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【AnotherWorld】  作者: まいかぜ
新世界にて
11/15

残酷な現実を知ってしまうはなし



 委細省略。

 結論から言うと、夕食の時間にはギリギリ間に合った。






「カガミさん、統合領域(ソーシャルネット)のニュースはご覧になりました?」


 食堂と、隣接する厨房はカウンターを兼ねた開口部で繋がっていて。宿坊(ここ)での食事は、厨房からカウンター越しに一人分の食事が乗せられたトレーをもらって適当な席につき、食べ終わったらまた厨房まで食器を下げに行く……という方式(システム)がとられているらしい。

 要するに、学食だ。

 時間を過ぎると食べ損ねる可能性があるというのは、盛りつけのばらつきや片付けの時間が関係しているのだろう。


「いや、全然。何かあった?」

「えぇ……」


 塩気の薄いスープに、パンと肉料理。

 お世辞にも豪勢とは言えないが、神官と同じメニューだと考えれば『まぁ、こんなものだろう』という程度の食事に手を付けながら。私はテキストメッセージの受信音を受けて、手首を叩く。

 メッセージの送り主はうたかた。内容は、URLが一つだけ。

 おそらく今、話題にのぼったニュース関係だろうとー―送られてきたURLのドメインが、大手新聞社のものであることを確認してからー―ハイパーリンクの先を覗き込む。

 そして――


「『VRギア使用者一斉死。テロ再発か』」


 まず目に飛び込んできた見出しが、それだ。


 新しく展開した表示領域内に表れた記事によると。どうやら今日の正午を皮切りに、『あるゲーム』へログインしたVRギア使用者の突然死が相次いでいるらしい。

 ご丁寧に『確認された死亡者の氏名』が一覧にまとめられていたので、ためしに検索をかけてみると。案の定、その中に私の本名もあった。


「うたかたの名前もあった?」

「はい」

「シスも?」

「うん」


 食堂に他のマレビト(プレイヤー)が見当たらないのは、もしかするとこの記事が理由だろうか。


「それは、ご愁傷様」


 ゲームの中で死んだら現実(リアル)でも死ぬ。

 そういう、いわゆる『デスゲーム』タイプのサイバーテロに巻き込まれたことは過去もあるが、流石に『ログインしただけで死ぬ』というのは初めての展開(パターン)だ。

 しかも、死んだはずの当人は今も普通にゲームをプレイしながら、自分が死んだというニュースをこうして目にしているという……これは、なかなかの異常事態なのではなかろううか。


「やはり、お気になさらないのですね」

「……二人には悪いと思うけど。私の場合、失くなって惜しいと思えるほどの体じゃなかったから」


 うたかたの言葉を受けて。改めて、どうやら現実世界(リアル)では死んでしまったらしい自分(わたし)の意識が宿る、単なるアバターでしかなかったはずの身体に目を落とす。

 スプーンを持った右手。

 パンを摘んだ左手。

 自分が思った通りに動く、歩くことも走ることも自由な身体。


 この世界で目覚めたばかりの頃、全身にまとわりついていた違和感は、いつの間にか気にならなくなっていた。


「それに――」






 ふと、意識に飛び込んできた喧騒が、私の言葉を途切れさせる。

 誰かの悲鳴と、断続的な怒声。

 声がした方へと顔を向け、耳を澄ますと。硝子の割れるような音と甲高い悲鳴が、それほど間をおかず立て続けに聞こえてきた。


「ニュース見たマレビト(プレイヤー)がとりあえずキレたに一票」

「ワタシも一票」

「では、わたくしも」


 全会一致か。


「マルドゥク、悪いけど食器片付けといて」


 試しに言ってみると物凄く嫌そうな顔をされたが、知らん顔して席を立つ。


「様子を見に行かれるのですか?」

「何日かはここにいないといけないらしいし? 一人が暴れたせいで『マレビト(プレイヤー)が』って一括りに悪感情持たれるのもまずいでしょ」

「らしくないねぇ」

「そうでもないわよ」


 半分はただの野次馬だ。

 小走りに食堂を出て、騒ぎの起きている方へ向かうと。そこではやはり、マレビト(プレイヤー)らしき男が一人で暴れていた。


 ふざけるな。

 こんなのおかしい。

 どうにかしろよ。

 俺はまだ死んでない。

 ここから出せ。


 NPCには到底理解されない主張を狂ったように叫びながら、手にした剣をやたら滅多に振り回している。室内でそんなことをしているものだから部屋の窓は割れ、家具も傷だらけ。近くに座り込んだ支援妖精(サポートフェアリー)らしき少女は怯えきった様子で頭を抱え、私より先に現場へ駆けつけていた神官たちは、どうすることもできずに事態を見守ることしかできていない。


「テンペスタ」


 ならばと私は、マルスの神殿で受けた忠告ごと斬り捨てる覚悟で刀を抜いた。


「死ぬのが強ければ、フルダイブなんてしなければよかったのに」


 それが、私の偽らざる本音。

 今日までに、人を死に至らしめるほど凄惨なサイバーテロは七度起きた。

 その結果、何万人もの人が死んでいる。なのにどうして『自分だけは大丈夫』だなんて、ふざけた思い込みを今日まで貫くことができたのだろう。

 いつ、テロに巻き込まれて死んでもおかしくない。

 それが、今時のゲーマーの現実(リアル)だ。


「少なくとも、あなたはこうなる可能性を知ることができていたんだから」


 振り回される剣を避け、回り込んだ背中側から掴み上げた首ごと壁へと押しつけて、手にした刀の切っ先を肋の隙間に差し入れる。

 その瞬間、びくりと震えた男の体は、あっけけないほど簡単に光の粒子となって霧散した。




 即死判定だ。






(残酷な現実を知ってしまうはなし)

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