24 負けは無い。限界突破がある限り
もう少しうまく立ち回れなかったのか。そんな後悔だけが胸を埋め尽くす。
また選択を間違えた。レイカ先輩とクレア。大切な存在を一度に失ってしまうなんて。
宿泊用に与えられた個室でベッドに寝転がり、天井を見つめたところで何も変わらない。分かっていても、何かをする気力も沸かない。
アスティが連れ帰ってきたクレアの遺体。まるで眠ったように穏やかなあの顔が頭を離れない。昨晩の温もりはまだ、こんなにも鮮明に残っているのに。しかも、レイカ先輩は遺体すら見つからなかった。風見はどうでもいいが、先輩をしっかりと弔ってあげられないことが悔しくてたまらない。
爆散したエデンの体。あの中にレイカ先輩の体も残っていたはずなのに。
悪霊や悪魔の手にかかって亡くなったということは、人々の記憶から存在が消えるということ。先輩を覚えているのはここに残るメンバーだけ。そんなこと認めたくない。
終わりの始まり。夢で見た風見の言葉が蘇る。この戦いの果てに、一体、何が残るというんだろうか。
世界は変わらず回ってゆく。でも、俺の心を構成する歯車は大事な部品を次々と失い、軋みを上げて崩れ続けている。
「でもきっと、俺以上に辛いのは……」
メディカル・ルームで、カミラさんの遺体を前に号泣していた部隊長、ジェイクさん。
悲しみに暮れたグレンさんの話によると、霊魔大戦で命を落とした前部隊長マルス。彼に命を救われ、その意思を継いだのがジェイクさんなのだという。
カミラさんとマルスさんは結婚を誓い合っていた。そのマルスさんを死なせたという罪の意識が、ジェイクさんを苦しめ続けていた。
カミラを頼む、と託された想い。それを果たせず、苦しみは更に深まってしまった。
誰かの想いを背負うということが、こんなにも重く苦しいことだなんて。
カミラさんとカイルさん。二人の遺体とやり切れない思いを抱え、ジェイクさん、グレンさん、サリファさんは霊界へ戻った。戦神の攻撃に対して、戦力が不足しているためだ。
最後まで手伝えずにすまないと言うジェイクさんだが、霊界の戦いも相当厳しい状況のはず。四混沌の一人。獅子顔の悪魔、戦神アンゴラとその眷属。聞けば、序列一位から三位までが存命だという。今日の戦いに協力して貰えただけでもありがたいことだったんだ。
そして、胸の内には闇導師への怒りがとめどなく溢れてゆく。ゼノと二人、この戦いを必ず終わらせてみせる。
枕元の携帯を引き寄せる。時刻は二十一時。まずは眠って霊力を回復させる。
その時だ。不意にドアがノックされた。今は誰とも話したくない。ゼノですら、意識を遮り遠ざけているほどなのに。
「神崎、お願い。開けて……」
朝霧の声だ。弱々しく擦れた声。
みんなの死を目の当たりにしながら、その悲しみと恐怖を押し殺して戦い続けた。あいつも辛い想いを抱えていた一人に違いない。
疲れた体を引きずるようにドアへ向かう。引き開けた先に、憔悴した顔の朝霧と久城が。
「少し話せるかしら?」
「悪いけど、今は一人にしてくれ……」
「リーダー。そんな言い方、酷いよ」
顔を見せたのは、朝霧に対して申し訳ない気持ちが多少なりとも働いたからだ。今更、なんの話があるっていうんだ。
「待って!」
ドアを閉めようとしたところで、突然に朝霧が手を差し込んできた。危うく挟みそうになり、慌てて動きを止める。
「玲華さんのこと、本当に申し訳ないと思っているの……側にいたのに何もできなかった……自分の無力さが悔しい」
うつむいていた朝霧が不意に顔を上げ、力強い瞳で真っ直ぐに見つめてきた。
「神崎。あなたの辛い気持ちも凄く分かるわ。でも、ヤケにならないで! 前みたいに、逃げ出したりしないわよね!?」
「逃げる? ふざけんな! 闇導師は絶対に倒す! もう逃げないって約束したんだ。自分の力を信じて、前に進むって」
レイカ先輩の笑顔が浮かぶ。あの人は、こんなにも鮮明に記憶の中で生きている。
「それを聞いて安心したわ……私にもクレアから託された想いがある。言ったわよね、あなたの剣になるって。私にできることがあれば、何でもするから!」
「何でもするって?」
「え? えぇ……」
俺の言葉に驚き、目を丸くする朝霧。その整った顔を目にしながら、自分の中に込み上げる黒い衝動を抑えきれない。
「久城は自覚してるからいいんだ。おまえも、ハッキリ言って足手纏いなんだよ。明日の戦いには必要ねぇ。俺とゼノの二人で充分だ」
「ちょっと! どういうこと!?」
「ここで大人しく待ってろ。タイガ先輩も分かってくれたよ……中途半端な強さは、毒にも薬にもならねぇんだよ!」
「でも、私は!」
身を乗り出して部屋へ入ってこようとする朝霧の肩を掴んだ。
「何でもするって言ったよな? おまえの命と引き換えにレイカ先輩が生き返るなら、そうして欲しいくらいだぜ。大人しく待ってるくらい簡単だろ?」
「裁きの雷!」
突然、久城が放った強烈な衝撃波に襲われた。体を後方へ弾かれ、腰と後頭部を強打した痛みに呻きが漏れた。
「リーダー、極、最低だよ! そんな人だなんて思わなかった! 見損なったよ! ミナちゃん。もう行こう!」
二人の足音が遠ざかる中、思わず苦笑が込み上げた。体以上に心が痛い。でも、これでいいんだ。間違っていない。
レイカ先輩と朝霧の間で揺れ続けた挙げ句、クレアの優しさに逃げた俺。こんな男に、全てを投げ打つ必要なんてないんだ。絶対に。
☆☆☆
午前四時。一人、静かに部屋を出た。
静まり返ったアジトを進み、ロビーの噴水まで来ると、ベンチに腰掛けている人影が。
「こんな時間に、なにしてるんスか?」
「それはこっちのセリフでしょう?」
暗がりに潜んでいたのはセレナさんだ。思いも寄らぬ待ち伏せに戸惑ってしまう。
「どこへ行くつもり?」
「ちょっと散歩に……」
「この真夜中に?」
「えぇ。この真夜中だからこそ……」
「じゃあ、私も一緒に」
「冗談……」
静まり返った空間に声がよく響く。歌でも歌えばさぞかし気持ち良いだろう。
セレナさんが無言で見つめてくる。
ボスはカミラさんが引き起こしたゴタゴタの残務処理で霊界へ足止め中。現在、このアジトの責任者はこの人だ。俺を引き留めにでも来たんだろうか。
「ミナちゃん、泣いていたわよ。もっと他に方法があるでしょうに……必ず返る、待っていてくれ! とか言えないの?」
その言葉に思わず吹き出した。
「体が痒くなる……俺は悪役で充分。これまでも散々、あいつを傷付けてきたんスよ……今更、優しい言葉なんて……」
もうこれ以上、みんなを巻き込めない。敵は闇導師ただ一人。後は、俺が全てを背負えば何もかも終わるはずだ。
「ミナちゃんを好きなんでしょう?」
「それは……自分でも分かりません……でも、気持ちは捨てたつもりです。レイカ先輩を助けに行くって決めた時に……」
「そう……それなら私が口を挟む問題じゃないわね。私からお願いしたいことは一つだけ」
「なんスか?」
「必ず生きて戻ること。約束して!」
朗らかなセレナさんに似合わない真剣な表情で、薄闇の中、俺を見据えている。
「大丈夫。俺たちを誰だと思ってんスか? 限界突破の狂戦士っスよ!」
余裕の笑みを浮かべて、すれ違い様にセレナさんの肩へ手を置いた。
「絶対に負けねぇ!」
自身へ言い聞かせる。そうして決意を新たに、地上へ続くエスカレーターへ足をかけた。
(ゼノ、行こう! 闇導師を倒して、全てを終わらせようぜ!)
(ヒャッハッ! 任せな! こっちは、体が疼いて仕方ねーんだ! ようやくあいつと決着を着けられるんだからな!)
絶対に負けない。負けるはずがない。俺のA-MINとゼノの力。限界を突破した二つの力がある限り、勝利は確実だ。
不思議なものだ。あの時はたった一人で逃げ出した俺が、今度は一人で最後の戦いに臨むことになるなんて。
アジトを出たら、まずは駅を越えた先にある海岸へ。三日月島はその先だ。ゼノの空霊術を使って移動するしかない。
夢来屋の裏口通路へ出ると、頼りない照明が周囲を照らしていた。すると、出口の扉の前へ見知った顔が。
「よう。随分と遅かったな」
「アッシュ!? どうして?」
「何も言わずに行くつもりか? 相変わらず水臭いっていうか、不器用っていうか。一人で背負いすぎなんだっての」
呆れたように微笑んでいる。
「セイギは治療中だろ。行くって言うけど、どう見たって無理だ。アスティは部屋に引きこもり。ここは俺の出番だろ!」
アッシュの言う通り、エデンに取り込まれたセイギは多量の瘴気を吸い込み満足に動けない。アスティも、クレアを失った悲しみから抜け出せずにいる。
「実を言うとな、タイガに頼まれたんだ。おまえを助けてやって欲しいって」
「タイちゃんに?」
なんだかんだと言いながら、あの人には見透かされていたわけだ。
「行くんだろ!? 深紅の狂戦士様の、無双の戦いっぷりを拝ませてくれよ!」
アッシュなら戦力として申し分ない。断る理由は何もないだろう。
「分かった。行こう!」
ついに、最後の戦いが始まる。