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09 騙された? 久城とオヤジの大勝負


 本当にこの作戦が成功するんだろうか。


 半信半疑のまま、夢来屋むらいやの裏口で事の成り行きを見守っていた。


 カミラさんから指定された三十分以内という言い付け通り、俺たちは再びここへ戻ってきてしまった。

 そこで待っていたのは、カミラさんと美少年、そして中年男だった。


「あら? あなたたちだけ? 他の三人はどうしたのかしら?」


「別れましたよ。あの人たちとは一緒に行動できませんから」


「へぇ……」


 カミラさんは棒付きキャンディを咥えたまま、疑わしげに俺と久城くじょうを見る。


「約束通り戻ってきたんですよ! みんなを解放してください!」


「焦らないの。ボウヤが霊界へ行くのを見届けたらね……」


 久城へ意地の悪い笑みを返す。


「ジェイク。ボウヤを拘束して。もぅ、手錠を壊すなんて強引なんだから……」


「拘束なんて必要ありませんよ。もう逆らうつもりはありませんから」


 投げやりとも取れる俺の言葉に、美少年は黙って頷いた。


「あたしも一緒に行きます!」


「ダ〜メ。あなたはここで待ちなさいな」


 すると、俺と久城を引き離すように、中年男が割り込んだ。


「嬢ちゃん。まぁ、そういうことなんだわ。残念だけど大人しくしてくれや」


「グレン。くれぐれも油断しないようにね。三人が潜んでいるかもしれないわ」


「へい。大丈夫ですよ。具現者リアリゼーター三人なんざ、酒を飲んだって余裕だ」


 薄ら笑いを浮かべ、右手を払う中年男。


「グレンさん。まさか本当に、お酒を持ち込んでいませんよね?」


「冗談に決まってんでしょうが。さぁ。早いところ行った、行った」


 汚い物でも見るような目付きで、中年男から視線を逸らしたカミラさん。そのまま、俺と美少年を引き連れて建物の中へ消え去った。


「あぁ。めんどくせぇ……」


 中年男は顔をしかめて、裏口の側へ座り込んでしまった。


「こんなことなら、本当に酒持ってくりゃよかった。飲まなきゃやってらんねぇよ」


 暑さに顔をしかめ、日陰のある位置まで体を引きずっていく。


「ねぇ、おじさん。みんなは本当に無事なんだよね?」


「おう。隔離室にまとめてぶち込んでやったよ。軽い怪我はしてるが、ここの医師が手当てしてたぜ」


 そこまで言って、大きく舌打ちする。


「だが、なんで見張り役がカイルじゃなくて俺なんだ? あの若造も若造で、アッシュとアスティの苦しむ姿を見て喜んでやがるし。霊界にいた時から、妙に対抗意識を燃やしてやがったからなぁ……」


 突然、中年男の愚痴が始まった。そういうのは居酒屋でやってくれ。


 裏口を塞がれると次の動きができない。こっちには時間がないっていうのに。


 こっそり久城を盗み見た。どうにかして、あの男を裏口から引き離せ。


「ねぇ、おじさん。勝負しようよ。あたしが勝ったら、中に入れて!」


「なっ、中に入れてって……」


 うろたえて赤面する中年男。いや。そういう意味じゃねぇから。勘違いすんな。


 カミラさんといい、霊界人っていうのは下ネタ好きが多いんだろうか。幸い久城は何も気付いていないらしい。


「あたしの力じゃ、おじさんに勝つなんて無理だもんね〜。こういうのはどう? この炎天下の下で一本足で立つの。先に両足を付いた方が負け」


「それ。俺にメリットあんのか?」


 退屈そうにあくびを漏らす中年男。


「うぅ〜……分かったよ。あたしが負けたら、お酒買って来るから。どう?」


「おし! 乗った!」


 さすが久城。見事にあいつを裏口から引き離した。


 重い腰を上げた男は、気怠そうに久城へ並び立った。それと同時に扉が開く音。建物の陰から現れたのはクレアだ。


「サヤカさん。年配の方をこき使ったら可哀想じゃないですか。そういうことなら私が相手をしますから」


「人を老人みたいに言うなっての。それにおまえ、傷は大丈夫なのか?」


「はい。もうすっかり」


 二人へ近付くクレアだが、つまづいた拍子に男の腕へしがみ付いてしまった。


「すっ、すみません!」


「あんまし無理すんじゃねぇ。休んでろ」


 言葉とは裏腹に、だらしなく伸びきった鼻の下。これで戦士なんだろうか。


 その時だ。クレアの左手が素早く動き、手にしたそれで男のうなじを狙う。


「ヴェスタ・シュート!」


「があっ!」


 銃口から溢れたピンク色の煙。それに包まれた中年男は足下をおぼつかせ、地面へ倒れると同時にイビキを漏らした。


「作戦成功」


「やったね。“ミナ”ちゃん!」


 久城と、クレアの姿をした朝霧あさぎりが笑顔でハイ・タッチを交わす。


「ひとまず、このおっさんを隠そう」


 茂みから抜け出した俺は、眠った中年男と入れ替わるように引きずり込んだ。


 クレア姿の朝霧が慌てて近付いてくる。


「急ぎましょう。あまり時間がないわ。変化へんげも、眠りの弾丸も、三十分が限界よ」


 銃口を胸元へ向けてくる。安全だと分かっていても良い気分はしない。


「スカーレット・シュート!」


 赤い光りが体を包み、俺の外見は中年男とそっくりに変化した。仕方がないとはいえ、この人というのがやりきれない。


風見かざみもうまくやってくれよ……」


 俺に成り済まし、一足先にアジトへ入っていった風見。ばれずに転移室てんいしつまで進んでくれることを願うのみだ。


隔離室かくりしつにみんないるって言ってたな。まずはそこからだ」


 二人と頷き合い、裏口の扉へ手をかけた。


☆☆☆


 アジトの中は不気味なほど静まり返っていた。きっとスタッフのみんなも自由に動き回ることはできないんだろう。


 久城と共に物音を殺しながらメディカル・ルームを進み、奥の隔離室へやってきた。


 そこに立っていたのは、中年男に若造と呼ばれていた男。確かカイルだったか。

 中年男に成り代わった俺を目にして、不思議そうな顔をしている。


「グレンさん? どうしたんですか?」


「この嬢ちゃんが仲間に会わせろってうるさくてな。ちょうど良いから、まとめてぶち込んでやろうと思ってよ」


「構いませんけど、勝手に持ち場を離れるとカミラ導師どうしに怒られますよ」


 からかうような視線を向けてくる。


「バレなきゃいいんだろうが。ほれ。早く鍵を開けてくれ」


「分かりましたよ」


 若造は素直に従い、ドアへ取り付けられた錠へカード・キーを滑らせた。赤く点灯していたランプが緑へ変わる。


 よし。ここで朝霧の出番だ。若造の隙を突いて気絶させれば第二段階クリアだ。

 順調な展開に思わず口元がほころんだ。それを合図とするように、視界の端へクレアの姿が映り込んだ。


 その時だ。この短期間で培ってきた戦闘の勘とでもいうんだろうか。違和感が胸をざわつかせた。


 こちらへ向かって駆け寄るクレア。だが、その手に握られているのは装飾銃そうしょくじゅうではなく双剣そうけん。こいつは本物だ。


 久城を後ろ手に庇いながら、慌てて上体を後ろへ逸らせた。喉元をかすめる刃。恐怖に言葉が出てこない。


 靴の擦れる音を響かせ、若造の隣で急停止するクレア。頭を振ってツイン・テールを振り払い、俺たちを鋭い目付きで睨んできた。


「皆さんを甘く見ていました。まさか変身能力を使えるなんて想定外でした……私の姿に変身したミナさんなら、通路の入口で気を失っていますよ。助けを求めてもムダですから」


「え? え?」


 訳が分からず間抜けな声を上げる若造。その様子を見ながら思案を巡らせた。どうにかしてこの状況を切り抜けるんだ。


「おう、丁度いいな。二人の嬢ちゃんを、まとめてぶち込んでやれ」


 クレアの瞳が、獲物を狙う獣のように油断無く俺を睨んできた。緊張で、イヤな汗が背中を伝う。


 これがあのクレアなのか。まるで別人だ。そう言えば、アッシュが初めて会った時に言っていたはずだ。クレアと組んで一年。あいつにあんな一面があったとは驚きだと。これこそが本来の姿なんだろうか。


「グレンさん。あなた本物ですよね? 証拠を見せていただけませんか?」


 クレアの言葉に慌てた若造は、ドアを再びロックしてしまった。


「証拠?」


「はい。何でもいいですよ……そうですね。霊術れいじゅつにしましょうか? グレンさんの得意な炎の霊術。マッチの炎程度でいいですから、ここで使って見せてください」


 そんなことできるはずがない。


「おいおい。俺を疑うのかよ? そんなめんどくせぇことやってられっか。さっさと終わらせて酒を飲みてぇんだよ」


「できないんですか? カイルさん。三人まとめて隣の隔離室へ入れてください。このグレンさんが誰なのか、すぐに尋問します」


 胸元へ突き付けられた短剣。それが血を欲するように、薄闇で不気味な光りを放った。

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