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外伝・後編 悪夢の終わり


視点がコロコロ変わります。


「に、逃げろぉ!!」


 誰かの上げた声に弾かれる様に、恐怖に固まっていた身体が動き出す。

 窓際の逃走経路は化け物が塞いでしまって使えない。だけど屋敷内に繋がる通路には僕達が一番近い場所にいる。僕は妹の手を握り、広間から駆け出した。

 一拍遅れて男達も部屋から脱け出せたようで、背後からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。


 薄暗い通路をひた走る。目指すは玄関。何が何だか分からないけれど、あの化け物から逃げなくちゃ!!

 足を止めずに必死で走り続け、漸く玄関が見える直線通路まで来た。


(……閉まってる!?何で!さっき見た時は確かに玄関扉は全開だった。なのに何故?誰かが閉めた?僕達の前には誰も居なかった筈……いや!そんな事はどうでもいい!早く外に逃げるんだ)


 浮かんだ疑問を振り払い、扉に駆け寄り、体当たりと呼べる勢いで扉を開こうとするもびくともしない。


「何でっ!?さっきは開いていただろ!?!どうして開かないんだよっ!?……っ!!……くっ!!開けっ!!開けよぉっ……!!」


 ガチャガチャと取っ手を掴みながら二度、三度と体当たりを続けるが、全く開く気配がない。そうこうしている内に後続がやって来た。



「退け!この愚図が!!」


 先頭を走っていたリーダー格の男が猛然と突っ込んで来て、扉にぶちかましを掛けるが、やっぱり扉は動かない。男は痛みを堪えるように一瞬顔を顰め、苛立ったように数回、扉を蹴飛ばした後、こちらを振り返り僕の胸倉を掴み上げてきた。

 慌てて後ろ手でモニカに離れていろと合図を送る。


「くそっ!おいテメエ!!どういう事だよ!?さっきは扉が開いていたつっただろうが!?」


「ぼ、ぼぼ僕にも分からないよ!た、確かにさっき見た時は開いてた、開いてたんだ!!なな、なのに今はびくともしない!か、かか鍵は掛かっていないのに!!」


 この奇怪な状況を理解するのに一拍の時を要したのだろう、一瞬、不気味な沈黙がその場を包み、


「ふ、ふざけんなぁ!」


 そんな空気を吹き飛ばすかのように吼え立てた男に思い切り顔面をぶん殴られた。踏ん張れずに尻餅をつく。モニカが小さく息を飲む音が聞こえた。

 男は荒い息のまま、何かを振り払うようにかぶりを振り、僕に捲し立ててきた。


「ふざけんな、ふざけんな……そんな事ある訳ねえ……そうだ!!テメエが出鱈目こいてるに違いねえ!扉が開いてるなんてテキトー抜かしやがったな!?」


「ぼぼぼ僕は嘘なんて言ってない!!」


「じゃあ何で開かねえんだよォ!!」


 そう叫ぶや否や、倒れている僕に馬乗りになって殴りつけてきた。


「クソッ、クソッ!何で!俺が!こんな目に……!!」


 拳が何度も何度も打ち下ろされる。殴る男は何かに取り憑かれたような鬼気迫る表情だ。僕も必死に腕を使ってガードするが、何発かはいいのをもらった。

 ああ、モニカが泣いている。


「な、なあ、その辺にしとけよ。そ、そんな事よりここから出るのが先だろ?そんな奴に構ってないで他の出口を探さないか?」


 一人が、頻りに後ろを気にしながら、殴る男に声を掛ける。その声を受け、漸く化け物の存在を思い出したのだろう、男の動きが止まった。


「ハァ……ハァ……。クソがッ!!テメエはここであのバケモンの餌にでもなっとけ!」


 息を切らせながら吐き捨てられた言葉と共に、最後に蹴りを一つ見舞われた。周りの者達は、足早に去っていく男に付いていくようで、僕ら兄妹には誰も見向きもしない。

 彼らが通路の向こうに消えて、漸くモニカが動いた。顔をくしゃくしゃにして僕を覗き込んでくる。


「……お、お兄ちゃん、大丈夫?」


 うっすら瞳を濡らし、涙声で尋ねてくる。

 痛みを堪えてゆっくり起き上がり壁に背を預け座り込む。ふぅ~、と大きく息を吐き、顔が引き攣らないよう注意して、モニカが安心するよう笑顔を見せる。


「あ、ああ。イテテ、派手に殴られはしたけど酷い怪我はしてないみたいだ。……ごめんよ、怖い思いをさせたね」


「あたしこそ、ごめんなさい、お兄ちゃん……。あたしも、見たのにっ、ちゃんと見たのに、怖くて言えなかった……!!」


 そんな風に謝りながらおずおずといった様子で僕の腕にそっと触れてくる。本当は不安でしがみつきたい気持ちでいるだろうに、傷に触れてしまわないよう気遣ってくれているのが触れた箇所から伝わってくる。

 だから僕は、そんな妹の手を上から押し包み、大丈夫だと繰り返し伝える。不思議と吃音も出なかった。


「──大丈夫、大丈夫だよ。知ってるだろう?僕は喧嘩は弱いけど身体は丈夫に出来ているんだよ。それよりモニカ、お前は怪我してないね?」


 コクリと頷くモニカ。その頭をやや乱暴な手つきで撫でる。


「なら良し。……とは言うものの、これからどうしようか?……モニカはどうしたい?」


「……お兄ちゃんを殴ったアイツは大嫌い。他の大人達も嫌い。アイツらのとこには行きたくない」


 どうしよう?妹が人間不信に陥ったかもしれない事に一抹の不安を感じながらも、僕も彼らの元に行くのは躊躇われた。あの調子だと何かあったら、いの一番に生け贄にされそうだもの。でも、だとすると彼らの進行方向の逆を行かなきゃいけない訳だから……。


「……それじゃあ、ちょっと怖いけどさっきの部屋まで戻ろうか?多分、化け物はもう広間には居ない、と思う。うまくいけば、あの部屋から外に出られるよ」


 見栄を張った。かなり怖い。口に出したのだって何の根拠も無い希望的観測込みの意見で、内心では逆の事しか考えていない。


 化け物が僕らが目にした一体だけとは限らないのでは?

 もしかしたら、あの化け物は部屋で逃げ戻ってくる獲物を待ち構えているかもしれない。

 それに、例え化け物が居なくても、外への出入口である窓が開かない可能性だってある。目の前の玄関扉のように。


 考えれば考える程、厭なイメージばかりが頭に浮かび、「動かない方がいいんじゃないか?」「無駄な事をしようとしてるんじゃないか?」といった疑念が込み上げてくる。

 そんな僕に比べてモニカの決断は早かった。


「…………行く」


 目には怯えの色を残したまま、僕の服の裾をギュッと掴み、それでも行くと、早く行こうと、座り込む僕を引っ張るモニカ。これではどちらが年上か分からない。


「よよよ、よし、分かった、い、行こう!……うぅ」


 何てことだ。折角鳴りを潜めていた悪癖がまた顔を出してきた。

 モニカはそんな情けない渋面を作る僕の顔を心配そうに窺い、怪我のせいではないと分かるや、明るく振る舞って見せた。


「大丈夫だよ、アンディお兄ちゃん。お兄ちゃんにはあたしが居る。あたしにはお兄ちゃんが居る。……そりゃちょっとは怖いけど、でも、すっごくは怖くないよ!」


 久し振りにモニカの笑顔を見た気がする。ここ最近はずっと塞ぎ込んでいたモニカがどうして──ああ、僕が頼りないせいか。だとしても構わないと思ってしまう。それ程にモニカの言葉が、笑顔が嬉しかった。


「……ハ、ハハ。モニカは凄いな。だだ、だよな。ぼ、僕だって、そそそんなに怖くないぞ!」


 妹に負けじと虚勢を張り、身を翻して立ち上がる。どちらからともなく手を繋ぎ、大広間への道を後戻る事にした。





 来た時の何倍もの時間を掛けて、慎重に歩みを進めて行く。途中、何度も遠くから悲鳴のような罵声が聞こえた。向こうは今どうなっているのだろうか?聞こえてくる限り、一番騒いでいるのは先程の暴力的な男のようだが……?

 漸く大広間が見える位置までやって来た。ここから見える限り、あの化け物は居ないみたいだ。

 無言でモニカと頷き合い、息を潜めて歩を進めようとした矢先、ソレは起きた。


「きゃあああ!!」

「う、うわあああ!!」


 壁と天井の至る所に無数の猫の顔が浮かんだのだ。

 最初は顔だけ。それがまるで壁の中から出てくるように前肢、胴体、後肢、尻尾の順に浮かび上がってきた。その全身はまるで影のように真っ黒だ。そして、壁、床、天井を所狭しと駆け回り出した。


「ヒヒ、ヒィ、な、何だよコレ?……っ、モ、モニカ!?」


 僕の腕にしがみ付いていたモニカの身体からフッと力が抜け、崩れるその身を慌てて支える。どうやら気を失ってしまったらしい。

 小柄な妹を抱き抱え、途方に暮れる。どうやらこの猫達は壁の中からは出て来ないらしいが、だからといって歩を進める気には到底なれなかった。

 無限に続くかに思われた悪夢のような時間。その間僕に出来たのは、せめて妹には触れさせないようにと腕に抱え、ブルブルと震えるだけ。

 やがて悪夢は突然に終わりを見せる。あれ程の数の猫の姿が、現れた時と同様に忽然と消えたのだ。正に影も形も無い。


「消えた……?た、助かった、のか?」


 ヘナヘナと崩れそうになる足をグッと踏み留まる。ここで崩れたらもう二度と立ち上がれなくなりそうだったからだ。そんなの、ここまで頑張ってくれたモニカに対してあまりに情けないではないか。

 ここで兄の意地を見せなくては、例え今夜無事に逃げおおせてもモニカの顔を真っ向から見られなくなる気がする。

 腕の中の妹を抱え直し、大広間へと歩き出す。一歩一歩とやや頼りげない足取りながらも目的の場所を目指す。

 殴られた箇所が熱い。蹴られた腹はズキズキ痛む。恐怖と緊張の連続で腕も足もパンパンだ。そんな中、腕の中の存在が僕に力を与えてくれる。


(大丈夫。まだ踏ん張れる、頑張れる。だって僕にはモニカが居る。だからモニカには僕が居るって事を証明して見せないと、って──えっ!?)


 世界が回る。意識が遠のく。とても立っていられない。


(何でっ!何でだよ!?僕はまだ何も果たしていないのに!モニカを、妹を守る事さえ出来ないのか!せめてこの身を盾にしてでも、モニカだけは……!!)


 膝から崩れ落ち、額を床に押し付けて支えにする。モニカの小さな身体をそっと横たえ、覆い隠すように抱え込む。これが僕に出来る精一杯だった。


「……ご、ごめんよモニカ」


 ──薄れゆく意識の中「……なーご」という声が聞こえた気がした。






   ◇


「危ね、危ね。見落とすとこだった。さっきので声を上げてくれなかったらマジ、ヤバかった」


「あちらが団体で固まって派手に騒いでいるからな。……兄妹だろうか?顔立ちが似ている」


 そう二人を見つめるリオの視線は敬意を含んでいた。最後の最後まで妹を気遣った姿は、リオの目には好ましいものに映ったらしい。


「おー確かに。……なんかお兄さんの方がズタボロなんだけど」


 安全面には気を配ったつもりだったけど、まだ何か配慮が足りなかったんだろうか?


「……これは殴られた痕だな。おそらく感情の捌け口にされたのだろう」


「あらら。なんつーか、御愁傷様?」


 お兄さんに向かって手を合わせる。死んでないけど。

 そっかー。だからこの二人だけはぐれていたんだな。でもこれ俺の責任じゃないよな?恨むなら殴った奴を恨んで下さい。


「あちらは賑やかだな。まあ、これまでで何が起きているか大体想像はつくが」


「アレ凄いよな。何であんなに引っ掛かるんだか。もう、何かに愛されてるとしか思えない。あんなのが居てくれると仕掛人冥利に尽きますなー」


「……愛?呪われている、の間違いじゃないのか?」


「愛と呪いは表裏一体だよ?」


 そんな事を話しながら兄妹をなるべく丁寧に玄関先まで運んでいく。そうして二人を外に出したら、急ぎ足で、しかし決して足音を立てぬよう、来た道を戻る。


 急げ急げ!早くしないとあの“愛を体現した男”が例の区画に辿り着いてしまう!

 ケイ達は既にティア達を迎えに行き、特等席でスタンバっている事だろう。それなのに仕掛人が結果を見れないなんて嫌すぎる。何としてでも決定的瞬間に立ち会って、その結末を見届けなくては!!


 ……もし空振ったら?怖いこと言うなよ。何の為にこの『初心者向けのオカルト教室』を開催したと思ってやがる。

 つーかそもそも!嵌まれば儲けもの、程度の軽い気持ちで仕掛けたモノだし!ここまでパーフェクトされると思ってなかったし!何で『外せば大チョンボ』みたいな空気になっているのか。……否、理由は解っている。何もかも上手くいき過ぎたせいだ。成功の反対は失敗だが、大成功の反対は大失敗になるのだ。

 そして成否の鍵を握るのは俺ではなく、他人任せの運任せ。大変心臓に悪い展開だ。


 もしこれがコケてしまった場合、その先に待つのは……賭けてもいい。脳筋のリオ達によるティアの為のオカルト教室『実戦派向けの体験学習』という名のおかわりだ。その際は自分達が納得できるボリュームのものを用意するのだろう。……棄権してもいいですか?


 そんな未来は全力で回避だ!頼むぞ!我がヒーロー、愛を体現した男よ!俺の未来の平和は君にかかっている!!




   ◇


 空が白み始める頃。玄関先に放り出された無宿人達が、一人、また一人と目を覚ます。

 彼らは今自分が居る場所を確認し、次いで命がある事に涙を流して喜び、青い顔で屋敷を見つめ、ほうほうの態で敷地より逃げ去った。

 こうして彼らは楽園から追いやられた。


 彼らの逃散の報を受け、後日、別のグループが屋敷に忍び込んだが、やはり結果は同じく誰も彼もが逃げ去る羽目になった。その後も二、三グループも立ち去る頃には「化け猫屋敷」の名を知らぬ無宿人は居ないまでになった。


 それから暫くの後、黒髪の一組の男女が新たな住人としてやって来た。その新たな住人は、何処かで噂を聞いたのだろうか、庭に猫の像を立てた。

 ──それは奇妙な像だった。片手には金貨を抱え、もう片方の手はまるで手招きしてるかのように見えた。その像のお陰なのか、それとも彼らは認められたのか。彼らは何かに恐れる様子もなく普通に暮らし始めた。

 更に暫くして彼らは使用人を二人雇った。それはそれは仲睦まじい兄妹だったという──。





 ラストはちょっと未来のお話。……まだ予定だけど。

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