22 この力、名前を付けるとしたならば
巨大な霊力球を口内へ含んだまま、恐竜ティラノサウルスを模した顔がミナを捉えた。
恐怖に耐えるその細い体を見つめ、満身創痍のゼノは自身の体へ命令する。
「頼む! 動けっ!」
彼らしくもない取り乱し方だった。
もう滅咆吼を放つ力は無い。体も傷つき思うように動けない。それでも、眼前で危機に晒されている少女を放っておけるはずがない。
やはり一人の方が楽で身軽だ。誰かの想いを背負って戦うなど重すぎる。そんな悲壮的な思考が脳内を見たし、自暴自棄のような気持ちが心を苛んだ時だった。
彼の心へ思念が届いた。まるで、天の神から与えられた救いの啓示のように。
(おまえは一人じゃねぇ!)
体が軽くなる感覚を覚えたゼノ。痛みも忘れ、ミナの元へ瞬く間に駆け寄っていた。
直後、二人へ向かって解き放たれた巨大な霊力球。ミナの体を胸へ抱き寄せ、ゼノは咄嗟に左手を突き出していた。
「シールド!」
傘を思わせる半円形の霊力壁が二人の眼前へ展開。しかし、こんなもので防げるほど怪物の攻撃は甘くない。
なぜ、今ここでこの選択だったのか。それはゼノにも分からない。ミナを連れてここを離れることもできたはずだ。しかし、目の前の敵から逃げてはいけないという強い想いが、彼等をそこへ縛り付けたのだった。
二人へ迫る巨大な霊力球。瞬間的に死を覚悟したゼノだったが、とてつもない破壊力を含んだ攻撃は霊力壁の上部を砕きながら頭上を通過。二人の遙か後方で炸裂したのだ。
彼等の代わりに大地が大きく削り取られ、生い茂る木々は薙ぎ払われた。爆発と共に大量の土砂が舞い上がる。
「エデン!?」
レイカの姿をしたミナが驚きの声を上げると、怪物は苦しむように全身を悶えさせた。
「オマエナンテ、デテイケ!」
怪物の口からエデンの声が漏れた。まだ、彼の自我は失われていなかったのだ。
ゼノはミナの体をそっと離し、ここが好機と大剣を構える。その全身を霊力の青白い光が包んでいた。
体中に満ちてゆく気力と霊力。それが何かは彼にも良く分かっていた。
溢れ出す力の奔流は目に見える形で具現化。天女の羽衣のような帯が首へ掛けられていた。
(ゼノ。おまえは一人じゃねぇだろ。ここまで一緒に戦ってきたのは誰だよ!?)
再び響く思念。それは彼が羨望する存在であり、この体の持ち主。その想いが心と体を通じてゼノにも流れ込んでくる。
「ヒャッハッ! 大した奴だよ、おめーは。この土壇場でついにやったか!」
(俺にも信じられないけどな。おまえに全部託すよ。あいつを倒すぞ!)
絆を、想いを、他者と未来へ繋ぐ力。その強い気持ちが、帯という形をとって現れたのだ。ミナの花弁、セイギの翼が彼等の想いの力の象徴であるように。
「これが、神崎のA-MINなの?」
光を撒き散らす帯に見とれるミナが、呆気に取られたようにつぶやいた。
すると、その光が力を与えたかのように霊能戦士たちも身を起こした。それぞれが傷を負いながらも、瞳に宿る力は失われていない。
「でもな、滅咆吼も使い切っちまった。俺にできることはもうねーんだ……」
(いつもの威勢はどうしたんだよ!?)
カズヤの思念に笑いを漏らすゼノ。そんな彼の背中をミナが強く叩いた。
「まだ、できることはあるわ! あいつの頭を狙って飛んで! ありったけの力で、霊力球を叩き込むの!」
「はぁ? 霊力球?」
「いいから早く! 時間がないわ!」
ゼノの腕を取ったミナ。すると、彼女の体を風の結界が取り巻いた。
「おめー、この力は!?」
「螺旋円舞!」
二人の体が独楽のように激しく回転を始めた。腕を取られたゼノは、振り回される格好で宙へ浮く。それはまるで、ゼノという砲丸を投げるためにミナが勢いを付けているよう。
「行っけえぇぇっ!」
スカートがまくれ上がるのも気にせず、ミナはゼノの体を放り投げた。
自身とレイカとクレアの想い。それら全てを彼へと託して。
「空霊術、翔!」
風の結界を纏ったゼノ。脚力を強化すると、苦しみに呻く怪物の体を踏みつけ、瞬く間にその頭上へ跳ね上がった。
「なんだか分かんねーが、やるしかねー」
ゼノは怪物の頭頂へ狙いを定め、自身に残された霊力と、カズヤから送られてくる霊力を剣先へ注いだ。
斬魔剣の先端へありったけの力を込めた霊力球が発生したが、乗用車のタイヤ程度の直径。敵の巨体を討つには程遠い。
「受け取って!」
眼下から響くミナの声。彼女が手にした装飾銃の銃口には、ゼノの剣先と同サイズの霊力球が生まれていた。
レイカの姿になった直後から、装飾銃が持つ溜め打ちの能力を使って蓄え続けていた力。
「ゴールド・シュート!」
ゼノが構えた斬魔剣へ向かい、眼下から黄金色に輝く霊力弾が撃ち込まれた。ミナが全ての願いと力を込めて放った渾身の一発が。
「自分たちも続くぞ!」
叫んだジェイクの手元には、渦を巻く紫の霊術球が。
「そういうことか。よっしゃ! カズヤ、しっかり受け取れよっ!」
気合いと共に、印を組んだアッシュの指先にも霊術球が展開する。
「放て!」
ジェイクの号令と共に、アッシュ、グレン、サリファの手から霊術球が次々と放たれた。
「攻霊術! 星導!」
それらを追うようにジェイクが放った霊術球、星導。隊長と部隊長にしか扱えない高難度霊術だが、他者の術を吸収し威力を増幅させる効果を持つそれが、三人の霊術球を吸収して大きく肥大した。
そして、四人分の力までもが斬魔剣へ加わる。全ての想いを受け、剣先に収束した霊力球が数倍の大きさへ膨張。
凄まじい力の内包がゼノにもしっかりと伝わっていた。全員の想いを乗せた一撃。この力に名前を付けるとしたならば。
「幻獣王・超絶滅咆吼!!」
斬魔剣から解き放たれた黄金色の霊力球。それがモノクロの空を切り裂く流星のように流れ、怪物の脳天を貫いたのだった。
「グガアァァァァァッ!」
空間へ轟くおぞましい絶叫。その叫びが空間内にいるゼノたちの心を蝕んだ。
それは、滅びへ向かう怪物が、全てを巻き添えにしようとするような叫び。絶叫が見えない手と化して、彼等の心臓を鷲掴みにでもしているかのようだった。
だが、その絶叫もすぐさま萎み、瘴気を撒き散らす怪物の頭から胸元までが崩壊。心臓部へ、怪物に飲み込まれていたエデンの上半身が剥き出しになった。
頭部を失いながらも怪物の動きは止まらない。まるで下半身に心臓があるかのごとく痛みに藻掻く。その動きに合わせて黒い瘴気が舞い上がり、取り込まれた悪魔たちの体の一部がこぼれ落ちた。
それと同時に現れたのは、黒いスーツと青白い翼を纏ったヒーローの姿。
「あいつ、無事だったか!」
口元を緩めるゼノの眼下で、エデンヘ向かって落下するセイギ。
腕を大きく振りかぶった彼の両手は祈るように組み合わされ、霊力の青白い光に包まれていた。
「オメガ・インパクト!」
「ガハアァッ!」
セイギは両手を包む霊力球で、エデンの背を思い切り殴りつけた。その衝撃に、彼はたまらず胸を反らせる。
すると、小さな体を蝕むように埋め込まれていた虹色の宝玉が一同へ晒された。
ゼノの狙いは定まった。次の一撃で確実に相手の息の根を止めるために。
「行くぜ、バカズヤ!」
後に続いて落下するゼノが、斬魔剣エクスブラッドを大きく振り上げた。
「行け! 神崎!」
怪物の足にしがみついたセイギが叫ぶ。
「お願い! 勝って!」
眼下で両手を組んで祈るミナ。
二人の願いが声となってゼノに力を与える。その想いを受け、ゼノとカズヤは斬魔剣を振り下ろした。狙うは眼下のエデンと宝玉。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
竜の爪と化した深紅の軌跡が唸る。全てを切り裂かんとするその一撃が、エデンの細い肩へ深々と食い込んだ。
傷口から吹き上がる黒い瘴気。勢いは留まるところを知らず、そのまま胸の中心にある宝玉までも打ち砕く。
「ガアッ! グガアァァァァァッ!」
断末魔の咆吼を上げるエデン。怪物の下半身が大きく仰け反り、セイギはそこから振り落とされた。
「セイギ!」
ゼノは、残された下半身を蹴りつけ地上へ加速。落下する彼の体を掴み、風の結界を纏って静かに着地していた。
そして怪物の下半身は力なく数歩後ずさると、電池が切れた玩具のように停止する。
「ガキ魔人。おめーも可哀想な奴だったな。もう楽になれよ……」
自身と同様の存在。いや、一歩間違えば、そうなっていたのは自分だったのかもしれない。そう思うと同情せずにはいられなかった。エデンもまた、闇導師という存在に運命を弄ばれた一人なのだ。
哀れむような眼差しを向け、ゼノはその姿を焼き付けるように見つめていた。