支配と疑念
2.支配と疑念
次の日、7時にセットされてる携帯のアラームが鳴り空は目を覚ます。
「うーん、痛たた…。」
昨日光さんには話をしただけで終わってたけど正直、体はアザだらけだ。あいつらは丁寧に顔や肌の見えるところは殴らないで胴体や服で隠れる部分を狙って痛めつけてくる。やっぱり家族には知られたくない。
空がパジャマ姿で部屋を出て居間へ行くと母親が朝ごはんをテーブルの上に用意していた。
「おはよう、お母さん。」
「あら、おはよう空。」
お母さんがにこやかに挨拶をすると、続いてお父さんが居間へやって来た。
「ふあーあ、二人ともおはよう。」
大きな欠伸をして言った。いつものことなのだけれど外の現場で体を使って建築の仕事をしているお父さんは朝はとても疲れた顔を見せる。でも、それは一瞬のことで決して僕達の前では疲れたなんて言わず元気に話しかけてくれる。
「おおー!今日も朝から健康的だな!ごはんと味噌汁と焼き魚。そして、さっぱりとしたきゅうりの浅漬け!いつもありがとうな!」
「もう、毎日褒めてくれるんだから。」
「俺は本当に素直に感じたこと言ってるだけだよ。」
「ちょっと朝から恥ずかしいから!さあ、みんなで食べましょう。」
照れる母さん、明るい父さん。毎日目にする光景だ。こんなに幸せそうな二人を差し置いて死のうとしていたなんて…僕は何であんな馬鹿なことを考えていたんだ。
空が少し自虐的になって暗い表情をしていると母親が心配そうに声をかけた。
「ちょっと空大丈夫?調子悪いの?」
「そうなのか、空!?病院に行くか?」
「…あ、ああ!いやいや、大丈夫!全然平気だよ。ちょっと考え事してただけだよ。」
空は焦りながら話す。
「…そうか、それならいいけどな。困ったらいつでも父さんや母さんに相談するんだぞ!」
「うん、分かったよ。」
ひとしきり落ち着いて三人そろって頂きますと言って朝ごはんを食べる。その間もいつものように雑談して一緒に朝の時間を過ごす。これは僕の家では決まりのようになっていて、唯一三人がそろう朝の時間をお父さんとお母さんも大切にしているようだ。
お父さんとお母さんは僕が見ても、いやきっと回りから見ても本当に幸せそうだと思う。結婚して14年が経つけど二人とも仲が良いし、喧嘩もめったにしない。
お父さんの名前は藍島 剛。名前に恥じないくらいに体格は大きいし、力仕事のせいか筋肉質でガッチリしてる。髪は短くてサングラスをかければ某映画のサイボーグに似ていると思う。お父さんはとても情に厚くて、少し怖い見た目に反して優しい。お年寄りに気をかけるのも普通だし、意外と紳士だ。
お母さんの名前は藍島 奏。こっちは名前に反して音楽の才能は皆無。性格はとても明るくて誰とでも分け隔てなく付き合える人だ。容姿は自分の母親ながら美人な方だと思う。意外に身体は強くて子供の頃から大きな病気にはかからず、今の仕事である看護師のハードなスケジュールも難なくこなしているようだ。
こんな二人が出会うきっかけとなったのは、ありきたりかも知れないけどお父さんが現場仕事でケガをして入院した病院にいたのがお母さんだったということ。お父さんが一目惚れしてお母さんに猛アタック。そのかいあって二人は付き合い、一年後にはめでたくゴールイン。まるで絵に描いたような馴れ初めだ。
今日も幸せそうに話す二人を見つめながら一緒に朝ごはんをとる空。改めて生きていることに感謝して食事を終えた。
「ごちそうさま。あの…朝ごはん、美味しかったよ。」
少し照れながら空は言った。
「あら、空から褒めるなんて珍しい。ありがとうね♪」
奏は上機嫌だ。剛も食べ終わり、着替えるために部屋へ行った。空も自分の部屋へ行き、制服に着替える。準備をして二人に明るく行ってきますと言って家を出た。
家から中学校までは歩きで30分ほどの距離にある。名前は鴻賀東中学校。全校生徒は750人でこの辺ではわりと大きめの公立の中学校だ。
教室に入ると空はいつもどおりに自分の席に座り、鞄から小説を取り出して読み始めた。無論、空に友達はいるはずもなく空気のような存在となっている。中学に入ってから最初のうちは友達も少しできたが、小学校から続く虐めのせいですぐに離れてしまった。小説を読み始めて5分後、奴らがやって来た。
中心となるグループは5人いるがそのなかでも核を担う者が二人いる。他の3人は普通の不良や子分のような奴らでそれなりに各クラスからは恐れられている。
中心の一人は神山 一、身長は175センチくらいで頭が良く成績も優秀だ。運動もずば抜けて優れているわけではないがどのスポーツもそつなくこなす。男女関係なく誰とでも臆することなく関係を築くことができる。そんな彼がグループのリーダーである。何故か小学校の頃から教師でもこの人には逆らえない。
二人目は山口 優希。彼は中学からグループに入っている。中学2年生にして身長は185センチ、柔道部に所属していたがケガをしたため辞めることになった。その後、一とつるむようになり不良への一途を辿る。無口で物静かだが、その容姿のせいか相手を威圧する雰囲気がいつも漂っている。
空は運の悪いことにこの二人とクラスが同じだ。二人が教室に入ってくる姿を見ると空の身体は何かに縛り付けられたように硬直した。全身から汗が吹き出るような緊張感が空を襲う。一が自分の机に荷物を置くと空の方へやって来る。そして、空の肩へ手を置いて言った。
「おはよう、空君。」
「お…おはよう、一くん。」
空が返すと一は優希の元へと行った。緊張から解放された空は少し息切れをしていた。
やっぱりダメだ。僕はどうしてもあいつらの前だと怯えて仕方がない。一くんの怖いところは支配することだ。文字通り、僕の勘違いでなければこの教室、いやこの学年全体と担任は少なくとも支配していると思う。携帯やスマホをみんな持つようになってLINEでグループを作って、虐めの様子を実況するなんて日常茶飯事だ。だから、正直僕が一くんに虐められていることは学年全体の周知の事実となっている。当初噂は広まり、一くんが一度だけ担任や生徒指導の先生に呼び出されたことがあった。しかし不思議なことに次の日からも何も変わることなく虐めは続き、噂もいつの間にか消えていた。一くんを注意する人間はいなくなった。小学校の頃も全く同様だった。
空が一との過去を恐怖とともに思い出していると、担任が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。いつものように空は取り敢えず担任の話を聞く。そして、ホームルームが終わり始業のチャイムが鳴る。
最近の傾向として、授業中の虐めはない。それは一くんと優希くん以外の三人がクラス替えで違うところにいるせいかもしれない。一年生のとき、偶然にも5人と同じクラスになってしまったのは絶望したけど、何とか乗り切って今に至る。授業中に嫌がらせが無くなったのは本当に幸いだ。その代わり虐めを受ける時間帯は昼休みと放課後に決まっている。きっと今日もそうなんだろう。
空の予想通り4時限目も給食の時間も何も起きなかった。昼休みとなり、5人が空の元へやって来た。
「空君、今ひま?…だよね。いつものことだもんね。少し付き合ってよ。」
一が空に笑顔でゆっくりと声をかける。一つ一つの言葉が空の心を恐怖で支配していく。
「…うん、良いよ。」
席を立ち5人とともに人の少ない校舎裏へやって来た。廃材置き場も近くにあり、ガラクタが集められている。そこへおのおの腰をかけたり座りこんで、空は一にアスファルトへ正座するよう促された。
「さて、突然のことだけど僕らは空くんへの虐めを辞めたいと思う。」
「…え?」
一の口から出た言葉にあっけにとられる。その様子を見て取り巻きの一人である健二が口を開く。
「だーかーらぁ、俺たちが虐めを辞めるって言ってんだよ。」
言いながら空の顔を覗きこむ健二。この中で一番頭が悪そうだが、とても短気ですぐに拳が飛んでくる。しかし今日はそれはない。
「そういうことになったんだよ、空くん。良かったじゃあないか。」
ニヤニヤとしながら上から物をいうようなこの人物の名前は弘毅。インテリ不良という言葉が似合う。
「おいおいw あんまりからかうなよ、二人とも。俺たち辞めるんだからさあ。」
5人の中でムードメーカーの誠也が言う。
「…本当なの?」
「ああ、嘘じゃないよ。この場をもって、取り敢えずは終わりにしよう。正直なところ空君への殴る蹴るはもう飽きたんだ。それにやっぱり僕達もずっといじめ続けてきて罪悪感というものも感じてきたんだ。だから、僕からみんなに辞めるよう言ったんだ。」
一は静かではあるがしっかりと言葉にした。空はあまりに突然のことで訳がわからなかったがまだ彼らへの警戒はとかないでいた。
「…ごめん、唐突すぎてどうすればいいか分からないよ。」
「そうだね、確かに空君の言うことは分かるよ。信用なんてできないよね?そこでだ、今ここにある僕の携帯から虐めに使った動画や写真を削除したいと思う。もちろん、空君の手でやってもらいたい。その方が安心するでしょ?」
一は自らの携帯を空の前に差し出す。画面にはデータを削除しますか?の文字がある。
「はいを押せば、キレイさっぱり抹消されるよ。」
空は少し疑いがあるものの画面をタップしてデータを削除した。確認をするともちろん何もありませんの文字が出てきた。
「これで完了だね。」
「 …あの、良ければお願いがあるんだけど聞いてくれるかな。」
「はあー?お願いだ?虐めを辞めるってのに何をそれ以上求めんだよ?」
空へ顔を近づけて健二は言った。こめかみに血管が浮き出ていて、今にも頭突きをしそうな勢いだ。
「待て、健二。良いよ、空くん。君のお願いを聞こう。僕達にはそれを聞く義務がある。」
「…もし、できるのであれば今後あまり関わらないで欲しいんだ。」
空の条件を聞いた一は少しの間をおいて言った。
「仮に、僕達が関わらないとしたら残りの中学生活を空君はどう過ごすんだい?僕が言うのもあれだけどけっこう被害は甚大だよ。しかもこんな中途半端な時期に友達なんてできる可能性は少ないんじゃない?」
俯きながら空は答えた。
「…確かに一くんの言うことは最もだよ。だけど、それでも虐めがなくなるのであれば孤独なままでいい。」
そう言って空が一の表情をみると、一の眼には涙が溢れていた。これには他の4人も驚いたようであっけにとられていた。
「…いや、急に涙を見せてしまってごめんね。空君は僕達より立派な人間だよ。同時に君をここまで追い込んでいたことに対してとても悔やむよ…どうか孤独に過ごすなんて言わずに僕達から友達になってくれないか…?」
一の思わぬ発言に対して弘毅がさすがに口を挟んだ。
「おいおい、それは流石に無理があるでしょ。どうかしたのかい?」
続いて誠也も言った。
「今まで虐めてた奴と馴れ合いなんて俺もごめんだぜ。優希はどうなんだよ?」
「…俺は、どちらでも構わない。」
腕を組みながら静かに優希は言った。一は反対する二人を見て続ける。
「弘毅と誠也は空君を虐め続けてきて何とも思わないのか!どうしようもない悪人だな!」
「はあ?一、ふざけるなよ。俺たちが悪人ならお前もだろう!第一、お前が一番楽しんでいたじゃないか。それを棚にあげて善人ぶるなよ!」
弘毅と一がにらみ合いになり、それに誠也も加わる形で口論となった。その最中、わなわなと震えだした健二が声を張り上げた。
「あああああああああ!!ごちゃごちゃゴチャゴチャうるせえなあああ!!!元はと言えば空!てめえが条件さえ出さなけりゃ事は丸く収まったんだよおおお!」
空の胸ぐらを掴み捲し立てる。
「そ、そんな…僕は…ただ…。」
「うるせえ!黙れ!もう我慢できねえからてめぇをボコボコにするぜええええええ!」
そう叫びながら左手で空の胸ぐらを掴みながら大きく振りかぶった右拳を顔面にめがけて放つ。空は涙のにじんだ目を瞑り、腕をとっさに顔の前に出す。しかし、空が目を開けると優希が健二の拳を止めていた。
「てめえ…どういうつもりだあ?」
なおも黙り続ける優希だが拳を受け止めている右手には一層の力が込められている。
「上等だ、この巨人野郎が…てめえとは一度やりあってみたかったぜえ。」
血走った目を大きく見開き健二は空を掴んでいた左手を放し、優希へ殴りかかる。
それを見た弘毅と誠也も一へ襲いかかった。一は背中を丸め体を守りながら叫んだ。
「空君!早く逃げてくれ!こいつらは僕と優希で何とかする!せめて、これくらいの償いはさせてくれ!!」
それを聞いた空は彼らを一目散にその場から逃げていった。
うずくまりながら離れていく空の姿が一の目から見えなくなったことを確認して一はニヤリと笑った。弘毅と誠也が同時に左右から蹴りつけようとした脚を両手で受け止めて言った。
「止まれ。」
静かにだがはっきりと4人の耳に一の声が響く。汚れを払いながら立ち上がる一。殴りかかるには絶好のチャンスだが、時が止まったように皆動きを止めていた。
「フフフ…上出来だよ。」
一が目を見開き口角をあげたその歪んだ表情に、誰もが焦りを隠しきれない。そんな中さっきまでの威勢に任せ健二が口を開く。
「何が上出来だぁ?ふざけんなよ!」
そんな脅しには意も介さず冷たい目で一は健二を一瞥する。
「…まあ、さっきはすまなかった。冗談だよ。代わりに僕の顔面を思いっきり殴ってくれないか?」
「…意味がわかんねえけど、本当に良いんだな?」
「ああ、もちろん。」
「それじゃ、遠慮なく。うぉらああああ!」
健二が体重を乗せ、自身の最大の力で右拳を一の左頬へとめり込ませた。ぐしゃっと鈍い音がして後ろへ倒れこむ一。しばらくして立ち上がり、切れた口からの出血を拭い話を続ける。
「これで準備は完了だ。」
「おいおい待ってくれ、ちゃんと説明をしてくれよ。」
誠也が事の真偽を確かめようと誘導する。続けて弘毅が話す。
「確かに一から事前に虐めを辞めるってこととデータを消すってことは聞いていたけど空くんと友達になるっていうのはどういうことだ?」
「…あれに特に意味はないよ。まあ、強いて言うならもっと面白くするためかな。あと、虐めを辞めたりとかデータを消すって事は嘘だ。今まで通り続けていくよ。健二が空へ殴りかかったのと優希がそれを止めたのは計算外だったけどね。騙して悪かった。」
そう話す一の雰囲気はドス黒く、4人に悪寒が走る。
「でもよぉ…この先どうすんだよ?」
と健二が質問をする。
「それは明日のお楽しみだよ。とにかく今日1日は空君に手出しはするな。それと、この事は絶対に誰にも言うなよ。面白味が半減してしまうからね…ふふ、ぐふっ …ははははは、笑いが止まらない。」
「…よく分かんねえけどつくづくお前の標的ににならなくて良かったとおもうよ。」
誠也がそう言ったのを機に5人は解散した。
全力疾走で教室へと逃げてきた空は息が上がっていて頭も混乱していた。清掃の時間も終わり、5時限目のチャイムが鳴って授業が始まったが一と優希の姿は見当たらない。5時限目は担任が教科を担当する国語の授業だ。次の休み時間に保健室に行ってみようかと空が考えていると二人が教室に戻ってきた。一と優希の顔にはガーゼや絆創膏が張られていて、身体にもアザができていた。先生が二人の様子を見て心配する。周りの生徒もざわつき始める。
「心配いりませんよ、先生。ちょっと空君への虐めを一度辞めようと他の三人とケンカになっちゃっただけですよ。ああ、特に先生がやることは何もありませんよ。内輪でキレイに解決したので大丈夫です。ねえ、空君?」
一くんは僕の方を見て言った。僕はとりあえず静かに頷いた。先生は一くんの言葉を聞いて納得したようだった。正直、まさかクラスのみんなの前で虐め撤回を公言するとは思わなかった。果たして僕は一くん達を、仮にも復讐しようとしている人達を信用して良いのだろうか。いや、まだ分からない。放課後もあるだろうしまだ気は抜けない。とにかく努めて普通に過ごすんだ。
その後、二人は席に座り普段どおりに授業を受けていた。本当に何の変化もなく、6時限目も終わり帰りのホームルームも終了した。
クラスの生徒たちも部活へ向かったり下校するなか、やはり空の思惑どおり一と優希はこちらへ荷物を持ってやって来た。
「空君、今日は悪かったね。優希が僕の味方じゃなかったらやられていたよ。…ま、顔は見ての通りだけどね。」
「あの…ごめん。まさかあんなことになるなんて…。」
「いやいや、良いんだよ。謝ることじゃない。空君は悪くないし、間違っていたのは僕達なんだからさ。…君の気持ちを考えたら友達になんてなりたくはないよね。…君が良ければ僕はいつでも待ってるから。そして、もちろん今日は何もしない。当たり前だけど少しは心も楽に帰れると思うよ…さあ行こう、優希。」
「ああ。」
悲しげな表情をする一は優希を連れて教室を出た。空の心は揺らいでいた。
今までこんな一くんは見たことない。もしかして、今までのことは本当に無くなって僕と友達になるのか?僕への罪滅ぼしのつもりなのか?でも、すべて嘘だとしたら?嘘を吐く人間があそこまで辞めると宣言するだろうか?…駄目だ、考えていても仕方ない。とにかく動かなきゃ!
空は意を決して教室を出た。廊下を走り、階段へ行くと降りていく二人の姿が見えた。
「ま、待って!…いろいろ疑うところはまだあるけど、その…一くんで良かったら友達になろうと思うよ。もちろん優希くんも。」
空の声に立ち止まる二人。振り返り、答えを返したのは一だ。
「…本当に、良いのかい空君?…ありがとう。心から感謝するよ。優希はどうなんだい?」
「俺は別に構わない。」
「まあ、そういうことだよ。これからはよろしくね。それじゃ、また明日。」
少し涙まじりの笑顔で一は空に軽く手を振り、優希と帰っていった。
悩んだけど、僕は賭けに出ることにした。全ては信用できない、かといって全てを疑うこともできない。だから取り敢えず友達になるという選択をあえて選んだ。文字通り半信半疑の状態で付き合おうと思う。光さんに提供する情報も増えるかもしれない。
空も教室へと戻り、荷物を整えこの日は下校した。
その頃、階段を降りて優希が口を開いた。
「…一、お前少しやり過ぎじゃないか?」
「優希から話すなんて珍しいと思ったが、僕に反論するのかい?」
あの歪んだ表情をしながら一は言った。
「いや、お前がその表情になってるときは歯止めが効かなくなるときがあるだろ。」
「ふふ、よく分かってるじゃん。」
「…お前まさかあいつを殺そうとか考えているのか?」
「…さあ、どうだろうね。優希、嫌でも止めたいのなら僕を殴るなり蹴るなりして是が非でも止めればいいさ。そのときは君はただではすまさないけどね。それは君も分かっているだろう…?」
優希には返す言葉はなかった。
「君は僕から離れられないと思うよ。この先、僕の飽きがこない限りは… まあ、飽きなんてものは微塵もくる気配はないけどね、フフフフ…。」
優希は静かに拳を握り悔やんでいた。
下校して、家に帰ってきた空。いつものように両親の帰りは遅いので家に独りの状態だ。空は光へ提供する情報を紙に書いてまとめておいた。
本当に今日は虐めがなくて、逆に焦りが出てくる。まだ信用し切れていないせいでもあるかもしれない。あまりにも予想外のことに戸惑ってしまうけど、とにかく明日だ。僕もそれなりに覚悟はしておこう。
空はそう決意して一日目を終えた。