尻拭いをさせられるはなし
「あっ……」
からりと転がる《因果の指輪》を追いかけて、死んだ男の支援妖精が手を伸ばす。
「駄目だよ」
その手が追いつく前に、転がる《指輪》を拾い上げる者がいた。
表向き私の支援妖精ということになっている、自称『高位魔族』のマルドゥクだ。
「はい」
神造妖精の皮を被った魔族はいとにこやかに、拾った他人の《指輪》を私の手の平へと落とし込んでくる。
「(どういうつもり?)」
「(だって君、マレビト全体の利益のためにその男を殺したんだろう? なら、最後まで面倒を見ないとね)」
声に出さずとも会話ができる。『念話』と呼ばれる魔術は、マルドゥクと正式な契約を結んで初めて使えるようになったものだ。
つまり、ほんのついさっき。
その時は『また違法な機能きたよ』くらいにしか思わなかったのだが。現実世界での報道を知った今となっては、いい加減わかりきった事実から目を逸らし続けるべきではないのかもしれない。
今、目の前にあるこの世界こそが『私たちにとっての現実』なのだと。
「(余計なお世話よ)」
押しつけられた《指輪》を帯の隙間に押し込んで、抜身のまま持っていた刀を鞘へとしまうと。それを待っていたとばかり、私たちのことを遠巻きにしていた神官たちの中から、見覚えのある顔の女性が進み出てきた。
「マレビトさま」
今日の仕事は終わっていたはずなのに。十中八九、私が余計なことをしたせいでこの場に立つことを強いられている。
私と、隣に並んだマルドゥクに相対する神官ニキの表情は硬く、その意識は、私たち以上に私が持っている《因果の指輪》へと向けられていた。
「私は『錯乱したマレビト』があなたたちにとって『危険』だと判断して、少々手荒に落ち着かせたわけだけど……これって何か、問題ある?」
「私には判断しかねます。ですのでどうか、神官長の元までご同行いただけないでしょうか」
正直面倒臭い。
だが、神殿側にある程度の自治権が与えられていることを聞いてしまったあとなので、素気無く拒絶するというわけにもいかないだろう。
なので――
「うたかたが一緒でもいいのなら」
仕方なく。ここぞとばかり、頼れる頭脳――渉外担当という名の『後始末係』――うたかた様様の名前を出すと。神官ニキはその表情に、少々あからさまなほどの困惑を滲ませた。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
そのくせ、すぐには『駄目』と言わない。
うたかたは現場に居合わせておらず、この件については明らかに無関係であるにもかかわらず……だ。
やはり、神官ニキは頭の回転が早い部類なのだろう。そうでなければ、完璧なマニュアル人間に違いない。
「私、人見知りするから。初めて会う人とはうまく話せないの」
一瞬、完全に虚を突かれたといった様子で、呆けた顔を晒した神官ニキの立ち直りは早かった。
「では、致し方ありませんね」
まぁ、私がこれみよがし腰に刺した刀の柄頭に手を添えていたことも、それほど無関係ではなかっただろうが。
「うたかた様は今、どちらにおいででしょうか」
「――わたくしなら、ここにおりますよ」
死角である背後。
野次馬の中から姿を見せたうたかたを、神官ニキは丁寧に頭を下げながら迎えた。
「シスは?」
「部屋に戻りました。鍵をかけるよう念は押してまいりましたが……一人にしないよう言われておりましたのに。言いつけを破って、もうしわけありません」
「むしろこっちに来てくれて助かったから、それはいい。というか、別に四六時中見張ってるよう頼んだわけでもないし」
それとない、状況の説明を求めるうたかたの視線を受けて。私は立てた親指で自分の首を掻き切る仕草のあと、帯の隙間から取り出した《因果の指輪》を見せながら、未だ床に座り込んでいる支援妖精らしき少女を指差した。
とりあえず殺して、《指輪》は回収した。
相手の支援妖精は何故か大人しい。
「なるほど」
それで伝わったのだろう。
「では、まいりましょうか」
うたかたの一声で、既に減り始めていた野次馬の人垣がぞろりと崩れだす。
「あなたもおいで」
この場に置いていくのもどうかと思って。自分からは一向に動こうとしない、支援妖精の少女へ手を差し伸べてみると。相手は私が主人の仇であることをわかっていないはずもないだろうに、大人しく差し出された手を取り、促されるがまま素直に立ち上がってさえみせた。
射殺さんばかりに睨みつけてきたタユの支援妖精とは、明らかに違いすぎるくらいの反応だ。
支援妖精だからといって、無条件に『主人に仇なす存在』を『己の敵』として認識するわけでもないらしい。
それが今わかったところで、だからどうということもないのだが。
(尻拭いをさせられるはなし)




