邂逅
9.邂逅
城ノ宮大学の部室には空を送り届けた凛華が戻ってきていた。光たちは雑談をしつつ作戦の内容を凛華に話した。
「…なるほどね。正直な所、そこまで裏をかかなくてももっとシンプルにやれば良いんじゃないかと思うわ。例えば、強引な考えだけど、もういっそのこと一くんをこっちに連れて会話でも何でも好きにすれば良いと思うの。まあ、光の提案に対して私は別に止めたりなんかはしないよ。上手くいけばいいけど、人成の腕次第ね。」
凛華は結愛の隣に座り、作戦に対する率直な感想を述べた。言い終わるのと同時に光の携帯が鳴り出した。
「おや、そういった矢先に人成から電話だ。…もしもし、一君とは会えたかい?」
『ああ、会えたよ。たぶん光氏の言う通り上手くいくと思う。少し復讐するようなことをほのめかしたんだ。だけど、動揺することなく逆に受けて立つって感じだったねえ。でも正々堂々って言うよりは危険が及ぶ前にそれを回避して戦いに挑むって感じかなあ。』
「そうか、ご苦労様。ありがとう。玲亜さんに替わってもらえるかい?」
『了解。』
数秒後、玲亜の声が聞こえてきた。
『…もしもし、替わったよ。』
「一君から何か情報はつかめたかい?」
『うん。なかなか家庭環境がそうさせているのか、あの子がああいう歪んだ性格になるのは分かったわ。あと、一くん達が今のグループを作るようになった経緯も分かった。…とても、中学生とは思えない考え方だと思う。』
「分かった。十分に用心するよ。一君のことは後でゆっくり聞く。今日はとりあえず解散するとしよう。玲亜さん達はそのまま気を付けて帰ってね。」
『うん。それじゃあ切るね。』
そう言って通話は終わった。
「何て言ってたんだ?」
龍我が光に聞いた。
「人成が会った感覚だと概ね作戦通りに事が進みそうだと言っていたよ。それから玲亜さんは一君のグループの成り立ちや彼の家族関係も把握したそうだ。これに関してはなかなか電話で言うのは難しいから後で改めて聞くことにしたよ。」
「よっしゃ!これで準備は整ったって訳だな。」
「大体はね。あとは、一君と優希君の関係が重要だ。そこを解き明かさないことには虐めの真相にはたどり着けない。こればかりは玲亜さん待ちになるんだけど、俺が気になったのはどうして、山口家は神山家に逆らえないのかってことだ。そこで、ここからは俺の仮説なんだけど聞いてくれるかい?」
「おお!光くんはすでに何か閃いているのね。」
結愛が嬉しそうに光を見つめる。龍我は腕を組んでソファの背もたれに身体を預けた。凛華は真っ直ぐな視線を光に向けた。光は紙とペンを持ちながら説明した。
「まず、情報を整理したいと思う。さっきも言ったけど俺が気になったのは一君と優希君の家族関係だ。そのほかに腑に落ちないのは一君が空君を嘔吐させるための薬を持っていたのかということ。そして、中学一年生のときになぜ、一君が優希君にケガを負わせたのかってことだ。」
「ここで街の事情に詳しい凛華さんに質問、この街にある総合病院の名前は?」
「えっと、神崎総合病院だけど。」
「そこの院長の名前って知ってる?」
「神崎宗四郎。ただもう1年半くらい前に亡くなっているわ。地方テレビでニュースにもなったくらいだし。私は直接会ったことはないけどまあ、その…私の家は職業柄かなりお世話になった人よ。」
凛華は自分の家の事に対して少し口ごもった。
「その神崎宗四郎の娘の名前は分かるかい?」
「確か神崎里美。年齢は38歳。なぜ、分かるかっていうと彼女の結婚式に私の父親が呼ばれたからよ。私はその話を聞いただけで実際に行ってはいない。そして、姓が変わって神山里美になっていたはず。相手の名前は確か神山真…あれ?もしかして神山一の両親って、まさか。」
「そう、その二人だと仮定しよう。こうすると一君の家がお金持ちらしいという印象も分かるだろう。そして、結愛さん。念のため神崎総合病院に在籍している医者のリストを調べてみて。そこに脳神経外科医に神山真という人がいるはずだ。」
分かった、と返事をして結愛は素早く携帯で調べた。
「ちょっと待ってね。…うーんと。あ!本当だ!あったよ。光くんの言う通り間違いなく在籍している。」
「うん、ここまでは順調。本当はそこの脳神経外科医のリストの中にはもう一人、医者がいるんだよ。その医者の名前は山口進。彼が山口優希の父親だと考えている。」
「おいおい、何でそんなことを光が知っているんだあ?一体どこで知ったんだよ?」
龍我は顔をしかめて疑問を投げ掛けた。
「さっき凛華さんが神崎宗四郎が死去したときにニュースになったって言っただろう。そのニュースを僕は偶然、テレビで見ていたんだ。内容はこうだ。」
光は紙に簡単な絵と内容を書きながら話を続けた。
「1年半前の3月上旬、神崎総合病院院長の神崎宗四郎は脳梗塞により享年66歳で亡くなった。病院で仕事中に突然倒れ、すぐさま集中治療室に運ばれてその日に勤務していた脳神経外科医が善処したが、結局間に合わなかった。手術を担当していたのは神山真と山口進だ。二人とも宗四郎が認める最高の医者だったと生前に言っていた。」
「それだけ聞くと普通の成り行きよね。別に何の違和感もないよ。どうして進さんが優希君の父親だと推測したの?もしかして、単純に苗字が同じだから?」
結愛は少し首を傾げて光に尋ねた。
「姓が同じという理由も勿論あるよ。この訃報には続きがあるんだ。おそらく調べればこのニュースも出てくると思うけど説明するね。後日、山口進が神崎宗四郎が亡くなったのは私の治療ミスだと告白したんだ。そして、責任をとるために彼は神崎総合病院を辞職をした。その後何をしているのかは分からない。ただ、仕事を失ったのだからもし家庭を持っていたとするとその環境は崩れていくだろう。」
紙に書いた棒人間の下に進と書いて、話を区切る光。
「ここで神山真が一君と同じく支配欲の強い性格であると考えてこの事件を、いや、神崎里美との結婚から見直してみる。まず大学を卒業後に神崎総合病院へ勤務。支配欲の強い彼はこの病院を支配しようとする。そこでまずは院長の宗四郎に腕を見込まれようと動き出す。そして仲も良くなり、晴れて宗四郎の娘、里美と結婚。ここに至るまでは順調だ。しかし、宗四郎が認める医師はもう一人。これが進だ。進は真にとって邪魔になるだろう。そこでどうやって彼を斥けるのか考え、その機会をうかがっていた。そんな折に宗四郎が倒れる。偶然、その日に居合わせていた真は進と手術をすることになる。だが、ここで彼は閃いた。いっそのことここで宗四郎を殺し、そのミスを進に責任を取らせて辞職させれば自分の計画は当分安泰じゃないかと考えた。そしてそれを実行し、僕らが見たニュースに繋がる。」
「成る程な、そうすりゃ確かに大体の筋が通る。でも、その後はどうなるんだ。時間的に考えればその1ヶ月後くらいに優希と一が中学に上がってくるだろ。そのときにはすでに山口家は神山家に逆らえない状態ってことだろう?」
「勿論、龍我の言う通りさ。真は進を辞めさせたあと、更に彼を追い詰める。金を請求するんだ。どんな方法かは分からないけどおそらく借金とか慰謝料だなんだとこじつけて、とにかく山口家から金を吸収する。そうやってボロボロになった家庭を一君にプレゼントするんだ。この家族は君が好きなように支配していいんだってね。そして、一君が取った行動は優希君にケガを負わせて彼から柔道を奪い、手駒にすること。こうして現在に至る。一君の行動や性格には真の育て方が大きく関わっているとすれば、虐めの全面的なバックアップは真がしていると考えられるだろ?だから嘔吐用の薬も真が一君に与えたと推測できる。…以上が俺の仮説だ。」
光が話終えた後の紙には棒人間による互いの関係と情報が簡潔にまとめられていた。結愛と龍我が呆気にとられる中、凛華が冷静に口を開いた。
「確かにその仮説でいくと今までの経緯や理由がうまく説明できる。ただ腑に落ちないのはどうやって神山真が山口家を金によって陥れたかってところね。」
「そうなんだ。正にその部分が曖昧なままなんだ。他の部分も完全にイエスとは言い切れないからこそ玲亜さん待ちなんだ。」
「まあ、こんだけ複雑だと確かに電話では伝えにくいわなあ。」
龍我は伸びをしながら言った。込み入った話は苦手な性格なので少し飽きてきてるのかもしれない。
「とにかくこの仮説も踏まえて、明日も空君を呼んで話し合いたいと思う。空くんには僕から連絡しておくよ。じゃあ今日はとりあえず解散だ。」
その言葉を聞いて、各々立ち上がり帰りの支度をした。部室の時計は午後8時を過ぎたところだった。龍我がドアノブに手をかけようとした瞬間に光の携帯が鳴った。
「あれ?また人成からだ。なんだろう。」
「取り敢えず出てみろよ。」
龍我が促し、光は電話に出た。部室に妙な雰囲気が漂う。
「…もしもし、どうかしたのか?」
『…こんばんは。はじめまして、天野光さん。神山一です。』