31 執念か? 悪魔の奥に潜むもの
「リーダー……ミナちゃん……」
今にも泣き出しそうな顔のサヤカ。目の前には、A-MINを展開した二人の姿が。
カズヤはそんな彼女を見て、安心させるように優しく微笑んだ。
「サヤカ、もう大丈夫だ。よく頑張ってくれたな……ミナ、セイギを助けて離れてくれ。あいつは俺が倒す!」
ゆっくりと立ち上がる悪魔を睨み、カズヤは左手へ霊力を収束させた。
「ゴースト・イレイザー!」
翼を模したデザインが施された愛用の剣。それを手に、敵へ駆けるカズヤ。
限界突破の力を維持しているが、ゼノから伝わる霊力は弱々しい。精神的な疲労が濃く、原因はティアの喪失によることは明らかだ。
もうこれ以上、ゼノに頼ることはできない。そう確信していた。
カズヤの眼前へ迫る悪魔の右拳。だが、剣の一凪で肘から豪快に切断。
「うらあぁっ!」
続けて襲う左拳を、自らの右手に込めた霊力球で粉砕。崩れかけた敵の顔を真っ向から睨み据えるカズヤ。
だが、彼が本当に見ようとしていたのはその奥に潜むもの。悪意と執念の塊。
「いい加減、出てきたらどうなんだ!?」
素早く動いたカズヤの右手が、悪魔の胸元へ添えられていた。
「イレイズ・キャノン!」
解き放たれた霊力球。それが胸元で弾けると同時に、悪魔の背中を突き破り何かが勢いよく飛び出した。
「なに? どういうことなの!?」
サヤカと二人、セイギの体を引きずって坂の上へ避難を始めていたミナは、驚きと困惑を込めて叫んでいた。
「隠そうとしても隠しきれねぇよ。あんたの霊力はハッキリと記憶してるんだ」
「さすがと言っておこうか。どうしても僕の邪魔をしたいようだね。目指す頂点まで、あと一歩だっていうのに……」
「あんたはイカレてるよ。まさか、生きてるなんて思わなかったけどな……」
信じられないことに、悪魔の背中から飛び出したのは人だった。狂人のような顔付きで、薄ら笑いを浮かべる一人の男。
「僕だって信じられないよ……きっと、エデンが守ってくれたのさ。気が付いた時には悪魔の肉体に包まれて、神津総合病院の側で倒れていたんだ……」
声も上げず、肩を揺らして笑う。
「そして幸いなことに闇導師は滅びた。転移装置も手に入れた。あと一歩だ」
「闇導師の隷属は解けたはずだろ……」
「そんなものは疾うに消えたよ。この世界の再生を望むのは僕の意思。B-QUEENの力を失った僕を、彼等は見捨てなかった」
途端、風見の纏っていた霊力が一際、大きく禍々しいものへ変貌した。
「分かるかい? 君の限界突破と同等の力だ。悪魔王とエデン、究極の力さ!」
「本気で狂ってやがる……」
カズヤは苦々しい顔で舌打ちする。そして、蜂を取り込んだ闇導師の力が、なぜ不完全だったのかという答えに辿り着いてしまった。
「狂っている? 狂っているのはこの世界の方さ。僕はそれを正しい方向へ導こうとしているだけなんだから……」
悪魔が憑依したような醜悪な笑み。
「君の命を奪う前に、君が守る全てを破壊したくなったんだ。絶望に苦しむ顔を見たくてね。霊能戦士の姿がないけれど、死んでしまったのかな? クレア君だけは僕の手で始末したかったんだけれどね」
「黙れ! クソ野郎!!」
瘴気と化して崩れ去る悪魔の体を飛び越え、カズヤは風見へ迫った。
霊能戦士のアッシュとアスティは車内で治療中。戦いに加わることは不可能だった。
「神剣! 天叢雲!」
カズヤが袈裟懸けに振り下ろした一撃を純白の刀身が受け止めた。
剣撃の威力は互角。だが、風見はその口元へ不適な笑みを見せる。
「大蛇!」
風見の肩胛骨に添い、左右へ四頭ずつの大蛇が具現化。カズヤを喰らい尽くさんと、大きな口を開け一斉に迫る。
「シールド!」
鍔競り合いを続けながらも、カズヤは咄嗟に霊力壁を展開。彼へ迫っていた大蛇たちはドーム状に広がったそれへ次々と激突し、敢え無く弾かれた。
「では、これならどうかな?」
余裕を崩さない風見。素早く大蛇たちを手元へ引き戻すと、八頭それぞれの口内へ霊力の青白い光が灯っていた。
「天照!!」
「イレイズ・キャノン!!」
大蛇が吐き出す霊力の砲撃。それと同時に、カズヤも霊力球で応戦していた。
霊力壁が砕けると同時に、衝突した二人の攻撃が強烈な衝撃波を生んだ。
互角の力はそれぞれへ均等に衝撃をもたらす。大きく体を弾かれた二人は、勢いよくアスファルトを転がっていた。
「くそっ……」
顔を上げたのはほぼ同時。カズヤの目に飛び込んできたのは、互いの中間地点に残された剣と刀だった。
幸か不幸か、具現化が解けるほどの距離を離れることはできなかったのだ。そして、二人は瞬時に確信した。ここで武器を手にした者へ、勝利の女神は微笑むと。
彼等は慌てて立ち上がり、互いの武器を取り戻そうとなり振り構わず走り出す。
そこで明暗を分けたのは互いの手札。圧倒的な火力を誇る風見へ勝利の天秤が傾いた。その背にはまだ、八頭の大蛇がしっかりと息づいていたのだ。
走り出したカズヤを見据え、喉の奥から威嚇音を上げる大蛇。それと同時に、再び霊力の光が口内を満たしていた。
これを避けては間に合わない。覚悟を決めたカズヤは、霊力壁で耐えようと右拳を握りしめ突進を続けた。
「あまてら……」
「セレスト・シュート! 霧氷!」
突然に横手から飛び込んだ霊力弾。ミナが属性変化の力を与えたそれは、水色の輝きを纏って風見へ着弾した。
凍結効果を与えた上に、氷の攻霊術を乗せた弾丸。その効果は絶大だった。
一発目が大蛇二頭の頭をまとめて氷漬けに。続く二発目が風見の右膝を凍り付かせていた。
風見が転倒すると同時に、三発目の銃声が轟いた。それがカズヤの剣を弾き、滑るように彼の足下へ転がしていた。
「サンキュー!!」
最後まで彼女の力に頼ってしまったことを情けなく思いながらも、ためらいなく剣を拾い上げるカズヤ。
純白の刀を追い越し、倒れる風見へ狙いを定めたその時だった。
「天照!!」
風見が見せた最後の抵抗だった。
左の背に生える四頭と、右の背に残された二頭の大蛇が砲撃を吐き出す。
カズヤは霊力壁を展開し、四本の砲撃を辛うじてやり過ごした。だが、残された二本の砲撃は、彼でなくミナを狙ったものだった。
霊力の花弁が儚く宙を舞っていた。カズヤの視線の先で、黒髪に戻ったミナの体が仰向けに倒れてゆく。
砲撃は、彼女が展開した霊力壁を容易に突き崩し、肩と腹部を貫いていた。
「風見ぃぃぃぃぃぃ!!」
狂ったように吠え、カズヤは怒りと共に駆けた。尚も抵抗しようと足掻く風見へ、すかさず右手を突き出していた。
「シールドっ!!」
それはまさに咄嗟の思い付きだった。攻撃を防ぐために使っていた霊力壁を、相手へ向けたらどうなるのかと。
次の瞬間、風見の体は大蛇ごと霊力壁の中に密閉されていた。その光景は、霊力で作られた棺を連想させた。
「くっ! ここから出せっ!!」
うつぶせのまま、窮地を脱しようと藻掻く風見。しかし、体のサイズにピッタリと填まった棺型の霊力壁を前に、身動きすることすらできなかった。
『ミナ、SOUL30。尚も低下中!』
「てめぇ……よくもミナを!!」
通信機からの警告に怒りをたぎらせ、風見を睨み降ろすカズヤ。震える拳で剣を逆手に持ち替え、心臓へ狙いを定めた。
「どんな気分だよ、風見。黒髭ならぬ、黒蛇、危機一髪だな……てめぇなんて消えちまえ!」
まるで楔を撃ち込むように、剣の先端を突き立てるカズヤ。風見の体は霊力壁に覆われたままだが、干渉の対象外へ指定したため、刃はそれを容易にすり抜け彼の体を傷付けた。
半狂乱のカズヤは、風見の体へ何度も刃を突き立てた。大蛇を貫き、背中、腕、腹、腰、所構わず刃が貫く度、小さな呻きが漏れた。
「カズヤ! もう止めなさい! ミナは助かるから!! 絶対に助けるから!」
セレナの悲鳴のような叫びを耳にして、カズヤはようやく正気を取り戻した。その手からこぼれ落ちた剣が地面で弾むと同時に、風見の弱々しい声が漏れた。
「こいつ、まだ生きてんのか?」
すっかり消耗し、肩で息をするカズヤ。それとは対照的に、生にすがり尚も足掻き続ける一人の男がそこにいた。
「認めない……」
絞り出すように発せられた一言。だが、それは執念を秘めた強烈な言霊となって彼に力を与え、獲物を襲う毒蛇のようにカズヤたちの心を丸呑みにしていた。
「認めない……僕は認めない! 僕は神になる男だ! こんな所で、こんな所で終わるはずがないんだあぁっ!!」
直後、風見を覆っていた霊力壁が爆散。カズヤの体は弾き飛ばされていた。
「くそっ! どうなってんだよ!?」
カズヤの目に飛び込んだのは、立ち上がった風見の姿。全身から怒りを滲ませ、真っ向から彼を睨んでいた。
「ウソだろ……」
後ろ手を付いて立ち上がりながら、信じられない光景に目を見開くカズヤ。
そこにいたのは、彼が知る風見ではなかった。肩まで伸びる長髪を紺色へ変化させ、瞳は淡い水色へ変わっている。
その姿に本人が最も驚いていた。溢れ出す力の奔流は目に見える形で具現化し、剣となって彼の手中へ収まっていた。
「ふはははっ! どうだ! ついにやった! 僕にもA-MINの力が覚醒したんだ! この世界も僕を見捨てなかった!」
高らかに笑う風見。その胸元から蒸気のような煙が立ち上っていた。
「へぇ……どうやら霊撃の治癒速度も向上するようだね。痛みが引いていくよ」
上機嫌な風見とは対照的に、剣を拾い上げるカズヤの顔は血の気を失ってゆく。
最大の敵を前に言葉すら失い、呆然と立ち尽くすことしかできずにいた。