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二日目・午後(3)

 オークとの遭遇戦?といったトラブルを引き起こしはしたが、考えあっての行動の結果という事で少しの説教で済んだ。

 叱るに叱れん、と眉間を揉みながらぼやくリオには改めて頭を下げた。


 そうして歩き続け、今日の夜営予定地まであと少しという所で、突然のスコールに見舞われた。

 慌てて岩陰に入り雨宿りをするが、なかなか止む気配がない。

 これ以上の時間の浪費は避けたいと皆が外套を羽織る。生憎、予備はないと言われたので折り畳み式傘をリュックから出す。

 物珍しそうに見ていたルーに手渡してみる。

 ブカブカの外套を被る傘を差した猫。眺めているだけで頬が緩んでしまう。


「むぅ。視界が狭まるのと、雨音がうるさいのが難点ニャ。しかし濡れないのは魅力的ニャ~」


 真剣な表情で傘を見つめている。


 いや、あげないからね?




 魔物の襲撃に遭う事もなく、無事に夜営地に着く。

 雨を避ける為の天幕を張り、思い思い過ごす。

 俺はと言えば、途中集めた小枝が湿気ってしまったので、試しに【無味乾燥】を掛けてみた。うまい具合に乾いたので、せっせと一つずつ魔術を施していく。ついでに地面も乾かしておく。

 余談だが【無味乾燥】を生肉に掛けると、見た目は干し肉、旨味は無しという文字通りの残念仕様だった。

 三分の二ほど済んだところで、くらりと貧血のような症状が出た。座り込んで作業をしていたので引っくり返る事はなかったが、咄嗟に地面に手を着き体を支える。


「おっと」


「あら~、魔力切れの一歩手前ですね~。一度休んで下さい~」


 そう言って魔力回復アイテム、マナポーションを渡してくれた。

 一息に呷るような真似はせず、一口舐め、それから少しずつ口に含む。


「お陰様で助かりました~。しかし、トオルさんの魔力量は多いですね~。それに使っている魔術も消費が少ないように見えます~」


「我ながら意外だよ。魔術の無い世界の出なのにな。ところで魔力切れになるとどうなるの?」


「気を失ってしまいます~。戦闘の最中になってしまいますと命が危ういので魔力量を把握出来るようになって下さいね~」


 微笑みながらさらりと言われた言葉に溜め息が出そうになる。

 本当にこの世界は優しくない。




 休憩がてら、傘で遊んでいるティアとルーの傍に行く。二人は天幕から滴り落ちる水滴を受け楽しんでいた。

 悪戯心が湧いてきて、水が溜まっている場所を下から押し上げる。狙い通りにティア達の上に大量の水が落ちた。

 ティアはきゃーと楽しげに悲鳴を上げている。ルーにはガチで怒られたが勿論気にしない。コミュニケーション手段と割り切っている。


「こっちには傘って無いの?」


「無くはありませんが貴族の方しか使いませんね。それに使うのも女性のみで、陽射しの強い日にしか使いません」


 成程、日傘として使うのか。

 ……あれ?貴族専用、女性専用のアイテムという事は、俺が使っていると奇異の目で見られるのか?

 購入しなければならない物が増えていく。マナポーションや外套ってどれくらいするんだろう?着替えも揃えなければならない。


 実を言えばマナポーションは作れそうな気がするのだが、絶対これ副作用あるだろって代物だからなぁ。

 本をパラパラ捲っている時に見つけた言葉、【精力絶倫】。類義語に【精力旺盛】というのもあった。意味は「心身の活力が並外れて強いこと。男性の性的能力が強いことだけに使われる語ではない」とあったから方向性は間違ってない……と思う。


 先程のクリスとの会話でチラッと脳裏に浮かんだのだが、試してみる気にはなれない。

 若く美しい女性達に囲まれた状況で、もし、あんな状態になろうものなら……!!しかもその女性達は俺より強いときている。最悪の展開にしかならんだろう。

 一人きりになれた時にこっそり試すしかない。まずは生きて王都に辿り着かねば。

 沈みゆく太陽に目をやり決意を固める。厚く重たい暗雲に覆われてはいるが。

 そして不意に思い立ち、携帯を取り出し時刻を確認する。どうやら一日の時間は同じらしい。

 圏外の文字を睨むように眺めているとティアが話し掛けてきた。


「昨日もそれを見ていましたね。それは一体何ですか?」


「うん?携帯電話って言って、えーと。遠くに居る人と話をしたり、手紙を送ったり出来る道具だよ。流石に世界を隔てた今ではその機能は使えないみたいだけど」


 他にもこんな事が出来る、と不思議そうにこちらを見ている二人をカメラに捉える。


「ほら見て」


 二人を手招き画像を見せる。そこには傘を持って仲良く寄り添う少女と黒猫の姿。


「え?あの、これは?」


 目を丸くして携帯と俺の顔を交互に見つめる。


「こんな風に目の前の光景を一瞬で写し取れるんだ。因みにこの人が俺の母親で、抱いているのが兄の子供だよ」


 携帯を操作して昨夜も見ていた画像を出す。


「……はぁ~。異世界というのは凄いのですね」


 呆気に取られた表情で感想を漏らすティア。興味をそそられたのかいつの間にか全員に囲まれていた。


「まあ、あと数日でこの道具も使えなくなるんだけどね」


 苦笑を浮かべつつ画像を目に焼きつける。胸にチクリと刺さる感覚を持て余しながら、五人の写真を撮らせて貰い、携帯を閉じた。




 休憩を終え、残っていた小枝を一つ手に取る。クリスの教えに従い、自分の内の魔力を感じながら魔術を施してゆく。

 そうして残りの枝にも施し終えたが、いまいち感覚が分からない。

 その後も魔力量を感じ取る訓練に費やし、その結果『まだまだ』『そこそこ』『そろそろ』『一歩手前』など、大雑把にだが判るようになった。


 食事も済んで、夜も更け。交代で見張りをする事になる。

 昨夜の汚名返上とばかりに内心張り切ってはいたものの、気配の読めない俺がお役に立てる筈がなく、一緒に見張りをするケイの話し相手というポジションだった。つまり暇潰しのアイテム扱いですな。

 ケイが退屈そうにしていたので異世界の文化について語ってみた。


「……このように、特定の状況下でお約束な台詞を吐く事を『フラグを立てる』と表現する。ある意味これも言霊信仰と言えなくもない」


「ほーほー」


「俺の魔術に使っているのも『言葉』な訳だし、あれも一種の『言霊』と言える」


「ふんふん」


「それだけ俺の国では言葉というものを凄く重視した歴史があるんだよ」


「つまり?」


「フラグを乱立するような発言は慎んで頂きたい」


 深く深く頭を下げる。

 やれ「襲撃が起こらないものか」だの、「出来れば団体様が望ましい」だの、「ここには弱っちそうな男が居るのに」だの言いたい放題だったのだ。

 やめてマジで言葉にしないで。


「トオルがビビリなのは知ってたけど、お国柄だったんだねぇ」


 ……あれ?風呂敷を広げすぎた?訂正するのもめんどいから頷いとくけど。


「そうそう、お国柄お国柄」


「まあ、フラグを立てる云々はあながち的外れな意見でも無さそうだけどさ」


 あらぬ方向を見つめそんな言葉を吐く。

 慌てて【飛耳長目】を掛ける。これは暗視機能も備わっていた。


 ……なんか居るし。


 暗闇の中に犬科の生き物の姿が浮かぶ。確認出来るだけで五頭。昼間に見たものと同じ種族のようだが、一回り体が大きい。


「お、お前が立てたフラグだからな。自分で回収しろよ」


 囁くように早口で言い捨て、ジリジリと後ろに下がる。

 その逃げる肩を押さえつけながら、


「はいはい。弾けるヤツ掛けておくれ」


と手に持つ小石を目の前に持ってくる。


「【一触即発】」


 小石に触れて魔術を発動。この魔術は掛けた対象の質量に比例して威力が増減する。拳大の大きさならオークの肩を吹き飛ばしたが、このサイズなら……

 ケイが無造作に投げた小石は群れの近くに着弾し、パンッと乾いた音を立て少量の砂埃が舞う。それだけで群れは一目散に逃げ出した。


「……意外と呆気ないのな。昼間に見た奴はもうちょい好戦的じゃなかったか?」


「昼間の個体は若かったからね。怖いもの知らずなんだよ。あれくらい歳を取れば臆病なくらいに慎重になるのさ」


 その分、老獪さも持ち併せており、ひとたび奇襲を許せば統率のとれた連携を見せ、中堅の冒険者でも苦戦する。

 その説明を受け、全く気配に気付けなかった事を思い、頭を悩ませる。

 【飛耳長目】を使っていれば接近に気付けたかもしれないが、効果時間は三分しかない。いちいち掛け直していたら魔力が幾らあっても足りない。

 しかし、このままではいけない。この問題は命に直結している。早急に対処せねば。




 さて、どうしよう。

とは言え、出来る事などそれほど多くない。

 その内の一つ。先程、魔力量を調べていた時に編み出した手法。

 本当は王都に着いてからじっくり試そうと思っていたが、今試してみる事にした。

 いきなりぶっつけ本番は取り返しがつかないとまずいので、何か適当なものを思い浮かべる。


「よし」


 両手を打ちつけ手頃な石を手に取る。

 まずは【千変万化】で形を整えていく。

 ケイに自分の考えと、それに伴い魔力切れが起きる可能性を伝え、許可を取る。

 魔力を集中させ、細心の注意を払って操っていく。その間もがんがん魔力が減っていくのを感じるが集中を解くわけにはいかない。このやり方には暴発の危険性を感じるからだ。

 最後の仕上げに魔力で編んだ文字を、物体に押しつけ言葉を紡ぐ。


「……【灯火可親】!」


 言葉を発すると同時に、体内の魔力が大幅に減少した。

 予想していたがキツい。魔力がごっそり減り、強い倦怠感が体を襲う。それでも気を失うという最悪のケースは免れたので良しとしよう。

 そして手元に目を向ける。

 高さ十センチ程のペットボトル型のオブジェ。倒れにくいように重心を調整している。持ち易いように胴体部分には少しくびれを作り、細くなった先端は柔らかな丸みをもたせた。

 その先端には蝋燭のような小さな炎が灯っている。

 地面にそっと置き、そのまま三分経ち、五分経っても火は消えないのを確認し、拳を強く握る。


「良し。……良し!」


 成功だ。魔力を籠めるのではなく、刻む事によって永続的に効果を得る事は出来ないか、と考えたのだ。

 結果は上々。うまく定着してくれたようだ。


「おー。どうやら上手くいったようだね。で、具合はどうだい?」


「結構キツイ。最大量の半分近く持ってかれた」


 これでは続けての作業は無理だ。結局王都に着くまでは問題は持ち越しだな。


「そりゃまた使い勝手の悪い。アンタの魔術って極端だよね」


 言いながら面白そうに笑む。視線をオブジェに移し聞いてきた。


「で、これは何だい?」


「着火装置。燭台も兼ねてる」


「考えはなかなか面白いけどさ。火が付きっぱなしってのは危ないだろう?」


「あ、それは問題ない。こうやって触れて念じれば、オンオフは可能だよ。って、熱っちぃ~!!」


 慌てて手を引っ込める。

「……あ~まあ、石は熱を溜めておける性質があるから、長時間ほっとけばそうなるよねぇ」


「ですよねー。ヤッベ。その辺、頭から抜けてたわ。あー失敗した」


 座り込んで頭を掻きむしる。少し考えれば分かる初歩的なミスだ。これはへこむわー。


「そしたら着火装置としか使えんよな~。もういっそ形も大幅に変えてしまおう」


 冷めるのを待って、もう一度【千変万化】を使って形をいじる。十手の持ち手の部分だけ太くしたような、あの形だ。

 重ね掛けした形になったが、その後試してみた所、無事に火が点いた。

文字を刻むやり方は、言葉を口にするだけの魔術とは別物と考えていいだろう。

 これは嬉しい。二つの言葉が使えるなら、出来る事は更に広がる。

 よし。俺の魔術に名前を付けよう。

 魔術の総称は『言霊魔術』。術式は『即席』と『刻印』というところか。


 その後はケイとあれこれと使用法や改良点を語り合い、交代までの時間を過ごした。

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