04 お見舞いは、邪魔者だらけで散々だ
ティアさんの意識が戻った。その報告に、今にもここを飛び出したい気分だ。彼女の安否を確認することは、最終決戦へのゼノの士気に大きく作用するだろう。
会議は淡々と進み、三日月島へ乗り込むための段取りを確認して終わった。
俺とセイギ、そしてタイちゃん。そこに霊能戦士三人と応援組の戦士たちを加えた編成。残念ながら久城は留守番だ。
酒賀美先輩の姿がないと思ったら、本当に具現者を脱退するらしい。この後、手続きのためにアジトへ来るそうだが、去る者は追わず。やる気のない人を留まらせてもムダだ。
間もなく応援組が到着するとのことで、それまでは各自待機。出撃まで自由時間を過ごすこととなった。
いつもならクレアがくっついて来るところだが、アッシュたちに連れられて姿を消した。ティアさんの所へ行くなら今しかない。
メディカル・ルームへ急ぎ、側に居た医療スタッフを捕まえると、ティアさんが移された病室を聞き出した。
部屋の中には既に、オーレンさんと女性スタッフの姿。まさか他者がいるとは思いもよらず、その場に固まってしまう。
「これはカズヤ君。どうしました?」
「あ、いや……ティアさんの容態が安定したって聞いたんで……」
いつもの笑みを浮かべながら、意外な来訪者である俺を見るオーレンさん。困った。これはどうすりゃいいんだ。
「あら? カズ君。どうしたの?」
ドアが開き、背後からの声に振り返ると、セレナさんとカミラさんの追い打ちが。これはあきらめるしかなさそうだ。
「彼女の様子を見に来たの? ボウヤが身を挺して獲得した、唯一の戦果ですものね」
「は? なんか棘のある言い方っスね?」
薄ら笑いを浮かべるカミラさんの物言いに不快感が込み上げる。
「あら? 気を悪くさせたのならゴメンなさいね。彼女を見舞いながら感傷に浸りたかったんでしょ? ほら、みんな。ここは一時、退散しましょ」
苛立ちだけが募ったが、事態は思わぬ方向へ進展した。その一言で、オーレンさんたちも退出準備を始めたのだ。
「でも、カミラ導師。診察は?」
戸惑うセレナさんの両肩を掴み、その体を出口へと振り向かせるカミラさん。
「いいから、いいから。それは後。ボウヤはごゆっくりどうぞ。ほら、グズグズしないの」
「きゃっ! どさくさに紛れて、お尻を触らないでください!」
「いいじゃないの。減るもんじゃないんだし。肉付きの良さに、ついね」
嵐のような騒々しさと共に、みんなは部屋を出て行った。なんだかどっと疲れが襲ってきたが、ここからが本番だ。
意識を研ぎ澄ませ、頭の中へ声を送る。
(ゼノ。聞こえるか?)
だが、いつもの声が聞こえない。アジトには絶対に入らないと豪語していたあいつのことだ。今も離れた所にいるのかもしれない。思念は届くだろうか。
(おう。しっかり聞こえてるぜ)
(良かった。人払いは済ませたからな。入れ替わるから準備してくれ)
(悪りぃな。感謝するぜ!)
呼吸を整え、体の奥底を流れるゼノの霊力を探る。それをつかみ取り、自分の中へ取り込むイメージを完成させた。
「限界突破!!」
★★★
カズヤの体へ憑依したゼノは、心を落ち着かせようと大きく息を吐いた。
そうして一呼吸置いた後、覚悟を決めたように、ベッドで横になったままのティアへゆっくりと近付いた。
その微かな寝息を聞き取ることができなければ、生きているかも死んでいるかも分からないほど憔悴している。こけた頬と痩せ細った手足には、以前の面影は微塵もない。
これが、神眼の女狩人と称された人物だとは、ゼノにも信じられなかった。闇導師は一体、どれほどの仕打ちを与えたのだろうか。
ゼノはためらいがちに手を伸ばし、彼女の頬へ触れた。胸を締め付けられるような苦しさと共に、頬を熱い物が伝う。
「すまない。おめーのことを守ってやれなかった……霊魔大戦にさえ巻き込まなけりゃ、こんなことには……」
頬に触れていた手を離し、骨と皮だけになってしまった彼女の右手を強く握りしめた。
「覚えてるか? よく、こうして手を握ってやったっけな? 暗闇じゃ一人で眠れねーからって、いっつも俺の手を取って寝てやがったよな?」
目の前で悪魔に両親を殺されたティア。それは激しいトラウマとなって彼女の心へ恐怖を植え付けた。
孤独と暗闇を極端に嫌っていた彼女の目に、一人で孤立するゼノは放っておけない存在として映った。
仲間へ引き込もうとするティアの行為は彼にとって煩わしいものでしかなく、拒み続けたゼノへの最後の措置として、彼女は行動を共にすることを選んだ。もちろん、ゼノはそのことに微塵も気付いていなかったのだが。
「待ってろ。おめーの恨みも全部あいつにぶつけてきてやる! この戦いが終わったら、一緒に霊界へ帰るんだ」
そう言いながらも、ゼノの中にも一抹の不安があった。この戦いが終われば、自分は必要のない存在になる。いつまでもこの少年に纏わり付いているわけにはいかないのだと。
「俺はもう、死んでるんだったな……」
自嘲気味に微笑み、ティアの体へ温もりを注ぐようにその手を握り続けた。
そのまま、どれほどの時間が経っただろうか。廊下に響いてきた複数の足音を聞きつけ、ゼノは閉じていた瞳を開いた。
(誰か来る。同調を解除するぜ)
すぐさま、ゼノはカズヤと入れ替わり、その体へ本来の魂が舞い戻った。
☆☆☆
俺は突然に体の自由を取り戻した。だが、ゼノの存在を間近に感じる。
死んだと思い込んでいたはずの女性が生きていて、こうして再会を遂げた。離れがたい気持ちは痛いほど分かる。
霊体へ戻ってしまったゼノだが、せめてこの部屋に二人きりにしてやろう。俺にできることはそれくらいだ。
静かに廊下へ出た時だ。視界に飛び込んできたのは四人の霊能戦士。
男が三人に女が一人。皆、袖のないチャイナ・ドレスのような長衣を纏っている。色は赤。補霊術を象徴する色だ。
「ひょっとして、カミラさんが言ってた応援の戦士さんっスか?……」
余りの少なさに思わず面食らった。本隊が他にいるんだろうか。
俺の問いかけには答えず、先頭を歩いてきた男は無表情でこちらを見ている。愛想も無く、感じの悪い人だ。
見たところかなり若そうだ。ゼノより上に見えるが、セレナさんやカミラさんよりは年下だろう。しかも、腹が立つほどの美男子。どこぞのバーで一人酒でもしていれば、さぞかし絵になるだろう。
「君が、神崎和也か?」
透き通るような声だが、なんだか高圧的な印象を受ける。まるで挑むようなその目に、不安が込み上げてきた。
「そうっスけど……それが何か?」
男が無言で近付いてきたと思った矢先、両腕を掴まれ、壁へ押し付けられていた。
まるで予定調和のような機敏な動きについて行けず、いとも簡単に自由を奪われてしまった。だが、それ以上に、何が起こっているのか分からない。
「いててっ! なんなんスか!?」
振り向こうにも体の自由が効かない。顔を横へ向けたが、残る三人の姿しか見えない。
一人は、寝起きのような乱れた頭髪に、無精髭を蓄えた中年男性。もう一人の男は、アッシュやアスティと同じくらいの年か。最後方には、長身のショート・ヘア女。セレナさんたちと同じくらいの年齢だろうか。
どうにか拘束を逃れようと体を激しく揺さぶっていると、背後から再び透き通るような声が発せられた。
「神崎和也。君の身柄を拘束する」
「はぁ? ちょ!」
壁へ押し付けられ、後ろ手に回された両腕。手首へひんやりとした感触が纏わり付き、廊下へ金属音が鳴り響いた。
「なにするんスか!?」
何が起こったのか分からない。どうして俺がこんな目に。
「これも没収させてもらう」
指先から霊撃輪が引き抜かれると同時に、側に感じていたゼノの気配が消えた。戦う術だけでなく、あいつと思念を交わす力すらも奪われてしまうなんて。
「だから、なんなんスか!? ちゃんと説明してくださいよ!」
怒りの余り大きな声を出してしまったが、廊下の奥から近付いてくる新たな人物を目にして今度は言葉を失った。
口の中で棒付きキャンディを転がし、腕組みをして歩く。勝ち誇ったような仕草で微笑んでいるのはカミラさんだ。そして、隣にはなぜかクレアの姿が。
「あらあら。随分と無様な姿ね」
「カミラさん。どういうことっスか!?」
「どうも、こうもないわ。ようやく分かったわよ。ボウヤの力の正体が……」
不適に微笑むカミラさんの手には、イヤホンのような黒い物体があった。
「さっきまでの会話、全て聞かせて貰ったわ。便利よね。盗聴器って……」
言葉を失い、目の前が暗転していく。
本当の敵は誰なのか。それすらも見失いそうなほどの失望感に包まれていた。