19 睨み合う。絶対王者と狂戦士
「おめーだけか? 戦士どもは?」
「二人は、シュン先輩とカミラさんを探しているわ。私が戻ってきたのは別件」
ゼノへ歯切れ悪く答えるミナ。クレアが亡くなり、アスティが戦意を喪失したことなど伝えられるはずもなかった。
「もっと酷いことが起きているわ。エデンが暴走しているのよ」
「エデンって、あのガキ魔人か!?」
その名前に、ジェイクにも緊張が走る。
「私たちが戦っていた悪魔に加えて、シーナも取り込まれたの。お陰で従属は解けたけれど、あの子の暴走は続いているわ。どこかへ飛び去ったようだけれど……」
「向かう先は一つしかねーだろ」
ゼノの視線を辿ったミナは、自分の考えが的中していたことを確信した。
「急いで戻りましょう!」
ゼノとジェイクは黙って頷いた。
★★★
ミナたちを追跡していた霊眼で一部始終を確認していたセレナ。ミナとの通信で、この戦いが終わるまでは光栄高校での一件を伏せることを決めた。
この事実を知った時、一番衝撃を受けるのはカズヤに他ならない。そうなれば、限界突破の維持が困難になることは彼女でも容易に想像が付いたからだ。以前にカミラが言っていたように、今のカズヤは最高戦力の切り札。なくてはならない存在なのだ。
ミナからエデンの暴走も知らされている。彼の目的地はここだろうことも覚悟していた。
セレナはアジト前の戦いをモニターしながら、通信スイッチを押した。
★★★
「麒麟駆!」
アッシュが剣を振り上げると、地を這う霊力刃が発生。胸元の高さまで吹き上がったそれが、オウム顔の悪魔を直撃。敵は脇腹から肩を斜めに裂かれ絶命した。
悪魔が倒れた拍子に、腰に巻いた布から何かが転がり出した。
「瓶?」
不審物を見ていぶかしげな顔をするアッシュ。近付いて確認すると、そこには数匹の真っ黒な蜂が閉じ込められていた。
「闇蜂……だよな?」
足の先で瓶を踏み付けながら霊術を発現。左手の先に野球ボールほどの炎を生み出し、瓶ごとそれを焼失させた。
「悪魔が建物に侵入しようとしてたのは、これが理由か? でも、誰を狙って?」
戦いへ意識を戻したアッシュ。視線の先にはメイスを操るサリファと、二本の手斧を振るうグレンが、ぞれぞれに悪魔を打ち倒したところだった。残る悪魔は六体。結界の効果もあり、戦いの天秤は優勢に傾いていた。
『油断しないで。恐らく、直に新手の悪魔が到着するわ。みんなの協力と奮闘でタイガの容態も安定。サヤカが、ティアとまとめて面倒を見てくれているわ』
「ちょっと待ってくれ! 新手って?」
セレナの通信を聞きながら、アッシュは次の標的を目掛けて走る。
『魔人エデンが暴走。悪魔を取り込もうと移動しているようね』
「魔人だって!? マジかよ!?」
トカゲ顔の悪魔と切り結びながら、アッシュは思わず顔をしかめた。直接会ったわけでないが、子供の姿といえども実力は本物。熾烈な戦いになるだろう。
『来たわ! 各自、落下に備えて! 地上到達まであと十秒!』
アッシュの不安を現実にするかのように上空から飛来した黒い塊。それがドーム状に展開していた結界の一部を破壊し、轟音と共に戦いの中心部へ落下した。
「なんなんだよ。あれ……」
不気味な生物に顔をしかめるアッシュ。落下してきたのはトラック程もある瘴気の球体だった。そこから申し訳なさそうに飛び出している子供の上半身。そして、彼の胸元に埋まったソフトボール大の宝玉が不気味に輝く。
「ヨコセ。オマエタチノ、チカラヲ……」
黒い塊から伸びた瘴気の触手が六体の悪魔を拘束。未だ瘴気と化していない悪魔の遺体もろとも塊の中へ引きずり込んだ。
「悪魔を取り込みやがった……こいつは面倒なことになってきやがったな」
額から流れる汗を拭い、顔をしかめるグレン。目の前の存在から放たれる霊力が一段と高まったことを確信していた。
「師匠。どうしたらいいんだよ!?」
グレンへ駆け寄るアッシュ。剣と霊術の指導を行う彼を師と仰ぐのは口グセだ。
そんな彼を見て、カイルが鼻で笑う。
「どうしたらだと? その小さな脳味噌で少しは考えろ! だが魔人とはな……こいつを倒せば昇進は確実だろうな」
「カイルさん。功を急くには分不相応の相手だと思いますよ。みなさん集まってください! 今、手当します」
エデンから視線を逸らさず、サリファとセイギは彼等の側へ歩み寄った。
「守霊術、女神の息吹!」
印を組んだサリファを起点に、青白い光が大地を覆うように周囲へ展開。側に立っていた仲間たちへ霊術が行き渡る。
これは広範囲治癒霊術の一つ。複数を相手に発現できるが、対個人よりも回復に時間を要するという難点もあった。
瘴気の塊を前に息を飲むグレン。彼らしくない鬼気迫る顔で通信機へ問う。
「セレナ導師。聞いてるかい? あいつの胸元にある宝玉。どうも見覚えがあるんだが、俺の気のせいじゃないよな?」
答えをためらうような沈黙。それが無言の内に彼の言葉の信憑性を証明していた。僅かに遅れて震える声が漏れる。
『間違いないわ。あれは、悪魔王ジュラマ・ガザードを封印した宝玉……』
「ジュラマ・ガザード!?」
アッシュが悲鳴のような声を上げた。
『封印地点へ五体の悪魔が向かっていたことは確認済。その反応が突如消滅。原因はどうやらこれだったみたい……』
「でも、宝玉へ封印した上に、五賢者で仕掛けた強力な結界が敷かれたって……」
『アッシュの言う通りだけれど、完全に想定外ね。魔人の力が結界を破壊。もしくは無効化したのだと思うわ……』
「だあぁっ! じゃあ、ジュラマ・ガザードが復活したってことなのかよ!?」
『今の彼の状態がどうなっているのか分からないわ。興味を持って近付いたエデンが取り込まれようとしているのかも』
一同の眼前で、黒い塊から瘴気が漏れ出した。それが周囲を侵食するように広がると、エデンの体が球体へ飲み込まれたのだった。
巻き起こる衝撃波。土煙と瘴気が舞い、黒い塊が吠えた。獣の唸りにも似た、地の底から響くようなおぞましい声で。
「来るぞ!」
グレンの叫びと同時に、球体が膨れ上がった。ドーム状の結界を突き破り、ビルのような影が大きく迫り上がる。
恐怖におののき言葉を失う一同。影は奇妙にうごめきながら一つの形へ変わる。
それは太古の昔、地上を支配していた巨大生物、恐竜。その王者と言われたティラノサウルスを模した姿だ。ただ一つ違うのは、その背へコウモリに似た一対の羽根があること。
「こいつがジュラマ・ガザード……」
「アッシュ、よく見やがれ。あれはエデンだ。悪魔王の肉体は宝玉の中。あいつは、瘴気でできた人形みたいなもんだ」
グレンは精一杯の笑みを浮かべるが、その口元は恐怖に引きつっている。
「問題はどれだけの強さかだ……」
青白い翼を纏ったセイギが、十メートルを超える影を見上げてつぶやいた。
エデンが吠える。自らの存在を知らしめるような咆吼に、辛うじて残されていた結界は跡形も無く吹き飛んだ。
圧倒的な存在感と威圧感。迫力に飲み込まれた一同は身動きが取れず、このとてつもない怪物を相手にどう立ち向かえばいいのか途方に暮れていた。
「サリファの嬢ちゃん。何か名案はないか? 作戦立案はおまえの役目だ……」
乾いた笑みを浮かべるグレンは、救いを求めるように彼女へ視線を向けた。
「相手の能力が分からない以上、距離を保つのが賢明です。遠距離霊撃と霊術で応戦してください。瘴気の塊ということを考えると、どこまで通用するか……」
「まぁ、そんな所だろうな。セイギって言ったか。おまえさんは無茶すんな」
グレンは背後に控える彼を振り返った。するとその瞳が、セイギの更に後方で停止。驚きと喜びに大きく見開かれた。
「全員、無事か? つっても、タイガは戦線離脱したみてーだな」
視線の先にいたのは大剣を担いだゼノ。ミナとジエイクも後に続いている。
ゼノは足早に彼等の先頭に立ち、手にした大剣で地面へ境界線を描いた。
「こっから先は地獄の入口だ。命の保証はねー。覚悟のある奴だけ入ってこい」
それでもためらいなく線を越える者。
「なに格好付けてるのよ。素直に手伝ってって言えないわけ?」
「一緒に心中しろ、なんて言えるか?」
「言っておくけど、あなたのためじゃないから。バカズヤと約束したのよ。あいつの剣になるって!」
「それなら私も同じだ。あいつにはまだ、借りが残っている……」
ミナに続いてセイギまでもが境界線を乗り越えてきた。
「霊界が君の力を恐れる理由が良く分かった……その強力無比な力があれば負けないと信じられる。君は魔人なんかじゃない。立派な霊能戦士だと断言しよう」
ゼノの隣へ並んだジェイクが、その肩を力強く叩いた。
「ちっ。どいつもこいつも死に急ぎやがって。知らねーからな……」
舌打ちするゼノだったが、皆に背を向けたその口元は微かに微笑んでいた。
「隊長が行くんじゃ、俺たちがやらないわけにいかんでしょう。面倒くせぇ」
グレンの言葉に三人の霊能戦士も続く。
「結局全員か……じゃあ、ガキ魔人の討伐開始と行くぜ!」
ゼノの振るった大剣が唸りを上げる。