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二日目・午後(1)

 水場を後にし歩を進める。知らない土地を黙々と、となると苦行以外の何物でもないのだが、幸い話題には困らなかった。


「いや~面白かった。でも欲を言わせてもらえば三分は短いね」


「そうだな。斬れ味は見事だったが、実戦で使うとなると扱いが難しいな」


 ケイとリオの二人は、自身が魔術を使えないせいか、俺の使う魔術を好意的、客観的に捉えてくれる。逆にティア、ルー、クリスの三人は、なまじ知識がある分、少々否定的、感情的になってしまうようだ。


「過去にアウターの方々が異端視された理由が少し分かった気がします。……ここまで違うものなのですね」


「便利だとは思います~……便利だとは思うんですが~魔力の筋道が全く理解出来ません~」


「魔力の動きはあんニャに滅茶苦茶ニャのに、全然暴発しそうにニャいのもおかしいニャ。どうやって纏めてるんニャ?」


「そんにゃの俺に言われても分かんにゃい」


 そう返すと、振り向き様に蹴りをくらった。


「真似すんニャ!大体ニンゲンの発音はおかしいニャ!にゃ、じゃニャくて、ニャ!」


 すみません、全く同じに聞こえます。


「というか俺の魔術ってそんなに変?悪目立ちする?」


「するニャ」「しますね」「ヘタすると睨まれます~」


 人前では自重しなきゃいけないレベル!?使いこなす事さえ儘ならないのに。何とか持ち駒を増やそうと必死で知恵を絞ったというのに、自爆ネタにしかならんとは。

 ソロで動くとなると危険も増える。同行者が居る今の内に、自分に何が出来るのか把握して、そしてこちらの常識を知らなければならない。

 王都というからには、王族が居て貴族が居るのだろう。日本の常識は絶対に通じない。かつての大名行列のように、横切っただけでアウト、みたいな風習があるかもしれない。

 他にも知らなければならない事は多々ある。自分がやられたら鬱陶しくなる勢いで質問していく。護衛陣も途中まで付き合ってくれたが、警戒が疎かになるという理由で教師役はティアに一任された。

 治安、衛生、食文化、教育水準、身分制度についてなど、王都に着くまでに少しでも多くの前情報を頭に叩き込んでおきたい。

 こちらの通貨である半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨を見せてもらった。あと金貨と白金貨があるそうだ。

 半銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で半銀貨一枚という具合に上がっていき、銅貨一枚で一食買えてお釣りが出る。となると半銅貨一枚は百円ぐらいか?


 そんな勉強をしてる間にも魔物との遭遇は度々あった。その機会を逃さず、使えそうな言葉を試そうとするが、浮き彫りになる自分の戦闘力の低さと意識の低さ。

 獣型の魔物には手も足も出ず、虫型の魔物には近付くのすら無理。実際に猪サイズのバッタが襲い掛かってきた時は恐怖のあまり見苦しくパニクった。

 結果、リオ達の武器に掛けた後は三分タイマーと化し、戦闘後の解体に専念した。


 (……駄目だ。こんな状態で独りになったら死ぬ。なんとか戦闘技術を身に付けなければ。出来れば遠距離専門が望ましいのだが)


 背後で厳しい視線を向けているリオに気付かないまま、どうしたものか、と頭を悩ませていた。






「トール、いくら便利ニャ魔術を使えても、オマエ自身が使えこニャせニャかったら意味ニャいニャ」


 何度目かの戦闘の後、ルーが呆れを隠さず言ってきた。


「分かってはいるんだが……身体が竦む。痛いのも怖いのも嫌だし」


「情けないねぇ。そこらの子供の方が根性あるよ」


「魔物どころか野生動物の襲撃すら、一部の地域を除き滅多にないような、平和で安全な国の生まれだから」


 やはり俺には戦いは向いていない。こちらの人達とは土台が違いすぎる。

 幸い魔術を習得する事は出来た。これなら使い方次第で、街の中でもなんとか人並みに稼げるかも。


 合言葉は安全第一、

 目指せ脱ニート。


 そんな事を考えていると


「……これはもうトオルの性根を叩き直す必要があるな」


 ボソッとリオが物騒な言葉を呟く。


「……冗談ですよね?」


 引き攣った笑みを浮かべそう返すが、対するリオの視線は冷ややかだ。


「冗談なものか。技術面もアレだが、更に問題なのは精神面だ。その腑抜けた心根ではいつか誰かを見殺しにするぞ」


 そう宣告し早く歩けと急かされる。叩き直されるのは嫌なので慌てて従った。





「どうした!!休んでる間はないぞ、さっさと立て!!」


 水場での大休止の後、一時間毎に小休止を二回挟んだ。そして川辺に着き三回目の小休止になる……筈だった。

 だがすぐにリオに呼ばれ、何故か稽古をつけられる事になった。先程、忠告だけで済んだと思い油断していた。

 最初リオは真剣を使おうとした為、そこらの流木を木剣に変化させ、せめてこっちをと跪いて懇願した。リオは面白くなさそうな目で木剣を眺め渋々受け取った。で、今に至る。


 木剣といえどもやはり当たると痛い。骨が折れない程度には手加減されているが、打ち据えられる度に息は詰まり、目には涙が滲み、体は強張る。終始、防戦一方の展開だ。もう何度地面に転がされたか分からない。

 一方、俺を打ち据える度に、リオの普段は冷静なアメジストの瞳は徐々に妖しい光を湛え、唇は笑みを形作る。


 ……やばい。この人、絶対Sっ気が強い。


 逃げたい。逃げよう。逃げなきゃ駄目だ。そんな思いが思考を埋め尽くし……。


「【質実剛健】!」


 自身に身体強化の術を施して、リオの振るう木剣をやや前に踏み込み身体で受ける。痛みを堪え腕を伸ばしリオの服に触れる。


「【五里霧中】!」


「!?」


 リオが驚愕の表情を浮かべ視線をさ迷わせる。明らかにこちらを見ていない。

 その隙に反転、リオを置き去りその場を離れる。瞬間、首元に強い衝撃を受け俺の意識は暗転した。



    ◇



「トオル!?」


 戦闘中だというのに、いきなり相手に背中を向けるという異常な行動に出たトオル。そんな無防備な状態をリオ姉が見過ごす訳もなく、もろに食らう。

 だが今の一撃はまずい。今まで手加減していた剣筋とは違い、思い切り振り抜いている。

 慌てて駆け寄ろうとするが、リオ姉が木剣をこちらに向けるのを見て立ち止まる。


「リオ姉!?」


「……む?ケイか。お前には私の姿が見えているのか?」


「一体どうしたのさ?」


 そう問いかけ、違和感を覚えた。リオ姉は、顔こそこちらに向けてはいるが目はアタシを捉えていない。


「今の私の視界は深い霧が覆い尽くしていて、全く何も見えん。……つくづく何でもありだな、トオルの魔術は」


 呆れながらもどこか楽しそうに聞こえる。


「で、そのトオルはどうした?」


「リオ姉の足元で転がってるよ。打ち所が心配なんで様子を見たい。剣を下ろしてくれないかい?」


「ん?……ああ、すまない」


 無意識に向けていたのだろう。軽く謝り武器を下げるが周囲への警戒は怠らない。

 無理もない。

 トオルの具合を見ながら溜め息が出そうになる。これはトオルの選んだ手が悪手すぎた。

 いきなり視界を奪われ、自分の近くで動く気配があればアタシでも取り敢えず薙ぎ払う。対するトオルは背を向けているので反応出来ずにまともに食らう羽目になる。

 そんなトオルの行動をありのまま伝えると不機嫌そうに唸る。


「……つまり、こちらの視界を奪っておいて、背を見せ、逃げた、と?」


「そ。あと恐らく、逃げる為に視界を奪った、んだろうね。あれは」


 ハナから逃げる気でいないと、あそこまで躊躇なく背は見せられない。普通は恐る恐る逃げるものだ。


「木剣とはいえ私の攻撃を身体で受ける真似までしておいて……これか」


 話している間に三分経ったのだろう。視線をトオルに定め、睨み付けている。


「よく分かんない奴だよねー」


 実際よく分からない奴だと思う。この異世界から来た青年は。

 異世界の知識を基にこちらにはない魔術を編み出した。さぞ使えるのかと思えば全く役に立たない時もある。あの石投げの魔術もそうだ。

 鳥二羽を一度に撃ち落としたかと思えば、鳥類以外には全く効果がなかった。使い道が限定され過ぎて、意味がないように思う。


 (まあ当人は全然気にしていなかったけどさ)


 折角編み出した魔術があんな残念仕様だって事が判ったのに「あ~そうくるか」なんて言ってすぐに切り替えた。執着心がないのか、諦めが早いのか。


 (でも、悪い奴じゃないし、何より面白い奴ではあるんだよね)


 何をしでかすか分からない所も含め、この青年の事は気に入っている。そして、それは決して自分だけではないだろう。

 ティアも、クリスも、リオ姉もこの青年が気に入っている。あの警戒心の強いルーですら、この青年には普通に接している。出会ってまだ二日目だというのに。


「どうする?これ。少し休ませる?」


 考えを一旦打ち切り、倒れているトオルを見下ろしリオ姉に尋ねる。


「……いや、時間が惜しい。叩き起こせ」


「了解。ほら起きな」


 活を入れてペチペチ頬を叩く。薄ぼんやりと目を覚まし、焦点の定まらない目で周りを見回し、リオ姉の姿を見て怯えだす。


 ……こりゃ駄目だ。


 リオ姉は性根を叩き直すと言ったが、トオルのヘタレ具合は重症だ。下手したら悪化するかもしれない。


 (基本リオ姉のやり方って荒療治なんだよねぇ)


 泳げない者を水中に投げ込む事で、無理矢理泳げるようにするやり方だ。

 それでも泳げない者や、水に恐怖を覚え二度と水辺に近寄らない者も出る。そういった者逹は素質がなかったと切り捨てるのだ。


 (まあトオルの場合、早めに見切りを付けるやり方は間違っちゃいないか)


 何が出来て、何に向いていて、何になりたいか。それは普通なら子供の頃から意識し考えて道を選ぶ。

 対してトオルは今まで歩んできた道からいきなり世界も常識も違う場所に放り出された。

 これは本人も自覚しているだろう。編み出した魔術をあれこれ試したり、知識を吸収しようとする姿勢からその事が窺える。

 今もティアの治癒魔術を受け、重い足取りながらもリオ姉の方に歩み寄って行く。若干腰が引けてるが。


 しかし……


「トオルの方が年上のはずなんだがねぇ。手の掛かる弟分が出来たとしか思えないんだよねぇ」


 苦笑を浮かべ稽古を見守る事にした。



    ◇



「次に逃げる真似をしたら真剣を使う」


 死刑宣告に等しい言葉から稽古再開。相変わらず一方的に打たれ、全く打開策が見出だせない。

 一、二撃なら稀に避ける事は出来るのだが、それ以上追撃が来ると無理。受けようとしても止められず押しきられ捌こうとするも弾かれる。

 結局、なす術もなく稽古終了まで打たれ続けた。



 地面に倒れ込みゼェハァと喘ぐ俺を見下ろし少しも乱れぬ呼吸でリオが告げる。


「体力はからきし、剣術はへっぽこ、体術はお情けで及第点。先は長そうだな」


「……先が……あんの?

ゲッホ!……っく~~!?」


 噎せると身体中が痛み、声にならない悲鳴が上がる。

 その様子を見たティアが治癒魔術を掛けてくれた。


「当然だ。拾ったからには簡単には見捨てんよ」


 犬か猫か、俺は?


「初っ端から、これは、厳しすぎると、思うんだ」


 息を整えつつ伝えるが、


「最初に言った筈だ。性根を叩き直すと。ついでに戦闘技術も上がる。お前の言う『一石二鳥』だな」


 ニヤリと笑い告げるリオの言葉に、王都までの道程が急に遠く感じられた。

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