14 最悪だ。ここで新手がやって来た
オタクの強さは圧倒的だ。ここまでだとは想像もしていなかった。あいつが纏うヤバイほど恥ずかしいヒーロー・スーツ。あれは単なる飾りじゃなく、身体能力を向上させているに違いない。
次の一撃で決着が着くだろうと思っていた矢先、妙な気配を感じ取った。
突き刺さるような視線。しかもそれは女のものじゃない。誰が標的かは分からないが、明らかな殺意を感じる。
「オタク、気を付けろ。何かいるぞ!」
「貴様、霊力を感知できるのか!?」
驚いた様子のオタクだが、この力は誰にでもあるんじゃないのか?
だが、俺もハッキリとした位置を特定できるわけじゃない。辺りを見回すが、街灯の頼りない明かりではその姿を探し出すのは困難だ。
最悪なことに予想が確かなら、この霊力の感覚は昨日現れた新手。
戦いに参加できないことがひどく惨めだ。まして、昨日と同じ失敗を繰り返した自分自身へ呆れと怒りすら覚える。
悔しさに奥歯を噛みしめると再び頭痛が襲ってきた。それと同時に視界の端で、オタクが素早く動いた。
『セイギ、後ろよ!』
通信機からの声と同時に、自身の背後へ回し蹴りを放っている。すると、その軌道から逃れようと何かが動いた。
大きな黒い塊だ。布が風にあおられる鈍い音がした。
敵は黒い物に身を包み、闇に紛れて接近していたようだ。それを察知したあいつはさすがと言うしかない。
だが、蹴りを避けられたオタクは体制を崩し、一瞬の隙が生まれた。
黒い塊が、滑るように横を通り抜けると同時に鈍い音が。次の瞬間、正義の味方は仰向けに崩れていた。
一瞬の事に何が起こったのかさえ分からなかった。ただ一つ確かなのは、女を凌駕したオタクが、たった一撃で天を仰いだということだ。
頭痛を堪えるのも限界だ。体を起こしていることもできず、小石の上へそのまま横倒れになる。
この頭痛は何なんだ。ふがいない俺を責め立てる戒めのようにも思えるが、大事な局面でいつも必ず邪魔をする。
戦うことが自分を守る唯一の手段だと分かっていても思い通りにならず、情けない結果ばかりが積み重ねられていく。
力が欲しい。何者にも負けない力が。
体の下にある小石の一粒一粒が、俺の無力さを責めるように全身へ食い込む。こんな物とは比べものにならないだろうが、針山地獄に突き落とされた気分だ。
(力が、力が欲しいか?)
突然、男の声が聞こえた。
いや。聞こえたというより、頭の中へ直接響いてきたといった方が正しい。激しい頭痛の波間をかいくぐるように、それは確かな言葉として届けられた。
錯乱していたとしか言いようがない。その声を不思議とも思わないどころか、天の助けのように感じていた。
今すぐに願いを叶えてくれるなら、相手が神でも悪魔だろうが構わない。
欲しい。誰にも負けない圧倒的な力が。
(契約成立だ。おまえが持っている……)
「ちょっと、どうなっているのよ!?」
悲鳴のような叫び声が上がり、薄目を開けて視線を巡らせた。
するとそこには、朝霧と久城の姿。
「リーダー! 大丈夫!?」
俺の姿を見つけた久城が、今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってきた。
気が付けば、女も謎の影も消えていた。まるで全てが夢で、戦いなどなかったかのように辺りは静まり返っている。
頭痛も治まり、男の声も聞こえない。あれは幻聴だったんだろうか。
「どうなってんだよ?」
「それはこっちが聞きたいわよ。それに、どうしてあなたがここにいるわけ?」
久城に助け起こされたところへ、朝霧がいぶかしげな顔を向けてくる。
とりあえず、今ハッキリしていることを二人にも伝えておくことにした。
「俺の後ろにいるのが新しい犠牲者。あのOLには逃げられて、昨日の新手が出てきやがった……」
「新手?」
「姿は見てない。戦ったのはオタクだ」
久城は、オタクという単語に素早く周囲を見回し、その姿を見つけたようだ。
「セイギ君も大丈夫!?」
「うるさい。私に構うな!」
変身を解いたオタクは胸を押さえている逆の手を伸ばし、駆け寄ろうとしていた久城へ制止を命じた。
ゆっくりと身を起こし、敵が去ってしまったことを改めて確認する。
「くそっ! 私としたことが!」
怒気を吐き捨て髪を掻きむしると、俺たちの存在などないかのように黙って走り去ってしまった。
「いつもいつも。何なのよ、あいつ!」
朝霧は気分を害されたように言い放つ。
「この女性は私とサヤカでアジトに連れ帰るわ。あなたは帰って休むことね」
結局、俺には逆らうだけの気力もなく、後始末を二人に任せて大人しく従った。
☆☆☆
今度はハッキリと分かる。これは夢だ。
昨日の続きらしいが様子がおかしい。巨大な怪物や戦士たちの姿はなく、代わりに多くの木々が鬱蒼と茂り、心地よい程の静寂に包まれている。
音を失ったこの場所を照らし出すように、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ。しかし、その光は安らぎをもたらすものではなく、どこか寂しさと儚さを宿した激励のように思えた。
力なく座り込み大木に寄りかかりながら、両足をだらしなく投げ出していた。
腹部がしきりにうずき、悲鳴を上げている。体に外傷は見当たらないが、魂と呼ばれる霊体が激しい損傷を受けていた。
斬られても焼かれても、この体が傷つくことはない。霊体が次第に弱体化し、最後には魂が消滅。遺体は抜け殻の人形と化すのだ。
薄れ行く意識の中、ハッキリと死を予感しているが、ここで終われないという後悔が胸を埋め尽くしている。しかし、その想いの正体が分からない。ただ、この心と体からそれを強く感じるんだ。
敵の作りだした異空間から放り出されたという記憶と共に、辺りを見渡した。
穏やかな景色を見せつけられ、そこで戦闘が行われていたのが嘘のようだった。
「まだ、死ぬワケにいかねーんだよ」
言葉とは裏腹に、意識と生命力は徐々に失われ始めていた。その時、霞む視界が森の奥に動く物を捉えた。
何か白い物が徐々にこちらへ迫り、どうやらそれが馬のようだと判別できた。だが、良く見ればただの馬じゃない。背中に純白の翼を持った一頭のペガサスだ。
白馬は眼前で立ち止まり、いたわるような視線を投げかけてきた。
「戦士よ。おまえの命は尽きるのか」
「幻獣が何の用だ……」
幻獣なんていう聞き慣れない単語が、口から自然に飛び出していた。
「幻獣王の使いでやってきた。おまえにこれを託せとの命令だ」
白馬は口にくわえたそれを、器用に俺の手元へ投げ落としてきた。
賞状ほどもありそうな一枚の鱗だ。吸い込まれそうなほどの鮮やかな黒に染められている。
「まさか、本当に叶えてくれたのか……」
それに触れ、喜びに白馬を見上げる。
「正直、王の考えが分からぬ。なぜ、おまえのような者へこの秘宝を与えるのか」
「頼みがある」
「言ってみろ。私に可能なことならば」
最初で最後のチャンスに、なりふり構っていられないという焦りが生まれる。
「これを地上に残して欲しいんだ。俺にはやらなきゃならねーことがある」
「容易いことだ。しかるべき者を探し、それを委ねることにしよう」
「ありがてぇ……恩に着るぜ」
どうやら限界が近いようだ。話すことも辛くなってきた。残された力の全てを使い、手にした鱗へ意識を集中した。
☆☆☆
不意に目が覚めた。
もしやと思い枕元の時計に目を移すと、時刻は午前三時。昨日と同じだ。
「まさか、あの夢は……」
考えを口に出すのをためらい苦笑を漏らすと、胸元でお守りが微かに揺れた。
今は眠ろう。今日はきっと忙しい一日になる。自分の中で、真相に近付いてきたという確信に満ちた思いがある。
「アニキ。絶対に助けてやるからな……」
口に出すことで自分自身への決起を促し、心を奮い立たせる。
静かに燃えながら、再び横になった。