、右手の指が三本になる。
「三つ目! 霊力のリボン。傷口に巻くと、回復を早める効果があるんだよ」
「なるほどな。戦うことばっかりで、手当てまで頭が回ってなかった。でも、なんで武器が十字架なんだ?」
「なんでって、決まってるじゃん。悪霊退治って言ったらお約束でしょ」
悪意のない、汚れ無き微笑みが痛い。
こんな三人による連携が一体どんな姿になるのか。軽い頭痛を覚えながら、光源寺を目指して歩き出した。
☆☆☆
「どうなってんだよ……」
額から流れ落ちる汗を拭い、脇にそびえた大木の根元へ腰を降ろした。
この寺へ来るために、二百近い石段を昇ってきたところだ。ようやく一息つこうと思ったら、見たくもないものが。
「やっほー」
首へカメラを吊り下げ、手を振る男。
がっくりうなだれていると複数の足音が間近へ迫り、仕方なく顔を上げた。
「やっほー、じゃねぇよ。なんで啓吾がここにいるんだよ。しかも悠まで……」
「取材だよ。便乗して光栄新聞も怪奇特集にしようと思って。神宮君にアポ取ったら、カズが今日来るっていうから」
「そして俺は、そんな子供が心配で、後を付いてきた保護者って設定っしょ」
「そのバカ息子、今すぐ連れ帰れ!」
「いいじゃないの。一人も三人も変わらないって。ね、神宮君?」
「あぁ」
感情の読み取れない表情で、啓吾に答えるこの男こそ、神宮真だ。相変わらず絡みにくい。
「迷惑だって、ハッキリ言ってやれ」
重い腰を上げ、どうにか立ち上がる。
「よし。カズも揃ったところで取材開始と行きましょう!」
意気揚々と仕切り始める啓吾。
「ちゃららら、らららら、らんらんらんらん、ら〜ん、ら〜〜〜ん。かずやが仲間に加わった」
突然歌い出し、怪しさ全開。
どうした妄想大王?
「カズは一番後ろに並んで。ちなみに、戦士マコトと武闘家ユウ。そして永遠の遊び人ケイゴは既に登録済みだよ。君は……勇者というには厳しいか。僧侶か魔法使いとして登録するけど、どう?」
「何の話だ、バカ息子」
「だって、四人パーティだよ?」
「知るか! 勝手にやってろ!!」
面倒なことになった。このままだと全ての情報を得られないかもしれない。
目の前にそびえている本堂へ向かうため、一直線に伸びた砂利道を進む。竹の柵で遮られた道の外には大輪の花々が。
「何を知りたい?」
大きな体と対照的な、つぶらな瞳だ。
「鬼斬丸が呪いの刀って呼ばれるようになったキッカケを知りたいんだ」
「これは親父から聞いた話だが……」
神宮は思い出すように話し始めた。
「刀の持ち主だった、津田才蔵には、異世という、美人と評判の妻がいた」
ふと、隣の悪友を見る。
「啓吾。美人と人妻に反応しすぎだ」
そのツッコミを受け、露骨に挙動不審になっているんだが。
「異世は美しさに絶対の自信を持っていたが、時の流れには逆えなかった。次第に衰える自分の美貌を嘆き、四十歳を間近にした時、奇行に走ったそうだ」
「奇行って、どんな?」
「夜な夜な街を徘徊し、若い娘を襲い、生き血をすすったそうだ」
鳥肌が立った。まるで吸血鬼だ。
「そんな妻の奇行を知ってしまった才蔵は、自らの手でそれを止めることを決意した。鬼斬丸という愛用の刀を使って」
「それってまさか……」
「自分の妻を斬ったんだ。悲しみに暮れた彼は、その場で自害したという話だ」
唾を飲み込む音がとても大きく響いたように感じた。
奇行に走ったとはいえ、妻を斬るなど並大抵の覚悟じゃない。まして自分の命まで捨てたとなれば、才蔵が彼女に抱いていた想いの深さと悲しみが知れるというものだ。