30 怨念か? 最後の呪いに置き土産
夢来屋の裏口へ急ぐタイガとサヤカ。通路を駆けながら、タイガは通信を続ける。
「敵の数は?」
『霊眼で確認できるのは一体。感知システムに掛からないことから、中位悪魔以上の能力かと。気をつけてください!』
「あたしたちに勝てるのかな?」
「勝てるかどうかじゃない。ここはもう、やるしかない!」
サヤカの不安を吹き飛ばすように、通信を終えたタイガは力強く言い放った。だが、彼も不安と緊張は隠しきれない。
主力の抜けたアジトへ霊力の接近が知らされたのはつい先程のこと。まるで、滅び行く闇導師の怨念が具現化したような最後の呪い。
屋外へ飛び出し、店舗の正面へ回り込んだ二人。舗装されたアスファルトの両脇には、鬱蒼と生い茂る竹林が広がる。
高台に立つこの場所を目指し、民家もまばらな坂道を昇ってくる人影があった。
「なにアレ……極、気持ち悪い……」
顔をしかめて仰け反るサヤカ。隣で危険を察したタイガは、A-MINの力を解放。
それはとても、人影と呼べるものではない。まさしく悪魔そのもの。三メートルという長身に、鷹、山羊、ワニの三つの頭部。両腕の他に、背中から生える二本の腕と鷹の翼。
二人は知るはずもないが、それは光栄高校でエデンに吸収された悪魔たち。彼等を溶かして混ぜたように体は半ば崩れ、ドロドロとした体からは湯気のような瘴気が立ち昇る。
「龍虎の牙!」
タイガの拳から肘にかけ手甲が具現化。右腕は荒々しさを秘める青龍を模した緑の甲。左腕に猛々しさを秘める白虎を模した白の甲。
「神王の鉄槌!」
サヤカの手には、身長と同等もある銀色の巨大十字架が。正面には、両腕を広げた女神が彫り込まれている。
武器を身構えた二人を見るや否や、獲物と見定め突然に走り出す悪魔。
そして突き出された背中の二本腕。それぞれの手元から霊力球が放たれる。
「玄武!」
タイガは素早く防御用の霊力壁を展開。放出霊撃への反射能力を持つそれが、二つの霊力球を即座に弾き返していた。
だが、悪魔も背中の翼で大きく跳躍。霊力球は竹林に飲み込まれ姿を消した。
「ていっ!」
空中で動きを止めた悪魔へ、サヤカの放った十字架がブーメランのように迫る。しかし、左腕一本を振るっただけで、その攻撃は難なく弾かれてしまう。
己の無力さを呪うサヤカ。A-MINを持たない彼女は余りに非力だった。
「下がってくれ。ここは俺がやる!」
「え!? でも、一人じゃ……」
サヤカを庇うように前へ出るタイガ。その時だ。竹林へ歌うような声が響いた。
「霊界漂う数多の精霊よ。造の創主に変わって命ず。我に力を与えまたへ……」
その声に、サヤカは背後を振り返る。
「造霊術、来精印!!」
悪魔の背後へ浮かび上がる真紅の魔法陣。そこから飛び出したのは、普通車ほどもある真紅の小型竜だ。
西洋のドラゴンを連想させるその姿。爬虫類のような鱗が全身を覆い、コウモリに似た翼を要して空を舞う。
振り返った悪魔へ降り注ぐ、強烈な火炎の吐息。炎の上位霊術と同等の霊撃が、怪物の体をたちまち火だるまにしていた。
「極、凄い! 凄いよ!」
召喚された火竜。そして、それを操るセレナの姿に感嘆の声を上げるサヤカ。
「霊気の薄い地上では長くは持たないわ。それに竜のサイズも小さい……これで、あの悪魔を倒せるかしらね……」
苦痛に顔を歪めるセレナ。無理な召喚術が体へ重い負担を課しているのだ。しかし、今はこの力に頼るしか無い。
タイガとサヤカも見守る中、火竜は鋭い牙を剥きだして悪魔へ急降下する。
敵を包む炎が消えた直後、丸呑みにするように大きく口を開ける火竜。その牙が悪魔の右肩へ深々と食い込んだ。
一方、悪魔もそれを引き離そうと、四本の腕を使って竜を掴み、強く殴りつける。
「うぅっ……」
火竜が攻撃を受ける度、それを操るセレナの顔が苦痛に歪んだ。
自らの霊力を消耗し、幻獣を具現化する召喚術。そうして生み出された化身は、視覚だけでなく痛覚をも共有するのだ。
たまらず空へと逃げる火竜。しかし、悪魔の腕が竜の尾を掴み取っていた。
「あっ!?」
サヤカが驚きの声を上げると同時に、悪魔は竜の体を地面へ振り下ろす。
叩き付けられた巨体が大きく弾み、敵は素早く馬乗りに跨がった。
火竜の首を締め付け、背中から二つの拳が代わる代わる顔を狙って振り下ろされる。その度に苦痛を漏らすセレナ。
火竜も反撃の吐息を吐き出すが、悪魔の腕を焼き尽くすことはできない。
「まずいな……」
たまらず坂を駆け下りるタイガ。右腕を覆う竜の手甲へ霊力の青白い光が灯る。
「朱雀!」
悪魔を目掛けて振り抜く拳。手甲の先端から炎の鳥が飛び出していた。
炎の鳥は、火竜へ跨がる悪魔と接触した瞬間に爆発。弾き飛ばされた敵の体が勢いよく地面を転がった。
「よし!」
タイガが歓喜の声を上げるも、火竜の姿が徐々に薄れ始めていた。
「セレナさん!?」
サヤカの悲鳴のような声と共に、地面へ膝をつくセレナ。敵から受けたダメージが予想以上に大きかったのだ。
不安と焦りを抱え、戦いに視線を戻すサヤカ。その先で悪魔は既に身を起こし、タイガへ四本の腕を突き出し、四つの霊力球を放つ。
「玄武!」
再びドーム状に展開するタイガの霊力壁。これでやり過ごせると思ったのも束の間、攻撃を受けた霊力壁が大きくひび割れ砕け散る。
声もなく弾き飛ばされるタイガ。後頭部を打ち付け、後転する体が力なく流されてゆく。
「タイガ先輩!?」
目の前の光景を信じられず、悲鳴のような声を上げるサヤカ。
先程弾き返したのは二つの霊力球。敵が全力で放った四つの攻撃は、霊力壁の耐久度を易々と超えていたのだ。
うつぶせに倒れたタイガを狙い、悪魔がゆっくりと近付いてゆく。
『タイガ、SOUL55まで低下!』
通信機からの警告と同時に、火竜の姿は完全に消滅。セレナの荒々しい息づかいがサヤカにもはっきりと聞こえていた。
殺意と狂気を撒き散らし、悪魔はタイガの命を狙う。もはや、サヤカにはどうすることもできなかった。
「リーダー……お願い、助けて……」
悪魔が四本の腕を振り上げたその時だ。凄まじい速度で飛来した何かが敵の背に激突。悪魔は派手に吹き飛び、ダイブするように顔から地面へ激突したのだった。
着地したのは、真っ赤なヒーロー・スーツと青白い翼を纏った少年。
「セイギ君!?」
サヤカの見つめる先で、両足を広げ前屈みの姿勢を取る。更に両腕を大きく広げて平行に動かし、十時二十分の位置へ。
「光あるところにまた闇もあり。それは揺るぎなき運命……ならば私は、その闇が果てるまで戦い続けよう。少年少女、安全保証戦士、セイギマン!」
悪魔が身を起こす最中、セイギは腰を落とした。両拳をきつく握り、見えないバーベルを上げるように両脇へ添える。
「二段変身!!」
セイギの体を包む霊力が膨れあがった。同時に、灼熱の太陽を思わせるヒーロー・スーツの赤が血のように赤黒く濁り始め、闇夜さながらの漆黒へ変貌する。
「セイギマン、モード・ブラック。堕ちた貴様に極上の痛みを味わわせてやろう」
立ち上がった悪魔へ突進するセイギ。そして、その姿を不安げに見つめるサヤカ。
A-MINを展開しながらの二段変身。そこまでしなければ倒せない相手という事実。加えて、変身時間は約五分。果たして時間内に、あの怪物を倒すことができるのだろうかと。
しかも、今の彼は万全の体調とは言えない。駆け付けてくれたことは素直に有り難いが、体力が持つのだろうかという心配もあった。
そして、サヤカの目の前で始まったのは凄まじい殴り合いだった。
右。そして左。また右。青白い光を灯すセイギの拳を打ち払うように、悪魔も二本ずつの腕を交互に振り下ろし応戦。
拳と拳が激突。互いの攻撃を弾く連撃の応酬。致命的な一撃こそないものの、しのぎを削る争いが繰り広げられていた。
「まさか、動けないんじゃ……」
彼らしくない荒々しい戦法に、不安を隠せないサヤカ。それを裏付けるように、セイギの脚は根を張ったようにその場を動かない。
『セイギ、SOULとMINDが急激に低下中! タイムアウトまで残り二分!』
警告の直後、痺れを切らした悪魔が、背中に生える二本の腕から拳大の霊力球を連射。だが、セイギは崩れない。
霊力球を受けて尚、引き下がることもせず拳を振るうセイギ。それはまるで、戦うことを宿命づけられた戦闘兵器のようだった。
「もういいよ……止めてよ……」
涙ぐむサヤカの声も届くことはない。
「まだだ。まだ飛べる……」
全身を襲う衝撃に耐え、セイギは敵の両拳を弾く。そうしてできた僅かな隙に、腹部へ正拳突きを叩き込む。
絶対に負けられない。仲間たちを守る最後の砦として、何が何でもこの場を死守するという想いだけが、彼の心を奮い立たせていた。
「オメガ・インパクト!!」
青白く輝く拳が悪魔のみぞおちを直撃。
悪魔が地面へ膝を付くと同時に、ヒーロー・スーツを失ったセイギもまた、崩れるように地面へ倒れ込んでいた。
『セイギ、SOUL15! MINDは0表示により戦闘不能!! 危険な状態です!』
「セイギ君!!」
サヤカの前で悪魔がゆっくりと立ち上がる。崩れ落ちた三つの顔からは感情を読み取れないが、確かにセイギの体を見下ろしている。
「そんな……」
彼女は夢中で駆けだしていた。このまま、セイギを失うわけにはいかないと。
その思いを砕くように悪魔が右足を持ち上げた時だ。突如、横手から飛来した霊力球が敵の巨体を弾き飛ばしたのだった。
「なに? どうなってんの!?」
サヤカがそちらへ視線を向けると、風の結界が消滅したところだった。
「これ以上、誰も死なせねぇ!」
そこから姿を現したカズヤは、術を解いたミナと共に身構えた。