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二日目・午後(2)



     ◇



「ニャンでトールは子供でもやらニャいヘマをするかニャ?」


 ルーが理解できないといった調子でぼやくのを横目に、少し離れた位置で必死になって逃げ回るトオルの姿を眺める。


 時を少し遡り。川辺を離れ暫くすると、何故かトオルが隊列から離れだした。

 何か気になる物でもあるのか、しきりにソワソワしていたがどうやら我慢が出来なくなったらしい。無造作に茂みに近付き、ガサガサ掻き分け何かを探している。

 注意を促すのも馬鹿馬鹿しくなり眺めていると、そんなトオルの目の前にヌッと豚の頭が現れた。オークだ。

 昼寝をしていたのか寝呆けている様子で座り込んでいる。自分を見つめたまま固まっている人間を不思議そうに見て首を傾げ、


「プギーーー!!」


「うわわわわ!?」


 威嚇の声を上げ立ち上がるオークから、トオルは慌てて距離を取る。

 オークは枕にしていた棍棒を手に取り、襲い掛かっていった。




「ニャんで魔物の気配に気づけニャいかニャー」


「真っ直ぐ向かって行ったし、何かが居るのは分かってたと思うよ」


「その『何か』が魔物だとは想定していなかったようだがな」


「好奇心と警戒心の釣り合いが全く取れていませんね~。早死にするタイプですわ~」


「あの……助けなくていいんでしょうか?」


 トオルの行動に対しそれぞれ感想を述べているとティアが聞いてきた。彼女ですら、今回の行動は迂闊と思っているのか少し戸惑い気味であるが。

 ティアの言葉を受けお互い顔を見合わせるが、何せ経緯があまりに馬鹿馬鹿しく、賛同する者は誰一人居なかった。


「そう言われてもねぇ。たかがオーク一匹だし」


「トールは一度痛い目をみた方がいいニャ」


「ティアのその優しさは美徳とは思いますが~時には厳しくするのも優しさですよ~」


 一応アレも護衛対象に入るのだが、甘やかすつもりはないので本人には伝えていない。

 何かが居ると判っていながら無警戒に音を立てて近付いたのだから襲われても文句は言えない。

 相手が昼寝中だったから良かったものの、いきなり殺される可能性もあったのだ。そのあたりを体に教え込むしかないようだ。文字通り命懸けで。



「あら~?結構粘りますわね~」


「意外ニャ。犬コロやバッタ相手だとあっさりやられてたのにニャ」


「ゴブには強気に向かって行ったし、二足歩行の生き物相手なら戦えるのかねぇ?」


 確かに始めのうちは逃げ回っていたが、少し頭が冷えたのか今ではそれなりに立ち回っている。オークの攻撃を正面から受けるような真似はせず、巧みに位置を変え相手の動きを封じている。


「そういえば護身術を習った事があると言っていたな。魔物や獣に悩まされない世界なら、人間相手、二足歩行種を想定したものだろうな」


 オークの体躯はゴブリンの倍近くはあるが、胴体や腕に比べ足が極端に短いアンバランスな体型だ。

 なので動きは遅いし、攻撃手段は単調なぶん回しに限られる。

 あの様子だと暫くは保つだろうが、対するトオルには攻撃力が足りていない。たまに隙を見ては肘や蹴りを入れてはいるが、筋肉の鎧を破る事が出来ずにいる。

 そんな攻防が続いていたが疲れが足に出たのかトオルの体勢が崩れた。それを好機と見てオークの攻撃が大振りになる。それを必死にかい潜りつつ、オークの背後に回り込み、


「ほう、巧い」


 綺麗にオークの巨体を転がした。力であのようには転がせない。学び修めた技なのだろう。

 その隙に離れつつ拳大の石を拾い何か呟いた。山なりに投げ、自身は一目散に岩陰に隠れる。


 ドンッ!


 石がオークの肩に当たった瞬間、爆発し右腕が吹き飛んだ。顔も半分近くがズタズタに裂け、首や肩口からは大量の血が噴き出ている。

 岩陰からそろりと顔を出しその様子を窺うトオル。

 オークはそれでも戦意を失わず、この傷を負わせた人間に一矢報いようとヨタヨタ近付こうとするが、途中で力尽きて地に伏し、それきり動かなくなった。

 それを見てトオルも地面に座り込んだ。


「……ふざけた奴だ」


 その姿を見て、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。

 ふざけた理由でオークに襲われ、ふざけた魔術で撃退した。何もかもが腹立たしい。

 何より一番腹立たしいのは、トオルの魔術は使い道が限定された、勝手の悪い魔術だと認識していた自分自身だ。

 トオルの魔術の最大の長所、アレは手軽さに特化しているのだ。

 特別な道具も長い詠唱も必要とせず、周りにある物に触れ一言呟くだけで、人を殺せる威力が出せる。

 警戒のしにくい、極めて厄介な代物である事に加え、それを扱うトオルの雰囲気は一般人と変わらない。

 護衛の立場から言えばあんな暗殺者モドキに関わりたくない。

 よくもまあ『人畜無害』などと宣ったものだと妙な感心をしてしまう。他の護衛の三人も呆れた視線を向けている。

 ふとケイがこちらに気付き苦笑を漏らす。


「とんでもないね、あの馬鹿は」


「ああ、随分物騒なものを拾ってしまったな」


「アタシは危険だと思わないよ。底抜けにマヌケで、ビビリで、常識が通じない、どうしようもない大馬鹿だとは思うけど」


 基本お人好しだよ、と笑顔で言い切る。あっけらかんと言われた台詞は先刻までの苛立ちを、綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた。

 なんのことはない。私自身もそう感じていたからだ。唇に笑みが浮かぶ。


「そうだな。全くどうしようもない奴だ」


 本当に基本的な事を一から教え込まなければならないらしい。

 気まずそうにしながらこちらに歩いてくる姿を見ながら、さてどんな教育を施そうかと考えていた。



    ◇



「説明しろ」


「はい」


 端的に放たれたリオの言葉に返事をし、歩きながら経緯を話していく。


 きっかけはほんの思いつきだった。魔物の気配を察知する方法はないかと考えて、視覚や聴覚を強化出来ないか試してみたのだ。


 まず【一望千里】。望遠鏡を覗いた時のように遠くのものが近くに見えた。自分の意志で調整も可能。だが視線を巡らせていると画面酔いのような症状が出た。

 次に【飛耳長目】を試す。視覚・聴覚、双方に効果あり。視覚効果は【一望千里】より劣るがこちらの方が扱い易い。

 そして聴覚。今まで聞こえてこなかった様々な音が耳に届く。

 茂みを揺らす風の音。囀ずる鳥や虫の声。周りを歩く皆の足音。面白くなり耳を澄まして音を楽しむ。


 そして聞こえてきたのが、仔猫の鳴き声によく似た音だった。

 声?に鳴き止む様子はなく、まるで「自分はここに居るぞ」と主張しているように聞こえる。

 こんな魔物の出る場所で親とはぐれてしまったのか?心配で居ても立っても居られなくなり、向かった先で見たものは、ピーピーと鼻を鳴らし、すやすや眠るオークの寝顔。


 ……ああ、分かっている。今回の俺の行動がどれだけ軽率であったのか。もっと思慮深く行動していたなら無駄な殺生をせずに済んだであろう事も。

 しかし!それでも!


 あえて言おう。詐欺であると!


 何故、あんな巨体から仔猫のような寝息が出る!?

 何故に寝起きはあんなに愛らしいのだ!?

 円らな瞳をパチパチする仕草に、「もしや人懐こい魔物?触れ合えちゃう?」と思った俺はきっと悪くない。

 そこまで熱弁して、もういいといった感じで手を振られた。


「オークを愛らしいって、どういう感覚してるんニャ」


「世界の常識が違うと~とんでもない言葉が聞けるんですね~」


 だって昼寝してる姿は只の豚と変わらん。微笑ましいですよ?かなり臭いけど。

 そう返すと呆れつつもクリスとルーが教えてくれた。


 基本、野生の魔物は人に懐く事はないそうだ。

 専門の業者が捕獲・交配させ、産まれた個体を飼育・調教する事で漸く使役が可能になる。その分、値段も高い。

 調教済みの個体には首輪が付けられる。首輪がない場合は敵と見ろ、とのことだった。

 素直に頷きつつ隣を見る。

 先程から何故かご機嫌なケイに理由を尋ねる。


「さっきからどうした?えらく機嫌が良いな」


「いや~。アンタがアタシの言葉を証明してくれるもんだから。ククッ」


 何が面白いのか俺の肩をバンバン叩きながら笑っている。

 意味が判らん。首を傾げリオに目配せするも、こちらは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ティアに視線を向けても困ったように笑うだけだった。


「あん時のトオルとオークの姿ときたら……ククッ、駄目だ……!アハハハハッ!」


 完全にツボに入ったのか、今度は肩に腕を回し体重を預けてきた。

 歩きにくいので放してくれと言ったのだが、お構い無しだ。もうどうにでもして、と好きにさせる事にした。

 女体特有の柔らかさに少々心臓が落ち着かないので、気を紛らわせる為に意識を狐耳と尻尾に向ける。

 機嫌が良いせいか耳はピンと立ち、尻尾はユラユラ揺れている。


 触りたい。でもきっと怒られる。でも機嫌良さそうだし、もしかしたら許してくれるかも……いやいや!女性の体に許可なく触るのは駄目、ゼッタイ。頼み込んでみようか。でも嫌われたらどうしよう。


 悶々と悩みながら王都への道程を進んだ。

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