切っても切れないはなし
聖堂から連れ出された私たちは、神殿内の別棟に設えられた応接室らしき一室でそれなりに位の高そうな年配の男性神官から事情聴取のようなものを受け、ついでとばかり洗礼も授けてもらい、そのまま――特になんのお咎めもなく――次の神殿へと送り出された。
その神官曰く、マルスを祀る神殿内での争いごとは、それがどのようなものであろうと闘争を司る神マルスに対する『捧げ物』として扱われるらしい。
ただし不意打ちや暗殺といった行為の結果、一方が何の反撃もできないままやられたりすると、それはマルスに捧げられるべき『闘争』とは認められないので、公主が定めた法の下に裁かれしまうとのこと。薔薇城の中、かつマルスを祀る神殿の外で同じことをしても同様に……だ。
今回は不意打ちを仕掛けてきたタユに対して私がやり返しているし、途中割り込んできた剣士ともまともに斬り合っているので、問題なく『闘争』の条件を満たしている。そして神殿は、公主から正式に敷地内での自治が認められている。故にマルスを祀る神殿で、マルスに対して闘争を捧げた私の過剰防衛には表向きなんの問題もないが、薔薇城の中では基本的に許可なく武器を交えることが禁止されているので以後気をつけて欲しい……というようなことを、何故か分別のない子供に言い聞かせるよう丁寧に説明された。
なんとも、物騒な話だ。
「――さっき、何か言いかけてなかった?」
引き続き案内役として、私たち三人のマレビトとその支援妖精に付き添っている神官ニキ。彼女の歩調に合わせ、一定の速度で足を動かし、たまにすれ違う現地人を観察する以外には、特にすることもなくいたって退屈な移動の最中。
寡黙な他の支援妖精たちに合わせて大人しくしていたマルドゥクから、そんなふうに声をかけられて。私ははてりと、首を捻った。
(さっき……?)
何のことだろうとわざわざ記憶を辿ってみてようやく、すっかり忘れ果てていた『疑問』を思い出す。
「タユの支援妖精が、《因果の指輪》を持って行ったでしょう?」
それだけで、理解の早いマルドゥクはその先に続く質問にも見当がついたような顔をして見せたが。先回りして答えを告げてくるような真似はしなかった。
「そうだね」
それどころか、とぼけた相槌まで打ってくる。
そんなマルドゥクの振る舞いから、私は一般的な支援妖精の程度を推し量りつつ、話を進めた。
「だから『もしかして、一度死んだプレイヤーが復活するには、支援妖精があの《指輪》を聖域まで運ぶ必要があるの?』って……あの時は、そう訊こうとしてたのよ」
「なるほどね」
形ばかり頷いて見せるマルドゥクの表情は、「でもそれ君には関係ないよね」とでも言いたげ。
確かに。既に神から魔族に契約相手を乗り換えている私には、直接関係のない話だろう。
だが、未だに『フォルトゥーナのマレビト』であり続けているシスやうたかたとパーティを組んでいる以上、知っておく必要がないはずもなかった。
うたかたはまだしも、シスなんて放っておいたらレベル相応のフィールドでもころりと死ぬ程度のプレイヤーだ。
そもそもが生産職なので、仕方がない面もあるのだが。
「で? どうなの、そこのところ」
「君の言うとおりだよ。一度死んだマレビトが復活するには、本人の支援妖精が《因果の指輪》を持って、聖域の石棺に入る必要がある」
「もし、その条件を満たせなかったら?」
「もちろん、復活できないよ」
そこだけ何故か満面の笑顔で告げてくる。マルドゥクが暗に言わんとすることは、容易に察せられた。
なにしろマルドゥクと契約した私は、死んだらその場で文字通り蘇ることができるらしいから。『《調和せし神々》嫌い』のマルドゥクが、フォルトゥーナの仕様と比較した自己の有用性に胸を張るのは、ある意味で当然のことだろう。
「ソロにはつらい仕様だねぇ」
「……聞いてたんならわかってると思うけど、シスはしばらく単独行動禁止ね」
「はぁーい」
あとでもう一度、うたかたにも釘を刺しておく必要があると考えながら。私はとりあえず、共有するべきこの情報をレギオンの共有領域に書き込むべく、プログラムランチャーを展開した。
あらかじめ登録しておいたショートカットの中からレギオンのエンブレムを選択すると、専用のメニューが追加で展開する。そこから更にレギオン内の情報共有領域――いわゆるWiki――へと階層を潜ると、目につきやすい場所に【AnotherWorld】専用のスペースが作成されていた。
現在進行形で内容が更新されていることを示すアイコンが展開しているあたり、あの後タユは無事に復活することができたのだろう。
趣味の編集作業を邪魔しても悪いので、マレビトの復活条件については『未整理』のフォルダに放り込み、一旦全ての表示領域を閉じた。
(切っても切れないはなし)
まだあんまりこの設定活かせてないけど、ログアウトできないだけでネットは普通に使えます ランチャーに登録してたらゲーム内で暇潰しにソリティアするとか、わけのわからんことも可