06 なんだコレ。内輪でもめて大バトル
眼前にカミラさん。左右に美男子と中年男。取り囲まれたまま数分が過ぎた。
「遅いわね……」
「連行に手間取っているのでは?」
疑わしげにつぶやくカミラさんへ、美男子が咄嗟に答えた。
「あの潔癖女のことだ。大方、セレナを閉じ込めて、手でも洗ってんだろうよ」
小馬鹿にするような嘲けた笑みを浮かべる中年男。どうやら、サリファという長身女が戻るのを待っているらしい。
潔癖女。そういえば、手術医のような薄手の手袋をしていた気がする。
「仕方ないわね。グレン、ちょっと様子を見てきなさい。サリファと戻ったら、ティアを転移室まで運んで。いい?」
「へい、へい。ったく、相変わらず人使いが荒い人だよ……めんどくせぇ」
「何か言った?」
「いえ。何でもありません!」
慌てて背筋を伸ばし、逃げるように去って行く中年男。
「ジェイク。どうして彼を選んだの?」
「申し訳ありません。カイルの指導役として適任だったものですから」
「腕は確かなんだけど性格がねぇ……あの怠け者、好きじゃないわ」
「以後、厳しく指導いたします」
「時間もないわ。行きましょう」
カミラさんが先頭に立ち、間に挟まれた俺は黙って付いていく他なかった。到底納得できないが、どうにもできない。
メディカル・ルームを抜け、本館へ戻ってきた。そのまま、ロビーの脇にある階段を昇って二階へ。転移室という謎の部屋は、かなり奥まった所にあるようだ。
「カミラ導師。彼をどうやって霊界へ? 魂だけを抜き出すおつもりですか?」
「頭を使いなさいな。ゼロはボウヤと体を共有しているのよ。魂だけを抜いたところで意味がないわ。それこそ、抜け殻になった彼の体へゼロが入り込む隙を与えてしまうだけよ」
「では?」
「霊力壁でボウヤを覆って、生身のまま連れて行くわ。最悪、ボウヤの体が持たなかったとしても、二人の魂さえ霊界へ引き込めば何とかなるでしょ」
「うまく運ぶのでしょうか?」
「ぶっつけ本番ね。予想外だったから、何の準備もしていなかったのよ」
この人の思い付きの行動で、最悪、俺の命は無くなるということか。なんて呆気なくて理不尽な終わりなんだろう。
ゼノが協力を拒めば計画が破綻すると気付いていないのか。だが、その保険としてティアさんを連れて行くんだろうが。
「こんなことまでして、霊界王ってのはそれだけ凄い地位なんスか?」
「まぁ、そういうことね。でも、私が本当に欲しいのはそんなものじゃないの」
「は?」
「そこまで教える義理はないわ。それに、お客様がお待ち兼ねのようだし……」
訓練室を過ぎた辺りで、前方に三人の人影が。たまらなく嬉しいはずなのに、どうしていいのか分からない。
「みんな……」
そこにいたのは、タイちゃんにセイギ。そして久城。
「あらあら。お見送りに来てくれたのかしら? 友だち思いなこと」
「カズをどうするつもりですか?」
カミラさんを真っ向から睨み付けるタイちゃん。緊迫した空気が周囲へ漂う。
「検査が必要なの。霊界へ連れて行かないと調べられないってわけ」
「このタイミングで、しかもアジトの管理権限を握ってまでやらなければならないことなんですか? 闇導師との戦いが迫っているんですよ?」
「誰も彼も闇導師、闇導師って。ボウヤが戻るまでどうにか持ち堪えなさいな」
「それ、本気で言ってるんですか? 上位悪魔にも叶わないのに、四混沌の一人を押さえるなんて絶対にムリだよ!」
久城が非難の声を上げた。
「カズ。その検査が本当に今、必要なのか? そんなに具合が悪いのか?」
タイちゃんにどう言えばいい。助けを求めるのは簡単だが、衝突は避けられない。三人がかりでも、この二人が相手では無理がある。
セレナさんは後ろの美男子を部隊長と呼んでいた。上位悪魔に匹敵するほどの能力を持っているはずだ。
「タイガ先輩。どう見たって違いますよ。明らかに捕まってるし、検査っていうか逮捕レベルですよ」
久城の声へ応えるように、俺の背後から美男子が歩み出た。
「悪いがどいて貰おうか。抵抗するなら痛い目を見て貰うことになるが」
「おもしろい。吠え面を拝んでやろう」
中指でサングラスを押し上げ、セイギが一歩を踏み出した。
「セイギ。ちょっと待てって!」
その時だ。館内放送のように、施設内へ響き渡る男の声。
『ダメだ。サリファのヤツ、気を失ってやがる。こっちはセレナと戦闘中だ! 見せしめに多少、痛めつけるからな』
「くそっ! どうなってんだよ!?」
まさか、素直に応じろと言っていた本人が真っ先に抵抗するなんて。
「どうやら、ただ事じゃないな。となれば、カズは解放して貰いますよ」
セイギだけでなくタイちゃんまで。一体、どうすればいいんだ。
「ちょっと、ちょっと! 俺たちを忘れてんじゃないのかってんだ!」
背後からの声。するとそこにはアッシュとアスティの姿が。
最悪の展開だ。カミラさんと美男子に加えてこの二人まで。勝ち目はない。
剣を構えたアッシュ。そして、右手に槍、左手で印を組むアスティ。
「みんな! 逃げてくれ!」
三人へ視線を投げた瞬間、視界の端にいたカミラさんに変化が起こった。彼女の足下に伸びる影。そこから数本の黒い腕が伸び、その肢体へ絡み付いたのだ。
呆気に取られていると、空霊術の青白い光に包まれたアッシュが斬り込む。
それを迎え撃つように、細身の片手剣、レイピアを持った美少年が飛び出していた。
二つの刃は激しくぶつかり合い、眼前で鋭い金属音が鳴り響いた。
「アッシュ。踏み込みが甘いな」
「部隊長。何も知らなかったのは、俺とアスティだけってことかよっ!?」
つばぜり合いを始めた二人を目にして、カミラさんは妖艶な笑みを浮かべる。
「クレアの動きをカムフラージュするための囮よ。可哀想な道化師。しかも影縛の術ごときで、私をどうにかできると思って?」
右手を掴んでいた影の腕を振り払い、即座に印を組み上げた。
「氷の攻霊術。絶対零度!」
カミラさんの左手から、氷の上位霊術が放たれた。地獄の炎すら凍て付かせるような猛吹雪がアスティへ迫る。
「空霊術。疾!」
カミラさんの霊術より、アスティの動きが一歩勝った。脚力を強化した彼が、瞬く間に俺の眼前へ迫っていた。
突然、腹部に重い衝撃がかかり吐き気が込み上げた。そのまま凄まじい勢いで体が背後へ運ばれていく。
アスティは、俺を二人から引き離すために突進してきたんだ。その間にも、タイちゃんと変身したセイギが、カミラさんへ攻撃を仕掛けようと迫っていた。
「カズヤ君。ここは逃げて!」
「ちょ! 本気かよ!?」
「カミラ導師の目的は分からないけど、絶対にこんなのは良くないよ! 僕たちで説得してみるから、ここは退いて!」
「だけど……」
「リーダー。早く!」
アスティと話している最中だっていうのに、久城が腕を強く引いてくる。
「あたしたちが残っても、極、足手纏いなんだって! 分かるでしょ!?」
引きずられるように走り出したものの、まだ頭の中が整理できない。どうしてこんなことになったんだ。
思い返せば、いつも肝心な場面で逃げ出している気がする。成長していない自分自身を見せつけられているようで、いたたまれない気持ちになってくる。
「作戦会議の後、リーダーの姿が見えなかったし。相談したいことがあるって言ったでしょ? あたしが送ったメールも、どうせ見てないんだよね?」
「悪りぃ……」
廊下を走り抜け、ロビーへ続く階段を駆け下りてゆく。両腕を後ろに縛られている俺は、走りにくくて仕方ない。
「カミラさん、極おかしいよ。やっぱり、リーダーが持ってる力のせいなの?」
「あぁ。それを狙ってるみてぇだ。霊界に来て、戦神を倒せってさ」
ロビーの噴水を通り過ぎる。後は出口へのエスカレーターを駆け上がるだけだ。
だが、そこで俺たちの足が止まった。なぜなら、目の前には双剣を手にした少女が立ちはだかっていたから。
「クレア……」
「ここは絶対に通しません!」
「どいてくれ! おまえと戦うなんてできるはずねぇだろ!」
「カミラ導師の命令は絶対なんです。言ったはずですよ。あの人には、返しても返しきれない恩があるんです!」
俺を庇うように久城が躍り出た。
「こっちだって引けないの! 何としても通して貰うんだから! 神王の鉄槌!」
久城が身長ほどもある銀の巨大十字架を具現化すると、双剣を構えたクレアも走り出していた。直後、二人の間へ割り込むように、頭上から降り注ぐ黒い物体が。
クレアは咄嗟に横へ飛び退きながら、それらの数本を短剣で打ち払った。
「おっと。クレアちゃん、さすがだねぇ」
横手から上がった呑気な声。
「先輩。なんでここに……」
なんとそこには、漆黒の翼に身を包んだ酒賀美先輩の姿があった。