11 懸賞金、その額なんと二十万
懸賞金。一体、なんのことだろうか。
「話していなかったかしら? さすがに命を懸けてタダ働きさせるわけにもいかないでしょう? 事件の対象になっている悪霊へ賞金を設定して、みんなの活躍をもとに分配するシステムをとっているのよ」
「マジっスか!? じゃあ、オタクがあの女を退治したら総取りってことっスか?」
「今回の件に関しては、ミナちゃんとサヤちゃんにも調査に動いてもらっていたから、多少の分配は考慮するわよ」
「で、あの女の懸賞金はいくらっスか?」
「現在の状態だと二十万ね」
命を懸けるには安い気もするが、高校生が手にするには割の良すぎるバイトだ。まさかそんなシステムがあったなんて。
呆然とする側で、やり取りは続く。
「で、今日の調査だけれど、ミナちゃんとサヤちゃんの二人でお願いするわ」
「どういうこと?」
朝霧がいぶかしげな視線を投げてくる。
「カズ君は検査があるの。早く終われば合流ということにしておいて」
「検査? まぁいいわ。じゃあ、私たちは図書館で斬王丸について調べるわ」
会議室を出ていこうとする朝霧の背中を見ながら、一抹の不安が過ぎった。
「朝、じゃねぇ……ミっ、ミナ!」
ものすげぇ恥ずかしい。
呼び声に応じ、何事かと振り返って来た。こちらは熱く火照る顔を気にする間もなく、胸にわだかまる不安を警告として伝える。
「あの女に気を付けろよ。この件から離れても、きっとおまえを狙ってくる」
「望むところよ。敵の手の内は把握したわ。今度は返り討ちにしてみせるわよ」
「大丈夫。あたしも付いてるんだから!」
隣でブイ・サインを見せる久城。
意気揚々と立ち去る二人の姿を見ながらも、不安を消すことは出来なかった。
☆☆☆
「特に異常は見られませんねぇ……」
のんびりした口調で検査結果のカルテを見るのは、医師の一人、オーレンさんだ。
ボスとそう年は変わらない。口元と顎へ蓄えたヒゲにガサツそうな印象を受けたが、人なつこい笑みの優しい町医者という感じだ。
「マジっスか? 昨日はひどい頭痛に襲われて、かなりヤバかったんスけど」
「レントゲンも異常ありませんしねぇ」
そう言われてもまるで説得力がない。
あんたの目は節穴じゃねぇのか?
「具現者としての活動を始めたことで、精神的に不安定になっているんでしょう。しばらく様子を見てください」
「分かりました……」
釈然としないまま診察室を出ると、セレナさんの姿が。心配して待っていてくれたんだろうか。嬉しさがこみ上げる。
「どうだったの?」
「別に異常はないって言うんスけど」
「オーレンがそう言うなら大丈夫よ」
「そうっスか?」
恨みがましく診察室の扉を振り返ったが、とりあえず検査は全てパスしてしまった。言われた通り経過を見るしかない。
だが、アジトの奥の医療スペースには正直驚かされた。広大な地下スペースの三分の一程度を占めているそうだ。
ケガや病気の類は“霊術”と呼ばれる力で処置できるそうだが、今日のような検査や、大がかりな治療の為にスペースを充実させているらしい。
二度と世話になりたくない場所だ。
「今日は帰ってゆっくり休みなさい。それと、一つ分かったことがあるのよ」
「なんスか?」
「斬王丸だけど、刀が収められていた桐の箱だけ妙に綺麗なの。年代測定にかけたら、箱だけ今年に新調されていたわ」
「どういうことなんスか?」
「分からないわ。箱が傷んでしまっただけなのか、それとも他に理由が……」
腕組みをしながら頬に手を当てているのだが、押し潰されて変形した爆様が苦しそうだ。解放してあげたい。
「魔染具に関わる刀を洗い出して、照合していくしかないか……カズ君は、斬王丸の出所は知らないんだったわよね?」
「え? あぁ。出所はさっぱり……」
危ない。爆様に夢中だった。確かに、骨董屋の名前を聞いておくべきだった。
「お願いがあるんだけど、戦国時代この周辺で名の通った刀を調べて欲しいの」
「分かりました。やってみます」
セレナさんと別れ、アジトのホールへ戻ると、携帯の着信メールに気づいた。
「啓吾だ……なんだろ?」
部活に夢中になるあいつが、こんな時間にメールを送ってくるなんて珍しい。また何かくだらない情報でも仕入れたのかと思いながらメールを確認すると。
“今朝の刀、悔しいから調べた。斬王丸は分からないけど、鬼斬丸って刀の情報なら見つけたよ”
「鬼斬丸?」
とりあえず、今必要なのは情報だ。すぐさま学校へ戻ってみることにした。
☆☆☆
「で、その鬼斬丸ってのは?」
「こっち、こっち」
部室を訪ねると窓際へ案内された。
開け放たれた窓から、夕暮れの日差しと生暖かい風が入り込む。眼前には木製の長机。そこには新聞記事の切り抜きや、撮影機材が無造作に置かれている。
その片隅で、自己主張するように駆動音を発し続ける一台のノート・パソコンが。
「結局、文明の利器に頼っちまうわけだ」
パソコンの前に移動した瞬間、そのデスクトップ画像に度肝を抜かれた。
「壁紙がアイドルの水着写真かよ!? 公私混同とパワハラもいいとこだな」
「安心して。部員も承認済。僕たちが巨乳好きというのは周知の事実さ」
「俺を巻き込むんじゃねぇ! でも、ここまでオープンだと逆に清々しいな……」
不意にセレナさんの顔が浮かんだ。
「啓吾。おまえの神眼で是非、測定して欲しい奴がいるんだ……」
その言葉に、メガネの奥の瞳がスッと細められ、最強の鑑定士へ変貌する。
「実は先日、駅前でとてつもなくバカでかい力を感じた。小玉スイカ二つ分の」
「なっ!? 間違いなくカズの神眼は故障だよ……この町に、それほど強大な力の持ち主なんているはずがない……」
啓吾はなにやら両手を広げたり狭めたり、怪しい動きを繰り返す。
「それが確かなら、相手の力は100。おそらくG級。そんなの画像でしか見たことないよ。まさか実在するなんて……」
さすが妄想大王。想像力だけで計った。
しかし、ここで不意に現実へ立ち戻る。そんなことを聞きにきたわけじゃねぇ。
「悪い、脱線したな……刀の情報をくれ」
啓吾はパソコンの正面に置かれたイスへ腰掛け、隣に並べた席を勧めてくる。
そこに腰掛けながら部室を見回した。
以前は室内の三分の一が写真を現像する暗室として使われていたそうだが、デジタル・カメラの台頭により撤去された。拡張された場所には本棚が備え付けられ、過去の新聞記事や資料が並んでいる。
中央には一際大きな作業台。数名の部員が楽しげに光栄新聞を製作している。
「カズ、こんな時間まで何してたの?」
「帰宅部の俺が、学校にいたら変か?」
「まぁ、それだけ早く刀の情報を知りたかったってことだよね」
啓吾はマウスを手に取り、インターネットから一つの画面を呼び出した。
「ニュース? 刀と関係あるのか?」
「知らない? 先月、近くの光源寺で起こった窃盗事件」
「窃盗事件?」
「お寺の倉庫に保管されていた由緒ある品々が盗まれたんだって。その他にも、供養のために預かっていた故人の所有物もいくつか盗まれてしまったそうだけど」
「それと刀がどう関係してんだよ?」
「ああっ! 分からないかな? 盗品の中に鬼斬丸が含まれていたってことだよ」
「なるほど。そういうことか……」
「聞いてよ。犯人は外国人の窃盗グループだって。鬼斬丸を含めた盗品のいくつかは転売されてしまったそうだよ。ちなみにこれは、D組の神宮君から聞いた話だから間違いないよ」
「神宮? 誰だっけ?」
「一年の時、同じクラスだったでしょ」
啓吾の言葉で、記憶の糸が繋がった。
神宮 真。寺の息子だ。いかついガタイの無口キャラだったため、記憶から抹消されかけていた。
「詳しい話は直接聞いてみたら? でも、刀なんて調べてどうするの?」
好奇心丸出しの目でこっちを見ている。必ず聞かれるとは思っていたが。
「骨董オタクのアニキが刀を狙っててさ。有名なヤツを探してくれって言うんだ」
「またシブイ所に行ったね。ある意味、この鬼斬丸も有名な刀だけどね。夏に打って付けのいわく付きだよ」
「いわく付き?」
こちらへ顔を向けた啓吾のメガネが、夕日を照り返して不気味に光っていた。