覚悟と犠牲
4.覚悟と犠牲
三日目の朝。空は昨日奏が作ってくれた晩ごはんを朝食がわりに食べて学校へ向かっていた。奏と剛は空のことを心配したが、空はまた大丈夫だよと言っておいた。
今日を耐えれば明日は光さんに会って、あったこと全てを話せる。どうやら光さんと結愛さんの他にも仲間はいるようだし…。ただ、やっぱり怖い。耐えるのもつらいし、すぐにでも光さんに連絡したくなる。だけど、だからこそ与えられた三日間だけは自分の手で乗り越えたいと強く思っている…。
「頑張らなきゃ。」
空は自らの決意を心に刻んだ。そしてふと考えた。
…待てよ。そもそもいつも通り虐めを受ける必要はないじゃないか。今必要なのは5人の『情報』なんだ。もちろん学校とか、今どんな現状か、とか情報は色々あると思うけど一番重要なのは5人。いや、自分の力量を考えると一くんのことさえ分かるだけでも違うかも…。何とかする方法は・・・。ある!
空の中で作戦が閃いた。
…これで一くんと、それに優希くんの情報もなんとか得られそう。為になる情報かどうか分からないけどとにかくやらなきゃ。残りの三人はどうしよう・・・。駄目だ、何も浮かばない。取り敢えずは会話に注目したり、情報を得るという意識を持って話してみよう。地味だけど、頭をちゃんと使わなきゃ勝てない!
登校中に考えたことを空は自分に何度も言い聞かせ空なりの戦い方を模索した。しかし、虐めを回避することはできない、否しないことを空は覚悟していた。空の眼に光が宿る。
意を決したように教室のドアを開けて入る。席に座り昨日と同じように小説を読む。しばらくして一と優希が教室に入ってきた。優希は自分の席に座り、一が空に挨拶をしてくる。
「おはよう、空君。体調はどうだい?」
「…そうだね。まだ、良くはないよ…。」
「ま、そうだろうね。あれだけやられて体調が万全なわけはないか…。でも、今日も楽しみにしててよ。」
そう言って一はポンと空の肩を叩き、席へ戻る。空はやはり恐くて震えていたが、思惑通りに事が進んでいることに少しほっとしていた。
よし。まずは第一段階はクリアだ。一くんに僕は体調が悪いことを伝えられた。そうしないと保健室にいく都合を作れなくなる。
僕はその後、1時限目から3時限目の授業中に何度かトイレへ行った。トイレへ行くのは僕の体調不良を強く印象付けるためだ。かなり、怪しまれるとは思うけど…。そして、今3時限目終了のチャイムが鳴る。
空のクラスは4時限目は体育だ。隣のクラスと合同の授業で着替えは男子が各教室を、女子は専用の更衣室へと移動することになっている。
…とても、安易かもしれないけどこれしかない。保健室で休む振りをして教室に戻り、一くんと優希くんのバッグの中身を物色する。それから机の中とかとにかくくまなく調査しようと思う。
空はチャイムが鳴ると片付けをして保健室へ向かおうとした。すると背後から一が声を掛けた。
「空君、どこへ行くんだい?次は外で体育じゃないか。」
「…体調が優れなくてとても運動はできないよ。」
「君、今日は何か変だね。何回かトイレにも行くし。今までなら虐めてた次の日、いや毎日そうだけど、君は僕の言葉に対してかなり怯えているんだよ。まあ、そうなるようにしているんだけどね。それなのに今日はしゃべる…おかしくないかい?」
平然と話す一。無論、空は確かに怯えてはいる。
「(さすがに一くんは勘が鋭い。)…そう、だね。昨日のは本当に…きつくて、今朝になっても、調子が悪いんだよ。」
「へぇー、そうかい。君も気付いてるかもしれないけど昨日の白いタブレット、薬なんだ。その効果は約半日だ。それを考えると君の調子もよくなっているはずなんだけどね。」
「…それは、その、個人差があるのかもしれない。ほら、僕体が細いし…。」
「ふーん、君何か企んではいないかい?」
一の眼つきが鋭くなる。空は震えながらも話をする。
「…いや、それはないよ。昨日の一件で何をしても一くん達には敵わないって悟ったよ。」
「フフフフ…小学校からやり続けてようやくその事に気づいたのかい?」
「いや、内心思ってはいたんだよ。ただ…それが確信に変わっただけ…。」
「…ふふ、うふふふふふ…。アハッ、あはははははははははははははははははは。」
突然笑い出す一にクラス中の視線が集まる、だが冷やかしやざわめきは無く静まり返っていた。一の歪んだ笑顔と空気の前では誰も口を挟む度胸なんてない。同時にこの表情のあとには何かが起きる。空の背筋に悪寒が走る。
「はははは、いや申し訳ない。やっと空君自身の口からその言葉が聞けるとは思っていなかったんだ。さて、じゃあ敵わないと分かってくれたならここで宣言してくれ。『僕、藍島 空は神山 一の奴隷です。このことは周囲の公認であります。これからもよろしくお願いします』と。」
そして、一は忠告する。
「ああ、そうだそうだ。今更これを止めようとする輩なんて僕の学年ではいないと思うけど一応言っておこう。これから空君にしてもらう宣言を止めることは認めない。止めようとした場合、空君と同様に虐める。たとえ誰であろうが束になろうが容赦はしない。確実に支配して虐める。…ま、要は手を出すなってことさ。理解した人は手をあげるんだ。」
一くんの言葉に一人また一人と手をあげ始めた。男子も女子も誰だって損な役回りはしたくない。それは分かる。だけど…やっぱり僕を助けてくれる人が此処にはいないって現実を突きつけられるのは死ぬほど心が痛い。緊張して息が上がる。…でも、だからこそ好都合。
混濁とする意識の中、空は少しだけ笑う。
「…よし、全員手をあげてくれたね。下ろしていいよ、ありがとう。うん?空君、何か少しにやけていないかい?」
「…ほら、一くん。これは…あれだよ。怖さを通り越して…笑っちゃうっていう…。」
「フフフ、そうかい。それなら結構だよ。それじゃあ宣言をしてくれ。この教室の真ん中で僕の前で跪きながらね。」
僕は言われた通り、ゆっくりと一くんの前で跪いた。
「 僕、藍島 空は…神山 一…くんの奴隷です。このことは…周囲の公認であります。これからも…よろしくお願い…します。」
空は震え、涙を流しながら言った。空は言葉というのは恐ろしいと改めて感じた。ただ声に出して言うだけなのに、まるで自分が本当に奴隷なのだと錯覚するような感覚に陥る。そして、一は宣言を聞くとしゃがんで空の頬を両手で押さえて顔を近づけて笑顔で言った。
「よく言えました。それじゃあ保健室へ行って休んでいいよ。でも昼休みのときは戻ってきてね…。」
空の頬から手を離す一。
「ま、待って一くん。…その、さすがに今日は昼休みは無理だよ。」
「へえ、宣言をした矢先に断るのかい?」
「違うよ…本当に体調が悪いんだ…。ただ、その代わりに今日は放課後だけに、してほしい…。」
「・・・良いよ。放課後は覚悟しておいてね。それまでゆっくり休んでいてくれ。昼休みだけと言わず午後の授業も全て休んでくれて構わない。」
「…ありがとう、一くん。」
「別にお礼なんていいよ。放課後が楽しみだ。ふふふふふ…。」
「それじゃ、また。」
空はゆっくり立ち上がり教室を出た。廊下を歩いて階段を降り、一階の保健室へと歩いた。保健室近くのトイレに入り身を潜めて、みんなが体育へ向かうであろうその時間帯を待った。10分程経って空はトイレを出て教室へ戻った。
…よし、誰もいない。扉も閉めた。辺りには制服もあるし、もちろん荷物も置きっぱなしだ。授業の時間は50分だけど保健室に行ってベッドへ入っておきたいから実質調べられるのは40分くらいだ。
まずは優希の席へと向かう空。机の中を調べてみるがこれといったものはなかった。次にバッグの中身を調べてみたがこちらも特に何もなかった。空は制服のズボンから優希の携帯を見つけた。
「…ちょっと申し訳ない気もするけど、覗かせてもらおう。」
空は画面をスライドさせて、ロックを解除できた。優希は特に何もセキュリティの様なものをかけてはいないようだ。早速LINEを開いてみる。すると、やはり空の虐めを公開するためのグループがあった。参加人数は200を越えている。トークの履歴をみるとやはり一とのやり取りが最も多い。空は恐る恐る優希と一のトークを見てみた。
「やっぱり最近のは僕の虐めのことで計画を練るためのものが多い…。と言っても、全て一くんが指示を出してるばかりだ。優希くんは『ああ』とか『わかった』くらいしか言ってないな…。」
さらにトークを遡ってみる。
「…これって、このときはちょうど優希くんが怪我をした時期…。!?…これって…だから優希くんは一くんに従ってるってことなの…?」
空は一と優希の関係を知った。そっと画面を閉じて元の場所に戻しておいた。次に一の席へ行き、物色した。こちらも机の中は教科書やノートがあるだけで気になるものはない。
同じようにバッグの中を調べた。
「…これは、塾のスケジュール表か。一くん頭良いもんね。塾に間に合うように虐めを終わらせて向かうのか…。第一、第三月曜日は休みになってる。…来週の月曜がちょうど休みなんだ…特に意味ないか。」
空はスケジュール表をたたんで元に戻しておく。ちょうどバッグの内ポケットに一の携帯を見つけたので空は取り出した。
「…さすがに一くんのはロックがかかってる。指でなぞるタイプのやつか…。いや、とにかくやってみよう。」
運の良いことに空は一発でロックを解除できた。嬉しさに浸りつつすぐにLINEを開く。やはり、優希のものと同じように虐め公開用のグループがあった。それとは別に優希を除いた四人のグループが存在した。空は開いて、トークを見る。それをみた空は驚愕し、恐怖した。
「…僕は月曜日に…死ぬのか…。」
(…やはり、おかしい。何かが引っかかる。空君を跪かせてみんなの前で宣言もさせた…が、何かおかしい。空君の今朝からの体調不良…。保健室…何か企んでいるな。)
一は外で体育のサッカーをやりながらも空の行動に疑惑を抱いていた。
「すいません、先生。ちょっと教室からタオルを持ってきて良いですか?夏も終わりましたけどやはり外での運動は汗が止まらないんで…。すぐに戻ってきます!」
一は体育教師に適当な理由をつけて校舎へ戻る。
(何故か胸騒ぎがする。いや、思い違いという可能性もある。考えすぎだろうか…いや、万が一ということもある。もし、何かを探られていたとしたら?携帯の中身?…何にせよ気になることは潰しておく必要がある!)
一は教室へと足を早めた。
空は茫然としていた。そんな意識の中、微かに廊下から足音が聞こえてきた。
(ま、まさか!?誰か…こっちに来てる?どんどん近づいてくる…。まずい、どうしよう。)
空はすぐに一の携帯を元に戻しバッグに入れた。とっさに空は隠れた。
数秒後、一が教室へと入ってきた。一気に緊張し心臓の鼓動が速まる空。
「…誰もいないな。やはり、僕の考えすぎだったか。…バッグも携帯も何もされていないようだ。まあそんなことする奴は少なくともこの学年にはいないか。適当に言って出てきたからなあ…タオルなんてホントは持ってない。…まあいいか、なんとかなるだろう。」
扉へと手をかけて一は立ち止まる。
「いや、何もされてはいない…。が、今ここに隠れているという可能性もある。」
一は歩き出す。
「この教室で完璧に身を隠せるのここしかない。」
空はいまだに鼓動がおさまらない。心臓が口から出そうな勢いだ。呼吸を抑えるために口に手を当てる。一がその扉へと手を伸ばす。
ガチャリ。
キーっと金属の扉が開く音がする。
「・・・やはり気のせいだったか。清掃用具入れに身を隠すなんてベタすぎる。それにそもそもここには誰もいなかった。それが分かった。これで僕の思い過ごしだと悟ったよ。」
一はそう言って教室をあとにした。空は静まった空間のなか一が遠ざかる足音に全神経を集中させた。完全に聞こえなくなったことが分かると一気に緊張を解いた。
「…ぷはあ!はぁ、はあはあ…。良かった。見つからなかった。教卓の裏は…逆に盲点だったのかな?いや、そんなことはどうでもいいや。…本当に気分も悪い。みんなが来る前に保健室へ行こう。」
空は難を逃れ教室をあとにした。
午後の授業開始のチャイムがなる。空は保健室のベッドの中でさっき見た内容を思い返していた。
…落ち着け、落ち着くんだ僕。まずは優希くんから考えよう。あのトークの内容からすると優希くんに怪我を負わせたのは一くんのようだ。一年生のころ怪我をさせるために一くんが故意に転んで階段から優希くんを突き落とした…。そして、優希くんの親は一くんの親と何か関係があって縛られている。金銭的なトラブルかな?何か弱味を握られているとか?とにかく、一くんの采配ひとつで優希くんの家を崩壊させることができる…。だから優希くんは家族を巻き込まないためにも一くんに従っている。
でも、そうだとしたら一くんの親は一くんの行動を公認してるってこと?普通の親なら止めるはずだ…どうして?そこが分からない。
だけど、確実に言えるのは少なくとも優希くんは被害者だってことだ。
次に一くんについて考えよう。あの四人でのトーク、恐ろしかった。書いてあった内容は月曜日に決行する虐めのこと。というか、僕のことを殺すとか書いてあった。もう飽きたとか用済みとか、一くんが僕を殺すことに責任を持つみたいなことも書かれていた。怖い、恐ろしい。本当に死んじゃうの…?
…いや、駄目だ。まだ分からないだろう。光さんのこともあるじゃないか。まだ希望はある。そうだ!たしか月曜日の段取りも話し合っていた。
放課後いつものように僕を連れ出すけどそのまま校門を出て、人目のつかないところに行く。たしか、河原だったかな。あそこなら草木も生い茂ってるし気付かないとかなんとか…。あとはいよいよ顔面を殴っても構わないとか、何をやってもいいとか書いてあった。それが気のすむまで、夜まで続けるそうだ…。とどめは一くんがやるって…。
でも、そんなことしたら本当に犯罪者になるじゃないか。かなりリスクも高そうなのに…何故。
あまり深くは考えないようにしよう。情報が得られただけでも成功だ。あとは放課後の虐めを耐えるだけ…怖いけど、今日を耐えて明日になればきっと何かは変わる。
空は強い思いを胸に刻み、静かに目を閉じた。
校舎に放課後のチャイムが鳴り響く。一はその音で目が覚めた。上体を起こして少し伸びをする。
放課後か…。自分で考えてた事だし、覚悟はできている。今日も何をされるかは分からないけど頑張ろう。大丈夫、ただ耐えれば良いだけさ。
空は自分を無理にでも鼓舞させることしかできなかった。その時カーテンの向こうから扉の開く音が聞こえた。一と優希が迎えにきた。一が声を掛ける。
「行こうか。」
「うん。」
空は自分からベッドを降りて靴を履き、一と優希のあとについていく。
「先にいつもの場所で健二たちが待っている。…今日も楽しみだね、空君。」
「そう…だね…。あの、優希くん荷物ありがとう…。」
「ああ。」
その後は話すこともなく三人は倉庫の前にきた。中に入ると昨日、空が暴れたままの状態だった。しかし、誰も気に止める様子はない。弘毅がなにやら黒いスポーツバッグを物色していた。
「弘毅、あれは持ってきたかい?」
「一か。今、念のために確認をしてたところだ。ちゃんと持ってきたよ。」
弘毅がそう言って取り出したのはエアガンだった。
「持ってきたのはデザートイーグル50AE電動ブローバック式だ。ま、要は普通に撃てるエアガンさ。3つ持ってきたよ。」
「おー!弘毅、そんなの持ってきてたのか!早く撃ちてえなw」
誠也のテンションが高くなる。健二は興味がないといった感じでそっぽを向いていた。扉のところは優希が立ち塞ぐ。そして一が口を開いた。
「さて、みんなの耳にも入っていると思うけど今日は空君が僕のクラスで奴隷宣言をしてくれた。これで、より正々堂々と虐めができる。」
「場所はいつもここで隠れながらやってるけどなw」
「バカ、気持ち的に正々堂々ってことだよ。」
弘毅が誠也の発言に突っ込みをいれる。
「ふふ…まあいい。今日は弘毅が持ってきてくれたエアガンを使う。察しはつくだろうけど、これを空君に向けて撃つ、それだけさ。…それじゃあまずはみんなエアガンを持とう。」
「じゃあ、俺先にもらうぜーw」
「待ってくれ、実況はどうする?エアガンも3つしかない。」
弘毅が質問した。すると健二が言った。
「ああ、俺と優希で実況やるわ。それでいいか?」
健二が優希に尋ねると優希は頷いた。
「珍しいな、健二。お前ならやると思っていたが。何かあるのか?」
「…ああ、そうか。弘毅と誠也は知ってるけど一と優希には話したことなかったな。俺は武器とか使わねえ主義なんだよ。…今から五年前くらいか。一に会う少し前だな。小4だった俺はある日、高校生くらいのやつらに絡まれてカツアゲされそうになってた。すげえ怖かったから逃げて近くにいた大人達に助け求めたけど完全に遊びだと思って相手にされなかった。で、結局人気のないとこに追い詰められたんだけどよ、どっから来たのか1人のヤンキーが俺の前に現れたんだ。その人がそいつらのことあっという間にボコボコにしてな。すぐにどっか行っちまったんだけど、俺はそれ以来その人に憧れてる。確か異名があって『金獅子』だっけかな?まあ、その人に会うために不良になった。そして素手でやると決めた。だからエアガンなんて使わねえ。」
健二は熱く語った。
「…で、不良になろうと決意した時期にたまたま僕が現れて今に至ると。…意外にまっすぐな奴だな、健二は。」
「は!うるせえよ。さ、とっととやろうぜ。」
「そうだな。じゃあエアガンは僕と弘毅と誠也で決まりだ。実況は健二と優希。撃つ前に空君には上半身を脱いでもらう。そして両手をそこの金属棚にロープで縛るからね。」
空は言われた通り上半身の服を脱いだ。アザだらけの細い体が露になる。一の指示で健二が空の両手を棚に縛り付けた。磔にされているような状態だ。
「…空君、今日は早く終わるんじゃないかな。」
そう言って一が弘毅の持ってきたスポーツバッグから取り出したのはBB弾の入った袋だ。
「この中には1000発分の弾が入っている。このエアガンの装弾数は15発、三人いるから45発。一斉に撃って、23回目で終わる。」
空に三つの銃口が向けられた。銃口からの距離は1m程だ。空から見て真ん中が一、左に弘毅で右に誠也となっている。空の額から汗が出る。
「顔には撃たない。見えなくなる部分に撃つよ。それじゃあ…スタート。」
引き金が引かれた。パァンと弾ける銃声とともに空の体に次々と弾が当たる。アザだらけの体に走る痛みは一つ一つが激痛だった。空は必死に痛みに耐えていた。
「…うっ、ぐ…。」
「何だよ。もう少し絶叫するかと思ってたのになー。」
撃ちながらがっかりする誠也。
「まあ、痛みに耐えるのはけっこうだよ。どこまで保てるのか楽しみだ。」
「相変わらずだなあ、一は。あ、弾切れだ。」
三人は弾を込める。
(…半端じゃなく痛い。全身が蜂に刺されるような感覚だ。でも、耐えなきゃ。耐えれば、大丈夫。三人が弾を込めてる間だけは休めるのも幸いだ。)
その後も同じように弾が撃ち続けられた。三人は雑談しながら撃っていた。空は依然として耐え、撃たれた場所は赤くなり腫れてきていた。
そして、6回目。
「空君、今日は耐えるね。だから20cmくらい距離を縮めるよ。僕は体の真ん中を、弘毅は右肩、誠也は左肩を中心に撃つ。これを5回やるから頑張って。」
「…うん。」
次々と放たれる弾。
「ひっ!…がぁ…ぎひ…ぐぅ。はぁはぁ…。うああ…。」
…痛い、痛い、痛い。今、何回目?分からなくなってきた…。また20cmくらい近づいたから多分11回目くらいかな…。
「うんうん、今日はよく耐えるね。それじゃあズボンを脱がせて脚にも撃とう。大丈夫、急所は狙わないよ。そんな下品なことはしないから安心してくれ…。」
・・・撃たれた場所が赤黒い。肩と鳩尾のあたり、腹。両足も赤い。腫れてきてる。今、何回目?銃口も近い。15回目…くらい…。
「目が虚ろだね、空君。疲れるけど座ることもできない。大変だね。でも、続けるよ。」
…銃声。聞こえる。痛みは、少し麻痺してる…かな。座り込みたい。足痛い。まだ、痛い。体がぼつぼつだ…。
「…ふう、これで20回目が終わった。あと3回だ。良かったね、空君。」
…あと、僕は3回で…良かった。
そのとき空のズボンを物色していた健二が言った。
「…おーい、この紙何だよ?あまの…ひかる?ひかり?とか書いてあるぜ。連絡先か?」
その言葉を耳にして空の全身に鳥肌がたった。一は何かを察したようにニヤリと笑う。
まずい!まずい!まずい!そんな、バレてしまう。僕は、なんて馬鹿なことを…。
「空君、もしかしてだけどやっぱり何か企んでるでしょ。」
「・・・。」
「どうしたんだい?さっきまで虚ろだった目が怯えているね。よほど大変なことだったのかな。」
「・・・。」
「別に答えなくてもいいさ。万が一だけど、君は仕返しとか復讐とか考えているのかな?…うんうん、顔が絶望してるのがよくわかるよ。図星なんだね。天野 光という人がどんな人かは知らないけど僕は別に恐れたりはしない。」
空は黙ったままだ。起きている事態に完全に頭が真っ白になっていた。
「良いかい?空君。人間は誰しも秘密や弱味を持っている。そこを追及すればその人を支配できるんだ。簡単だろ。あとは恐怖を与えたり楽しみを与えたり…アメとムチだね。だから僕は支配できる。その天野 光という人も例外じゃない。」
空の目を見て一が喋る。
「そもそも、君に協力するなんておかしくはないかい?何のメリットもない。ただの冷やかしかもしれない。話を聞くだけで特に何もないかもね。ほら、人は言うじゃないか。変えるのは自分だとかさ。これは空君の問題だから君自身が変えていかないとね。人に頼っちゃダメ、甘えちゃダメ。」
…頼っちゃだめ…なの?僕は、救われないの?光さんは、僕を救ってくれないの…?僕の問題?こんなに苦しんでるのに?誰も、助けてくれない…。無意味。今までのこと。僕はどうなるの?
「良い具合に落ち込んでるね。涙も出てきた。でも、歯向かう罰としてラスト3回は頭に至近距離から撃ちたいと思う。腫れても髪の毛で見えないでしょ?それじゃあ、頑張って。」
3つの銃口が頭に集中する。息が上がる空。
パァン。
「うああああああああああああああああ!痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいいい!!ああああああああ。」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは!!その声と表情が欲しかったんだ!!」
空の耳に一の笑い声がこだましていた。
・・・。気付いたら終わっていた。ロープも外されてる。僕は床に横たわってるのか。全身が痛い。誰もいない。…心が折れた。一くんの言葉に惑わされた。…悔しい。
うずくまり、一人涙を流す空。
…それでも耐えられた。復讐はバレたけど、情報を盗んだことには気付いてない。それだけでも…幸いだ。
空は立ち上がり、ヒリヒリとする痛みに耐えながら制服を来て荷物を持って倉庫を出た。帰り道の足取りは重いものの空の心は安堵感に包まれていた。
やっと…終わった。これで今を変えることができる。やれるだけのことはやった。明日が少し楽しみだ…。
耐え抜いて、諦めないで、生きていて良かった。