11 俺がやる! 我慢の限界、越えてんだ
美男子とクレア、そしてアスティの三人が出撃したのを確認し、俺たちは司令室へ集合していた。もう一度、現在の状況を確認する必要があるからだ。
セレナさんはクレアの解放に難色を示したが、戦力不足の現状と、彼女のカミラさんへ対する強い想いを考えれば適任だという説得に渋々了承してくれた。
「悪魔たちの到着までに、およそ十五分。それまでに探し出せるかしら?」
正面の大型モニターには、三人を追う霊眼からの映像。それを見つめながら、セレナさんは不安げにつぶやいた。
「三人が持つ霊力感知の精度がどれだけなのかってことなんだよな。おおよその位置は割り出せんだろうけど……」
「アッシュ。おまえは部隊長の能力を疑うつもりか?」
「そうは言ってないだろ!」
若造の詰問に声を荒げるアッシュ。
「所詮、勢い任せのおまえの精度は大雑把だが、部隊長や俺を一緒にするな」
「誰が大雑把なんだよ!?」
「若造ども。うるせぇぞ!」
司令室の椅子にふんぞり返っていた中年男がたまらず声を上げた。
「グレンさん。あなたも緊張感が足りませんよ。悪魔たちを撃退するには私たちの力が必要不可欠です。いつでも動けるように備えて頂かないと」
離れた位置から、汚い物でも見るような侮蔑に満ちた視線を向ける長身女。
中年男、長身女、若造。霊能戦士三人の存在はありがたい。正直、俺たちだけでは乗り切れなかっただろう。
「セレナさん。それで、悪魔に対する備えはどうなってるんスか?」
「秘密兵器を使うわ」
「秘密兵器?」
振り向きざまにウィンクを飛ばしてくるセレナさんへ間抜けな声で問い返した。
「このアジトは、周囲一キロを覆う大型結界を備えているの。発動と同時に光のドームが発生。内部に特殊な力を放って、悪魔の集中力を乱すことができるのよ」
「なんとかホイホイみたいだね」
久城の言葉に吹き出したいところだが、この状況で笑っていられる余裕はない。
その隣では、意識を取り戻した朝霧が力なく椅子に腰掛けている。
「でも、霊能戦士の存在は大きいわ。それ以上に魔人ゼロ。まさか彼が生きていて、力を貸してくれていたなんて……私たちは彼の事を誤解していたようね」
「そこの所はゼノもかなり警戒してましたけどね……正体がバレたら、霊界へ強制送還だって言ってましたし……」
「ですが、私たちはゼロを本当に信用したわけではありませんので。牙を剥けば容赦なく切り捨てます」
長身女が険しい顔付きで睨んでいた。先程まで脱力しきっていた中年男からも威圧的な視線を感じる。それほどまでに、ゼノの存在は異端視されているんだ。
「これまでの行動を信じるしかないわ」
セレナさんが柔らかな笑みを浮かべた時。
「セレナ導師! 外部から通信です!」
「通信? どこから?」
女性オペレーターへ向かって、不思議そうに尋ね返す。
「シュンからです……」
風見だ。思わず周囲へ緊張が走る。まさかあいつから接触してくるなんて。
「スピーカーに切り替えて! 追跡中のジェイクにも通信を接続!」
セレナさんの呼び掛けに応じて、司令室のスピーカーから雑音が聞こえてきた。
「風を切る音。空霊術で高速移動してやがるみてぇだな……」
中年男が席を立った。
『本当に私の身の安全を保証してくれるんでしょうね?』
この声はカミラさんだ。
『もちろん約束は守りますよ。ただし、交換条件として一働きしてもらいますけどね。八方塞がりだったあなたを助けたんだ。それくらいは当然でしょう?』
風見はどういうつもりでカミラさんを連れ去ったんだろうか。それに、わざわざ接触してきた意味は何だ。
『八方塞がりは確かだけど、逃げたところで勝算があるのかしら?』
『鍵は闇導師。彼を討ち滅ぼして罪を清算するしかありませんよ。僕の計画通りに進めば間違いはありませんから』
やっぱりこいつの目的は闇導師を倒すこと。そのためには、利用できるものは全て利用するつもりなんだろう。
『そんなことだけで許されるのかしらね? ギャモン賢者の命まで危うくしたっていうのに……ゲインズが自白したってことは、賢者の常備薬に毒素を混入させたことも知られているわね……』
「酷い……なんでそんな……」
言葉を失うセレナさん。
『どうしてそこまで?』
『まさかボウヤの中に魔人がいるなんて思わないでしょ? あの子が持つ力の秘密を解明して、功績を挙げたかったのよ』
『そのままギャモン賢者が命を落とせば賢者の地位が転がり込む。あわよくば霊界王まで登り詰めるつもりだったと?』
『さすがに食えないボウヤだこと。何かあってもゲインズになすりつけるつもりだった……賢者や導師なんて、頭は良いけど根暗な男ばっかり。ちょっと体を許しただけで、簡単に溺れちゃうんだから』
賢者や導師を色仕掛けで堕としたというわけか。俺の体液を入手するために、クレアにも同じ事をさせるなんて。
『もう何もかも終わりだと思わない?』
『随分と諦めが早いんだね。闇導師を滅ぼせばいいと助言したばかりだよ』
『簡単に言うわよね。それに、あの建物の中では気付かなかったけど、このおびただしい数の悪魔の霊力はなに?』
『どうやら悪魔の群れが近付いているようだね……まずはこの危機を脱するのが先決か。光栄高校のグラウンドで仲間と合流するよ』
風の音に混じって、風見の含み笑いがスピーカーから漏れた。
『君も遅れないようにすぐ来てくれよ。さもなければ、レイカ君が危険な目に遭うことになるよ。ねぇ、カズヤ君』
『ちょっと、どういうこと!? まさか通信が繋がってるの!?』
慌てふためくカミラさんの声。
『そうそう。追っ手を差し向けるなんてマネはしていないだろうね? 君とミナ君以外は必要ないんだ。ミナ君は黙っていても従うから、一緒に来るといいよ。じゃあ後でね』
通信は一方的に切断された。
目的地は光栄高校のグラウンド。だが、それよりも。
「セレナさん! アスティたちを止めてください! こうなったら俺が行く! 風見と黒豹をまとめて片付けてやる」
もう黙って見ているなんてできない。力を取り戻した今、ためらう理由もない。
「でも、リーダーが抜けたらアジトの守りはどうなっちゃうの? 極、不安だよ」
「問題ない。神崎が戻るまでの時間稼ぎくらいなら私に任せて貰おう」
気弱な久城とは対照的に、腕組みをしたセイギが一歩を踏み出した。
「おいおい! 俺を忘れんなっての!」
「アッシュ! おまえは、俺の引き立て役だってことを忘れるな! 俺の方が優れているとハッキリ教えてやる!」
前に出たアッシュの肩を引き戻し、若造が自信満々に躍り出た。
これだけの面子がいることが素直に心強い。安心してここを任せられる。
「ミナちゃん? どうしたの!?」
突然に大きな声を出した久城。その横で、座ったまま背中を丸めた朝霧が、頭を押さえて苦痛に呻いた。
「シーナが……シーナが呼んでる……」
さっき風見が言っていたのはこのことか。朝霧は黙っていても従うと。
焦点の定まらない表情で席を立ち、何かに導かれるように司令室の出口へ向かう。
「ミナちゃん! 行っちゃダメだよ!」
その後を追う久城が慌てて手を引くが、立ち止まる様子など微塵もない。
「サヤカ。従属の力が働いてる以上、ミナを止めるのは無理だ。後は俺に任せてくれ! 黒豹を倒して、二人でもう一度ここへ戻ってくるから」
朝霧へ絶対に守ると誓ったから。汚れてしまったこの俺に、その資格があるかどうかは分からないけれど。
闇へ墜ちかけている朝霧だが、その魂は一点の曇りもない純粋さに満ちている。それだけは何としても守り抜いてみせる。
俺は意識を集中して思念を送る。
(ゼノ。行けるか?)
(ヒャッハッ! ようやく出番かよ!)
呼吸を整え、体の奥底を流れるゼノの霊力を探る。それをつかみ取り、自分の中へ取り込むイメージを完成させた。
「限界突破! モード狂戦士!!」
★★★
カズヤは腹部から全身へとみなぎる熱を感じると同時に、大きな力が沸き上がってくるのを感じていた。
直後、頭頂を掴まれて天へ引きずり上げられるような浮遊感に襲われたカズヤ。そのまま、ゼノが自分の体を操る様子を眺め降ろしていた。
「さぁ。行くか……」
カズヤの体へ入り込んだゼノは、ミナと共に揚々と出口へ向かって歩き出す。
「セレナ導師、ありがとな。俺のことを信じてくれて……こんなことなら、あんたにはとっとと話しておくべきだったな。この借りは結果で必ず返すぜ」
背後に立つ一同を振り返ることはない。その背で全てを語った彼は、揺らぐことのない決意を胸に戦場へ向かうのだった。
彼等はその姿をただ黙って見送ることしかできなかった。そして、霊魔大戦の再来ともいえる死闘が始まろうとしている。