馬「こんなことをしてタダで済むと」魔法女史「上司様の仰せのままに!」
お久しぶりです。
話の中で出てくる距離の単位を、皆さん分かっていると思いながらもご紹介。
1メルア = 1メートル
1セルメルア = 1センチメートル
1ミルメルア = 1ミリメートル
1キルメルア = 1キロメートル
カラカラと、
通りの表の方からは店を整えていく生活の音が遠くに聞こえた。
漸く、この通り本来の恐ろしいまでの活気の時が、目に見えて近づいてきたらしい。
だが、まだ音は遠い。
この小ささでは、恐らく通りの本当に奥の方だろう。
店の店主か売り子が、一刻も早くとやって来たのだ。
流石に、この時間ではまだホルバーグ随一の大通りと言えど、開店準備には早過ぎる。
そんな遠くの、やっと聞こえた音は、薄らと言って良い程に小さい。
本来ならば、只人であれば、聞けぬ音だ。
しかし、実に好都合なことに、
ひっそり、うっかり、残念かつ、いまいち締まらないと評判の、隠れチートの申し子と呼び声高い(誰も知らないので、呼ぶ人間などいないのだが)、何様俺様な魔法女史殿が、この場には存在したりする。
その名も、ケディス・エルスティオリー女史である。
ケディスはその無駄かつ潤沢なまでのチート力を遺憾なく発揮し、その、この上なく些末な音をその耳に届け入れた。
「うん。久々にやったけど良い感じ」
ケディスの口元は僅かに緩む。
上司の恐怖に晒された後の彼女にとって、自分のチートがチートしただけでも幸せである。
ああ、社畜。なんて虚しい。なんてのは全く知り及ばない人の言葉である。
あー、あー、きーこーえーなーいー。
今、ケディスの耳には、大通りのありとあらゆる物音が聞こえている。
ちなみに人の声は聞こえにくくしている。
流石に、音を精査しなければ耳に負担がデカイ。
もう一つ言えば、ケディスが今現在扱っている人の能力外なこの聴覚は、彼女の事実上無制限な魔力を以ってして成し得ている。
まずマトモな魔力の範疇な人間には不可能な技術であろう。
現に、今自分から、ガンガン魔力が引っこ抜かれていくのを、ケディスが感じている位なのだから。
この魔法は、中々に常人には燃費が悪い。
それはもう悪い。
常人とは決して言い難いケディスが、ちょっと遠慮しておきたいと思う程度には。(まぁ、だからと言って、ケディスがこの魔法の使用魔力量で困ることは、全種族を巻き込む超大戦、要するに星的危機にでも陥らなければ、今後もないのだが。)
その上、集中を少しでも切らすと、一気に両耳に、暴力のような音の洪水が、怒濤の勢いで流れ込んでくることになる。
この場合、良くて耳鳴り、最悪暫く両足で立っていられなくなること必須だ。(ちなみにこれで済むのはケディスだけである。)
更に言うと、慣れているか、相当の心構え()でもないと、一歩間違えれば廃人コース一直線。
本当に、世の一般人には、冗談でもお勧めできない。
禁術もいいとこである。
______カラカラ、、カラ、、、
通りの端の開店準備の音が、ポツリポツリと、一つ、また一つと増えていく。
始めの音と言えるギリギリの音から、数秒。
ケディスの感覚的には数十分のように感じられた。
そして、
ガラッ、!
ふわっ、と
ケディスの重たいローブが持ち上がり、内へ、ケディスの手が伸びる。
ガランッッ、ゴロッ!!
「来た、ーー。」
漸く、待ちに待った音が耳に入った。
ケディスは勢い良く、ローブを捌いて中から手を引っ張り出した。腕さえ動かしにくいであろう重量感たっぷりな布の塊から、躊躇なく腕を繰り出す動作は手慣れている。
ケディスは、ローブが自重を取り戻すより早く、手を地面に向け、手早く動かしていく。
先程、薄紫の野暮ったいローブから再び現れた、ケディスの細い指に握られているのは、先の方に馬の尾を取り付けた細長い木の棒である。
本当にただの棒だ。
柄にはこれといった細工も、彩色さえ施されてはいない。飾りっ気が無いどころではない。取り付けられた馬の尾さえ、筆先が油で撫でつけてあるだけだ。ところどころ赤毛が交じるが、単なる馬の茶色っぽい尾の毛である。
しかし、そのただの毛付き棒が、唯の毛付き棒であったのも、ケディスが地面に毛をそっと下すまでのことだった。
いつの間にか、またしてもローブの中から取り出されたガラスのインク壺に、棒の毛を浸し、地面に浸した毛を下す。
次の瞬間。
ケディスの握る棒の毛の先がぼうっ、と淡く光り、小さく、パチリ、、と火の爆ぜるような音がする。
初めは毛の先の方にしか灯っていなかった淡い光は、徐々にその色を増しながら棒全体を覆い、ついにはケディスの白い手にすら及ぶ。
そして、気づけば棒には青と金とで美しい彫刻が施され、唯の木だったはずの棒は白亜の大理石に変わっていた。
凡庸な馬の尾は蜜を垂らして丹念に磨き上げた姫君の髪のようになっている。淡い光にそっと撫でられたケディスの手は指先から肘にかけ、ところどころ淡いが、格式高い王家の文様のように美しい文様が浮き上がった。変貌した馬の尾からは、単なる黒インクの代わりに淡く光を放つ青い液が滴っている。
ついでに、いつの間にかインク壺の中身も一新され、どこかで見たような淡い光を放っている。
自分の相棒たちの驚きのビフォーアフターに、一切興味がないらしいケディスは、それらの変化に目もくれない。
さっさと用事を済ませてしまう気らしく、ローブから棒一式を取り出したとき同様、手慣れた様子で元・馬の尾を、神秘的と言ってもいい青インクで染めながら、地面に走らせていく。
ケディスが毛を走らせる毎に、なぞられた地面にインクと同じく青い光を立ち昇らせる。
ザカザカ書いていくケディスの全体図だけ見ていれば、さぞ典雅な魔方陣でも、数十分を費やして書き上げていくのだろうと思うだろう。
が、
「よし、」
ケディスのそんな素っ気ない一言が聞こえたのは、
書き始めた5秒後。
ケディスの手元を見れば、適当な円の中に、ただ、『籠』とだけ書かれていた。
正確に言えば、籠の最後の一画が欠けた状態だ。
その状態で手を止めたまま、ケディスはぴた、と動きを止め、つい先ほどまでと同じように『遠耳』を発動させる。
ケディスは『遠耳』を発動させ、すぐにここに来た最初と同じく自分の聴覚が人間のそれを超えていくのを感じる。
ケディスは、先程捕えた蹄に跳ね上げられる石と土の音を拾った地点付近を、半径20メルア程度で耳を便りに探していく。
ヒトの域を超えた『遠耳』発動中の耳には、どこでどんな音が発せられているかすら知れる。
(もうそんなに遠くないはず、、、っ、いた!)
目標を捕えた『遠耳』に、ケディスは一時待機を命じ、更に『マッピング』を発動させた。
脳内に地図が広げられ、そこに金色の表示がマッピングされる。
(よし、高速で移動してはいるみたいだけど、、、)
ケディスの口の端が上がっていく。
(暴れ馬はこの大通りを、ちょっと舐めてたみたいね)
数時間前の彼女の上司の前での、へちゃへちゃ加減が嘘のようだ。
今、ケディスの顔には、厚顔不遜が標準装備な上司に負けない程、不敵な表情が浮かんでいた。
ガラッ、!!ガッシャンっっっ!ガラガラッ、、!!
『遠耳』を一度外して以来の、暴れ馬のたてる音に、ケディスの頭は一気に熱くなる。
心臓は鈍く響き、鼓動を打ち始めた。
すでに、『遠耳』に頼らなくとも聞こえる範囲に馬は差し掛かっている。
耳が使い物にならなくなる前に、ケディスはさっさと魔法をキャンセルする。
なにやら、石などを跳ね上げていく音の他に、物騒な音が聞こえる。
(、、、なんだか破壊音が聞こえるけど、、気にしないでおこう。)
ケディスは思考を投げ出した。
「ふう、」
『遠耳』の解除と同時に、ついつい熱くなりがちな頭をなんとか冷やし、喧しい心臓を落ち着かせると、ケディスは漸く自分が集中していくのを感じる。
ゴロっ、ガララッ、、
(後、10メルア、、)
どっ、どっ、どっ、、
とうとう蹄が地をたたく音までもが聞こえる距離まで馬は迫る。
(5、、3メルア、、)
ガシャーーーンっっっっっっ!!!
何やら、またしても物騒な物音が響き、すぐ後には被害者らしき店の店主の怒鳴り声が響き渡る。
(え、何してんの?、、ホントにどんだけ暴れてるの?!!あ、ちょっと、だんだん怖くなって、て、、、って、あ!!後1メルア!!)
ケディスは慌てて上司に教えられた通り、路地の入り口付近の壁に身を寄せる。音のする方角と先程発動してそのままの『マッピング』が示す金の表示の動きから、ケディスが身を寄せる壁の中央当たりに現れるとだいたいの所当たりをつけ、そちらに視線を向け、そのまま待つ。
どるっ、!どっ、、!!
(あと、、10ミルメルア、、!!)
ケディスの腕はすでに動いている。
相変わらず摩訶不思議な青いインクを滴らせる棒を手に、『籠』の最後の一画に馬の尾を下す。
どっ、、ドグッッシャァアアアアアアっっっっっ!!!!!!!
これまでとは比べ物にならない位の、轟音とも呼ぶべき破壊音をたて、ケディスの視線の先で、壁の上を栗毛の馬の蹄が超えていく。
(今だ、、!!)
ケディスの手が最後の仕上げを終える、、
(あ、、あれ、、?)
その瞬間、
全くもって不吉なことに、ケディスの頭に、上司との今朝のやり取りが引っ張り出された。
(栗毛、、?)
_______________________
窓から、澄んだ空気が流れ込む。
外はいまだ暗い。
それでもやはり、太陽は一日の初めの仕事のためにその重い腰を上げ始めているらしい。
薄く引かれた薄紫の夜のカーテンの裾が、徐々に上げられているようで、その下からはやや暗いが日の光を受けた淡い青色が帯状に覘いている。
ケディスは今回の違和感たっぷりな任務について、ヤバげな所を全力で避けながら、細かい確認をしていた。
「それで?後は良いのか?」
「あ、、すみません、もう一つ。」
ギロリ、とファシフィールがケディスにその氷のような目でもって、刃物のような視線を突き刺す。
(仰っている、、仰っているぅうう!!!『まだ、何かあるのか?あ”??』と!!!『今、貴様は、最後だ、と言ったよな?ん??』と!!!!!!)
こ、怖いぃぃぃいいいい!!!!!
と、ケディスの目に再び情けなくも滴が浮かびそうになっていると、日ごろ聞きなれた溜息が聞こえてきた。
恐怖のあまり、無意識につぶっていた目を開け、見れば、ケディスの前の重厚な机に座るファシフィールは呆れ返った顔で手を宙で数回払い、早くしろ、と催促していた。
これに、ケディスはそっと、ほっ、とばかりに安堵の息を漏らす。
大変短い一息をつき、優しくはない上司の気が変わる前にと、さっそく残りの、今度こそ最後の確認を口にする。
「それで、その、、暴れ馬の特徴はどのような、、?」
ケディスの特徴、と言う言葉に、心なしか、気のせいであろうが、ファシフィールの動きがピク、と止まった気がした。
しかし、ファシフィールに特別変わった様子もその後見られず、何より、普段から考えてみれば、ファシフィールがそんな隙とも言うべき姿を部下、しかもケディスに晒すとは到底思えず、ケディスは気のせいだと結論付ける。
そんな一人、うんうんと頷いているケディスを、いつものことだとファシフィールが気に掛けることもなく、ふ、と密かに息を吐いた後、即座に言葉を返す。
「特徴、か、、、そうだな、、、
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『暴れ馬はとても珍しい品種でな、、アルルテケと言うんだ。』
一瞬のフラッシュバックから、はた、と目を覚ますも、ケディスの書き上げたとてもシンプルな魔方陣からはすでに眩しい程の光が放たれ、全く同じモノがその大きさを十倍までにして、いまだ宙にいる馬の下の地面に浮かび上がっている。
それと時を同じくして、馬の方も、前足しか壁からでていなかったのが、今はもう胴体の中腹を過ぎた辺りまで現れている。
(あ、アハルテケ、、?)
知らず、ケディスの背中に冷たいものが流れる。
『アルルテケはな、大変高貴な存在としてある国では大切にされている。』
ケディスが嫌な予感を覚える中も、魔方陣は何の問題も起こることなくその力を遺憾なく発揮していく。
栗毛の馬が完全に魔方陣の範囲内にその全身を収めた瞬間、ひゅん、と数十本の密度を増した光の帯が陣から伸び、うち6本は馬の胴体と足、首に巻きつき、残る帯はその身が現れた魔方陣の円の上から垂直に、ぐんぐんと伸ばし続ける。
『今回の暴れ馬はその中でも随一でな、、世にも珍しい、金の毛の持ち主だ。』
(金、、じゃない、?!)
今度こそ、はっきりとケディスに自身にも自覚できる程、どっ、と尋常じゃない量の汗がツルツルツルツルとその背中を凄い勢いで流れ落ちていく。
(や、ヤバイ、、し、失敗!?)
ケディスの脳裏を、今朝はじめましてしたばかりの超レアな笑顔の上司が、断頭台の刃をゆっくりと撫でる姿が流れていく。
「ひぃっ、」
危うく目の前が真っ暗になりそうになったが、ギリギリで現在仕事の真っ最中だということを思い出し、辛うじて魔方陣には影響が出なかった。
辛うじて。
危ない、危ない、となんとか意識を取り戻し、額を拭うと、はた、とケディスは思い出した。
(そういえば、ファシフィールが、路地の入り口でじっとしてろ、馬が来たと思ったら即座に確保だ、って言ってたっけ?)
「、、、、」
ケディスは、ぐんぐんと順調にその高さを増し、ついに馬とその付属物をすっぽりと覆い、頂点で柔らかく互いに絡み合い、美しい鳥籠へと完成する様子を目にも入れず、一人、うんうん、と頷くと、ぽとり、と一言零す。
「まぁ、いいか。」
いつの間にかその色を、輝く青から、唯の鈍い鉄と変えた格子は、様相は大層美しいが、隙間がほとんどなく、あっても喚起のみの役目をギリギリ果たすくらいしかなく、中が全く伺えない。
全く残念である。
残念、残念、と大仰に肩を竦め、ケディスは何事も無かったように、鳥かごを一撫でする。
中で、格子を蹴飛ばしたような音と、『誰だ貴様!』とか『くっ、こっ、こんなことをしてタダで済むと、、』などと聞こえた気がしたが、ケディスの撫でた格子から再び青い光が柔らかく鳥籠すべてに広がっていき、最期には白亜の格子へと変わってからは、馬も落ち着いた様子で、うまく沈静化できたようである。
いやぁ、結構、結構。
「上司様が仰いました通りにすれば良いのです。」
『いや良いわけがないだろう!!??』なんて聞こえた気がするが、気のせいである。
(だいたい、ファシフィールの言ったことに反するなんて、恐ろ、、畏れ多くて、とてもとても、、)
そう、全ては気のせいである。
ケディスは今日、また一つ賢くなったのである。
鳥籠の中に、馬どころじゃないナニカがいるなんて、まったくの気のせいである。
妄想である。幻聴である。
ケディスは白亜の鳥籠をもう一撫でし、今度は催眠作用のある霧を内部で発生させる。
馬は立っていないことなど無いし、万が一馬の付属物があっても、馬の胴体に巻き付けた光の帯はその先を何本にも分け、ほぼ胴体と繋がる全てのものにも巻き付くように設定してある。物音で馬が起き、暴れる心配はない。
その上、ケディスはドラゴンすら眠る凶悪レベルのものを発生させた。万に一つも中の生物が起きる心配はないのである。
ざっつ、のーまんたい!!
「そう、全ては上司様の思し召しのままに!」
ケディスは澄み切った、夜の明け切った青空に拳を突き上げた。
お分かりの方もいらっしゃるとは思いますが、
作中に出てきた、「アルルテケ」は競馬界でその名を輝かせる、「アハルテケ」種です。
「ある国でとても大切にされている、、」というのも、知っている方はご存知だと思われます。
興味のある方は、「アハルテケ」と調べてみるとよいでしょう。
また、これからの私の投稿に関することですが、
この投稿の後、またしばらくは投稿できない状態が続きます。
ですが、いづれは更新、投稿していく所存です。止めるつもりはありません。
これからも、どうぞよろしくお願いします。