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20 今、誓う。絶対、誰も死なせない


 太陽へ喰らいつかんばかりの大きな黒い影。悪魔王あくまおうを再現したその姿を見上げ、大剣たいけんを担いだゼノは顔をしかめた。


「オリジナルと同じ強さだとしたら、見た目に似合わず動きは俊敏だ。それから、あいつが口を開けたら警戒しろ。霊力球れいりょくきゅうが来るぞ!」


 悪魔王との戦いには、五属性の賢者けんじゃ霊能戦士れいのうせんしも参加していた。心許こころもとない人数だが、相手も完全体でないとすれば勝機は充分にある。


「ゼノさん、あんな怪物と戦ったんですか……どうやったら倒せるんだよ」


 エデンを見上げ、恐怖に息を飲むアッシュ。


「考えるより、動くしかねーだろ! 突っ立ってるだけじゃ相手は倒せねーぞ!」


 大剣を抱えたゼノが駆けだした。


 エデンは、向かってくる矮小わいしょうな存在を認識。薙ぎ払うように強烈な咆吼ほうこうで威嚇するが、そんなものでゼノの戦意を削ぐことはできない。


神隠かみかくし!」


 ここへ来るまでにゼノの左腕も完治していた。周囲は瞬く間に霧で覆われ、一帯の風景をモノクロに塗り替えてゆく。


「ガキ魔人。俺を殺さない限り、てめーはこの空間から絶対に逃げられねー」


 ゼノの振るった大剣が、深紅の軌跡を描いてエデンの左太ももを一閃。肉を断つような確かな手応えがあるものの、目の前の影は悲鳴一つ上げることはない。


 その攻撃に続いて、霊能戦士たちもエデンを取り囲むように展開した。


 ジェイクのレイピアからいかづちの矢が飛ぶ。グレンは手斧ハンド・アクスをバツの字に交差させ霊力刃れいりょくがを。アッシュの振り上げた長剣からは地を這う霊力刃。薙ぎ払われたカイルの剣先からは炎の属性を持った霊力刃が飛ぶ。サリファの手にしたメイスの先端は霊力球れいりょくきゅうに包まれ肥大。それをハンマーのように振るい怪物を打つ。


 ゼノは、後方のミナとセイギを振り返る。


「おめーらは後ろで援護しろ! 何があっても俺が全力で守ってやる!」


 自分の目の前で、誰も死なせない。自らの誓いに従って想いを口にした。ティアの姿がぎる。もうあんな思いはしたくないと。


 エデンとの戦いも彼の心は迷っていた。みんなを巻き込んでいいのだろうかと。失うことに怯えるくらいなら、いっそ一人の方がいい。これまでもこれからも。しかし、その心を溶かしたのは紛れもなくカズヤの存在。

 仲間との絆を重んじ、身の丈に合わない無茶を繰り返す。彼が生まれてからずっとその姿を見つめ続けてきたゼノ。その胸中でも、何かが変わり始めていた。


「おめーの背中を追ってるのか?」


 ゼノは自問する。カズヤへ羨望があるのは明白。周囲へ壁を作ってしまった自身には無かった、仲間という特別な存在。彼を真似ることで同じ気持ちを共有したいという渇望が、境界線を描くという行為へ導いたのだ。


 そして皆は付いてきてくれた。今度は自身がそれに応えなければならない。


「あなたは一人で戦っているわけじゃないのよ。言ったでしょう? つるぎになるって。今の私の力を見くびらないで!」


 ミナはゼノの隣へ並び立つ。揺るがぬ決意を秘めた瞳は、黒い影を睨み付けていた。その全身へ満ちた霊力にゼノは驚きを隠せない。


A-MIN(エー・マイン)解放!」


 ミナの瞳が淡い水色へ染まる。背中まで伸びる艶やかで美しい黒髪は、ペンキでも被ったように頭頂から濃紺へ変色。そして、彼女の足下から大量に吹き上がったのは薔薇を模して舞う霊力の花弁はなびら


「おめー。その力は?」


「今は聞かないで。この戦いが終わったら、きちんと説明するから」


 走り出したミナの動きに合わせ青白い花弁が宙を舞う。次第に遠ざかってゆくその背をゼノが見つめていた時だった。


「私だけ置いていかれた気分だな……」


「セイギ。おめーの出番はまだだ。二段変身の間だけは、霊能戦士と同等の力が出せんだろーが。今は耐えろ」


 ミナを追って駆けだすゼノ。大剣を手に、目の前の巨大な影を見上げた。


「もう、あの時とは違うんだな……」


 霊魔大戦れいまたいせんでは、悪魔王を狙う彼へ霊能戦士と悪魔が押し寄せた。誰が本当の敵なのかも分からず闇雲に剣を振るう中、傭兵団、銀の翼の面々だけがゼノを信じ、彼等の押さえ込みに奮闘してくれたのだ。

 このモノクロの世界は心の投影ではないかと疑っていたゼノ。自身のよどんだ心が世界から色を奪ったのではないかと。この戦いを終わらせること。それこそが色を取り戻すすべなのだと信じていた。


「これでもくらえ!」


 ゼノの左手から霊力球れいりょくきゅうが飛ぶ。それは確かに怪物の腹部を貫くが、微塵も動じない。


 仲間たちも次々と霊術を発動。炎、水、雷、土、風、光、闇。七属性が代わる代わる打ち込まれるが、どれも目に見える効果がない。


「あのカス魔人、不死身なのか?」


 焦りに顔をしかめるゼノ。例えるならば、相手は実態を持った煙。一部を打ち消そうとも即座に再生してしまう。

 目障りな虫を追い払うように、エデンは巨体を振り乱し太い尾を振るった。


 空を裂き、唸りを上げて襲うそれを一同は慌てて避けた。木々が呆気なく薙ぎ払われ、粉々に砕けて宙を舞う。

 尾を打ち付けられた大地が震え、土煙と共に大きな窪みが出来上がってゆく。


「こっちの攻撃は効かねーっていうのに、向こうは有効かよ。どうなってやがる……」


 敵から受ける尻込みしそうな威圧感はまさに悪魔王そのもの。ゼノだけでなく、実際にあの戦いを経験したジェイクとグレンも同じ気持ちだった。


「ゼノさん! ジュラマ・ガザードの弱点はどこだったんですか!?」


 振るわれる尾を避け、救いを求めるアッシュが悲鳴のような声を上げた。


「口の中だ! それから、背中にある羽根の付け根。心臓の位置を狙え!」


 それに反応するように、エデンは大きな口を開いた。恐怖と絶望という感情が実態を持って膨らむように、怪物の喉奥へ青白い光が収束してゆく。


「くそっ! 来るぞ!」


 ゼノが叫ぶと同時に、巨大な霊力球が吐き出された。即座に飛び退き直撃を避ける彼等だったが、地面へ炸裂すると同時に激しい爆風が巻き起こる。


守霊術しゅれいじゅつへき!」


 ドア程の大きさを持つ霊力壁れいりょくへきを展開。こうでもしなければ爆風に煽られ、簡単に体を持っていかれてしまう。


 直後、彼の心へ焦りが生まれた。仲間たちの中でただ一人、霊力壁を使えない者がいることを思い出したのだ。


「セイギ!」


 振り返ったゼノの眼前で、爆風に弾かれた彼の体が地面を転がっていた。


 エデンはそれを見逃さない。尾を持ち上げ前傾姿勢を取った矢先、巨体からは想像もできない速度でセイギへ突進していた。


「させるかよっ!」


 大剣を振るい解き放つ霊力刃れいりょくが。しかし、それが敵の脇腹を切り裂こうとも立ち止まる気配は微塵もない。


 エデンの動きに合わせて大地が激しく震え、深い爪痕を刻み込む。その勢いを前に為す術も無く翻弄ほんろうされる一同。


「ガアアァッ!」


 その口から再び放たれる小型霊力球。爆発と共に大きく跳ね上がるセイギの体。


「こんのカス魔人があっ!」


 風の結界を纏い大きく跳躍するゼノ。しかし、横手から虫を振り払うような羽根の羽ばたきが迫っていた。


「くっ!」


 即座に羽根へ剣を突き立てるゼノ。それを踏み台に更に高く跳躍するが、怪物は彼には目もくれず走り抜けてゆく。


 圧倒的な力を前に誰も動くことができなかった。彼等が見ているその前で、エデンは宙を舞うセイギへ狙いを付けた。

 焦ったゼノは空中で大剣を構える。狙うはただ一つ。羽根の付け根だ。


「くらえ! 幻獣王ドラゴニック滅咆吼ブレス!」


 解き放たれた黒い球体。荒々しい轟音を伴った一撃必殺のそれが狙い違わず急所を抉り、勢いよく貫通していた。


 胸に穴の開いた怪物は動きを停止。勝利を確信したゼノが、落下に備えて風の結界に身を包んだ時だった。


「グガアァァァァァッ!」


 確かに急所を捉えたはずが、怪物は何事も無かったように活動を再開。虚無を思わせる大口を開け、落下してきたセイギの体を容易く丸呑みにしてしまったのだ。


 その光景を目の当たりにして、無言のまま着地したゼノ。体を覆う風の結界が消えると同時に、自分の中でも大切な何かが弾けて消える感覚に襲われた。


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


 怒りに吠え、大剣の剣先を地面へ何度も打ち付けるゼノ。

 エデンと自分自身へ向けた激しい怒り。体を引き裂かれそうなほどの苦しみが彼の胸を締め付けた。


 残された力から察するに、もう滅咆吼ブレスを放つことはできない。加えて、悪魔王の弱点にも攻撃が効かなかった。

 決定打と攻略法を失ってしまったことが、余計に怒りと苛立ちを募らせていた。


 そんな彼の怒りを余所に、エデンの吐き出す小型霊力球による爆撃が再開。逃げ惑う一同は防戦一方に追い込まれた。


 怒りに震え立ち尽くすゼノ。そんな彼へ、装飾銃そうしょくじゅうを構えたミナが駆け寄る。


「しっかりしなさいよ! まだ終わっていないのよ! あの正義の味方かぶれは大丈夫だから。きっと助かる! あなたは悪魔王を追い詰めたんでしょう!? あんな奴、さっさと倒しなさいよ!」


 吹き付ける爆風が二人の体を煽る。

 ミナは乱れる髪を押さえ、エデンの巨体を見上げた。


「カス魔人。あいつは風見とレイカになついてるんだろ? あいつらがいれば正気に戻るかもしれねーけどな……」


 だが、その二人は命を絶たれ、目の前の怪物に取り込まれてしまった。活路を見失った二人には、絶望的な現実だけが重くのし掛かっていた。

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