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異世界

 父が死んだ。

 とは言っても俺が十歳の時に両親は離婚し、それから一度も会ってないので、ちっとも心は動かない。

 朝方、部屋でぐーすか寝ていたら母に起こされた。


「あの人が亡くなった。あの人の田舎で通夜と葬儀があるからアンタも行ってきな。私?別れて何年経ってると思うん」


 干支一回り程です。お母様。


 寝呆けた頭で幼い頃、夏休みの度に泊まりに行った父の実家を思い出す。四方を山と海に囲まれた小さな町だった。


「俺も行きたくないんだけど」


「アンタはあの人の子供やから行かなあかん」


 どうせ暇やろ?と続けられた母の言葉が胸に刺さる。


 暫く前に職を失い、就職活動するも連戦連敗。軽く落ち込んでいる時に無神経な言葉はやめてほしい。


「兄貴には?」


 面倒だし眠い。六つ上の兄に押し付けようと尋ねるが、既に電話したと応えが返ってきた。


「あの子はすぐに、分かった、行く言うたのにアンタときたら」


 薄情者、あんなろくでなしでも父親なんやから、小さい時は素直やったのに、とかエンドレスな小言が始まる。

 こうなると「はい」と言うまで続くのは分かっているので、溜め息を吐きつつ。


「はあ、分かった、行くよ……次に起きたら」


 布団に潜ってレッツ二度寝。


 家の中に雷が落ちた。




 母に急かされ準備をしていると隣町に住む兄が車でやって来た。

 乗ってくか?と聞かれたが、自由に動きたいので断る。だが服やら小物類は預けてしまおう。荷物は少ない方がいい。


「兄貴は一人か?」


 義姉と子供逹の姿が見えないので尋ねると、下の子がまだ小さいし付き合わせるのも気の毒なので置いてきたそうだ。

 それじゃ向こうで、と兄はさっさと出て行った。

 飯を食ったら俺もぼちぼち出ようかね。



 電車を何度か乗り換え、人気のない無人駅に降り立った。ポツリポツリと小雨の降る中、固まった身体を解して深呼吸。


「ん~」


 雨の匂いと潮の香り。少し気分が軽くなった気がする。

 朧気な記憶を頼りに歩き出す。暫く歩くと見覚えのある家に着いた。


「遅いぞ透」


 玄関前に兄が呆れた様子で立っていた。


「何でこんなに遅いんだ」


 そんなの途中下車して寄り道したからに決まっている。折角の遠出のチャンスなのに。

 兄と一緒に中に入り、遺影に手を合わせる。やはり悲しいと思う気持ちは湧いてこない。

 それから家に居た人達と挨拶を交わす。集まっているのは全員身内、なのだが。


 (……親父の親戚、もっと居たよね?これ、半分位しか集まってないんじゃね?)


 疑問に思い、兄を見ると無言で小さく首を振る。藪をつつくな、という意味ですね。


 その後、他に訪ねて来る人もなく、通夜という名の酒飲みの宴が始まった。

 俺は昼に歩き回った疲れが出たので先に寝ます。




 翌日、無事に葬儀も終わり、三々五々それぞれ帰路につく。結局、父の友人は早朝に駆け付けた幼馴染み一人のみ。


 ……親父、どんだけ嫌われ者なんだ。


 俺はさっさとラフな格好に着替え、不要な荷物を兄に預ける。

 兄は明日仕事がある為まっすぐ帰宅。家庭持ちの勤め人は大変ですね。

 独り身で無職の俺は、折角ここまで来たのだし、と懐かしい町をブラブラ歩く事にした。


 人気のない道を防波堤に沿って歩く。

 西の空が色を変えだした頃、昨日からシトシト降り続いてた雨は止んだが、空にはまだ厚い雲が覆っている。

 青みがかった灰色の雲をアスファルトに溜まった水が映し、世界が淡く青く見える。

 その光景に目を奪われ、足を止めて眺めていたら、不意に立っていられない程の激しい目眩と耳鳴りが襲ってきた。


「うわ……!?」


 咄嗟にしゃがみ、きつく目を閉じる。

 ぶん回されてるような不快感。高速で何かが通り過ぎてゆくような音。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな感覚に歯を食いしばって耐える。

 どれくらい、そうしていたのだろうか。漸く治まり息を吐きつつ立ち上がると辺りの景色が一変していた。


「はい!?」


 先刻まで海辺の町に居た筈なのに、今居る場所は森の中。潮の香りは消え、代わりに濃い緑の匂いが満ちている。

 目の前には古い祠のような物があり、その前に跪く一人の少女がこちらを見ていた。

 腰まで伸ばした銀の髪に、瞳の色は淡い青。背丈は中学生位だろうか。纏う雰囲気はどこか静かで、着ている服が僧衣っぽく見えるのも加わって、第一印象は異国の巫女さん。


(なんか不思議な子だな)


 現状を忘れ、ぼけーっと少女を見つめていたら、少女が立ち上がり静かな声で尋ねてきた。


「……どちら様でしょうか?」


 ハッと我に返り慌てて答える。


「あのっ、怪しい者じゃないんだ。急に具合が悪くなったと思ったらいつの間にかここに居て。それで、その……ここが何処だか聞いていいかな?」


 いかん、我ながら何を言ってるか分からん。

 だというのに、少女は何かに気付いた様子で、


「……そんな。間に合わなかった?……」


 口の中で何かボソボソ呟いている。


「……えーと」


 声を掛けていいのか分からず立ち竦んでいると、近付いて来る女の声が聞こえてきた。


「確かに男の声がしたんだニャ!もしあの子にニャンかあったらどうする気ニャ!……居たニャ!」


 木々の向こうから現れたのは、紅葉のような小さな手でこちらを指差す、身の丈一メートル位の二足歩行の黒猫。


 ……ナニコレカワイイ。


 つややかな黒い毛並みに細められた金の瞳。耳を後ろに倒し尻尾を膨らませ、警戒してます、と言わんばかりの臨戦態勢。


「ティアから離れるニャ!!」


 凄い剣幕で睨み、ナイフを向けてくる。

 その背後から姿を見せたのは三人。


「おやおや」


 犬科を思わせる金色の獣耳にフサフサ尻尾。瞳の色は灰。肩に槍を担ぎ面白そうにこちらを見ている女性。


「あらまあ~」


 ウェーブのかかった栗色の髪に少し尖った耳。瞳は緑。杖を手に持ち困ったような表情を浮かべた女性。


「何者だ?」


 赤い髪を細く束ねた紫の瞳。腰に剣を提げ、身構えてこそいないか油断なくこちらを見ている女性。


 次から次に出てくる問題に思考が追い付かない。


(二足歩行の喋る猫とか!?獣耳とか!?尻尾とか!?)


 混乱し過ぎて言葉が出てこない。その間に黒猫は少女に駆け寄っている。

「大丈夫ニャ!?男にニャンもされてニャいか!?」


「え、ええ。それよりも……もしかしたらその方……」


「良かったニャ!心配したニャ!」


 嬉しそうに少女にじゃれつく黒猫。


(なんで皆武器持ってんの!?)


 まだまだ混乱は収まらない。その様子を見ていた女剣士が尋ねてきた。


「ふむ。どうやら賊ではないようだが、貴様何者だ?」


(マジでここ何処!?俺どうなっちゃったの!?)


「聞いているのか!返事はどうした!!」


「ハ、ハイ!」


 思わず直立不動の姿勢をとり返事をする。


「名は何と言う!?」


「亘理透です!」


「何処の国の者だ!?」


「日本です!」


「ニホン?何処だそれは?」


「……え?」


 日本を知らない?周りの顔を見回すが、皆戸惑いの表情を浮かべている。

 そこでふと彼女達の言葉が(今自分が喋っている言葉も)日本語ではない事に気付いた。何故か理解し普通に話す事が出来ている。

 いきなり知らない場所に居て、種族も言語も違い、武器を持ち歩いている。

 夢ではないとすれば。


「……やはり」


 少女がポツリと呟く。


「貴方は異世界から来た方……アウターなのですね」


 皆の視線が集まる中、彼女は続けた。


「初めまして異世界の方。私はアウローラの巫女の一人、ティアと申します」


(本当に巫女さんだった)


 ずれた感想を抱きながら、静かにこちらを見つめる少女から目が離せなかった。

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