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36 差し入れは、やっぱアレでしょ、新製品


 数日ぶりに訪れた神津かみつ海水浴場。前回来た時には、風見かざみ酒賀美さかがみ先輩、それに、朝霧あさぎり久城くじょうも一緒だった。

 まさか、あの逃走劇からこんな結末を迎えるなんて思いもしなかった。いや、想像することもできないだろう。


 海水浴客でごった返す砂浜。俺と桐島先輩の思い出を踏みにじるように、砂浜には大勢の足跡が残されている。

 この悲しみもいつかは薄れる。具現者リアリゼーターの記憶も多くの出来事に埋もれ、上書きされてゆくんだろう。


 暑さと人混みから逃げるように、待ち合わせ場所へ急ぐ。遊泳区域の外れに設けられている防波堤。約束通りなら、そこで二人が待っているはずだ。

 水着美女を連れて、と言っていたが、実現不可能なのは間違いない。


「待てよ……今日はゆうも一緒か! 奇跡も充分あり得るな……」


 神様、期待してもよろしいでしょうか。


 俄然、テンションが上がってきた。そんな自分自身に呆れてしまう。


「差し入れでも持って行ってやるか」


 何気なく視界に飛び込んだのは海の家。となればやはり、アレしかない。

 店先で立ち止まり、アイス・キャンディの詰まった業務用冷蔵庫を覗き込む。


「あった、あった!」


 目に飛び込んだのは、新フレーバーと赤文字で書かれた、黄色の派手なポップ。

 二人の戸惑うリアクションを思い浮かべながら一人ほくそ笑む。ガラス製の蓋を開け、冷やし中華味へ手を伸ばした。


 その時だ。不意に横手から滑り込んできた白く細い腕。その人の手が甲へ触れ、思わず手を引き抜いてしまった。


「あっ! ごめんなさい!」


 同じように手を引き、俺を驚いた顔で見つめる女性。だが、その人以上に、俺の方がとんでもない顔をしているはずだ。


桐島きりしま先輩……」


 思わず口をついた言葉に、彼女は不思議そうな顔で首をかしげた。


「え? え? どうして私の名前……」


 しまった。ついうっかり。


「あ、俺、光栄こうえい高校の二年で、神崎かんざきって言います。あの学校で、先輩を知らないヤツなんていないと思いますよ」


「あ、同じ学校なんだ? なるほどね」


 納得したように頷く先輩。それにしても、どうしてこんな所に。


 白をベースに花柄をあしらったワンピース。剥き出しの肩を隠すように、真っ白なカーディガンを羽織っている。頭には、つばの広いベージュのハット。足下はリボンの付いた厚底サンダル。

 今日も完璧だ。俺には眩しすぎる。


「二年生ってことは、ひょっとして、新聞部の小早川こばやかわ君と友達とか?」


「え? そうですけど……」


 どうして先輩が啓吾けいごのことを。


「やっぱりそうなんだ! 実は今日ね、小早川君に取材で呼び出されたんだ」


「啓吾に? 取材!?」


 ようやくあいつらの狙いが見えてきた。まったく、余計な事ばかりしやがって。


「私のインタビュー、反響が大きいんだって。また協力して欲しいって」


 話しながら、あいつらのために、冷やし中華味を二本手に取った。


「あいつらはこれでいいだろ! 俺は、やっぱりソーダ味だな。先輩はオレンジでよかったっスよね?」


「え!? どうして知ってるの?」


「あ……」


 またしてもやってしまった。先輩を前にして舞い上がっているのがハッキリ分かる。

 やっぱり俺はまだ、心のどこかであきらめきれずにいるんだろう。


「いや、多分そうかなって……そんな話を聞いたことがあったから……」


「え? 誰に? そういう情報だけが一人歩きしてて、なんか怖いんだよね……」


 そんな気色悪い物を見るような目をされると、さすがに傷つくんですけど。

 悪魔の攻撃より数倍キツイ。


「ミス光栄ですし、みんながそれだけ先輩に興味を持ってるってことじゃないんスかね?」


 海の家を後に、防波堤を再び目指す。俺は手にしたキャンディの一つを先輩へ手渡した。もちろんオレンジ味だ。


「ありがとう。でも、お金……」


「いいっス、いいっス! あとで啓吾に、たっぷり請求しますから」


 俺も合わせてソーダ味へかじり付く。


「でも先輩、よくインタビューなんて受けてくれましたね」


「だって私、あの新聞のファンだから」


「ファン!? 光栄新聞の?」


「うん。小早川君って、独自の面白い着眼点を持ってるよね。彼が担当になってから、格段に面白くなったよ。でも、時々、エッチなコーナーが混じったりするから、あれは風紀的にどうかと思うけど……」


「きつく言い聞かせておきます」


 先輩は口元に手を当て、可愛らしい仕草で微笑んだ。その愛らしさに、胸が締め付けられるように苦しくなる。


「いいの、いいの! あれはきっと、小早川君の持ち味なんだから! それもあっての光栄新聞、でしょ?」


「まぁ、先輩がそう言うんなら、俺は構いませんけどね……」


 とても言えないが、あのグラビア・アイドル特集コーナーは、男子生徒の一番人気だったりする。


 そのまま防波堤へやってくると、約束通り啓吾けいごゆうの姿があった。残念ながら、水着美女の姿はどこにもない。


 俺を見付けるなり、さっそく啓吾が駆け寄ってきた。

 麦わら帽子に、青と白のストライプが入ったポロシャツ。そしてベージュの短パンにビーチサンダル。

 どう見ても取材って格好じゃねぇだろ。


「カズ! まさか、先輩をエスコートして来てくれるなんてありがとう! 驚かせようと思って黙ってたんだよ」


「そういうことだよな。おまえら……」


 啓吾だけでなく、その後ろの悠までが笑いを堪えている。両手を合わせている辺り、少しは悪いと思っているのかいないのか。


 悠の服装は、黒とグレーのボーダーが入ったTシャツ。V字に切れ込みの入った胸元がセクシーポイント。下はジーパンに、ベージュのスニーカー。相変わらず、憎いほど決まっている。


「ほれ。差し入れだ」


 二人へ冷やし中華味を放ると、受け取った啓吾の顔が微妙に曇った。


「これ、さっき食べたやつだ……」


「うん。ゲロマズだったじゃん。食べ終わったツユをそのまま固めたような……」


 二人のコメントに、思わず桐島先輩と同時に笑い声を上げていた。


「小早川君、新聞に載せたら? この夏、一押しのスイーツって!」


 先輩は瞳に浮かべた涙を拭って、尚も笑い続けている。

 こんなに楽しそうにしている先輩を見たのはいつ以来だろう。やっぱり、これでよかったんだと改めて確信した。


「桐島先輩、そのネタいただきます! 悠、早速冷凍して、限定二名の読者プレゼントにしようよ! 袋には先輩のサイン付きで!」


「プレゼントって、これ、普通に溶けるっしょ! 帰りに買い直そうよ!」


「じゃあ、これ、どうするのさ?」


 汚い物でも持つように、二本の指で袋をつまんでいる啓吾。


「啓吾、その扱いは余りにも失礼だろ。キャンディ職人に謝れ!」


「じゃあ、カズが食べてよ!」


「俺の差し入れだろ!」


「だって、あからさまに狙ってるでしょ!? ラスボスを、最高レベルと最強の装備でいたぶる、みたいなもんでしょ!?」


「う〜ん。例えが分かりにくい!」


「うわあぁぁぁぁん!」


 キャンディ片手に走り去る啓吾。一体、どこへいくつもりだ。

 その後ろ姿を見ていると、不意に背中を叩かれた。


「カズ、元気そうで安心した。この前に電話した時は、死にそうな声してたっしょ……なんか元気づけてやろうって啓吾と話したんだ」


「色々、気を遣わせてわりぃな。まぁ、お陰でだいぶ楽になったかな……」


「そうか……ならよかった」


 悠は思い出したように声を上げた。


「啓吾、どこまで行ったんだ? まだ取材の途中でさ。桐島先輩のインタビューまで相手を頼むっしょ!」


「おい! 悠!」


 俺の叫びを無視して走り去るサッカー少年。その後ろ姿も絵になる憎さだ。

 だが、ここで気付いてしまった。


「あいつら、やりやがったな……」


 俺たちを置いて消えるのも全て計画の内だ。今頃どこかの物陰から、この状況を楽しんでいるに違いない。

 これは本気で困った。頭を掻きながら先輩へ視線を向けると、俺を見ながら機嫌良く微笑んでいる。


「三人とも仲がいいんだね。羨ましい。これぞ青春、って感じだよね?」


「まぁ、一年の時からの付き合いっスからね。特に気も遣わないし、一緒に居て楽なんスよ」


 防波堤へ飛び乗り、先端へと視線を向ける。休日には幾人かの釣り人が集まる場所だが、平日の正午ということもあり、さすがにそういった人種は見当たらない。


「海でも眺めて、時間を潰しますか?」


 先端へ向かって歩き出すと、俺の後を先輩も黙って付いてきてくれた。


 目の前には、雲一つない青空と穏やかな海面。それぞれがハッキリとした境界を描いて悠然ゆうぜんと広がっていた。

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