03 上の空。会議をしてるヒマはねぇ
「神崎和也。君の身柄を拘束する」
「はぁ!? ちょ!」
壁へ押し付けられ、後ろ手に回された両腕。手首へひんやりとした感触が纏わり付き、廊下へ金属音が鳴り響いた。
「なにするんスか!?」
何が起こったのか分からない。どうして俺がこんな目に。
「これも没収させてもらう」
指先から霊撃輪が引き抜かれると同時に、側に感じていたゼノの気配が消えた。戦う術だけでなく、あいつと思念を交わす力すらも奪われてしまうなんて。
眼前へそびえる真っ白な壁を見つめ、意識は数時間前へと遡っていた。
☆☆☆
作戦会議は十三時。午前中に時間を持て余した俺は、久々に小説投稿サイトを覗き、停滞していた物語を更新した。
作品へ対する、お気に入り登録数は八十後半。欲を言えばもう少し欲しい。せめて、完結までに百を越えて欲しいのが本音だ。
高望みだろうか。でも、少しでも多くの人にこの作品を読んで欲しい。
ベッドへ寝転びながら携帯電話を手放し、息を吐き出した。
「退屈だ……」
「何か言いましたか?」
寝転がる視界の端へ、医師であるオーレンさんの人懐っこい笑みが映り込んだ。
「いえ。別に……」
実は自分が思っていた以上に衰弱が激しかったようで、作戦会議までの間、霊術による治療が行われることになった。
ゼノから、ティアさんに会わせるよう頼まれていたが、オーレンさんの話では集中治療室にて面会謝絶の状態だという。
どの道、ティアさんに会えなければ意味がない。今できることは、こうして大人しく作戦会議の時間を待つことだけだ。
体調も改善し、迎えた十三時。用意された昼食を平らげ会議室へ入った。
いつものように上座へボス。その左右の席にはセレナさんとカミラさん。いつかの朝霧の言葉じゃないが、キャバクラの接客でも見ているようで笑える。
「カズ君。どうしたの?」
「いえ。なんでもないっス」
不思議そうな顔をするセレナさんの視線をやり過ごすと、その隣へ久城とタイちゃんが並んで座っていた。二人の背後には、腕組みをしたセイギが壁へもたれて立っている。
「まーくん。もう大丈夫なのか?」
ちょっとからかうつもりが、セイギは途端に顔をしかめた。サングラス越しに、こちらを睨む鋭い視線を感じる。
「神崎。二度とその名で私を呼ぶな。全力で叩きのめすぞ」
「悪かったよ。からかっただけだろ」
まったく、いじりがいのない奴だ。
「リーダー。大丈夫なのかって、それはこっちのセリフだよ!」
頬を膨らませた久城が席を立ち、眼前へ歩み寄ってきた。
「いつまでも寝て、イライラ極マックスだったんだから! ミナちゃんのこと聞きたくて、ずっと待ってたんだよ!」
「わりぃ……そうだよな。久城が、一番必死にあいつを探してたんだもんな……」
その朝霧も今は悪魔と行動を共にしている。風見もそうだが、今頃、どこでどうしているんだろうか。
「絶対に助けるとしか言えねぇ。ここから先の戦いは、俺にも分からねぇ……」
闇導師、黒豹の上位悪魔シーナ、魔人エデンとそれを操る風見。それぞれの思惑が螺旋のように複雑に絡み合ってゆく。
「分かってる。もう、あたしの手に負える問題じゃないんだってことも……」
寂しそうに微笑む久城が不憫に思えてきた。せめてA-MINに覚醒できれば、一緒に戦うことができるのに。
「どうした、どうした? 別れを惜しむカップルみたいな切ない空気をプンプン出して。困ったことがあれば、このアッシュお兄さんに相談しろって!」
「むしろ、一番頼りたくないと思いますよ。勢いだけじゃどうにもならないことって、案外たくさんあるんですから」
「ちょっと、クレア。今の言葉は核心を突き過ぎてると思うよ。もう少し、オブラートに包んだ方が……」
背後からの声に振り向くと、そこには三人の霊能戦士たち。その中にクレアの姿を見付け、思わず口元が緩んでしまう。
しかし、彼女は目を合わせようともせず、カミラさんの隣の席へ進んでゆく。
肩すかしを食らうと同時に、何とも言えない寂しさが胸に広がった。クレアを意識していることに気付かされ、自分で自分の気持ちが分からなくなる。
「リーダー。相談があるから、後でメールするね。ほら、作戦会議が始まるよ!」
久城の言葉が気になったが、まずは会議だ。席へ腰掛け、ボスの言葉で始まったものの、うまく頭に入ってこない。
セイギの姉は記憶の一部を書き換えられ、病院へ戻された。セイギが彼女の危機を救ったということだけは記憶に残っているらしい。そして、闇蜂の力で悪魔へ墜ちた郷田。関係者には長期出張中という記憶を刷り込んであるという。
次に賞金の更新。病院での戦いで二十体にも及ぶ悪魔に取り囲まれながらも物的証拠はなし。せめてもの慰めにと、俺は200万、タイちゃんは50万の上昇。そして、ランクⅢに認定された郷田。クレアと共に彼を捕らえたセイギは40万の上昇。他は据え置きだ。
午前中、ベッドで治療を受けながらセレナさんへ話した情報を元に、ボスの話は闇導師、黒豹、魔人に及んだ。
結局、今俺たちができることと言えば、三日月島へ攻め込むことだけだ。まずは闇導師だけでも排除したい。
俺が眠っていた間も敵に動きはない。暴走したゼノが放った滅咆吼。止めを刺したとは思えないが、無傷でもないはずだ。打って出るなら今しかない。
「問題があるとすれば、闇導師が操る蜂。闇蜂の存在だと思います。こちらについては、カミラ導師から説明を……」
セレナさんに促され、カミラさんは一つ咳払いをして俺たちを見回した。
「保護された郷田。解毒にあたり、幻惑霊術を使って自白させたわ。まず、蜂の効果。投与した相手の欲望を増幅させ、それを実現させようと内なる力を引き出す。ここまでは、みんなオッケー?」
頷きながらも、その言葉に焦りを感じていた。霊術での自白。そんなことをされたら、ゼノの存在を隠し通せない。
「投与すると、闇蜂が持つ針を埋め込まれ、アンテナの役割を果たすようね。これは呪印と似た性質で、投与した相手に従属するという制約を受けるそうよ」
「投与した相手に従属?」
風見は、力を得る代わりに呪いのような制約を受けたと言っていた。朝霧も、黒豹の悪魔に従属しているということか。
「じゃあ、闇導師と黒豹の悪魔が消滅すれば、シュン先輩とミナちゃんは……」
「解放される可能性が高い、と思うわ。断言はできないけどね」
カミラさんの歯切れの悪い回答に、困惑する久城。
「というのも、郷田氏の解毒に対して有効な手立てが見つからないの。自分自身へ投与したことによる弊害って可能性も捨てきれない。今はそれに賭けて、二人を救い出してみるしかないわね」
「でも、シュン先輩もミナちゃんも、居場所が分からないんですよ。通信機の電源も切ってるし、携帯も繋がらないし、どうしたらいいんだろう? 極、困る」
久城の話を聞きながら、胸の中には確信に近い思いが沸き上がっていた。
「三日月島に行けば、風見はきっと現れる。闇導師を一番目障りに感じてるのはあいつだろうしな……」
「カミラ導師の呼び掛けで、応援の霊能戦士もこちらへ向かっているそうだ。準備が整い次第、出発してくれ」
「分かりました。でも、応援の戦士が来るなんて初めてじゃないっスか?」
珍しく思いながらボスへ返すと、カミラさんが勝ち誇ったように微笑んだ。
「私を誰だと思ってるわけ? 今や、賢者代行。補霊術士の最高位である私が命令すれば簡単なことよ」
造霊術の賢者であるボスの呼び掛けには腰が重くても、補霊術の賢者が頼めばすんなり通るということか。ボスへ同情すると同時に悔しさが込み上げてくる。
「それから、ボウヤに一つ質問よ。病院の地下で保護した女性。あなたは彼女について何か知ってるの?」
「いえ。全く……」
「カミラ導師に頼まれて、彼女のことを調べました。名前はティア=ニルナーグ」
「え!? ちょっと待ってくれ! ティア=ニルナーグ!?」
「ええ。そうよ……」
突然に大きな声を上げたアッシュを見て、セレナさんは目を丸くしている。
「あの人ですよね!? 傭兵団、銀の翼に所属した女狩人、神眼のティア! 深紅の狂戦士ゼノの恋人ですよね!?」
顔を真っ赤にして興奮気味につぶやくアッシュに、誰もが圧倒されている。
「詳しいのね。記録では霊魔大戦で死亡したことになっていたけれど、まさか捕らえられていたとは思いもしなかったわ」
既にここまで調べているとはさすがだ。
「闇導師に随分と酷い目に遭わされたようね。体調が回復したとしても、恐らく子供を産むことはできないと思うわ……」
病院で戦った五体の試作魔人。彼女はその実験の犠牲者だ。ゼノが自身を見失うほどの怒りに駆られたのも無理はない。
「でも、一つ朗報よ。会議が始まる直前のことだけれど、彼女の容態がようやく安定したの。今は個室に移されたわ。ただ、意識は戻らないままだけれどね……」
セレナさんの言葉に胸の奥がざわついた。ゼノのためにも、絶対に彼女へ会わなければならない。