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復讐劇  作者: Hide-Kaoru
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光の指す空

1.光の指す空


中学からの帰り道、少年はひどく絶望していた。もうこの世界にいたくはないと否、いるべきではないとさえ感じていた。頭の中はクラクラとして身体中が自らの死を望んでいるということを13歳にして噛み締めていた。


(もう疲れた。こんな人生終わりにしたい… 誰も分かってくれないし、自分が何したいのかも分からない。こんな生活は終わりにしよう…お父さん、お母さん、ごめんなさい。僕は今日、死を選ぶよ…)


そんなことを考えているうちに踏み切りに差し掛かろうとしていた。


(ああ、あそこで良いや… むしろその方が楽に逝けるかな…)


少年は踏み切りが降りてくるのもためらわず線路内に入った。辺りには誰もいない 。きっと一瞬のうちに逝くことができると確信する。夕焼けが景色を紅く染め上げる。


(こんなときに夕陽があんなに綺麗だとおもうなんてどうかしてるのかな…いや、もう死を選んだ時点で全てがどうにかしてるのかもね…。ああ、電車が近づいてきた。ちょっと遠いけど運転手が慌てて何かしようとしてる。でも、あと数十メートル…もう間に合わないよ。これが走馬灯っていうのかな?何だかとてもゆっくり時が過ぎていくようだ…いろんな感情が込み上げてくる。頭がとても冴え渡るような、興奮するような…ってもう終わりかな。あと10メートルくらい… さようなら)


少年は自らの死を受け止め目を閉じた。きっとあと数秒後には電車に轢かれ木っ端微塵の肉片となり散るのだろう。けたたましい轟音を鳴らし電車は近づいてくる。刹那、少年は微かに感じた。自分の左側から何かがやって来るのを。


「えっ?」


その言葉が終わるか終わらないかの一瞬だった。耳をつんざくようなブレーキ音が鳴り響き、電車はついさっきまで少年のいた場所を通っていった。

一人の男が少年の上に覆い被さる状態で二人は踏み切りの外にいた。少年は訳がわからず困惑し、目の前の男を見つめた。


「いたたた…君、大丈夫?ごめんね、今避けるから。」


男はそう言って立ち上がり、少年に手を差し伸べる。鼻筋が通り均整のとれた顔立ちで髪はボサボサの小柄な男性であることが少年はこの時初めて認識した。彼の脳は突然のことに混乱していた。


「す…すいません。」


「いやいや、それは後でね。あっちの方で列車が止まってるし、こっちにやって

来そうだな…面倒なことになりそうだから取り敢えず逃げようか。」


男は笑顔でそう言って少年の手を掴み走り出した。


しばらく走り、公園に入った。二人は見つからないように小高いドームで作られた滑り台を背にして座り込む。


「はーあ、走った走った… で、君の名前は?いや、これは俺から自己紹介しないと失礼か。俺の名前は天野 (ヒカリ)、光でいいよ。今は大学4年生、夏休み真っ盛り。女の子の名前みたいだとかよく言われるんだよね、ははは。」


明るく、そして優しく光は話しかけた。


「…僕の名前は藍島 (ソラ)です。あの、失礼ですけど、どうして助けたんですか…?」


暗い表情で空は言った。死を決断していた空にとって助けられたことはあまりにも不服であった。それと同時に、もはや怒りではなく光に対する疑問ばかりが頭を埋め尽くした。


「…そうだねえ。結論から言うと俺は君と話をしたくなったんだよ、単純にそれだけ。空君が自殺をしようとしてるのは一目で分かったよ。正直言うと、君が死のうが行きようが気にはしない、ただ死のうとする人間がどんな事を思ってどんな経緯で死を選択したのか知りたいんだ。それを話してからでも死ぬことに遅いも早いもないでしょ?」


それを聞いた空は不思議な気持ちだった。彼の言っていることはなんと言うか少し変だと思う。自殺者と話がしたいなんて普通は考えない、普通自殺をする人がいたら助けるか目を背けるか放っておくか、そんな感じだと思う。


「そう…ですね。」


とりあえず同調する。だめだ、どうすればいいか分からない。


「ああ、ごめんね。俺変だよね、そこは自覚してるよ。…空君、自殺をするってことはそれなりの理由があったんでしょ?辛いかもしれないけど聞かせてくれないかな…?もちろん、無理にとは言わないさ、君が嫌ならもう言わないしあとは好きにしていいよ。死ぬなり、生きるなりね。」


この人は優しいような突き放すような、掴み所のない不思議な人間だ。どうせ、だれかが助けてくれるわけでもないし一度死のうとした身だ。この人に話してからまた最期を迎えれば良い。そう思い、空は口を開く。


「…あの、話します。…実は僕、学校で虐められてて。小学校5年生あたりからずっと。原因は分かりません。最初は消しゴムを投げてきたりとか、ノートに落書きされたりとかでした。でも、だんだんエスカレートしていって、物を盗まれたりゴミ箱に入れられたり、いじめてる奴らのグループに呼び出されて金を巻き上げられたり、殴られたりもしました。…中学に入ってみんな携帯を持つようになって余計に陰湿な虐めを受けて…悪口を書かれたりとか家族のことけなされたりして、どんどん酷くなってきて…」


僕はすでに涙を流しながら喋っていた。自分がものすごく惨めに思えてきて辛かった。でも、全てを吐き出したいと強く感じて話を続ける。


「…そんなことが繰り返されてたある日、虐めのグループから校舎裏にある物置の倉庫に呼び出されました。そこにはいつもの男が5人いました…そして相変わらず殴られ続けて、でもその日は自分のなかで吹っ切れて反撃しようとしたんです。…でも、惨めにも全く歯が立たず馬鹿にされた挙げ句、ボロボロで下着姿の状態で写真をとられてクラスのみんなに知れ渡ることに…。」


「そうか…もう言わなくていいよ。大体察しはついた。辛いことを話してくれてありがとう。エスカレートした果てにそんなことをするなんて、とんだゲス野郎たちだ。…まあ、でも失礼かもしれないけど君、女の子みたいな顔だし、身長も小さいもんね。確かに虐めたくはなるかも…。ごめん、こんなときに言うもんじゃないな…。」


光さんは僕の言葉を遮りそう言った。普通は怒るところなのかもしれないけど、訳が分からず空虚な気持ちで僕は未だ茫然として涙を流していた。続いて光は空の目の前にしゃがみこんで口を開く。


「…つらかったんだね。もっと泣いていいんだよ。今日くらいは思いっきりね。」


光は空の頭を優しく撫でて、胸元へと空の身体を引き寄せる。空は嗚咽が混じるほどに泣いた。胸の内に抱えていたものを吐き出したこと、それに慰めてくれたことが空にとって素直に嬉しく、こらえ続けていた心の緊張が一気に解放される。何もかもを忘れ、ただひたすらに涙が顔を覆う。ひとしきり泣いて空が落ち着くのを見ると光はこう言った。


「…空君が自殺をする理由は大体分かったよ。そういえばさ、親には相談しなかったの?」


「僕の両親は共働きで帰ってくるのも遅いんです…。お父さんは建設業やってて、お母さんは看護師をやってるんです。もちろん二人とも時間のあるときは僕の面倒見てくれるし、とても優しいし大好きです。でも、だからこそ、このことは相談できません…お父さんとお母さんに迷惑をかけたくはありません。」


「そっか…君は優しいね。両親のこともよく気遣っているからこそ苦しかったんだよね。その気持ちはよく分かるよ。」


「そうですかね…ありがとうございます…。」


光が共感するものの空の表情はまだどこか暗く俯いたままだ。その様子を見て光はこう言った。


「…さて、ここで俺から一つ提案がある。君を虐めてる奴らに復讐しないかい?藍島 空という一人の人間を死へ追いやろうとした人間たちに同じ苦しみを味わってもらおうよ。これをやるかどうかはもちろん君次第だよ。その事に対して俺はとやかく言わない。空君、今心から思っていることを聞かせてくれ。」


空はその言葉を聞いて死ぬことを辞めた。正確には奴らに復讐できるかもしれないという期待を持つことができたためにまだ生きなくてはいけないと希望を見いだした。


「…僕は、あいつらに復讐がしたいです。あのとき反撃できなかった屈辱を晴らしたい!自分を取り戻したいです!」


「よく言ってくれた!俺は全力を尽くすよ。必ず復讐させてみる。そのために空くんにはもう少しだけ虐めに耐えてもらう必要がある。それでも良い?」


「はい。…本当は怖いですけど、僕は光さんを信じます。」


僕は笑顔で答えた。今日初めて出会った人を信じるのは危険かもしれないけど、それ以上に何故かこの人なら必ず助けてくれるだろうという安心感があった。だって、この短時間で自殺をしようとしていた人間に生きる希望を与えてくれたのだから。



空がそう思っていると人の気配がした。空が後ろを振り返り、ドームを見ると滑り台の方から二人をまじまじと眼鏡越しに観察する怪しげな女性がいた。


「うわっ!」


空は驚いて後ろに転びそうになるのを光が支えた。


「…グフフフ。今日は良い収穫ですな。まさか光君があんな男の娘と… ジュルリ、おっとヨダレが(^q^)」


「あ、結愛(ゆい)さん。こんなところでどうしたんですか?」


「ホモを探すために街中を歩いていたら、たまたま光君を見つけてあとをつけてて、今に至る。もちろんその男の娘を助けたところもバッチリ見てました。」


「軽いストーカーじゃないですか。」


軽く笑いながらで光は答えた。空は困惑した様子で二人を見ている。


「おっと、自己紹介がまだだったね。」


そう言うと女性は颯爽と滑り台を降りこちらへやって来た。


「私は光君と同じ大学に通い、同じサークルで友達の相原(あいばら 結愛(ゆいといいます。一介の腐女子です。ホモが大好物です。二次元が主ですが、フィルターをかけるこの目により映像を脳内変換することで三次元もいけます。BL最高、BLこそ至福!そんな目で世界を見つめる幸せ者、それが私です。」


結愛は饒舌にまくし立てる。


「あの…なんていうか、そのよく分からないですけど、お姉さん可愛いですね。」


僕は素直にそう言った。腐女子さん?とか本当によく分からないけど、この女の人は普通に可愛いと思う。さっき僕達を怪しく見つめている姿さえ除けば。


「・・・ゴハァ!ぐふっ…こりゃ吐血もんだぜ…。私が可愛い?お世辞にも程がある。しかもBLも、腐女子という言葉も知らないですと…何という純真無垢。まさにAngel…これは、夢か夢なのか!?」


どうやら何かダメージを受けたらしい。


「良いかい、空くん。彼女は、腐女子なんだ。つまり男同士の恋愛が好きな女性なんだよ、Boys Loveだね。女性だけど腐女子という一つの生物として見ていた方が気が楽だよ。あ、もちろん普通に接して大丈夫。特に害はないよ。」


と光さんが説明してくれた。何だか少し複雑な気持ちだ。


「ちょっと、人が動物みたいな説明じゃない!?」


「あ、そうそうこの子、藍島 空くんの言うとおり俺も結愛さんは可愛い方だと思いますよ。」


光は笑顔で語りかけた。


「・・・ぐへぁ!…なんて、なんてあざとい。光君の場合、あえて私のことを知ってるくせに言っている。原型が普通にイケメンだから攻撃力たけぇ…しかも、ちゃんと空くんの名前を私にさりげなく教える紳士ぶり… 訳わかんねえ…訳分からないけど掴み所のないイケメンもまた良し!」


握り拳をつくり何故かガッツポーズをする結愛。


「それとね、結愛さん。俺この子の復讐手伝うことにしたからあとで他の四人にも伝えておいてくれませんか?詳しくは俺から話します。」


「なるほどね…どうりで助けるわけだ。私のときと同じじゃん。」


「あの、結愛さんも光さんに助けられたんですか?」


「まあね。ま、それはまた別の時にね」


空は結愛にも過去に何かあったのだと察し、それ以上のことを聞くのは止めておいた。


「それじゃ結愛さん、みんなによろしく伝えといて下さい。」


「分かったよー。良いものも見れたし、この相原 結愛は感無量なり。当分おかずには困らないだろう、ジュルリ(^q^) おっと。この辺で腐女子は先に大学の部室に戻るとしよう。じゃあねー。」


そう言って結愛さんは去っていった。なんだか嵐が過ぎ去っていった感じに似ている。


「さて、結愛さんも行ったことだし続きを話すよ。空君にはあいつらの情報を探ってきて欲しい、もちろんバレずにね。そのために君にはとりあえず3日間いつも通り学校に行って過ごしてもらう。できるかい?」


「もちろんです。徹底的に僕のできる範囲で調べてきます!」


空は嬉々として話す。


「頼もしいね。その情報を元に俺はさっきの結愛さんを含めた5人のメンバーと相談して復讐する。君は情報を教えてくれたあとは普段通り生活していてくれ。そして土曜日の午前10時にまたこの公園にやってくるんだ。いいね?」


「はい!あの、連絡先とかってどうすれば…」


「ああ!そうだったね。はい、これ」


今時珍しく電話番号とメールアドレスの書かれた紙を僕に渡した。


「登録とかは控えてね。極力誰かと繋がってるなんて奴らに思われたくないでしょ?こんなときは古典的に紙に書くのがいいと俺は思うんだ。本当にヤバイと思ったときに連絡することをオススメするよ。」


紙で渡しておけばバレそうになっても破るなり捨てるなりできるし、僕さえ覚えていれば何の問題もないからかな。そう思って空は一人納得した。


「…なんか徹底してますね。」


「やるときは徹底的にやるって決めてるからね。さて、俺達もこの辺で今日は終わりにしよう。四日後にまたここで会おうね。」


「はい!」


二人は並んで公園の入り口へ歩いていく。帰りはお互いに逆方向へと進む。光は左へ空は右へと向く。


「それじゃ、空くんまたね。」


「は、はい。あの…今日は、ありがとうございました。」


「ははは、照れるなあ。じゃあね。」


光は空に背を向けて歩き出した。それを見た空もまた帰ろうとした。すると光は振り返りこう言った。


「ああ、そうだ。空君、聞くまでもないかもしれないけれど今は死にたいと思うかい?」


「いえ、今はすごく、まだ生きたいって思います!」


「そっか!それなら良かった。」


光さんは今日会ったなかで一番の笑顔で僕にそう言った。夕陽に照らされる彼の姿は少なくとも僕の目には神々しく映っていた。


帰路につく僕の足取りは自分でいうのもなんだけど、一歩一歩がしっかりとしていた。さっきまで自分が死のうとしていた踏み切りはまだ検査が続いているらしく人がいる。今はなんとも思わないし、何であんなことをしようとしてたのか馬鹿らしいとさえ思えてくる。


しばらくして空が家に着くといつものように母親のメモが置いてあった。用意されてた晩ごはんを食べ、お風呂に入り、テレビを見て、自分の部屋で少し勉強して、ベッドへ横になった。


僕はとりあえずこの3日間で出来ることをやるだけだ。今日は光さんという人に出会えて本当に良かったと心から思っている。


天野(あまの) (ひかり)さんかぁ…天の光…なんちゃって。」


僕は少し笑顔で目を閉じる。僕は生きようと思う。この先どうなるかは分からないけど、少なくとも光が照らすことだけは信じていたい。まだここで終わってはいけない。


空はそう強く胸に誓い眠った。

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