神を裏切ってみるはなし
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「『マレビト』って……異世界から来た人間のことを言うんじゃないの」
「本来の定義的にはそうだけど、この場合は『君の魂を縛ってるフォルトゥーナの鎖から自由になってみない?』って話だよ」
「魂を縛ってる、鎖……?」
「わかりやすく言うと、君の魂は今のところ君をこの世界に喚んだフォルトゥーナのものなんだ。その恩恵として、肉体が滅んでも魂さえ無事なら何度でも復活することができる。ただしそれはコンセンテス・ディーにとって『都合のいいマレビト』でいる間に限ったことで、そうでなくなった途端復活の恩恵は受けられなくなるし、《因果の指輪》も剥奪される。もちろん、それ以外のマレビトという身分に伴う権利や義務の全てもね」
「でもそれは、もし私があなたと契約して『マレビト』をやめても同じことなんじゃないの」
そうは言いつつ、青年魔族から契約を持ちかけられた時点で、それを結ぶまでが既定路線なのだろうと私は確信しつつあった。
これが真性の異常なら、こうも簡単に解決方法が提示されるはずがない。
「言っただろう? コンセンテス・ディーは『この世界の管理者』として世界の創造者に造られたってだけで、本質的には魔族と同じ存在なんだ。なら、その一柱にできることが魔族の僕にできない道理もない。君にとっては、単に契約相手がフォルトゥーナから僕に変わるだけさ。《因果の指輪》だって、それらしい偽物を用意するのは簡単だし」
「表向きは普通のマレビトを装えるってこと?」
「そう」
「死んでも生き返る?」
「むしろ、正しく『生き返る』ことができるようになるよ。マレビトは普通、肉体がある程度損傷すると魂だけがフォルトゥーナの聖域に送り返されて、新しく構築された肉体で復活することになるけど。君一人と契約する僕には効率なんて関係ないんだから、何百人何千人というマレビトに等しく恩恵を与えるフォルトゥーナと比べて扱いが手厚くなるのは当然だよね?」
神を裏切って魔族と手を結ぼうというのに、小さすぎるくらいの不利益も、私の確信を後押しするのに一役買った。
「……私と契約して、あなたにはどういうメリットがあるの?」
「僕はコンセンテス・ディーの膝下から貴重なマレビトを掠め取れて気分がいいし、君という契約者を得て物質世界面へ干渉する楽しみもできる。はっきり言って、精神世界面は退屈なんだ。でなきゃわざわざ、コンセンテス・ディーが用意した魔術円の召喚になんて応じないよ」
「つまりあなたは自分の『退屈しのぎ』のために、私に道を踏み外せって言ってるわけ」
「まぁ、そうとも言えるね。別に、気が進まないなら断ってくれてもいいけど……そうすると君、餓えで死ねるまでここに閉じ込められることになるよ? 一人っきりで」
なにそれきいてない。
いや、薄々そんな気はしていたけれども。
「餓死一択なの? 自殺は?」
神を裏切る契約に際して、あまりにあんまりな不利益が出てきたら死に戻ろうと考えていた。ゲーマーとしては至極真当な私の思惑を嘲笑うかのよう、青年魔族はうっそりと笑みを深めて見せる。
「多分、右も左も分からないマレビトを守るためなんだろうけど、この辺り一帯はフォルトゥーナの聖域扱いで暴力的な行為が一切禁じられてる。他人に対してはもちろん、自分自身に対してもね」
過保護すぎる。
それともあれか、これは『このルートに入ったら必ず魔族と契約するように』という製作者側からの無言の圧力なのか。
それにしたって、仮想空間で餓死とは。現実味と比例して悲惨度の増す、今時のゲーマーが恐れる死因ナンバーワンをこの段階でぽんと放り込んでくるなんて、展開がいきなりハード過ぎる。
「それって……私に選択の余地、ある?」
私の問いかけに、青年魔族はにっこり笑って答えなかった。
「わかった。――あなたと契約する」
そんな死に方まっぴら御免な餓死云々については、ひとまずおいておくとして。
改めて冷静に考えるまでもなく、精神体の召喚にそれなりの魔族が応じた時点で、『召喚された高位魔族との契約』までが既定路線だろう。
だから、大丈夫。最悪でも餓死ほど酷いことにはならない。
そういう打算半分、あとは純粋に目の前で笑う青年魔族の容姿が好みだから手元においておきたいという、真当な欲望と興味が半々。
そんな私の意思表示に、まずは右手中指にはまっていた《因果の指輪》が反応した。
「ほらね」
粉々に砕け散った《指輪》の残骸が床に落ちると、足下で淡く輝き続けていた魔術円も暗闇に沈む。
石棺のあった石室やその前の廊下には壁を這う帯状の光源があったのだが、この『儀式場』にはそれがない。故に訪れた真性の闇は、次の瞬間したり顔の魔族によって退けられた。
「これがコンセンテス・ディーのやり方さ」
どうやら、私にとって完全に必要のなくなった『フォルトゥーナの魔力の塊』に火をつけたらしい。
青白く燃える親指大の塊を手の平に浮かべながら、青年魔族は私の手を取る。
魔族を召喚し、拘束するためのものだという魔術円が消えてなくなった以上、今もまだ足下に存在しているかどうかすらわからない境界線に意味などあろうはずもなかった。
「あなたも似たようなものだと思うけど」
「違いはそのうちわかってくれればいいよ。――君、名前は?」
「カガミ」
「僕はマルドゥクだよ」
青年魔族改めマルドゥクが拾い上げた私の手にフォルトゥーナの魔力の塊を近付けると、青白く燃える炎の底から零れ落ちたその一欠片が、元々《因果の指輪》がはまっていた中指に触れて丸く固まる。
固まった魔力の中心に炎の一部が吸い込まれるようはまりこんで完成したのは、光って喋る球体に貰ったものとは配色の異なる《因果の指輪》だ。
正規品は銀赤で、これは黒青。この世界の事情に疎いマレビトならまだしも、この世界の人間の目までも欺けるかは疑わしくてならない代用品だ。
「大丈夫なの、これ」
「《因果の指輪》は元々、この世界で身分証として使われてる《因果の蛇》っていう腕輪を指輪にしたものだからね。形さえそれらしくてちゃんと使えれば、この世界の人間に疑われることはないよ」
「もちろん、ちゃんと使えるのよね?」
「性能は《因果の蛇》――つまり、神造妖精が宿っていない《因果の指輪》――と同等だよ。ただし、フォルトゥーナの神殿で因果歴を参照すると君が神から魔族に乗り換えてることが神殿関係者に露見するから、それだけは気をつけてね」
「因果歴?」
「アカシックレコードに記録された個人情報のうち、過去から現在にかけてのものをこの世界ではそう呼ぶんだよ。君たちマレビトには『ステータス』って言った方がわかりやすいかな?
この世界では普通、因果歴を確認するにはフォルトゥーナの神官を頼るしかないんだ。マレビトだけが例外的に、《因果の指輪》に宿る神造妖精を介して好きなときに因果歴を確認することができる。だからそもそも、マレビトを騙るならフォルトゥーナの神殿には用がないんだけどね」
「それって……支援妖精がいない私はどうなるの?」
「君は特別。――ちゃんと契約をすませたら、僕が見せてあげられるようになるよ」
そういえば、マルドゥクとの契約は私がただ『する』と宣言しただけで、それらしい儀式はまだ何一つとしてすませていない。《因果の指輪》の模造品を与えられはしたが、マルドゥクとの契約が完了していない今の段階で、これはおそらく何の意味も持たない装飾品だろう。
つまり、《因果の指輪》が砕けマルドゥクを閉じ込めていた魔術円が効力を失った時点で、私がマレビトとして召喚者である神々を裏切ったという確かな『証拠』はなかったわけだ。
にもかかわらず、あっさりと切り捨てられた事実は一応、心の片隅へ留めておくことにしよう。
「できればしばらく、じっとしててね」
そのおかげで、見た目だけは百二十点満点の美形からねっとり口付けられるような僥倖に恵まれたと思えば、それほど根に持つようなことでもないのかもしれないが。
(神を裏切ってみるはなし)
ようやく名前だせたー
そして突然の粘膜接触(`・д・´)
カガミはバイセクシャルだけど浮気はしない主義なのでこの連載では相手固定です