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初陣

「それでは〜少し数を減らしますね〜」


 杖を構えてクリスがそう宣言する。呟いているのは詠唱だろうか。耳を傾けてみるが、どうも知らない言語のようだ。

 杖の先端に不思議な光が宿り、クリスの周囲に風が集まる。


「風よ〜」


 トンッと杖で地面を叩いた瞬間、風の刃が疾りゴブリン達に襲い掛かる。

 風が止んだ後には六つの骸と、錆びた鉄のような匂いが残された。

 これで残りは半分。

 槍持ちが二体とも消えたのは大きい。目星を付けていたゴブリンも残っている。

 足を踏み出そうとした瞬間、横手からナイフが飛んで行き、狙いを付けていたゴブリンの喉に突き刺さる。


「え?」


 投げたのはルー。慌てて他の個体を探すが、ケイとリオが二体ずつ屠り、小剣持ちを残すのみとなった。


「え?……え?」


 思わず周りを見回す。


「お前の獲物だ。やってみせろ」


「頑張るんだよ」


 武器を下ろし、そんなことを言う。


 ……マジすか。え、何それ。フォローするって一対一の状況を作り出すって意味?

 ゴブリンも味方が一気に居なくなった事で狼狽えていたが、こちらが尻込みしている気配を察知したのか、俺に狙いを定め剣を振るってきた。


「う、うわ!?」


 体勢を崩しながらも辛うじて避ける。だが相手は攻撃の手を緩めず剣を振り回してくる。

 リーチが短いので避けられはするが、頭は混乱、心は動揺、身体の動きがぎこちない。


(何で刃物持ちを残すんだよ!!)


 心の中で悪態を吐く事で気力を奮い立たせようとするが恐怖心は薄まらない。

 赤茶けた刀身を見ていると、ブルリと悪寒が込み上げる。

 刃物も怖けりゃ破傷風も怖い。僅かな傷も負いたくない。一度仕切り直そうと鼻を軽く蹴りあげる。


「ギギャ!?」


 相手が怯んだ隙に距離を取る。と、背後からリオの怒号が飛んできた。


「何だ、その腰の入ってない蹴りは!!」


「そんなへっぴり腰ではゴブは殺れニャいニャ」


「大丈〜夫、いけるいける。一発キツいのかましてこ〜」


「あらあら〜、戦いの最中に敵から目を離すと危ないですよ〜」


 振り向いた先に見たものは、ティアを護るように囲みながら観客と化している四人と、そんな四人と俺をおろおろ見つめるティアの姿。


 ……うん、そうだよね。いくら優しくて頼もしいと思っていても、冒険者という荒事を生業にしていた女性達だ。危険に対する判断基準が常人と違うのが当たり前だよね。丸腰の素人でもゴブ位殺れるだろと思っているに違いない。


 正直逃げたい。だが逃げる事は許されそうもない。振り向かなければ良かった。今では、ゴブリンよりも刃物よりも何よりもリオの眼が怖い。

 覚悟を決めてゴブリンを見る。蹴られた鼻が痛むのか醜悪な顔を歪ませて、憎々しげにこちらを睨み付けている。

 相手から意識を逸らさず、視野を広く保ち、周囲の状況把握に努める。

 武器が欲しい。

 めぼしい物を見つけるのと、相手が襲い掛かって来たのはほぼ同時だった。


「ギッギィ!!」


 ゴブリンの連続攻撃を体捌きを駆使して避ける。先程までとは違い、冷静に対処出来ている。


(ただブン回してるだけだ!甥っ子とのチャンバラと変わらない!)


 相手が大振りになった隙を逃さず、今度は思い切り顔面を蹴り込む。


「グギャア!?」


 仰け反る相手を尻目に武器の落ちている場所まで走る。

 左手にメガホン型の太く短い棍棒。右手には子供用バット並の細長い棍棒を手に取る。

 一度大きく息を吐き、ゴブリンに向かって大股でずんずん近付いて行く。相手は勢いに気圧されたのか、足を止めて待ち構えている。

 ある程度距離を詰めた所で左手の棍棒を思いっ切り投げつける。唸れ、俺の左腕!

 少し狙いは逸れたが額に命中。ステップを踏みつつ距離を詰め、右手の棍棒に左手を添えてフルスイング。インパクトの瞬間、バキッと手にした棍棒が砕ける。すかさず投げつけた棍棒を拾い、仰向けに倒れた相手にのし掛かり、我武者羅に追撃を加える。

 ゴブリンが意識を手放したのを確認してから立ち上がる。そこにリオから言葉が飛んできた。


「止めを刺せ」


 高揚していた気分が一気に冷める。言葉の意味を理解するに従い、心は何処か遠ざかり、身体が勝手に震え出す。殺すという行為への拒絶反応なのだろう。

 荒くなった呼吸を整えようと試みながら剣を拾う。


(落ち着け、逃げるな、冷静になれ、自棄になるな)


 そんな言葉が脳裡に浮かぶ。心はとうに逃げたのにと思考が答え、そこでハッと我に返る。さっきまでの妙な感覚も消えていた。

 いかん、ショックが強すぎて心が乖離していたようだ。

 こんな事って本当にあるんだなーと思いつつ深呼吸。……うん、少し落ち着いた。

 よくよく考えてみれば、殺せと言われてあそこまで動揺する倫理観は持ち併せているのだから、その場の勢いに流され手を汚せば、自己嫌悪に陥るのは目に見えている。

 その上でリオは覚悟を決めるよう言ったのだ。リオは厳しくも優しい。今も俺が覚悟を決めるのを黙って待ってくれている。必要な事だと促しはしても強制はしないその態度に、どこか思いやりを感じる。

 気付けば身体の震えが止まっていた。強張っていた身体の力を抜きながら、もう一度呼吸を整える。そして倒れ伏したゴブリンに切っ先を向け、そのまま一気に貫いた。

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