33 破壊と再生、維持と価値
黄金色の弓矢でカズヤを狙うレイカ。その姿を目にして、風見が笑う。
「カズヤ君、見えるだろう? これが現実さ! 君は全てに見放されたんだよ!」
「レイカ、本気なの?」
たまらず立ち上がったのはセレナだ。諭すような瞳がレイカを厳しく見据えていた。
「止めないでください……」
二人を見て、呆れたように微笑む風見。
「セレナさん。お説教なんて止してくれないか? そうだ。あなたにも一緒に霊界へ来てもらうよ。大事な人質としてね」
「世界を変えるなんて、できると思うの?」
「やってみせるとも。まずは霊王殿を完全に堕とす。霊界王を捕らえた後は、戦神を味方に引き込んで地上を潰すのさ」
風見の宣言と同時に、黄金色の矢が飛んだ。同時に響く一つの銃声。
矢はカズヤの心臓を。そして、霊力弾がレイカの左腕を撃った。
長弓がアスファルトを転がり、痛みに腕を押さえたレイカがよろめく。
「外した……」
苦痛に喘ぐミナが、絶望を込めてつぶやいた。力なく装飾銃を握った右腕を、サヤカが包み込むように支えていた。
「はははっ! セレナさんが気を逸らしている隙に、意識を取り戻したミナ君が狙う。なかなかの作戦だったけれど残念だったね!」
「もっと早く、狙いを定めていれば……」
「ミナちゃんのせいじゃないよ!」
悔しさに唇を噛むミナ。その気持ちを分かち合うようにサヤカが叫ぶと、気力を失ったミナはそのまま気を失った。
「残った君たちを一掃して、具現者も壊滅だ。覚悟はいいかい?」
「シュン。どこで道を間違えたんだ?」
タイガが苦しげに吐き出した言葉も朝靄に乗ってかき消されてゆく。狂気に彩られた彼の瞳は遙か先だけを見ていた。
ミナとセイギは戦闘不能。力を使い果たしたセレナと、傷を負ったタイガ。そして無力なサヤカ。残された力には微塵の希望もない。
その最中にも、レイカは倒れたカズヤの姿だけを黙って見つめ続けていた。涙を拭い、揺るがぬ信念を込めて。
「私が弱いから、全てを君に託すしかないんだ……いつまでもずるい私を許して……」
「気にしないでください。こいつを止めるのは俺の役目なんだ……そんな辛い思い、誰にも背負わせるつもりはねぇ!」
心臓を射貫かれ、息絶えたかに思われたカズヤ。その口から不意に出た言葉に、レイカ意外の全員が息を飲む。
彼の心臓へ刺さっていた矢は解けるように消え失せた。すると、体から炎が吹き上がるように、青白い霊力の光が立ち昇った。
「どういうことだ!?」
狼狽する風見の眼前で、カズヤがゆっくりと立ち上がる。
『カズヤ、SOULとMINDが急激に上昇中! 現在、測定不能です!!』
通信機から、慌てふためくオペレーターの声。レイカは覚悟を決めて、風見を見据える。
「エデン君に力を貰ったのはあなただけじゃないんだよ。あの子は、私たちへ公平に分け与えてくれたの。それを属性変化の能力で、カズヤ君へ託しただけ……」
「きっさまぁぁぁぁ!!」
聖剣を手にレイカへ斬り掛かる風見。だが、彼がレイカの下へ辿り着くより速く、その体は見えない力に引き戻される。
「させねぇよ!」
綱を引くように、大蛇の一頭を掴み取っていたカズヤ。そのままバットを振るように、風見の体を放り投げたのだった。
「があっ!!」
勢いよく吹き飛ぶ風見。アスファルトに激突し大きく体を弾ませると、竹林へ吸い込まれるように転がってゆく。
「形勢逆転、だな……」
カズヤは左手を持ち上げ、剣を具現化しようと身構えた。
その時だ。腰の高さへ陽炎のような変化が起こり、空間が奇妙に歪んだ。すると、歪んだ空間を喰らうように黒い渦が発生したのだ。
「これは……門か!?」
そこから現れたのは、彼の身長を優に超える一降りの大剣。石から削り出したように無骨で荒々しく飾り気もないが、近付いただけで切り裂かれそうな猛々しさを遺憾なく放っている。そして、象牙色の握りからは想像もできない深紅の刃が不気味さを際立たせる。
「斬魔剣……エクスブラッド……」
『聞け。運命を翻弄されし、人の子よ』
門と呼ばれる黒い渦から漏れ出した声。それが誰なのか、カズヤにははっきり分かった。
「幻獣王……黄泉」
『今回だけだ。お主に力を貸してやろう。あの男の騒々しさに、落ち落ち眠ることも叶わん。早急に済ませろ』
「幻獣王、ありがとうございます……」
(ヒャッハッ! どうにか間に合ったみてーだな! 後はてめーでケリを付けやがれ!)
幻獣王に掛け合う相棒の姿を想像しながら苦笑を漏らし、斬魔剣を握るカズヤ。
「ゼノ、ありがとう。後は任せてくれ!」
カズヤの体中へ更なる力が漲る。ゼノの意識が完全に戻ったことで、今の彼にはA-MINに加え、ゼノとエデンという二人の魔人の力までもが上乗せされたのだ。
「限界突破! モード・究極狂戦士!」
冗談混じりに言い放ち、思わず口元を緩めるカズヤ。その直後、竹林の中から風見がゆっくりと姿を現した。
右手で不気味に輝く聖剣。そして、背中の八頭の大蛇が威嚇音を上げる。
「カズヤ君、君に問おう。こんな腐った世界に、何の価値があるというんだ?」
風見の厳しい視線を真っ向から受け止めるカズヤ。その瞳に迷いは微塵も無い。
家族、友人、仲間、思い人。守るべき者たちの姿が次々と胸を満たした。
そして彼は、大剣を手に駆ける。
「風見! あんたには無価値だろうと、俺には全てを賭ける価値がある!!」
「ほざけ!!」
破壊と再生を願う風見が繰り出した渾身の一閃。それを、維持と価値を求めるカズヤの斬魔剣が受け止めた。
「どうして僕の邪魔をする!? 僕の理想に共感できないのか!?」
八頭の大蛇が一斉に襲いかかる。
「できねぇな!」
カズヤが繰り出したのは、傘を思わせる半円の霊力壁。大蛇はそれに激突し、跡形も無く消し飛んでいた。
「自分の気に入らねぇ奴だけ排除しようなんて、最低なんだよっ!」
右手へ宿る霊力の光。その拳で、風見の頬を思い切り殴りつけていた。
「ぐうっ……」
その体がよろめき、数歩後ずさる。
「誰にだって生きる意味がある。存在価値がある。それを踏みにじる権利はねぇ!」
「それが犯罪者だとしても?」
風見の水色に染まった瞳には、憎しみと恨みの炎が渦巻いていた。
「それを法が裁いてる。俺たちが勝手に決めることじゃねぇだろうが!」
「法に変わって僕が基準を作るんだ! それがどう違うというんだぁっ!?」
空を仰ぎ絶叫する風見。それに応えるように、背へ八頭の大蛇が再生した。
長く伸びた大蛇は顔を寄せ合い、風見の正面で一つに束ねられた。
「人を容易く裁くほど、あんたはそんなに偉いのか? 俺たちは、たかだか十七、八年しか生きてねぇ、ただのガキだ」
斬魔剣を水平に構えたカズヤ。攻撃に備え、腰を深く落として身構えた。
「消えろ! 消えてしまえっ!」
大蛇の口へ霊力が収束。高められた荒ぶる力が大気を震わせる。
「天照! 大蛇・八式!!」
霊力の砲撃が吐き出された。だが、カズヤは身じろぎすることなく、その光を睨み続けていた。その全身へ力が漲る。
「幻獣王……」
眼前迫る砲撃目掛け、大剣を横凪に振るう。全てを切り裂く気迫と共に。
「滅鋭斬!!」
大剣の軌跡に沿って三日月型をした真紅の霊力刃が飛んだ。
風見の全てを否定するかのように、霊力刃が砲撃を切り裂き消し飛ばす。刃はそのまま、八頭の大蛇を断ち切る。
「がはあっ!!」
大蛇が消し飛び、霊力刃を胸元に受けた風見は背中を丸めてよろめいた。しかし、倒れはしない。両足を踏ん張り、カズヤを睨む。
「まだだ。僕は負けないっ!!」
「とっくに勝負は付いてんだよっ!」
一瞬の内に間合いを詰めたカズヤ。上段から振り下ろされた一撃が風見の聖剣を粉砕。そのまま右半身を切り裂いた。
「ぐがあぁぁぁっ!」
切り返し様、下段から振り上げた大剣が風見の胸元を一閃。その瞳は恨みがましく見開かれ、恐ろしい形相でカズヤを睨んでいた。しかし、言葉もなく仰向けに倒れた。
「自分の言葉に矛盾してるけど、この戦いを終わらせるにはこれしかなかった……義妹とあの世で仲良くな……」
それは彼等にとって、あまりにも辛く過酷な結末だった。具現者の力を持ったのは怪奇現象の数々から人々を守るため。そのための力を人へ、しかも仲間だったはずの存在へ振るうことで戦いが終わったという現実。
「本当にすみません。あんたを止める方法が見つからなかった……」
風見の遺体を見下ろし、カズヤも悲痛な表情を浮かべた。だが、こうなることが分かっていたからこそ、自らの手で決着を着ける必要があったのだ。人の命を奪うという罪を、他者に背負わせるには残酷だと思ったのだ。
「これで本当に終わったんだ……」
カズヤが苦しみを吐き出すように言うと、手中の斬魔剣は崩れるように消え去った。
「カズヤ君。ありがとう……ごめんね。こんな辛い役目を背負わせて……」
その声に顔を向けるカズヤ。だが、微笑もうとしていたその顔は、恐怖に凍り付いた。
「先輩? なにを?」
なんとそこには、自らのこめかみへ装飾銃を突き付けるレイカの姿が。
「シュンの命を奪っておいて、私だけ生きるなんて都合良すぎるでしょ?」
轟く銃声。その音に驚いたように、竹林から数羽の小鳥が飛び上がる。それはまるで、天へ向かう風見とレイカの魂を導くように。
「ウソだろ? こんなのってあるかよ……こんな終わりを望んだわけねぇだろ!? 俺は、なんのために戦ってきたんだ!? ちくしょおぉぉぉっ!!」
へたり込み、慟哭するカズヤ。そんな彼へかけるべき言葉も見つからず、一同は呆然とその場に佇んでいた。
受け入れがたい過酷な現実。それをまざまざと見せつけるように朝日が覗く。そうして無情にも時は進んでゆくのだ。朝から夜、そしてまた次の朝へ。
運命の歯車はそれぞれの人生を乗せ、ただ静かに回り続ける。