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07 風神か? 荒ぶる旋風、吹き荒れる


 酒賀美さかがみ先輩は困ったような顔をしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。


「参ったよ。引退手続きに来た途端、とんでもない騒ぎになってんじゃん?」


「でしたら、もうしばらくだけ大人しくしていただけませんか?」


 素早く立ち上がったクレアは、油断無く双剣そうけんを構える。


「そうも行かないんだなぁ、コレが。セレナさんが捕まったら手続きできないじゃん? それに、先約があってね」


「何のことですか?」


「いやいや、こっちの話。とにかく、カズヤはここから逃がすから。よろしく」


 どうやらこちらの味方らしい。まさか、どうでもいいと思っていた人に助けられるとは。


「そう簡単に逃がしません!」


 容赦なく酒賀美先輩へ斬りかかるクレア。飛び込み様、脇腹から胸元を切り裂くように刃が振り上げられる。


「っと!」


 マントを羽織るように四枚の翼を折り畳み、その一撃を受け流す先輩。


「あっぶね! A-MIN(エー・マイン)を解放してなかったら完全に斬られてんじゃん!」


「ジャマをするなら容赦しません!」


 尚も続く刃の連撃。だが、それらのことごとくを漆黒の翼が受け止める。


「えいっ!」


 攻撃の隙を狙って、久城が巨大十字架を放った。ブーメランのように回転しながら、真っ直ぐにクレアへ迫る。


空霊術くうれいじゅつしょう!」


 瞬間的に脚力を強化し、大きく飛び上がるクレア。十字架は空を切り、久城の元へ戻ろうと旋回を始める。


 その隙に久城が動いた。不意に腕を掴まれ、出口へ引かれてゆく。


「七つの大罪たいざい!」


 背後で先輩の声が聞こえた。恐らく、飛び上がったクレアを狙って、七本の黒い刃を展開させたんだろう。


「氷の攻霊術こうれいじゅつ細氷さいひょう!」


 頭上に響いたクレアの声。直後、俺たちの足下は瞬時に薄氷で覆われ、即席のアイスリンクと化した。


 全力疾走していた俺と久城は見事に足を滑らせた。受け身も取れないまま顔から床へ倒れ込み、口内へ広がる血の味を感じていた。


「あうぅっ!」


 同時に上がるクレアの悲鳴。背中と左腕に三本の刃を突き刺され、剥き出しの床へ激突した小柄な体が大きく跳ねる。


 その気になれば、刃をはね除けることもできたはずだ。身を守ることよりも、俺を捕らえることを優先するとは。彼女の本気度をまざまざと見せつけられた。


「ほら! さっさと行けって!」


 焦りを帯びた先輩の声。そうは言われても、両手が使えないこの状態では身を起こすこともままならない。足下へ広がる薄氷も数分は効果が持続するはずだ。


 その時、視界の端でクレアが動いた。這いつくばりながらも、ゴールを求めるように伸ばされた手が薄氷へ触れる。


いかづち攻霊術こうれいじゅつ紫電しでん!」


 ほとばしる電撃。その瞬間、ようやくクレアの狙いに気付いた。床を凍らせたのは囮。俺たちの足下にだけ薄氷を張り巡らせ、電撃で捕らえるのが目的だったなんて。


「くそっ……」


 頭の先からつま先までを駆け抜ける鋭い痛み。そして全身を覆う痺れ。それは久城や先輩も同じだろう。床へ転がりながら、ゆっくりと立ち上がるクレアを見ていることしかできないなんて。


「もう、逃げられませんよ……」


 苦しそうに息を吐くクレア。力なく垂れた左腕は、恐らく先輩の刃で負傷しているはずだ。治療をほどこさなければ動かすことはできないだろう。


「追い詰めたのは俺だよ。けの明星みょうじょう!」


 倒れていた先輩が、突然に右腕を突き上げた。クレアが金色こんじきの球体に包まれる。


「翼の防御力を甘く見んなって!」


 先輩が拳を握ると同時に、球体内部へスーパー・ローテーションと呼ばれる竜巻のごとき強風が発生。その渦が、顔をしかめるクレアの動きを封じた。


「カズヤ、動けるか? 俺にできんのはここまでだわ。どうにか逃げろ!」


 先輩の言葉はありがたいけれど、逃げろと言われても動けない。


「氷の攻霊術こうれいじゅつ氷結ひょうけつ!」


 球体内部から響いた声。先輩の右腕が厚い氷に覆われると同時に、金色こんじきの球体が音も無く消滅。中から現れたのは、右手で印を組んだクレアだ。


「リョウさんが仕掛けてくるのは計算の内でした。強風に巻き込まれる寸前に、印を組んでおいたのは正解でした」


 クレアは右手を解き、床に転がった双剣そうけんの一つを拾い上げた。


「皆さん時々、予測不可能な動きをしますから。生への執着なのか、仲間を想うが故の咄嗟の行動なのか……」


 感情の読み取れない顔で歩み出すと、床を覆っていた薄氷が綺麗に融解した。


「もう、大人しくしていてください」


 マネキンのように眉一つ動かさない。機械的に腕を振り上げ、手にした短剣を先輩の右肩へ深々と突き刺した。


「ぐあぁぁぁぁぁ!!」


 耳を覆いたく程の凄まじい悲鳴。


「私のジャマをするからですよ」


 突き刺した刃を躊躇なく捻る。霊体を攻撃されているから血こそ出ないが、痛みは本物だ。耐えがたい激痛に先輩の悲鳴は続く。


 見ていられない。まるで自分がやられているようで、イヤな汗が滲んでくる。


「抵抗できないように、左腕も封じます」


「クレアちゃん! もう止めてよ!」


 久城の悲痛な叫びも届かない。クレアが再び刃を振り上げたその時、台風を思わせるような強風がロビーを吹き抜けた。


 視界の端で、久城が慌ててスカートを押さえた。その風がクレアへ届いた時には風神の力を纏ったような荒ぶる旋風となって、彼女を軽々と吹っ飛ばしていた。


「遅いって。もう少しで殺されるとこだったじゃん……」


「こうして間に合ったんですから、文句を言わないで欲しいんですけど」


 エスカレーターの方向から響いた聞き覚えのある声。咄嗟に反応してしまう。


「なんでここに!?」


 酒賀美先輩の登場だけでも予想外だったのに、まさかこいつまで。


 すらりと伸びた美脚を見せつけるように、軽やかな仕草で近付いてくる。


「ミナちゃん!?」


 久城が驚きとも喜びとも取れない悲鳴のような声を上げた。


 そう。窮地に現れたのはなんと朝霧あさぎりだ。カラーコンタクトを付けたような水色の瞳と背中まで伸びる紺色の髪。A-MIN(エー・マイン)を解放しているのは明らかだが、体の周囲へ漂っている黒い瘴気しょうきB-QUEEN(ビー・クイーン)の力だ。


「ホワイト・シュート!」


 朝霧は手にした装飾銃そうしょくじゅうから、白く輝く弾丸を連射。それが俺たちの体に淡い光りを灯すと同時に、体を覆っていた痺れが嘘のように消え去った。属性変化の能力で、弾丸に癒やしの効果を与えたのか。


「立てるわよね? 退散するわよ」


「ちょっと待てって! ミナが来てくれたなら、何とかなるかもしれねぇ。セレナさんを助けて、霊撃輪れいげきりんさえ戻れば……」


 久城に助け起こされながら、慌てて声を上げていた。このままみんなを見捨てるなんてできるわけがない。


「待って。今は無理なの。彼の許可がないと思うように動けないのよ」


 振り返った朝霧に釣られて、エスカレーターへ視線を向けた直後、そこから目を逸らせなくなった。口元が引きつり、言いようのない怒りが込み上げる。


「やあ。カズヤ君」


 薄ら笑いを浮かべて、右手を掲げる男。


「あんたがここに何の用なんだ?」


「酷いなぁ。もう少し歓迎してくれてもいいじゃないか。リョウ君から連絡を受けて、救出作戦を立案したのは僕だよ」


 この場に不釣り合いな呑気さで、ゆっくりと近付いてくる風見かざみ。この手が自由になれば思い切り殴ってやるのに。


 掲げられていた風見の右手が、不意に俺の眼前へ向けられた。


天照あまてらす!」


 手の平から放たれた光線。それは俺の耳元を通り過ぎ、背後でクレアの悲鳴へ変わった。


 振り向いた先で見たのは、右肩から白煙をくゆらせたクレアの姿。両腕を負傷した今、戦うことはできないだろう。


「外したか。次は心臓を狙うよ」


「待て! 風見、殺すな!」


「どうして庇うんだい? 彼女は敵なんだろう? 今ここで止めを刺しておかないと、後で後悔することになるよ」


「よく平気でそんなこと言えるな!? 一緒に戦ってきた仲間だぞ!?」


 不思議そうな顔をする風見へ詰め寄っていた。こいつの思考がまるで理解できない。


「朝霧の言う通り、ここは引こう。あんたも、俺が一緒に行けば満足なんだろ?」


「話が早くて助かるよ。回りくどいのは嫌いなんだ」


「その話はこの前、聞いた。俺はしつこいのが嫌いなんだ」


 こいつの顔なんて見たくもない。俺は一目散にエスカレーター目指して走った。


 背後でクレアの声が聞こえたが、立ち止まるつもりはない。もう頭の中は大混乱だ。


 助けに来てくれた酒賀美先輩は、なぜか風見や朝霧と繋がっていた。それに、どうして二人が行動を共にしているんだ。


 混乱を振り払うように無我夢中で走りながら、俺たちは夢来屋の裏口から外界へ飛び出した。夏の強烈な日差しに晒され、むせ返るような暑さが肌を刺す。


 これからどうなるんだろう。俺の運命の歯車はどこまで狂っていくんだろうか。辿り着く先は、きっと誰にも分からない。

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