秘密を共有してみるはなし
「カガミさんもいらっしゃいましたし、そろそろまいりましょうか」
「そだね」
そうこう話している間にも、納骨堂モドキから出てきたマレビトが一人、支援妖精らしき少女に連れられ、『神殿関係者』の群れへと向かっていく。
そういえば。マルドゥクから『外で神殿関係者が待っている』ことを聞かされてはいたが、その理由までは聞きそびれていた。
「あの集団、なに?」
外装部に座り込んでいた似非虚弱が立ち上がるのを待って、ひとまず納骨堂モドキから目の前の都市へと向かうため歩き出す。すると、ちょうど進路上に神殿関係者の集団が待ち構えているという構図だ。接触は不可避。
「どうやら、わたくしたちを神殿まで案内してくださるようです」
納骨堂モドキのすぐ外ではなく、不自然に離れた草原の只中にたむろしているのは、おそらく『フォルトゥーナの聖域』がその辺りまで続いているせいだろう。彼らは聖域の中に入れない――あるいは、入らない――というようなことを、マルドゥクが言っていた。
感覚的に、納骨堂モドキからたむろする『神殿関係者』までの距離は、地下の石室から地上への階段までの距離に等しい。
つまり、それほど離れてはいないということだ。
「そこで希望職業ごとに『洗礼』を受けないといけないんだってぇ」
「職業制?」
「いえ。単に適正が得られるというだけで、洗礼は複数の神殿で受けることができるようです」
「あと、洗礼さえ受けておけばどこの神殿にも無料で泊まれるみたいだよぉ?」
「ふぅん……?」
私たちがある程度近付くと、神殿関係者たちの中から――あらかじめ示し合わせてあったのだろう――一人の女性が抜け出してきて、行く手を遮る。
浮かべた笑顔に少々の緊張を滲ませ、深々と頭を下げて見せる。その女性から明確な敵意は感じ取れなかったが、立ち止まる私たちの立ち位置は自然と戦闘を意識したものになった。
具体的には私を先頭に、うたかがた控え、シスが守られる形。――この面子で矢面に立つのは、余程のことがない限り私一人だ。
「ようこそ、新天地へ。この世界に生きとし生ける全てのものを代表して、まずは皆様の無事なご降臨を言祝がせていただきます」
そこで一旦、顔を上げた女性は一見して非武装。身体つきは全体的に引き締まっているが、戦えるもののそれとは筋肉のつきかたが明らかに違っている。一般人にしては洗練された所作も、最適化の結果というよりは育ちの良さか努力の賜物によるものだろう。
結論として、これは『無害』だ。少なくとも、私たちのことを物理的にどうこうできるようなものではない。
ひとまずのところ、それさえわかれば充分だった。
「私は女神ウェスタに仕える神官、名をニキと申します。差し支えなければ、これより皆様の案内役を務めさせていただきたく存じますが、いかがでしょうか」
私のそれとない視線を受けて、にっこりと余所行きの笑みを浮かべたうたかたが前に出る。
「では、よろしくおねがいします」
「はい。――誠心誠意、務めさせていただきます」
たかだか『案内役』として振る舞うことを許されたくらいで、随分とほっとした様子の神官ニキは、もう一度深々と頭を下げることで私たちに対する過剰なまでの謝意を表した。
それとなく窺ってみた様子の限りでは、私の次に納骨堂モドキから出てきて、都合私たちより少しだけ先にフォルトゥーナの聖域を出たマレビトとその支援妖精についた『案内役』であろう神官も、ニキと似たり寄ったりの振る舞いをしているようだから、他と比べて神官ニキの腰が特別低いということはないのだろう。――それはそれで、ありがた面倒そうな話ではあるが。
「では、早速。まずは最寄りの神殿まで、ご案内させていただきます」
最後にもう一度、軽く頭を下げてから。くるりと身を翻し私たちに背を向けた神官ニキは、正面にそびえる城壁へと迷いのない足取りで向かい始めた。
そのあとについて歩きながら、私はそれとなく後ろに下がって――納骨堂モドキを出て以来、それまでの口数の多さが嘘のよう寡黙に振舞っている――マルドゥクに並ぶ。そこから更に、マルドゥクを連れて集団の最後尾まで下がると、先頭に残るうたかたが気を利かせて、神官ニキにあれやこれやと話しかけ始めた。
その時点で――神官ニキに先導される私たちを、一様に最敬礼で見送った――神殿関係者との距離は、気にする必要がないほど離れきっている。
「――連れがいたとはね」
少しの間、凪いでいた風が戻るのを待って。ようやく口を開いたマルドゥクの声は――すぐ隣を歩く私でも、ともすれば聞き逃してしまいそうになるほど――ほんの少し先を行くシスや支援妖精たちの存在を意識して、用心深く潜められていた。
これから交わす会話の内容を、草原を吹き抜けていく風が余さずさらってくれるよう祈りながら。マルドゥクに倣い、私も囁くほどの小声で応じる。
「あなたのことがバレると、やっぱりまずかったりするの」
取り急ぎ確認しておきたいことが、幾つかあって。その中でも最も重要度が高いと思われる案件が、これだ。
「僕たちの契約を知られるだけなら、どうってことないよ。ただ、君が『フォルトゥーナを裏切ったマレビト』であることを知った上で『仲間』と認めるようなら……まず間違いなく、その時点で彼らの《因果の指輪》も砕けるだろうけど」
シスたちと合流した途端、黙りこんだマルドゥクの反応を訝しんでようやく、その可能性に思い至った私も迂闊だったが。この場合、あらかじめ仲間の有無を確認しておかなかったマルドゥクにも責任の一端がある……と、言えなくもないだろう。
なんにせよ、どちらかが――可能性の大小としては、おそらく『私が』ということになるのだろうが――致命的な失敗を犯す前に、こうして確認の機会を持てたことは不幸中の幸いだった。
「その場合、二人の支援妖精はどうなるの?」
「《因果の指輪》が砕けた時点で、神造妖精としては死ぬね。具体的にはまずフォルトゥーナの魔力によって造られた肉体が失われて、次に魂の代用品として囚われていた魔族が解き放たれる。それでおしまい」
「そういうことなら……暫くの間、二人に私たちのことは秘密にするから」
「僕は構わないけど、君はいいの? 仲間に隠し事なんて」
「私と同じ立場なら、二人だって同じことをするわよ」
この世界のことを何一つわかっていない。今の段階で、せっかく神が与え給うた案内役を手放す手はない。
それはもう少し色々なことを知って、この世界に対する理解を深めてからでも遅すぎるということはないはずだ。
「皆様――」
うたかたと二人で先頭を歩いていた神官ニキが立ち止まり、振り返るタイミングで私がシスを追い抜けば、最終的な立ち位置は歩き出した頃のものとそう変わらない。
それでも敏感なものなら多少の違和感を覚えただろうが。幸いにも、神官ニキはそこまで『気にしたがり』な性質ではなかったらしく。私たちに対して礼儀正しく向き直ると、ちょっとした立ち位置の差異など気に留めた様子もなく、背にした城壁――その一角に設けられた門棟――を手の平で示し、話し始めた。
「お手数をおかけし誠に恐縮ですが、このような城門をご利用の際は必ず門の左手にて、埋め込まれた色硝子にお手元の《因果の指輪》を翳していただき、通行の記録を残していただけますようお願い申し上げます。これは治安維持のため必要な措置であり、たとえ王侯貴族であろうと例外の認められない、この国のみならず神々の恩恵に預かる各国共通の規則ですので、何卒ご理解の上ご協力のほど、重ねてお願い申し上げます」
そこで一旦、深々と最敬礼。
顔を上げるのは、うたかたがすかさず了承を告げてからのことだ。
「なんだか、丁寧すぎてくどい気もするねぇ」
「……それだけ、気を使ってるんでしょ」
元々畏まった振る舞いを好まないシスが、早くもうんざりしたようぼやく。
その声は――なにも、悪気があってそうしているわけではないだろう――神官ニキに一応の気を使う形で潜められてはいたが、本人に聞き咎められることを特別恐れているというふうでもなかった。
聞かれたら聞かれたで、構わないとばかり。悪怯れた様子もないシスを宥めすかしながら、再び歩き出した神官ニキに続いて城門をくぐる。
言われたとおり壁に埋め込まれた色硝子へと――マルドゥクがフォルトゥーナの魔力の一欠片から作り上げた、偽物の――《因果の指輪》を翳してみたところ、特に何事も起こることなく門を抜けることができた。
事前に問題なく使えるとは聞いていたし、事実そうでなくては困る反面、紛うことなき偽物である《因果の指輪》が実際に問題なく機能するところを見せられて――本当に使えるのか、と――少なからぬ驚きの気持ちを覚えてしまったのも本当のところ。
まぁ、なにはともあれ――
そんな具合に、私たちはアルメリア公国の首都ロズウェルにそびえる公城――通称『薔薇城』――への入城を果たしたのであった。
とりあえず、まる。
(秘密を共有してみるはなし)
程良いところで切るのはむずかしい