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32 頂点を求める者


 カズヤの背筋をイヤな汗が伝い落ちた。

 不適に微笑む風見かざみの力が、それほどまでに大きく深く、とてつもないものだったから。


 八頭の大蛇と風見に睨まれた蛙。今のカズヤは余りに非力な存在に映っていた。

 そんな彼の姿を鼻で笑う風見。


「君のA-MIN(エー・マイン)は背中に見える帯か。もろいね……この剣が見えるだろう? 世界を掴む聖剣が」


「世界を掴む? ふざけんな! あんたなんかに、どうにかできると思うなよ!?」


 恐怖をも振り払うように怒鳴る。剣を強く握りしめ、風見を真っ向から睨んだ。


「頂点を求める者。あんたが前に言ってた言葉だ……今なら分かる。自分の考えが甘かったんだってことが。ここであんたを倒す! 頂点を取るのは俺だ!」


 剣を手に、カズヤは踏み込んだ。


 脳裏を過ぎったのは憎き相手の言葉。自分の信念と正義を貫くためには力が必要だと。これ以上、大事な存在を失わないためにも、彼を超える力で打ちのめさなければならない。


 カズヤが繰り出す鋭い突き。だが、風見は上段へ振り上げた一撃でそれを弾く。

 そのまま、がら空きになったカズヤの胸元を目掛け、聖剣が振り下ろされた。


「シールド!」


 即座に展開した霊力壁れいりょくへきが、斬撃を受け止め甲高い音を響かせた。

 カズヤは半透明の霊力壁越しに、風見を睨んだ。絶対に負けるわけにはいかないと。


 だが、その時だった。斬撃を受け止めた場所を起点に広がる深い亀裂。霊力壁は脆くも崩れ、斬撃がカズヤの左肩を切り裂いていた。


「があっ!!」


 咄嗟に後退するカズヤだが、完全には避けきれなかった。しかし、あと僅かに反応が遅れれば、刃は心臓へ達していたに違いない。


『カズヤ、SOULソウル80まで低下!』


 通信機からの警告。外傷はないものの、見えない傷へ風を吹き付けられるような鋭い痛みを覚えたカズヤ。込み上げる恐怖と戦いながら、激痛に顔をしかめた。


「なかなかの反射速度だね。さすが、と言っておこうか……」


 尚も余裕を崩さない風見。手にした聖剣を持て余し、左の手の平へ刃を打ち付けながら、薄ら笑いすら浮かべている。


「さて。僕もそれほど暇じゃないんだ。早く、美咲みさきを迎えに行ってあげないと」


「何言ってんだ? 義妹いもうとは死んだんだろ?」


「この世界と共に再生させるのさ。そこにいるセレナさんなら知っているはずだよ。禁術きんじゅつ輪廻りんねの存在をね……」


 釣られるように視線を向けるカズヤ。すると、ミナへ治癒霊術ちゆれいじゅつほどこしていたセレナが驚きに目を見開いていた。


「あなた、まさかそのために!?」


「僕にとってはそれが全てなのさ。そのために、悪魔の力に身を委ねたんだからね」


「それが何なのか知らねぇ。でも、あんたの身勝手な行動が、どれだけの人を巻き込んだと思ってんだ!? 思い知らせてやる!」


 カズヤは強い決意を秘め、動かなくなってしまった左手から剣を持ち替えた。


「利き腕を失って、僕に勝てるとでも?」


「やってやるよ!」


 自身の勝利を信じ、カズヤは眼前へ刃を構え意識を研ぎ澄ませた。

 朝靄あさもや漂う竹林へ響いた小鳥のさえずり。それは夢か幻か、さえずりは優しい音色を帯びてカズヤの聴覚を刺激する。

 不意に呼び起こされたのは、レイカの発した心地よい声音といつかの出来事。


“自分が自分の力を信じなくてどうするの? 誰が君を信じるの?”


 カズヤの体へ力がみなぎる。たとえ片腕を失おうとも、まだ戦う意思がある。

 自分の力と可能性をあきらめない。彼女と交わした約束が彼の心を奮い立たせていた。


「イレイズ・キャノン!」


 目の前に立つ悪の化身へ向けて横凪に振るった剣の一閃。その軌跡に沿って、三日月型に湾曲した霊力刃れいりょくがが飛んだ。

 決して挫けぬ意思を乗せ、朝靄を切り裂きながら轟音と共に風見へ迫る。


「遅い!」


 カズヤ目掛けて突進しながら、風見は体を捻って刃を避ける。

 勝利を確信した風見を目掛け迫る影。なんと、霊力刃を放つと同時に、カズヤもそれを追って駆けだしていたのだ。

 これは以前の戦いでも見せた、彼の決め技とも言うべき戦法だった。


「これで終わりだあっ!!」


 迷い無く心臓を狙う鋭い突き。しかし、風見の確信は揺るがない。

 突き出された刃を払うように、青白い残像を描いて聖剣が横凪に一閃。それと同時に、何かの破片が宙を舞っていた。


「そんな……」


 サヤカはそれ以上の言葉を失った。ミナの傷口へ羽衣はごろもを巻き付ける手を止め、信じられない光景を無言で見つめる。


 サヤカ、タイガ、セレナが見守る前で、中央から綺麗に折れた刃が地面へ落下した。


 突進していたはずのカズヤの動きは止まり、弾かれたようによろめいた。


「おっと!」


 倒れようとするカズヤを助けるように、その手足へ大蛇が食らい付いていた。


『カズヤ、SOULソウル55まで低下!』


 二の腕、手首、太もも、すね。左右対称に八頭が牙を突き立てる。そして、カズヤの口から漏れる苦しげな呻き。


「まさか、今の一撃で終わりじゃないだろうね? 君が抵抗できるように、わざと浅く斬り付けたんだけれどね」


 その言葉に反応したカズヤは、顔を上げ、風見へ鋭い眼光を向けた。

 右手に残った剣の名残を投げ捨て、そこへ霊力を収束させてゆく。まだ、やれることはある。力は失われていない。


「終わるのはてめぇだ!」


「悪あがきも、そこまでくると大したものだよ。完膚無きまでに叩き潰すよ」


 直後、カズヤの腕に食らい付いていた四頭の大蛇が一斉に霊撃れいげきを吐き出した。


「ぐあぁぁぁぁぁ!!」


 四本の光線が腕を貫き、焼けるような痛みを覚えたカズヤの悲鳴が上がる。

 あまりの激痛に意識が飛びかけるも、食らい付く大蛇の力が緩むことはない。


「腕は奪った。次は足を貰うよ」


 両ももとすねから吹き出す光線。激痛に悲鳴を上げたカズヤは、両手足の動きを完全に奪われていた。


「うがぁぁっ……ぐうぅぅっ……」


 食いしばった口から絶え絶えの息を漏らし風見を睨んでいたが、ついに地面へ膝を付いてしまった。


「眠るにはまだ早いんじゃないのかい?」


 前のめりに倒れかけたカズヤの顎を、風見のつま先が思い切り蹴り付けた。

 口から血を流したカズヤの体が、仰向けになってアスファルトへ倒れる。


『カズヤ、SOULソウル10まで低下! 生命維持、危機レベル!!』


「リーダー!!」


 サヤカの悲痛な叫びが響く。だが、風見の力を前に抵抗できる者はいない。

 大蛇を手元へ引き寄せた風見は、喜びを隠しきれないまま三人を眺めた。


「彼に加勢してもらっても構わないよ。ただし、そこから動いた瞬間に、天照あまてらすの光線が襲うことになるだろうけれどね」


 八頭の大蛇が油断なく牙を剥く。


「そこで指をくわえて見ているといいよ。この荘厳そうごんなフィナーレを!」


 勝利を宣言するように高々と掲げられた聖剣。朝靄あさもやに差し込む鈍い朝日を受け、妖艶ようえんな輝きを一同に見せつけた。


「さぁ。新世界の幕開けだ! 僕は、この力で頂点を掴んだんだ!!」


 狂気に彩られた水色の瞳がカズヤを見下ろした。狙いは心臓だ。

 その光景を見つめながら、カズヤはどうすることもできずにいた。


(ゼノ。どうしたんだ?)


 思念しねんを飛ばしているのだが、肝心の相棒に反応は無い。カズヤは完全に見捨てられたような孤独感に襲われていた。


(ごめん。勝てなかった……おまえは有言実行したっていうのにな……)


 風見の聖剣を見つめながら、カズヤはゼノの行く末を案じていた。自分が死んでしまったら、彼はどうなるのかと。

 そんな疑問すら断ち切るように、風見は両手でしっかりと剣を握り、今まさにそれを振り下ろさんと身構えた。


「待って!!」


 すると声が響いた。朝靄を振り払うような澄んだ一つの声が。

 それが全ての時間を止めた。風見の剣を、その凶行きょうこうを見つめる三人の視線を。そして、絶望へ向かうカズヤの心を。


「シュン! 待って!!」


 坂道を駆け上がり姿を現した少女。その光景に、誰しもが困惑の表情を浮かべていた。


「おや。姿が見えないから、てっきり死んでしまったのかと思っていたよ……」


 剣を下ろし、安堵の笑みを見せる風見。


「エデン君が守ってくれたの。あなたもそうなんでしょ? 傷まで癒やしてくれて、最後まで私たちを気遣う良い子……」


 寂しそうに微笑んだレイカは、不意に風見を真っ向から見つめた。


「なのに、それなのにシュンは、助けられた命で、まだ幻想を追い続けるの?」


「幻想? ばかなことを。理想といって欲しいな。それに、実現は目の前さ」


「ここに来るのが怖かった……迷って、ためらって、動けなくて、膝を抱えてうずくまってた……でも、でも、それじゃ何も変わらないんだって……」


 その瞳は倒れたカズヤを見つめている。


「カズヤ君に偉そうに言っておきながら、私がそんなじゃダメだよね……だから、きちんとけじめを付けようって……」


 言葉をつむぎながら、その右手が水平に持ち上がってゆく。


「サジタリウス……」


 その手に、黄金色こがねいろに輝く長弓ながゆみが具現化。弓の端々へ鳥の翼を模した装飾がほどこされた神々しい姿を一同へ晒した。


「へぇ……最後の悪あがきに、君が僕と戦うっていうのかい?」


 彼女を嘲笑あざわらい、試すように聖剣の先を向ける風見。そんな彼を視界から消すように、レイカは大きく首を横へ振った。


「ごめんね。それでもやっぱり私には、こうすることしかできないんだ……」


 耳元まで引かれた弦。そこに霊力で作られた黄金色こがねいろの矢がつがえられた。


「ちょっと、レイカ先輩!! どういうつもりなんですか!? ごく、冗談!?」


 サヤカは、次々と繰り広げられる信じられない出来事に叫び声を上げた。


「あはははは! これはいい! カズヤ君、君に相応しい最後だよ!」


 嬉々としてその光景を見つめる風見。

 なんと、狙い澄ましたレイカの弓は、倒れるカズヤの心臓を狙っていたのだ。


 苦しげに呻き、レイカを見つめるカズヤ。それを見つめ返す彼女の頬を大粒の涙が伝う。

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