いきなり面倒臭いはなし
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「あなたは『姫更』」
「キミは『プル』」
「お前は『朧』」
めいめい、光って喋る球体にもらったマレビトの『証』である指輪に対して『名付け』を行う。
すると、それぞれの目の前に見慣れた表示領域が展開した。
[マレビトによる一次接続を確認]
[《因果の指輪》の固有化を開始します]
[《因果の指輪》の固有化に成功しました]
[支援妖精『姫更』の創造シーケンスを開始します]
[フェーズ01]
[支援妖精『姫更』の創造に必要な精神体の召喚]
[精神体の召喚条件が満たされていません]
[精神体の召喚条件を満たすため、所定の『儀式場』へ移動してください]
表示領域上に次々現れる文字情報を目で追っていき、とりあえずの最後まで読み終わったところで顔を上げる。
「『支援妖精の創造シーケンス』で『精神体の召喚』と『移動』を求められた?」
「うん」
「はい」
パーティを組んでいれば、他人であっても『そのプレイヤーの手元に表示領域があるか、ないか』くらいはわかるようになるのだが、さすがに表示された内容までは開示されない。なので、こういうちょっとしたことでも情報のすり合わせが必要になってくる。
三人が三人、同じ行動を求められたことがわかったところで、これみよがし表示領域内で明滅する『儀式場』に触れた。
そこから新たに展開した表示領域には二十の石棺が並ぶ石室、そこからまっすぐ階段へと伸びる一本の廊下、廊下の左右に並ぶ六つの部屋と、石室から六つの部屋全てに対して伸びる六本の矢印がわかりやすく抽象的に描かれている。
「どれかに入れってことかな」
「そのようです」
おそらく、この部屋以外の六部屋全てが『支援妖精の創造』に必要な『精神体を召喚』するための『儀式場』なのだろう。複数用意されているのは極端な混雑を避けるためか。
「どっこいしょ」
移動の必要があるとわかってようやく立ち上がったシスと、そもそも立ったままでいた私とうたかた。
特に後ろ髪引かれることもなく三人揃って石棺のある部屋を出ると、そこには表示領域上の簡易マップに描かれたとおりの廊下があった。奥には階段。左右には『儀式場』への入り口が三つずつ、合計六つ。そのうちの幾つかは既に閉じていて、まさか先着順なんてことはないだろうな……と嫌な予感を覚えながら、まずは私とうたかたがそれぞれ開いている部屋へと入る。――途端、手を触れてもいない扉が背後でするりと閉じた。
どうやら『精神体の召喚』とやらは、マレビトが『儀式場』へ入ることを切欠として、全自動で開始進行されるらしい。
これみよがし、足下で発光をはじめる魔法陣。歩く邪魔にならないよう脇へ寄せていた表示領域を引き寄せると、そこには予想通り新たな文字情報が追加されていた。
[精神体の召喚条件が整いました]
[支援妖精『姫更』の創造に必要な精神体の召喚を開始します]
さっきまでいた石室と比べて、遥かに狭い。五メートル四方の小部屋には、床を覆い尽くす勢いで魔法陣が描かれている。
徐々に増していく魔法陣の輝きは、部屋の中の明るさが目を開けていられないレベルに達したところで瞬間的に収束した。
あとに残されたのは、仄かに発光する魔法陣と『一人の青年』。
[支援妖精『姫更』の創造に必要な精神体の召喚に成功しました]
『精神体』と言うくらいだから、てっきり幽霊の類が喚び出されるとばかり思っていたのに。魔法陣の上で中空に浮いている青年は、どう見ても生身の人間だ。向こう側の壁が透けて見えてもないし、ゆっくりと魔法陣の上へと下り立った爪先からは――かつん、と――しっかりとした足音まで聞こえてくる。
[フェーズ02]
[支援妖精『姫更』の創造に必要な物質体の構築]
[支援妖精『姫更』の創造に必要な物質体の構築を開始します]
これで本当に『成功』なのかと訝る私を余所に、《因果の指輪》というのが正式名称らしい、光って喋る球体にもらった『証』の指輪は淡々と『支援妖精の創造シーケンス』を続行した。
指輪の中心にはめこまれた赤い石から立ち昇る一抱えほどの燐光が、群れた蛍のようまとまって魔法陣の中心へと向かう。
「フォルトゥーナの気配がする」
燐光が向かう先に立つ青年は、何事か呟くと手の平を翳すことでいとも容易くその進行を阻んでみせた。
翳された手が無造作に握り込まれると、その先にいた燐光の全てがギュッと圧縮され、親指大の赤黒い塊として魔法陣の描かれた床に転がる。
(やっぱりこれはちがうんじゃ……)
支援妖精の創造に必要な精神体。――要するに私が『姫更』と名付け、これから創造されるはずだった支援妖精の『素材』として召喚されたはずの青年が明確に言葉を発したばかりか、何やら目に見えない『力』までもを行使したことで、『支援妖精の創造シーケンス』の進捗に対する疑惑はいや増すばかり。
というか、既に失敗してるんじゃないかな、これ。
多分、『精神体の召喚』あたりで。
「君、マレビト?」
どのみち役に立ちそうにない『支援妖精の創造シーケンス』の表示領域を投げ捨てて、魔法陣の中心に立つ青年へと向き直る。
「そう」
どうしたものかと、内心では盛大に困り果てながら。とりあえず答えられる質問には首肯して、マレビトであることの『証』として渡された《因果の指輪》を『これが証拠だ』とばかりひらつかせる。
それを見た青年は――つかつかと革靴の足音をさせながら――魔法陣の端までやってくると、なにやら興味深そうに私の手元を覗き込んだ。――ただし、あくまで足下に描かれた魔法陣の範囲内で。
「出られないの?」
「今はね」
ならばと私は《指輪》がよく見えるよう、青年が身を乗り出すことのできるぎりぎりのところまで手を近付けてやる。
「どうぞ」
「どうも」
青年が《因果の指輪》を観察している、僅かな時間で思案するのは事実上中断された『支援妖精の創造シーケンス』についてだ。
もしかしなくとも、それが終了しないとこの部屋の扉は開かないのではなかろうか。
「自分がどうしてここにいるか、わかってる?」
「わかってるよ。あと状況も、マレビトの君よりは理解できてるんじゃないかな」
「へぇ……?」
《指輪》の観察を切り上げて、やけに余裕ぶった笑顔で私を見下ろす。
伸び気味の黒髪から覗く瞳の鮮烈な色味が印象的な青年は、いつの間にかその手の平で――《指輪》から出てきた燐光の成れの果てである――赤黒い塊を弄んでいた。
「君は、この世界での案内役を創ろうとしていたんだろう? この魔術円は、適当な魔族を喚び出して拘束するためのものだ。
大方、喚び出した魔族を魂の代用品として、その《指輪》を介して送り込んだフォルトゥーナの魔力を元に力技で魂の器を構築するつもりだったんだろうけど……この魔術円には、喚び出す魔族の《位階》を指定する記述がない。そもそもまともな魔族がこの手の召喚に応じるような事態は想定してもいなかったんだろうね。だから、僕みたいな高位魔族がちょっとした気紛れで召喚に応じただけで、儀式そのものがあっけなく破綻する破目になった」
やっぱり破綻してるのか、これ。
薄々そんな気はしていたものの、他人から改めて告げられると湧き上がってくる憂鬱感もひとしおだ。
「っていうか、『魔族』…?」
「あれ、そこからわかってなかったの?」
ため息混じりに肩を落とし、魔法陣から出られないとはいえ、本当に目と鼻の先にいる青年――自称『高位魔族』――から顔ごと目を逸らす。
視線を落とした先には、幾分輝きを失ったように見える《因果の指輪》。
「じゃあ君、何を召喚したつもりだったのさ」
「召喚されるのは、『支援妖精の創造に必要な精神体』って話だったけど……」
「んー……」
ひとまず自称『高位魔族』な青年――略して青年魔族――の言葉を鵜呑みにするとして、さすがにここで『騙された!』と的外れな怒りを覚えられるほど間の抜けた性格をしてはいない。
ただ、私たちプレイヤーをマレビトとして召喚した何者かの説明不足と手抜かりがこの事態をもたらしていることは紛れもない事実だ。
「まぁ、間違ってはいないかな。僕たち魔族が肉体を持たない精神だけの存在であることは事実だし。君が言う『支援妖精』の創造に魂の代用品としての魔族が必要なのも、本当のことだから」
詳しい事情は事後――それこそ、この場で創造されることになっていた支援妖精から――説明する予定だったのだとしても。それならなおのこと、この手の横槍は可能性の段階で『ありえない』と断言できるレベルまで徹底的に排除しておくべきだろう。
その程度の手間を惜しむから、こういうことになる。
(あるいは、これはこれでこういう『ルート』なのか)
まぁそういう可能性もありえるだろうな……と、そこまで考えたところでいかにもゲーマー的なメタ思考は切り上げた。
どのみち、巻き込まれてしまったからには――ログアウトが前提となるプレイデータのリセットが行えない以上――この、真性の異常なのか正常な異常なのかよくわからないし検証のしようもないルート上で話を進めていくしかない。
「念のため訊いておくけど、大人しく『魂の代用品』になってくれるつもりはないのよね?」
「フォルトゥーナの魔力に縛られてコンセンテス・ディーの言いなりになるなんて、御免だね」
そう言って、青年魔族がいかにも忌々しげな目を向けるのは、その手に乗せられた赤黒い塊だ。
文脈から推測するに、《因果の指輪》から出てきた燐光が『フォルトゥーナの魔力』だとすれば、《指輪》を寄越したあの『光って喋る球体』が『フォルトゥーナ』――あるいは、《因果の指輪》同様の『フォルトゥーナの力が宿ったなにか』――ということになるのだが。
「『コンセンテス・ディー』って?」
「この世界の創造者が用意した『世界の管理者』をまとめてそう呼ぶんだよ。フォルトゥーナはそのうちの一柱で、契約と運命を司ってる。いわゆる『神』ってやつだけど、この世界では物質世界面に肉体を持つことなく生まれた精神体だけの存在を『魔族』と定義してるから、そういう意味ではコンセンテス・ディーも魔族の一種だね」
神が確かな権能を持って実在するということは、当然のようごまんといるだろうその信者たちの前でうっかり口を滑らせようものなら、問答無用で異端認定されそうなことをいとにこやかに告げてくる。どうやらコンセンテス・ディーとやらに対して思うところがあるらしい青年魔族は、その一柱であるフォルトゥーナの魔力の塊を握り、わざとらしく「そうだ」と手を打った。
「君、僕と契約してマレビトやめてみない?」
(いきなり面倒臭いはなし )
旧版と比べてやたら喋る高位魔族氏
そのうち黙らせたい