28 ド変態。クレアの体が狙われて
クレアの喉元へメスを突き付けた郷田は、興奮を抑えてセイギとタイガを見る。
「ほら。おまえたちは用済みだ。違うか? さっさと消えてしまえ!」
痺れを切らし、左手でクレアの胸を鷲掴む。
「きゃっ! どこ触ってるんですか!?」
「郷田! 貴様ぁっ!」
飛びかかろうとするセイギ。その腕をタイガが慌てて掴み引き留めた。
下手に動いて、クレアに危害が及んでは元も子もない。セイギも頭では分かっているのだが、我慢の限界を超えていた。
郷田が大きく笑うと、狸の置物のように突き出た腹がそれに合わせて揺れた。
「若い娘は張りが違う。たまらんなぁ……」
その手が、豊かな膨らみを弄ぶ。
「やめてくださいっ!」
身じろぎすると紺色のツイン・テールが激しく揺れた。それを眺め、口元を歪める郷田。
それは完全に彼の死角。クレアの左手が組んだ印。そして彼の腹部へ当てられた右手。
「雷の攻霊術。紫電!」
「ひぎいぃっ!」
下位霊術の電撃が爆ぜ、郷田の全身を焼けるような痛みが駆け抜けた。体を痙攣させながら千鳥足で後ずさり、仰向けに倒れる。
クレアは怒りに満ちた瞳で彼を見下ろした。
「このド変態! 隙を窺って大人しくしていれば調子に乗って! 私の体に触って良いのはカズヤさんだけです!!」
開け放った長衣のボタン。それを閉めながら、床に転がる霊撃輪を拾う。
「あいにく私は霊能戦士なんで。能力の発動に指輪は必要ないんです。これは武具の収納箱のようなものですから」
郷田の側へしゃがみ、白衣をまさぐる。すると、ポケットから現れた二つの霊撃輪。
「二つ? どうして?」
「レイカの物じゃないのか?」
タイガの言葉に目を丸くしたクレアは、慌てて郷田の顔を覗いた。
電撃の威力は抑えた。動けぬよう追い込んだが、命に別状はないはずだった。
「レイカさんはどこですか!?」
「ここにはいない。今頃は別の部屋で犯され、泣き喚いているだろうさ……」
せせら笑うその顔を平手が打った。
「どこにいるのか言いなさい!」
郷田の口から乾いた笑いが起こる。
「変われ。私に任せろ」
近付いてきたのはセイギだ。全身へたぎらせた怒りを必死に押し留めている。
クレアから霊撃輪を受け取り、それぞれを填め変えて確認する。そして、タイガが支えている車椅子の女性を確認した。
「郷田。貴様は絶対に許さんぞ。レイカの居場所を吐くまで殴り続けてやろう」
指の骨を鳴らすセイギを見上げ、動けない郷田の顔が恐怖に引きつった。
「待て! 分かった! 教えるから! 通り過ぎてきた、三つ隣の部屋だ! ドアはロックされている。解除コードは6429」
「本当だろうな?」
「この状況で騙すはずがないだろう!」
「私が行きます! セイギさんは、カズヤさんを助けに戻ってください!」
クレアがすかさず出口を振り向いた。
「神崎を助けるなら、君が行くべきだ」
「気遣いは無用ですよ。レイカさんが本当に襲われていたら、私とセイギさん。どちらに来て欲しいと思います?」
二人が郷田から視線を外した直後、彼が苦悶の呻きを上げた。
視線を戻したセイギの目に飛び込んだのは、左の二の腕を押さえた郷田。そこから黒い気体、瘴気が立ち上っていた。
「貴様、何をした!?」
セイギの見ている前で、歯を食いしばった郷田がゆっくりと立ち上がる。
「まさか!? 動けるはずがありません!」
クレアも驚愕の表情で向き直った。
霊術の威力を押さえたとはいえ、数分は立ち上がることもできないはずだった。飛び抜けた霊力による耐性なのか。それとも別の。
「まさか、この力を使う羽目になるとはな。万が一を考えて、忍ばせておいて正解だった……許さんぞ、ガキども」
郷田の体から溢れた禍々しい瘴気。それが衝撃波となってほとばしる。
間近にいたセイギは軽々と吹き飛ばされた。床を転がり、背後のソファへ激突する。
「おまえら皆殺しだ」
粗い息を吐いた郷田が何かを床へ叩き付けた。鈍い音と共に潰れたそれは。
「蜂?」
いぶかしげな顔をするクレア。だが、驚きを伴って目を見開いた。
「まさか、女王の!?」
咄嗟に双剣を具現化させていた。
クレアの予想が確かなら、それは暗黒界で悪魔を産み出し続ける女王が使役する使い魔の蜂に違いなかった。しかし、彼女が知る蜂の使い道とは、悪魔同士、または悪霊を憑依させた人間へ力を受け渡す際に使うもの。人体へ直接投与するなど聞いたこともなかった。
「どいつもこいつもワシをコケにしおって! こいつは己の中の欲望を増幅、活性化させ、肉体をも強化する」
自らの具合を確かめるように、両手の開閉を繰り返す郷田。
「風見は女王蜂をもじってB-QUEENと呼んでいたか。Aなんたらに対抗する力だとか、意味の分からんことを言っていたがな……」
「変身!」
悪魔と成り果てた郷田を見据え、セイギの体がまばゆい七色の光を放つ。
体を包むのは、リーダーを誇示するような深紅のヒーロー・スーツ。そして白のグローブとブーツ。胸の中心には光栄高校の校章が象られ、背中には正義の二文字が。
頭部も真っ赤なヘルメットが覆う。アゴからうなじへ変わった模様が入り、目の部分はゴーグル型をした遮光性の黒いプレート。外側からは顔が見えない仕組みになっている。
郷田はその姿を見て笑いを漏らす。
「なんだ、その姿は? お遊戯なら、デパートの屋上へ行け! 違うか?」
セイギは両足を広げ前屈みの姿勢を取る。更に両腕を大きく広げて平行に動かし、10時20分の位置へ。
「光あるところにまた闇もあり。それは揺るぎなき運命……ならば私は、その闇が果てるまで戦い続けよう。少年少女、安全保証戦士、セイギマン!」
「そのくだり、必要なんですか?」
緊張を削がれ、呆気に取られたクレアは問いかけずにいられなかった。
「ここは私に任せて、早く行くんだ!」
「変態さんの戦闘力は未知数なんですよ! 私も残って戦います!」
それを無視して、セイギは郷田を指さした。
「お遊戯かどうか、その身で確かめてみろ」
この時、郷田が奥の手を使ったことは不運としか言えなかった。予定通りクレアが廊下へ飛び出していたならば、レイカを連れた風見と鉢合わせるはずだったというのに。
歪み始めた運命の歯車は、どこまでも彼等の未来を翻弄してゆく。
★★★
ゼノへ三体の悪魔による同時攻撃。
正面から馬顔の悪魔が繰り出す拳。左は猪顔の悪魔が振るう薙刀。そして、右後方からは牛顔の悪魔による棒の突き。
こんな状況でもゼノは冷静だった。剣を構え、その場で大きく回転。円を描いた軌跡が三体の攻撃を瞬時に弾いた。
同時に、馬顔悪魔の右拳が切り落とされ、床に落ちて瘴気と化す。
だが、回転を終えたゼノは、背中へ走った鋭い痛みに顔をしかめた。
またしても見えない攻撃が襲った。遠巻きに彼を見る悪魔たちに動いた様子はない。遠隔攻撃でないとすれば、目には見えない極小悪魔でもいるのだろうか。
「くそっ! イライラすんぜ!」
やり場の無い怒りを当てつけるように、怯んだ馬顔悪魔へ突進し、頭部を両断。絶命した悪魔が瘴気と化して消え失せた。
ゼノの中に蓄えられた戦いの経験と記憶が打開策を導き出しているのだが、力を温存したい余り実行できずにいた。
「躊躇してる場合じゃねーか」
薙刀と棒による攻撃を剣で受け流したその時だ。印を組んだ左手を一本の矢が貫いた。
激痛に顔を歪めるゼノ。視線を向けた先には、クロスボウを構えた鹿顔の悪魔。
「てめぇ……」
奥歯を噛みしめ敵を睨むゼノ。打ち抜かれた左手は感覚を失い指が動かない。力を込めることも、まして印を組むこともできないこの状況はまさに絶望的だ。
右手で印を組むしかないが、続けて襲う二体の攻撃は剣が無ければ凌げない。
「イレイズ・キャノン!」
剣先から三日月型に湾曲した霊力刃が飛び、鹿顔悪魔の胸元を切り裂いた。
直後、ゼノの両足に見えない力が纏わり付き、その動きを封じ込む。
「ざけんなっ!」
振り解こうともがくが、その時を待っていたように、猪と牛の悪魔が彼へ飛びかかった。
弱った獲物にも容赦はしない。完全に息の根を止めようと、追い詰めたこの状況でも殺意と敵意をみなぎらせている。
突き出される薙刀と棒。それらが、ゼノの頭部と背中を的確に狙う。
彼が数年ぶりに味わうその感覚。目の前が暗転し、死の影が視界を覆った。
「麒麟駆!」
とその時だ。叫び声が響き、ゼノの視界へ飛び込んだのは地を這う霊力刃。
胸元の高さまで吹き上がったそれは二本に枝分かれ、猪と牛の悪魔を直撃。悪魔たちの体が宙へと跳ねる。
追撃に飛び出してきた人影。その体が青白い光を放っているのは空霊術の効果だ。
「一角閃!」
大きく飛び上がり、突き出した一本の槍。それが猪悪魔の心臓を貫いた。それと同時に、牛の悪魔へもう一人が追撃を仕掛けていた。
落下してきた悪魔へ左手を突き出す。
「雷の攻霊術。轟雷!」
ほとばしる電撃。雷の中位霊術を至近距離で受け、悪魔は絶命していた。
「美味しい所だけ持って行くんじゃねーよ」
突如現れたアッシュとアスティの姿を見て、ゼノの口元が喜びにほころぶのだった。