12 素人にドッキリなんて不要だろ
「刀の所有者は、当時この地域を収めた津田才蔵という武将。彼の死後、刀は持ち主を転々としたけど、相次ぐ原因不明の死。結局、そのウワサだけが一人歩きして、持て余された刀は、光源寺へ収められたんだって」
「呪いの刀ってワケか。でも、どうしてそんな呪いが生まれたんだ?」
「そこまでは調べ切れていないんだよね。刀の画像なら見つけたんだけど……」
啓吾は手早く刃物のサイトにアクセスして、現物の画像を表示した。
「はぁ!?」
不意に突きつけられた事実に頭の中が空っぽになった。まばたきも忘れ、目の前の画面へ釘付けになってしまう。
以前テレビで見た、芸能人にイタズラを仕掛ける番組を思い出す。騙されたと知った時の呆気に取られた顔。今の俺はまさしく、そんな顔に違いない。でも、あいにく俺はスターじゃない。こんな素人高校生にドッキリなんて必要ない。
席を立ち、画面を食い入るように覗く。
見間違いじゃない。茶を基調としたその全体像に、あの時に感じた厳かな空気と品格が蘇った。
そして何より疑いようのない証拠は、刀の鞘に施された蛇の銀細工。こんな特徴的な刀が二本も現れるはずがない。
腕を這い上がってきた不気味な力までもがはっきりと思い浮かび、その呪縛から逃れるように思わず左腕をさする。
「蛇の細工が凄いよね。この地方では昔から、蛇は守り神として崇められていたんだって。その影響で才蔵も取り入れたみたいだよ。どうしたの? 顔色悪いよ」
「いや。なんでもねぇ……」
どうにか平静を保っているが、とても話を続けられるような状況じゃない。突然の衝撃で鉛のように重くなった体をどうにか引き起こし、数歩後退した。
「悪いけどもう行くわ。ありがとな」
足早に部室を後にすると、外の空気を吸うためゲタ箱へ急いだ。出入り口の横に置かれた自販機でスポーツ・ドリンクを買い、中庭へと歩み出る。
屋外で部活動を行う生徒たちのかけ声がこんな所にまで響いてくる。その声に、ふと悠の顔が頭を過ぎった。
誰かに寄りかかりたい。そんな気弱なことを考えてしまう。いつの間にか複雑な迷路に迷い込んだ気がする。この不安な気持ちを全てぶちまけてしまいたい。
大きく息を吐き、中庭にそびえた一本の大木の下へ崩れるように腰を下ろした。
側にある時計は十九時過ぎを示している。辺りに生徒の姿はない。
喉を潤すと少し気分が落ち着いた。
「鬼斬丸か……」
津田才蔵が所有していたという刀。光源寺に収められたそれが窃盗団とやらに盗まれた後、新調された箱と斬王丸という名にすり替えられ、骨董屋に流れ着いたんだろう。確かに呪われた刀など誰も欲しがるはずがない。しかも盗品だ。
啓吾のお陰で、面白いほど簡単に話が進んでしまった。まるで何かに導かれでもしているような錯覚さえしてしまう。だが、この町に邪気が漂っていることを考えれば、そういった魔染具が集まってしまうとしても不思議じゃないのかもしれない。
「アニキ……どこに居るんだ?」
悪霊との戦闘、体の異常、奇妙な夢、呪いの刀。自分の力が必要とされていると思い込み、とんでもないことに足を踏み入れてしまったのかもしれない。逃げ出したくなる衝動を、記憶に留めたアニキの姿でどうにか押し留める。
何としてでも助けたい。その強い気持ちが再び勇気をくれる。今日一日でこれだけの成果を上げることができたんだ。アニキの発見へ着実に近付いている。
「やるしかないよな……」
光源寺へ行けば何か分かるかも知れない。そう思うと居ても立ってもいられなくなり、ドリンクを一気に飲み干して立ち上がった。寺は学校と駅の中間だ。大した手間じゃない。
☆☆☆
まもなく寺へ辿り着くという矢先、突然にその知らせはもたらされた。
右手首に填めていた通信機から、セレナさんの声が漏れる。
『駅前にて霊力反応を確認。恐らく、グレイに間違いないわ。座標を送信するから、セイギは現場へ急行。以上!』
まるで昨日の出来事をそのまま繰り返しているような錯覚。戦いの恐怖が蘇り、それは体の奥底から水が湧き出しでもするかのように徐々に心を蝕んでゆく。
不意に朝霧の顔が頭を過ぎる。あいつは現場へ向かうだろうか。この事件にあれだけ固執していたのだから、首を突っ込む可能性は高い。だとすれば今度こそ、守ってやらなければ。
「あの女はオタクに任せるって言ったけど、そうも言ってられねぇだろ!」
余計な事をするなと怒るオタクの姿が浮かぶが、駅前を目指して全力で走った。
☆☆☆
「受信した座標は、この辺りだよな……」
辺りを見回し、乱れた呼吸を整える。流れ落ちる汗を気にしている余裕はない。
もしやと思い昨日の駐車場へ来てみたが人影はなく、探している時間が惜しくなってきた。右手首の通信機を口元へ運び、即座にスイッチを押した。
「セレナさん、聞こえますか? 霊力の出所を教えてください!」
『カズヤ!? どうしてそこに居るの?』
間髪入れずに驚いた声が返ってくる。
「負けたままじゃ、終われないんスよ」
『無理よ。すぐにその場を離れなさい!』
直後、背筋を悪寒が走り抜けた。呼吸も忘れて辺りを見回すが、そこには闇が広がるだけ。それに飲み込まれ、自分自身も消えてしまうような錯覚すら。
生唾を飲み下すと、鼻から荒い息が漏れた。緊張と恐怖で体が強張り、手にはべっとりと汗をかいている。
『カズヤ。霊力反応が接近中!』
「分かってますよ!」
不安な気持ちを当てつけるように言い放ち、背負ったリュックを投げ捨てた。
「ゴースト・イレイザー!」
霊撃輪に付いた宝石が鈍い光を放ち、左手の中に愛用の剣が具現化された。握りしめた剣は心を映し出すように震え、街灯の明かりを小刻みに照り返す。
「くるならきやがれ……」
『背後に霊力反応!』
慌てて振り向くその刹那。
「では、遠慮なく」
耳元にかかる吐息にゾクリと総毛だった。とっさに横へ飛び退くと、突き出された細身の両手が空を薙いでいた。
「イレイズ・キャノン!」
体制を崩しながらも、振り向き様に突き出した右手から霊力球が飛ぶ。
「くっ!」
敵はのけ反るようにそれを避ける。俺も体制を整え、剣を正眼に構えた。
「出やがったな……」
「おまえだけなのか?」
さも残念そうにつぶやく。俺のことなど眼中にないんだろう。
「おまえが探していたのは私か? あるいは、そこの娘か?」
敵は街灯の先に広がる暗闇へ視線を投げた。そこには、うつぶせに倒れる一人の女性。暗がりなので判別しにくいが、服装から若いことは間違いない。
「娘の力は頂いた。今なら襲っても文句は言われまい。大人しく連れ帰り、欲情の処理に使え。なかなかの体付きだぞ」
嘲りを含んだ笑いが神経を逆撫でる。
生命力を奪う、エナジー・ドレインと言う技だ。相手の体へ呪印を刻み、生命力を吸収するらしい。印を刻まれた者は意識を失い、衰弱しながら一週間で死に至る。印を刻んだ悪霊を消滅させるしか、呪いを解く術はない。
「てめぇ……」
威圧するように睨んだが、悠々とした態度を崩さないどころか見下すような視線まで。微笑を浮かべ、真っ赤に彩られた唇が光を照り返して不気味に輝く。
「この辺りで女性が狙われる事件ってのは、全部てめぇの仕業だな!?」
「ならばどうする?」
「てめぇを消して、呪印を解く!」
「できるものならな!」
女は右手を顔の前へ持ち上げた。
「いい物を見せてやろう。最初の獲物だ」
その指先をなぞるように五本の青白い光が垂直に伸びた。光は混じり合い、全長一メートルほどの霊力の刃と化す。
「どうなってんだ!?」
聞いていた話と違う。悪霊の基本攻撃は衝撃波が主体のはず。俺たちのように霊力を具現化することが出来るなんて。
「昨日までの私ではないぞ」
「ちっ!」
薄く微笑む女を睨みながら、剣を持つ手へ思い切り力を込めた。