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02 間が悪い。今は余韻に浸らせて


「おい。聞いてんのか!?」


「ん? あぁ……」


 面倒だ。よりによって、どうしてこんなタイミングで出てくるんだ。今はまったり、余韻に浸っていたいのに。


 周囲を包むのは完全な暗闇。そこへ浮かぶように立つゼノ。浅黒い肌と鍛え抜かれた肉体は以前に見たままだ。


「これでも、少しはりぃと思ってんだ。俺が切れちまったせいで、お嬢ちゃんたちを助け損なったんだからな。罵倒されんのを覚悟して出てきてんだぜ」


 その言葉に深い溜め息が漏れる。


「過ぎたことをどうこう言っても仕方ねぇだろ。あんたを責めるつもりはねぇよ……それに、その力がなければ、元々どうにもならないことなんだし……」


 限界突破リミット・ブレイクに頼ることしかできない俺には、ゼノを責める資格なんてない。


「で、どうしたんだよ? アジトには付いてこないんじゃなかったのか?」


「あぁ。そのつもりだったけど、今しか話す機会がねーだろうと思ってな。おめーも聞きたいことがあんだろうが」


 腕組みをして鼻から息を吐くゼノ。

 可憐な少女の後に見る野獣の姿。正直、鬱陶しい以外の何者でもないんだが。


「聞きたいこと? まぁ、そりゃあな……正体を明かさねぇと思ったら、悪魔の王の血縁なんていう、まさかのカミング・アウトだろ。どんなドッキリだよ?」


「だからこそ言えなかったんだろーが。それに、あいつと血縁だなんて思いたくもねー。まったくの不本意だ」


 忌々しそうに大きく舌打ちする。


「俺の体をいじって、こんな魔物にしやがって。俺の人生をなんだと思ってやがんだ。だが、当の本人は封印された。後は闇導師やみどうし戦神せんじん女王じょおう。やつらも消す」


「でも、どうしてゼノが霊界人れいかいじんの味方をしてるんだよ? それこそ、ジュラマ・ガザードの力が働いて、悪魔側に付いてもおかしくねぇだろ?」


「闇導師の野郎が作る蜂と同じだ。俺も出来損ないの試作品なのさ。悪魔の特性より、人の部分が勝ったんだろーよ。ジュラマ・ガザードの言う通りだとすれば、俺は霊界への適合性確認と情報収集のために、暗黒界から送り込まれたんだ」


「送り込まれた?」


「あぁ。俺を産んだ母親に連れられてな」


 何と言えばいいのか。言葉が出ない。


「五才の時か。施設の前に置き去りにされた俺は、そこでティアに出会った」


 病院での戦いで見た女性の姿が過ぎる。以前に夢で見た健康的な姿とは異なり、別人のように変わり果てていた。


「要は孤児院だ。悪魔に親を殺された奴等を保護する場所さ。捨て子の事実を伏せられて孤児扱いで入所したが、親の存命を知ってるんだ。そこは認めたくねー場所だった。俺がいるべき場所はここじゃねーってな。自然と周りの奴等と壁を作って孤立していった……」


 壁、孤立という言葉にセイギの姿が重なる。以前、あいつに対して同じ臭いがすると言っていたのはそういうことか。


「里親と施設を出て行くヤツも見てきた。あるいは、類い希な才能を買われて、霊能戦士れいのうせんしへスカウトされていくようなヤツもな。霊能戦士っていうのは特別なんだ。誰もが憧れる花形職業さ。それに溢れた奴等は、農民や商人として生きるんだ」


 アッシュたちも孤児だと言っていたはずだ。その能力を買われたということか。


「別に、霊能戦士になりたかったわけじゃねー。俺の目的は一つ。母親を探して文句を言ってやりてー。ただそれだけのために、一人で旅立てる強さを求めた」


 腕組みを解き、拳をきつく握るゼノ。


「スカウトは断った。馴れ合うのは性に合わねー。だが、ティアだけはいつも側に居た。それが当たり前だった……十五の時、施設が悪魔に襲われてな。あの時はさすがに死ぬかと思ったが、そこへ助けに現れたのが、傭兵団ようへいだん・銀の翼だ」


「傭兵団?」


「霊能戦士でも手に負えない厄介事を引き受ける戦闘集団さ。俺とティアは命を救われ、流れで入団することになった」


 想像もつかない壮絶な過去だ。


「二十才の時だ。暗黒界での戦闘って任務があってな。その時、あいつに会ったんだ……幻獣王げんじゅうおうと呼ばれる魔竜まりゅう黄泉よみに」


「魔竜、黄泉?」


「あぁ。金色の鱗と四枚の翼を持つ巨大な魔竜だ。ちなみに、斬魔剣ざんまけんエクスブラッドは、幻獣王の千切られた前足に、俺の血を合わせて鍛えたんだ。究極エクストリームブラッド混合ミックスした最強の剣さ」


 そういえば、虎の上位悪魔ハイ・クラスティガが、そんなことを言っていたはずだ。


「斬魔剣を手にするのはもう少し先の話だ……その時は、任務の途中で幻獣界に迷い込んでな。幻獣王は一目で俺の正体に気付いたらしい。困窮こんきゅうし、道を見失うことがあれば我を頼るがいい、とか偉そうなこと言いやがってな。暗黒界の出口へ送ってもらったんだ」


 するとゼノは、困った顔で頬を掻いた。


「結局、母親には会えてねーんだけどな。傭兵を続けながら、なし崩し的に霊間大戦れいまたいせんに巻き込まれていったんだ。そっから後は大体、知っての通りだろ?」


「まぁ、それなりには……」


「ジュラマ・ガザードに出生の秘密を暴露されて、霊能戦士からもマークされる羽目になった。で、俺はといえば、魔人まじんの生成実験に関わっていた元導師の五人、今は四混沌しこんとんと女王だが、ジュラマ・ガザードもろとも一掃してやろうって思ったわけだ」


 悪魔だけでなく、霊能戦士からも狙われる存在。ゼノはどんな気持ちでここまで戦い抜いてきたんだろうか。


「しかも、闇導師は俺の母親に関する情報まで持ってるみてーだしな。今度こそ、絶対に仕留めてやる」


 決意に満ちた力強い瞳が、挑むように俺を真っ向から見据えてきた。


「恐らく次が、奴と最後の戦いだ。変なわだかまりを残したくねーから、こうしててめーに会いに来たんだ。もう一踏ん張り頼むぜ」


「それは俺だって一緒だ。桐島きりしま先輩と朝霧あさぎりを助けて、風見かざみと決着を着けるんだ」


「最後にもう一つ。目が覚めたら、ティアの所へ連れて行ってくれ。頼む」


 ゼノと堅い握手を交わした所で不意に目が覚めた。ここがどこだか分からない。


 枕元に漂うほのかな香りが、クレアの存在を呼び覚ました。その温もりを求めて腕を伸ばすが、そこに彼女の姿はない。


 ぼんやりと枕元の時計を見る。時刻は午前四時。こんな時間にどこへ行ったんだろう。だが、よくよく考えれば、俺と二人でこんな所に寝ていては大問題だ。自分の部屋へ戻ったのかもしれない。


 部屋を包む静寂と一人になった寂しさが、心に大きな隙間と歪みを生む。


「クレア……」


 たまらずその名をつぶやくと、昨晩の光景がはっきりと蘇ってきた。


 忘れられない感触と感覚。生まれて初めての経験だったが、あれほどの快感を得られるとは思いもしなかった。


 肌を通して直に伝わる彼女の温もり。耳をくすぐるような、甘えた猫なで声。その唇から漏れる吐息と喘ぎ。高低音を使い分け、変幻自在に奏でられた虹色の歌声は、俺の興奮を否応なしに高めた。


 クレアの体が跳ね、踊るように一定のリズムを刻むと、バック・ミュージックのようにベッドが軋んだ音を上げた。


 その間だけは全てを忘れ、彼女の事だけを必死に思った。そうすることが、苦しみから逃れる唯一の手段のように思えて。


 クレアの唇から漏れる艶めかしい喘ぎ。暴れ馬へ跨がるような動きに合わせ、ツインテールと豊満な胸が激しく踊った。同時に、俺の下腹部へ押し寄せる激しい快楽のうねり。


 そのうねりに容易く飲み込まれ翻弄ほんろうされた。思考は混濁こんだくし、俺の全てを吸い尽くさんと更に大きなうねりと化した。波のように絶え間なく押し寄せ、体と魂を激しく揺さぶる。


「我慢しなくて……いいですからね……カズヤさんの苦しみ……吐き出してください……」


 暗がりの中、潤んだ瞳に見下ろされ。


「私が全部……受け止めてみせますから……」


 踊り続ける彼女の口から、慈悲のような囁きが漏れた。弱った心へ染み入るように入り込み、ただただ救いだけを求めたんだ。


 胸の内に溢れていたのは恐怖と苦しみだった。それらの思いを吐露とろするように、彼女へ受け渡すように、欲望と本能へ乗せ全てを解き放った。それと引き替えに得たものは、天にも昇るほどの快感。


 思い返しながらぼんやりと天井を見ていると、いつか啓吾けいごと話した雑談が過ぎった。


「初めての後は世界が変わる……とか言ってたっけ。くだらねぇ……」


 所詮、思春期に抱える憧れと妄想だ。世界は何一つ変わらないし、夜が終わり、こうして次の朝がやってくる。時間は、世界は前へと進んでいる。


「何も変わらねぇよ。何も……」


 クレアは一晩だけの関係だと言っていたものの、自分の中でそう簡単に割り切れるかどうかハッキリとした自信がない。


 桐島先輩と朝霧を救うために前へ進むしか道はない。でも、今の俺にその資格があるんだろうか。


 世界が変わったんじゃない。俺自身が変わってしまったんじゃないだろうか。黒いシミが広がっていくように、俺の心に落ちた影。自ら汚れた場所へ飛び込んでしまったような気持ちがする。二人の顔を見て、以前のように接することができるんだろうか。


 自ら望んで欲望のうねりへ飛び込んだくせに、今になって後悔するなんて。


 裸のまま眠っていたことに気付き、汚れた心と体を覆い隠すように慌てて衣類をまとう。そうして再び眠りに就いた。


 一時間後、定期検診に訪れたオーレンさんが、俺が目覚めたことをセレナさんへ知らせに走った。そして、十三時から作戦会議が決定したという知らせが俺の元へ届いたのは、それから間もなくのことだった。


 まさかその間にも、終わりを告げる足音が刻一刻と迫っていたなんて。

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