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13 消えゆく灯火


「二人が消えた……まさか魔空間まくうかんに?」


 慌てて周囲を見回すミナ。その通信機から再びセレナの声が漏れた。


『不安が的中してしまったわ……この施設の機材では、中位悪魔ミッド・クラス以上の力を補足できないの……上位悪魔ハイ・クラスが紛れていたなんて』


「魔空間の位置を特定できますか? 二人のサポートに加わるわ!」


「ミナさん。ここはお願いします」


「え!?」


 ミナの背に飛んだのはクレアの声。彼女は風の結界を身に纏い、光栄高校を目指して駆けだしていた。


「ちょっと! どういうつもりよ!?」


「クレア! 一人じゃ無理だよ!」


 アスティの声にも耳を貸さず、その姿は瞬く間に遠ざかってゆく。


「あぁ! もうっ!」


 両手で自らの太ももを叩くミナ。次の瞬間には覚悟を決めた表情で、側に立つアスティを見つめていた。


「あなたも空霊術くうれいじゅつを使えるんでしょう? 私も一緒に連れて行って!」


「もちろん使えるけど……」


 ミナは足早に歩み寄り、彼の鼻先へ人差し指を突き付けた。


「ただし、お姫様だっこはなし! 私を背負っていくこと! それと……あなたはそんなことしないとは思うけれど、もし私のお尻を触ったりしたら、ビンタじゃ済まないわよ! 覚悟しなさいよね」


「そんなことするわけないよ! そんな勇気だってあるわけないし……」


「いいわ。さぁ、急いで追うわよ!」


「あの……カズヤ君はいいの?」


「は? 今の神崎かんざき魔人まじんなのよ。絶対に負けないって信じてるから……って、なに恥ずかしいこと言わせるのよ!」


 ミナの平手がアッシュの背中を打つ。


「いたたた……でも、どうして僕が君を背負うの? 風の結界を分ければ済むけど……」


「え? だって狂戦士バーサーカーが、霊力を温存したいって……違うの?」


「一度発現させてしまえば、それを分けるのに大した力は必要ないはずだよ」


 ミナはむっとした顔で顔を赤らめた。


「あいつ! 絶対に許さないんだから!」


★★★


 魔空間で始まったゼノの戦い。彼が振るった大剣の風圧に、迫る悪魔たちはことごとく弾かれ無様に地面を転がる。

 最早、彼の力を前にして勝てる者などいないように思われた。


「おい、熊野郎! 闇導師やみどうしはどこだ!? ここにいねーってことは、風見かざみのところか!?」


 部下の後方に控えたベアルは、問いに答えず黙って戦況を見つめている。

 ゼノにしてみれば重要な問題だ。復讐相手を誰かに取られるのもかんさわるが、自分以外に闇導師を押さえることはできないだろうとも思っていた。

 眼前に迫ったシャム猫顔の女性悪魔。そいつが繰り出す爪を避け、再びベアルの姿を睨み付ける。


「聞こえねーのか、脳なし! 確かに、てめーのお守りなんてみんな御免だろーな。このお仲間共にも聞いてみろ!」


 無反応だったベアルがようやく反応を示した。鼻先へシワを寄せ、鋭い牙を剥き出す。

 怒りに任せて振り下ろされた戦鎚ウォー・ハンマー。その八つ当たりを受け、モノクロのアスファルトがたまらず弾け飛んだ。


「馬鹿にするな! 闇導師、俺に全て任せた! 好きなようにやれ、言った」


 霊力球れいりょくきゅうでシャム猫の体を吹っ飛ばしたゼノ。その口元が笑みを形作る。


「なるほど。つまり、闇導師は三日月島みかづきじまでお留守番ってわけか。大方、てめーを回復させるだけで精一杯だったんだろ? 今は霊力が枯渇したってわけだ」


 その指摘に思わず口を押さえるベアル。


「ヒャッハッ! 図星かよ! だから、てめーは脳なしなんだよっ!」


 横一線に薙ぎ払われた大剣たいけん。それが深紅の軌跡を描くと同時に解き放たれる一筋の霊力刃れいりょくが。轟音を伴い、体を起こしたシャム猫の体を分断していた。


「さっさと終わらせるぜ。覚悟しろよ」


 大剣を振り上げ、ゼノが駆ける。


★★★


 時は僅かに遡る。カミラは、レイカとエデンの側へしゃがみ、霊術による治療を続けていた。彼女の手から放たれる青白い癒やしの光。それがエデンの全身を包み込んでいた。

 それを後方から見守っていた風見は、関心したように声を上げる。


「成り行きとは言え、あなたが一緒に来てくれて助かったよ。お陰で、こうしてエデンとシーナを治療してもらえるんだからね」


「あら。私は後悔してるわよ。動転したあまり、最後にすがったのがボウヤだなんてね……地道に積み上げてきた計画が台無しよ……」


「後悔はさせないよ。僕は神となって、この世界を造り替えるんだ。あなたにも最高の居場所を用意させてもらうよ」


「有り難い話ね。期待せずに待つわ……はい。この子の治療は終わり」


 苦しそうに横たわっていたエデンが、嘘だったような軽やかさで身を起こし、大きく伸びをした。この姿を見ていると、本当にただの小学生ではないかと錯覚してしまうほどだ。

 活力を取り戻した彼は物珍しそうに周囲を見回し、歯を剥きだして微笑んだ。


「パパ、ママ! あっちに、なんか面白い物があるよ!」


「エデン、それは後にしてくれ。カミラさん、引き続きシーナの治療を頼むよ」


「つまんないっ!」


 直後、エデンの体を風の結界が包んだ。


空霊術くうれいじゅつ!」


 飛行を可能にする霊術を展開し、小さな体が宙へと浮かび上がった。


「エデン!?」


「エデンくん! 急に動いちゃダメ!」


「大丈夫! すぐに戻るから!」


「待つんだ! エデン!」


 風見とレイカの静止にも耳を貸さず、三十キロ近い速度で飛び去ってゆく。

 予想外の事態に、風見は奥歯を噛みしめた。最も期待を寄せていた戦力が、こんな形で突然に消えてしまったのだ。


「ハハッ! こりゃあ参ったね……私の治療、間に合うかい?」


「どうかしらね? やるしかないけど」


 苦笑を浮かべるシーナの側へ立ち、カミラは癒やしの霊術れいじゅつの発現を始める。


「これは個人的な質問だけど、どうしてカズヤへ闇蜂やみばちを使わずに、ミナへ?」


「こんな時に妙な質問をするね……あいつが持つ魔人まじんの力のせいで、闇蜂の支配が効かないんだよ。仕方なく、あいつの弱点を突く作戦に切り替えたのさ」


 シーナの瞳がレイカの姿を捕らえる。


「風見も同じ事を考えていたんだね。あいつの弱点を二人で押さえたってわけさ」


「なるほど。そういうこと……」


 一人うなづくカミラを残し、シーナは風見へ向かって口を開いた。


「で、この窮地を脱した次は? 闇導師を倒す前に、具現者リアリゼーターどものアジトを制圧するのかい? 悪魔どもの狙いも同じだろうけど、転移装置だけは絶対に押さえたいね」


「それなら問題ないよ。カズヤ君から聞いた話だと、カミラさんが起動装置を持っているという話だからね。だろう?」


 癒やしの霊術を発現させながら、カミラは背後の風見へ顔を向けた。


「ボウヤ、どこまで調べてるのよ? あなたのことが本気で怖くなってきたわ」


 風見は醜悪しゅうあくな笑みを浮かべる。


「悪魔たちも転移装置を破壊するなんて馬鹿なマネはしないだろうけれど、絶対に押さえておきたいね。戦神せんじん一派を呼び込むことができれば、理想郷は実現したも同然だからね」


「ボウヤ、一つだけ約束して! 霊界王れいかいおうは生け捕りにして! 絶対に命を奪うようなことはしないで!」


「大丈夫。霊界王は僕にとっても必要なのさ。そのために、闇導師に媚びてまで闇蜂の力を授かったんだから」


 笑みを崩さない風見。ゆっくりとカミラへ歩み寄り、彼女の肩へ手を置いた。


「シュン! やめて!!」


 レイカの悲痛な叫びと同時に、カミラの腹部から純白の刃が勢いよく飛び出した。


輪廻りんねの力を狙っていると分かった以上、あなたは僕の敵だ。もう用済みだよ」


「そんな……」


 カミラの瞳から大粒の涙がこぼれた。その手に発現していた癒やしの光は、散りゆく命を象徴するように弾けて消えた。


「マルス……もう一度あなたに……」


 最愛の恋人。その名をつぶやきながら、彼女の体はうつぶせに倒れた。


「風見、早すぎだよ。私の傷は完治していないんだよ。どうしてくれるんだい?」


「どのみち、このまま生かしておくには危険な存在だったんだ。潮時さ」


 しゃがみ込んだ風見は、カミラの首に下がっていたネックレスを引き千切った。


「これで起動装置も手に入った」


 満足そうに微笑む彼の眼下で、カミラの右手が宙へ向かって頼りなく伸びた。

 生にすがり足掻くのか。はたまた、消えゆく灯火を前に幻を見ているのか。


「マルス……マルス……」


 直後、天より純白の刀身が落とされた。無情な一撃が彼女の手を貫き、地面へ深々と串刺しにする。


「誰だか知らないけれど、死後の世界で再会するといいよ」


 不適に微笑む風見。その目にはもはや、自分が求めるべき理想郷しか見えていなかった。

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