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34 黙れ、カス。てめーの話はうんざりだ


 ゼノの眼前で闇導師やみどうしは肩を揺らして笑う。蜘蛛くもに表情などあるはずもないが、鋏角きょうかくを揺らす姿は醜悪しゅうあくな笑みを浮かべているようで。


「忘れたのか、愚か者。たかだか三十年で脳までやられたか? おまえの女。ティアか? あの女を犯して産ませたのがこいつらだ」


 闇導師は両腕を大きく広げ、見ろと言わんばかりに残された四体の魔人まじんを示す。


 それでも尚、乾いた笑みを浮かべるゼノ。


「デタラメだな。そんな戯言ざれごとで俺の気力を削がなけりゃ勝てねーんだろ? セコイ奴だ……まぁ、てめーが卑怯なやり方をするのは、今に始まったことじゃねーけどな!」


 だが、その口元が引きつっているのを見逃す闇導師ではない。言い放ったゼノの脳裏にはティアの姿が過ぎっていた。


 褐色に焼け、無駄なく引き締まった体。森へ分け入り大弓で獲物を狩る凜々しい姿は、今でも彼の記憶に焼き付いていた。


 獲物を見定めるために与えられたような大きな瞳。それに見つめられる度、彼は心を覗かれているような気持ちになった。なぜか彼女に隠し事をできなかったのもそれが理由だ。


 吸い込まれそうな瞳を向け、歯を見せて笑うその顔はまるで太陽のようだった。

 霊界へ日光が届くはずもない。霊界人れいかいじんは人工太陽の光を浴びて生きる。ゼノは霊魔大戦れいまたいせんの際、初めて本物の陽光に晒された。開放感に包まれると同時に、ティアと一緒にいるときのような心地よさを感じたのだった。


 彼女が一緒にいるのが当たり前だった。同じ孤児院で育ち、気付けばいつも一緒にいた。腐れ縁のような関係がずっと続くのだと信じて疑わなかったあの頃。しかし、終わりは突然に訪れた。目の前にいるこの男によって。


「てめーだけは絶対に許さねー!」


 ゼノは奥歯を噛みしめ闇導師を睨む。


 それはほんの一瞬の隙を突かれたのだ。戦闘の最中に仲間から隔絶され、敵に取り囲まれたゼノとティア。


 ゼノの素性を知った悪魔たちは、何が何でも彼を葬ろうと怒濤のごとく押し寄せ、二人は乱戦に巻き込まれた。


 自分たちのあるじに深手を負わせた男と、握られた大剣たいけん斬魔剣ざんまけんエクスブラッド。その危険性を肌で感じたからこそ、敵は躍起になった。


 悪魔の王が深手を負い、封印の儀式が始まったことで悪魔たちは焦りを強くした。敗戦の色が濃くなった窮地を脱するべく、闇導師は最後の手段としてティアを連れ去ったのだ。


 彼女を人質に取られたゼノには為すすべがなかった。仲間たちとも引き離され、孤立無援の中で深手を負った彼は、ティアのその後を知ることも無く森の中へ置き去りにされた。


 彼の時間は、あの日のあの場所で止まったまま。闇導師を倒すことでしか、その針を進めることはできないのだ。


「ふしゅしゅしゅ。信じるかどうかは勝手だ。何度も何度も襲った。瘴気しょうきを浴び過ぎたせいだろうな。最後は廃人同様の人形だ。失敗作しか産めない役立たずだったよ」


 そう言いながら、ゼノの側で身構える女性魔人へ視線を送った。


「面影があるだろう? そいつが殺せるか?」


 その言葉が終わるか終わらないかという刹那せつな、気付けばゼノの手にした大剣は右腕一本で高々と掲げられていた。


 次の瞬間、女性魔人の胸元からほとばしるおびただしい量の瘴気しょうき。悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ魔人が床を激しく転がる。


「今、何が起こったの……」


 遠巻きに見ていたミナは、呆気に取られた顔でつぶやいた。


「見えなかった……恐らく、あの一瞬で霊力刃れいりょくがを放ったんだ……避けられるはずがないよ」


 黒豹くろひょうのシーナは来たるべき戦いを想像して空恐そらおそろしささえ感じていた。目の前の怪物を相手に勝てる気がしない。


 しかし、その一撃を受けた魔人女性も両手を付いて再び立ち上がる。あの一撃を受けて尚、戦意は失われていない。


「なるほど。腕は鈍っていないか……まぁ、そうでなければ面白くない」


 怒りに震えるゼノが、大剣を降ろして闇導師を睨む。視線だけで射殺されそうな気迫に、彼は思わず息を飲んだ。


「黙れ、カス。てめーの話はうんざりだ。てめーらを消すのに何のためらいもねぇ。皆殺しにしてやるよ!」


「いいだろう。おまえのような愚か者には相応しい死を与えてやろう」


 闇導師が右手の指を打ち鳴らすと、動きを止めていた三体の男性魔人が一斉に身構えた。

 それを目にしたゼノも、手にした大剣を持ち上げて敵を見回す。


 彼等のやり取りを後方で見守っていた黒豹が、隣に立つミナへ視線を向けた。


狂戦士バーサーカーのバックアップに回るよ。今はゴライアスを仕留めるのが先なんだ」


「当然よ。それに、カズヤを狙うなんて許さない。制約があるとはいえ、あなたを傷つけることはできるのよ。忘れないことね」


「怖い怖い。肝に銘じておくよ」


 黒豹は肩をすくめる人間じみた仕草と共に、鼻から息を吐き出した。


 恋心という名の麻薬が、ミナの心を盲目にしている。レイカという女性の命を奪いたいと願うほどに。既に自分の中から失われてしまったその感情の力に、今更ながら驚かされているシーナだった。


 そして、三体の魔人が動いた。闇導師は様子を窺いながら、女性魔人へ別の指示を送る。


 彼女が向かったのは、背後にひっそりと隠されるように設置された一枚の扉。


 闇導師はその先へ消えゆく女性魔人を見送り、視線を戦いの場へ戻した。そこであることに気付き、慌てた素振りで周囲を見渡す。


「どこへ消えた?」


 ゼノとの会話に意識を奪われ、その存在を完全に見失っていた闇導師。取るに足らない存在だという甘い認識が、判断力を鈍らせていたことに気付く。


 八つの眼が、破壊された魔空間の外に広がる現実世界を捉えた。


「まさか!?」


 その左手で咄嗟にいんを組む。


空霊術くうれいじゅつしつ!」


 闇導師の体を包む青白い霊力の光。


 脚力を強化した彼は、魔空間の出口へ向かって全力で走る。だが、一抱えもある巨大な霊力球れいりょくきゅうが飛来。


「おのれっ!」


 闇導師も霊力球を放ち相殺そうさい。閃光と爆音が弾けた先には黒豹が。


はいの邪魔をする気か?」


「これ以上、好きにはさせないよ。あんたを仕留めたいのは狂戦士バーサーカーだけじゃないのさ」


「愚か者めが! 神格しんかく!」


 闇導師のローブを突き破るように、背中へ八本の蜘蛛の脚が現れた。


「人型を保ったまま、一部だけ神格化しんかくかできるなんて……」


「馬鹿なおまえたちとは格が違うのだよ。更にこんなことも可能だ」


 八本の脚が、左手で印を組む闇導師を包んだ。フラフープでも被ったように、彼の前で四つの円が組み上がる。


 頭上の円から順に、炎、氷、雷、光。それぞれの属性を持った霊術れいじゅつが発生。


四混霊術しこんれいじゅつ森羅万象しんらばんしょう!」


 モノクロの空間へ光が弾けた。荒ぶる力の奔流ほんりゅうが全てを飲み込み打ち砕く。


 地獄の炎が荒れ狂う。それすらも凍り付かせようかという猛吹雪。神々の怒りを思わせる紫電しでんほとばしり、宇宙の創造を再現したような大爆発までもが炸裂する。


 咄嗟に飛び退いた黒豹だが、その脚力と速度でも完全に避けることは叶わなかった。霊術の余波で巨体は軽々と吹っ飛び、壁へ激突。


 側で戦っていたゼノと魔人たちにも同じように押し寄せる爆風。


守霊術しゅれいじゅつへき!」


 霊力壁を展開して身を守るゼノ。カズヤの技では強度不足だという咄嗟の判断だった。だが、彼の力を持ってしても、その場へ踏みとどまるのが精一杯だ。


 三体の魔人はたまらず爆風に押し流され次々と壁へ激突する。


 後方で霊力壁れいりょくへきを展開していたミナだけが、魔空間から飛び出す闇導師の姿をかろうじて捉えていた。


 現実空間へ飛び出す闇導師。その視線の先には筒型の容器を抱えた大型機材。


 そこには二つの人影が立っていた。風見かざみと、その背から具現化ぐげんかした大蛇に両腕ごと胸元を縛られたレイカだ。


 風見は闇導師を振り返り、口元を笑みに歪めた。勝利を確信した絶対王者の微笑みを。


「我が輩を裏切ったな……刷り込みまで済ませおって」


 液体が抜かれ、空になった筒を見つめる闇導師。その身が怒りに震えている。


「最後の切り札は僕が手に入れた。これであなたも終わりだ……」


 だが、その風見を嘲笑う闇導師。その視線は二人の背後に現れた人影に向けられている。


「愚か者め、覚醒には早すぎた。良く見ろ。そんな子供に、我が輩が殺せると思うか?」


 風見とレイカの前に歩み出たのは、一糸纏わぬ七才程の男の子。服を着せて街中へ出れば、誰も魔人などとは思わないだろう。


 状況を飲み込めずにいる男の子は、不思議そうに風見とレイカを見上げた。


「誰?」


 その問いに、全ての人たちを虜にする柔和な笑みを返す風見。目の前の魔人とてそれは例外ではなかった。警戒の色を薄め、同じように微笑み返す。


「君のパパとママだよ……君は僕たちを楽園に導いてくれる存在なんだ。エデン。それが君の名前だよ」


「エデン?」


「そうさ。あそこにいるのは僕たちを襲う悪い奴なんだ。懲らしめたいんだけど、手伝ってくれるかい?」


「うん。分かった」


 魔人のつぶらな瞳が闇導師と交錯する。

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