出会い
この度、俺が飛ばされたこの世界は、異世界に繋がり易い特性を持ち、有史以来、様々な異世界から数多の恩恵を授かり、また幾度も危機をもたらされた世界。
その度に人々は、力を合わせ恩恵を駆使し危機を乗り越えてきた。
そんな世界に二百年程前に現れた異世界人。時空魔術の使い手、名をアウローラ。
異世界に通じ易い場所を封じ、その御業である時空魔術を伝えた。
彼女からの恩恵で、この世界は異世界からの災厄に悩まされる事は激減した。
人々は彼女を神女と敬い、時空魔術の使い手達をアウローラの巫女と呼ぶようになった。
「封術は時間の経過と共に徐々に綻びます。故に私達巫女は定期的に各地の祠を訪ね、封印が解ける前に術を重ね施す事を役目としています」
当然、封印が切れる期限も把握し、余裕を持って日程が組まれる。
だが、何故か今回の旅では、既に封が解けていたり、又は解けかけの状態であったりといった、本来あり得てはならない事態が起きていたそうだ。
「この地に着いた時には既に封印は解けていました。急いで術を施したのですが……」
術を掛け終えた直後に、目の前に俺が現れたらしい。
「こちらの不手際で貴方に御迷惑をお掛けした事、誠に申し訳ありません」
深々と頭を下げ、悲痛な声で謝ってくる。
「……つまり、向こうに還るのは無理?」
冷静にと心掛け、抑揚のない声で尋ねるが
「……申し訳ありません」
頭を下げた状態で、再度繰り返される。
一瞬、大声で叫び出したい衝動に駆られるがなんとか堪え、深く息を吸い込み限界まで溜めて大きく吐き出す。
「……うん、分かった」
無理矢理に思考を切り替え、周囲の表情を窺う。
謝罪、警戒、好奇、憐憫、観察。様々な視線が向けられる中、女剣士に向き直る。
「聞いての通りだ。そこでお願いなんだが、どうか安全な場所まで連れて行ってもらえないか?」
「何故、私に聞く?」
「このメンバーのリーダーに見えるからかな?」
小首を傾げそう返す。見た目最年長っぽいし。
てか、罪悪感を抱いている子供相手にごり押しは出来ん。
「リーダーは巫女であるティアだ。我々は彼女の専属護衛だからな」
専属護衛が付くという少女のVIP感に若干驚きつつ再度問う。
「無理かな?」
その言葉を受け、彼女達は視線を交わし合う。最後に全員が頷くのを見て、代表で女剣士が答えた。
「我々の任地はここで終わりだ。だから連れて行くのは構わない。それにアウターの出現は神殿に伝えなければならない事だしな」
良かった。とりあえずこれで、見知らぬ土地でいきなり迷子&野垂れ死にの心配は無くなった。……前途多難である事に変わりはないけど。
(でも武装してるって事は、それなりに危険な世界なんだろうなぁ)
あれから、日が暮れる前に森を出ようという提案に従い、歩きながら自己紹介。
猫妖精のルー。狐の獣人ケイ。ハーフエルフのクリス。人間の剣士リオ。同じく人間、アウローラの巫女ティア。
護衛の四人は元冒険者仲間で、冒険者時代に巫女見習いだったティアと出会い、意気投合。ティアが正式に巫女に昇格したのを契機に冒険者を辞め、専属護衛になった。
そんなくだりを話してくれたのはケイ。面倒見の良い性格なのか、他にも色々教えてくれた。
「それじゃ武装している理由は魔物が襲ってくるから?」
「そうさ。あと賊も出るね。もしかしてトオルの世界には魔物は居ないのかい?」
「居ない、居ない」
手をパタパタ振って否定する。
話を聞けば聞くほど、この世界はファンタジーだ。
獣人をはじめ、エルフにドワーフといった妖精族は、人間と共存している。
中には隠れ里から出ない者も居るが、里全体が引き篭っている種族は珍しいそうだ。
魔物は地上のあらゆる所に出る。獣型、虫型、二足歩行型と様々だ。それぞれ棲み分けがなされ、縄張りに入る者は力ずくで排除しようとするし、たまに人の居住地域に迷い込んで来る時もある。
そして滅多に姿を現す事のない、竜などの幻獣種。人里離れた秘境で密やかに棲息している。 あと魔族と呼ばれる者達もいる。かつて現れた災厄の子孫。こちらは蛇蝎の如く忌み嫌われている。
……そうか、竜が居るのか。見てはみたいが会いたくないな。
「それにしてもトオル。アンタ、トロいねぇ」
さっきから木の根や石に躓いたり、落ち葉に足を滑らせる俺に、ケイが呆れた視線を向けてくる。
「舗装されてない道を歩くのは慣れてないんだよ。なんかコツでもあんの?」
「はあ?コツ?普通に歩くだけだよ」
むぅ。その普通が出来ないのだが。
足手纏いの自覚はあるので、せめて遅れまいと必死に足を動かすが、どうしてもうまく歩けない。
そんな無様な姿を見かねて、最後尾を歩くリオから声が掛かった。
「もう少し歩幅を小さくしてはどうだ?」
遅れまいと焦るあまり歩幅が大きくなり、それがかえって安定感を失う結果に繋がっているのでは?と推測してくれた。
「それと後ろから見ていると頭がフラフラしている。もっと重心を定めた方が良い。それらを意識してあとは体で覚えろ」
「……押忍」
習うより慣れろ、という事か。
そんな感じに四苦八苦しながら歩き続け、漸く森を抜ける声が出来た。
木々の間をひたすら歩き、森を抜けた先に見えた景色は一面の平原だった。
草木はそれほど深くなく、地面がむき出しの所もあり、森と比べると見通しはいいが殺風景な印象を抱く。
「建物とか全然見えないんだけど、神殿は何処にあんの?」
「ここから三日は掛かるかねぇ」
ケイの言葉に沈みゆく太陽を見つめ更に問う。
「じゃあ今日の宿は?」
「野宿」
途中拾った枝を見せつつ答える。
「魔物が出るって言ったよね?」
「ああ。だから交代で見張りを立てる」
アンタもやるんだよ、と当たり前のように言う。
「近くに村とか民家はないの?」
「それは別方向だね。ああ、もしかして野宿も初めてかい?」
「初めてだし、何より魔物が出るのに野宿って事にビビってる」
離れた場所でハンと鼻を鳴らすルーから呆れた目を向けられるが気にしない。
俺の言葉にケイは苦笑を零しつつ言った。
「とは言っても、ここから神殿のある王都まで宿はないしねぇ。ま、こんな王都や祠に近い場所に物騒な魔物は出やしないよ。安心しな」
なんでも祠の近くに魔物が出ると討伐隊が差し向けられるので、そんなに危険はないらしい。少し安心した。
それから彼女達は夜営の準備を始め、俺は邪魔にならないよう少し離れた所で携帯を取り出す。
気にはなっていたが確認するのを躊躇い、今まで後回しにしていたのだ。
電波は圏外。日付は変化なし。時計は夜中を指している。
「……ハァ、やっぱりか。まあ時差が数時間で良かった。これなら体内時計もたいして狂わないだろ」
てか、向こうと時間が一緒だと森の中で一夜を過ごしていたかもしれん。
プラス思考に受け止め、今度は背負っていたリュックの中身を確認する。
財布、折り畳み式傘、タオル、メモ用紙、筆記用具、飴(○ェルシー未開封)、ペットボトルお茶500ml、一冊の本。
うん、三日も保たん。
「えと、聞きたいんだけど食料や水って余分あるのかな?」
手際よく調理を始めたクリスに近寄って聞いてみる。彼女は優しく微笑みながら答えてくれた。
「食料も水も、トオルさんの分を含めても、ある程度の余裕はあります~。王都までは充分かと~」
「それじゃ悪いんだけど食料を少し分けてくれないかな?」
「勿論構いませんよ~」
頭を下げて礼を言う。
数時間余分に動いているのだ。流石に空腹は辛い。
献立は保存の利くパンに肉の入ったスープといったシンプルな料理だったが、今の俺には御馳走だった。
食後、お礼にと向こうの世界のキャンディーだと言って一つずつ渡す。俺も一つ口に含む。うん、やはり疲れた時は甘い物に限る。
ティアとクリスは包み紙まで気に入った様子で、大切に仕舞い込んでいた。
その姿に懐かしさを覚え、自分の包み紙の端をちぎり、折り鶴を折ってみた。
紙が小さいので少し歪になってしまったが、なんとか作る事が出来た。
「わあ」
目を輝かせじっと手元を覗き込むティアに渡す。彼女はお礼を言って色んな角度から眺めていた。
こうしていると、初めて会った時の印象とはまた違った、年相応の何処にでも居る普通の女の子に見える。
パチパチと焚き火の小枝が爆ぜる音。空を見上げると地元では決して見れない満天の星。穏やかな気持ちで眺めていたら、緊張の糸が切れたのか欠伸が漏れた。
流石に疲れたので先に休ませてもらう。
最後にもう一度携帯を出し写真のページを開く。
兄の子供を抱いた母の姿。たしか一緒に花見に行った時に撮ったものだ。
(とんでもない親不孝やらかしちゃったな)
込み上げる感情に蓋をして、携帯を閉じる。 横になり睡魔に身を委ね眠りに就いた。