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08 もう一度。共闘したいと言われても


「ひとまず、人混みに紛れよう」


 風見かざみが先陣を切って走り出した。どこか行く当てがあるんだろう。

 走りながら、俺の腕を取る朝霧あさぎり。何事かと戸惑っていると、手にした装飾銃そうしょくじゅうの銃口を手錠へ密着させた。


「霊界の物質なら、霊撃れいげきで……」


 金属同士がぶつかり合う甲高い音が数度響き、手錠は完全に破壊された。ようやく両手へ自由が戻った。


 どれだけ走っただろうか。風見は駅の方向を目指しながら公園へ逃げ込んだ。ここは以前に桐島きりしま先輩と訪れた想い出の海岸。その記憶を汚されたようで、胸の中に言いようのない不快感が込み上げた。


 水着姿の海水浴客が行き交う中、制服姿の俺たちは妙に浮いている。


 だがその時だ。俺と久城の通信機に、強制受信の赤ランプが点滅した。


『ボウヤ、聞こえる? セレナ、アッシュ、アスティも含め、お仲間は全員拘束ってね。三十分以内に戻らなければ、彼等に制裁を加えるわよ。覚悟しなさいな』


 通信機の電源を切り忘れていた。今更かもしれないが慌てて切断する。


「手遅れね。動きを把握されたわ」


 朝霧が頭上へ向けて霊力弾れいりょくだんを放つ。すると、俺たちの後方で爆発音が。砂浜へ落ちたのは霊眼れいがんの残骸。


「そうでもないさ。反撃はここからだよ」


 額の汗を拭い、柔和な笑みを浮かべる風見。


「ちょい待ち! 俺はここまで」


 酒賀美さかがみ先輩が慌てて声を上げた。クレアにやられた傷が痛むんだろう、右肩を庇ったその顔が苦痛に歪んでいる。


「あぁ。そうだったね」


「シュン。約束は忘れるなよ。俺は全部が片付くまで大人しくさせてもらうわ」


「約束って何だよ?」


 遠ざかる酒賀美先輩の背中を見ながら、俺は風見へ視線を向けた。


「昨日から連絡を取り合っていてね。僕が獲得した賞金を渡す代わりに、アジトの動きを教えて貰っていたんだ」


 すると鼻から笑いを漏らした。


「まぁ、こうなってしまっては、僕のメンバー登録も抹消だろうけれどね。つまり賞金も没収というわけさ」


「それって、騙してるってことだろ?」


「結果的にはそうなるかな。利用できるものは利用する。戦術の基本だよ」


 抜け目がないというか油断も隙も無い。


「で、問題はここからだね」


 風見は声を張り上げ、俺たちを見回した。


「カズヤ君。君ともう一度取引をしたい。今度こそ共闘を受け入れて貰えないだろうか?  そうすれば、霊撃輪れいげきりんを取り戻して、みんなの解放を手伝わせて貰うよ」


「その前に確認したいことがある。どうしてあんたが朝霧と一緒にいるんだ? 魔人まじんエデンと上位悪魔ハイ・クラスのシーナはどこだ?」


「おや。ヤキモチかい? レイカ君一筋と見せかけて、君も食えない男だね」


「茶化すな!」


 薄ら笑いを浮かべる風見の言葉に赤面する朝霧。どいつもこいつも。


「共闘にこだわるってことは、先輩もごく、切羽詰まってるってことなんでしょ?」


 久城の指摘に、風見は眉根を寄せる。


「さすがに察しが良いね。先日の戦いで病院から逃げ出した後、シーナとミナ君を見付けてね。闇導師やみどうしを倒すという共通目的のために手を組んだのさ」


 そう言いながら朝霧へ視線を向ける。


「ミナ君とレイカ君の扱う、癒やしの霊力弾で僕らの傷は治ったけれど、エデンとシーナには不充分なんだ。二人は満足に動けない。エデンはレイカ君にべったりだし、シーナも含めて近くに待機させているんだよ」


「で、最後は俺の力に目を付けた……」


「そういうことだね。闇導師も無傷ではないはずさ。攻めるなら今しかない」


 やっぱり風見も同じことを考えていたのか。でも、エデンとシーナが動けないのは好都合だ。霊撃輪れいげきりんを取り戻してシーナの居場所が分かれば、朝霧の従属じゅうぞくを解くことも容易になる。


 すると風見が、意地の悪い笑みを浮かべた。


「それに、レイカ君とミナ君はこちらの手の内だ。君は共闘を拒めない」


 やっぱりそれが狙いか。闇導師を倒すという目的を果たさない限り、こいつは二人を解放するつもりはないんだろう。


 気掛かりがあるとすれば桐島きりしま先輩だ。従属されているわけでもなく、自分の意思で風見と行動を共にしている。ここまでされながら、どうしてこいつを見捨てないんだろうか。


 腹立たしい。いや。このモヤモヤの正体は、嫉妬だと分かっているのに。認めたくない。絶対に認めたくない。


「条件を飲むよ。どのみち、闇導師は倒さなくちゃいけねぇ相手なんだ」


「ありがとう。話が早くて助かるよ」


 こうして爽やかな笑みを見せられると、余計にその二面性が不気味さを増す。


「これで話はまとまったよね? あたし、リーダーとミナちゃんの三人で話したいことがあったんだ。すみませんけど、シュン先輩は外してもらえませんか?」


「分かった。いいよ」


 風見は木陰にあるベンチへ向かう。それを見届け、改めて久城へ向き直った。


「どうしたんだよ? 何の話だ?」


「カミラさんのこと」


「は?」


「送ったメールにも書いたんだよ? あの人が裏でごく画策かくさくしてたんだよ。ミナちゃんを追い詰めたのもあの人」


「私を?」


 朝霧も不思議そうな顔をしている。


「刑務所の大量殺人。ミナちゃんがやったって言われたんでしょ? あれはカミラさんが、ミナちゃんを追い詰めるための嘘だったんだよ。ミナちゃんは誰も殺してなんていない。安心して!」


「ありがとう。その話、シュン先輩とレイカさんに聞いたわ。私は大丈夫だから」


 弱々しく儚げな笑みを浮かべる朝霧。なんだか今にも壊れてしまいそうで、妙な不安が胸を過ぎってゆく。


「久城。それ、誰に聞いたんだよ?」


 それを払拭するように言葉を続けた。


「カミラさん本人から。あたしは記憶を操作されて、その話を忘れてたんだ」


『え?』


 俺と朝霧の声が見事に重なった。


「あたしごく、偉いよね〜。万が一に備えて、ボイス・レコーダーを仕込んでたの。それを聞いて、記憶を取り戻したんだ。あの人、リーダーの力の秘密を探ってた。もっと早く気付けばよかったんだけど」


「そのレコーダーは!?」


 俺の問いかけに意地悪く笑う久城。


「ボスに預けたよ。今頃は霊界へ報告してるんじゃないかなぁ? でも、その話だけだと証拠が足りないから、他にも探してみるって」


「じゃあ、セレナさんが言ってた休暇っていうのは……」


「ウソに決まってるでしょ!」


 途端に希望が見えてきた。霊界がカミラさんの拘束に動いてくれれば、事態は一気に沈静化するはずだ。


「ただ、ボスが証拠を集めるのにどれだけかかるかが問題なんだよね〜。カミラさんは三十分以内に戻れって言ってたでしょ? 時間がごく、足りないよ」


「サヤカ。待ってるだけじゃ何も変わらないわ。こちらから打って出ましょう」


 朝霧が力強い笑みを浮かべた。


「ミナちゃん? どうすんの?」


「名案があるわ。絶対に大丈夫! さて、そうとなれば、シュン先輩を呼んできて」


 駆け出す久城を見ながら、朝霧が俺の腕を掴んできた。突然に体へ触れられると、訳も無く緊張してしまう。


「お願いがあるの……」


 真剣な眼差しに、まるで周囲の時間が止まってしまったような錯覚がした。今ここには、俺たちしか存在しない。


闇蜂やみばちの副作用かしら。心の中で、悪意がどんどん大きくなっていく気がするの……」


 その手が微かに震えている。


「シュン先輩と手を組んだシーナの命令には逆らえない。だけど、レイカ先輩と一緒にいると、憎しみがつのっていくの。衝動が止められなくなりそう……」


「ミナ……」


「助けて。もし、私が壊れてしまった時は、あなたの手で……」


 さっき見せたはかなげな笑み。その顔で再び、寂しそうに微笑んでいる。


「なにバカなこと言ってんだよ。そんなことできるわけねぇだろ。シーナさえ消えれば、元のおまえに戻るって」


 ポケットからシルバー・ブレスレットを取り出した。朝霧に預かったままだったもの。アジトで療養中に修理を頼んでおいたのだ。


「約束だ。俺が一緒にいる限り、絶対に守るから。闇蜂の力なんかに負けるんじゃねぇ」


「うん。ありがとう……」


 肩へ触れる朝霧の額。抱きしめたくなる気持ちを必死に押し殺し、彼女の右手首へブレスレットを填めた。


「一つだけ確認しておくけど、カミラさんやクレアと本気で戦える? あなたのためなら私は容赦しないわ。それだけの覚悟がある?」


 思いがけない質問に心が揺らぐ。


「カミラさんとなら本気で戦える。でも、クレアは……あいつはカミラさんに洗脳されてるんだよ。きっと……」


「随分、あの子の肩を持つのね。確かに可愛いし、胸は大きいし、傷つけるなんてできないわよね?」


「そういう問題じゃねぇだろ……」


「いいわ。神崎かんざきができないなら私がやるだけよ。私があなたのつるぎになるわ」


 強い意志を秘めた瞳を黙って見つめ返すことしかできずにいた。そして、俺たちの反撃が始まろうとしている。

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