残酷な現実を知ってしまうはなし
委細省略。
結論から言うと、夕食の時間にはギリギリ間に合った。
「カガミさん、統合領域のニュースはご覧になりました?」
食堂と、隣接する厨房はカウンターを兼ねた開口部で繋がっていて。宿坊での食事は、厨房からカウンター越しに一人分の食事が乗せられたトレーをもらって適当な席につき、食べ終わったらまた厨房まで食器を下げに行く……という方式がとられているらしい。
要するに、学食だ。
時間を過ぎると食べ損ねる可能性があるというのは、盛りつけのばらつきや片付けの時間が関係しているのだろう。
「いや、全然。何かあった?」
「えぇ……」
塩気の薄いスープに、パンと肉料理。
お世辞にも豪勢とは言えないが、神官と同じメニューだと考えれば『まぁ、こんなものだろう』という程度の食事に手を付けながら。私はテキストメッセージの受信音を受けて、手首を叩く。
メッセージの送り主はうたかた。内容は、URLが一つだけ。
おそらく今、話題にのぼったニュース関係だろうとー―送られてきたURLのドメインが、大手新聞社のものであることを確認してからー―ハイパーリンクの先を覗き込む。
そして――
「『VRギア使用者一斉死。テロ再発か』」
まず目に飛び込んできた見出しが、それだ。
新しく展開した表示領域内に表れた記事によると。どうやら今日の正午を皮切りに、『あるゲーム』へログインしたVRギア使用者の突然死が相次いでいるらしい。
ご丁寧に『確認された死亡者の氏名』が一覧にまとめられていたので、ためしに検索をかけてみると。案の定、その中に私の本名もあった。
「うたかたの名前もあった?」
「はい」
「シスも?」
「うん」
食堂に他のマレビトが見当たらないのは、もしかするとこの記事が理由だろうか。
「それは、ご愁傷様」
ゲームの中で死んだら現実でも死ぬ。
そういう、いわゆる『デスゲーム』タイプのサイバーテロに巻き込まれたことは過去もあるが、流石に『ログインしただけで死ぬ』というのは初めての展開だ。
しかも、死んだはずの当人は今も普通にゲームをプレイしながら、自分が死んだというニュースをこうして目にしているという……これは、なかなかの異常事態なのではなかろううか。
「やはり、お気になさらないのですね」
「……二人には悪いと思うけど。私の場合、失くなって惜しいと思えるほどの体じゃなかったから」
うたかたの言葉を受けて。改めて、どうやら現実世界では死んでしまったらしい自分の意識が宿る、単なるアバターでしかなかったはずの身体に目を落とす。
スプーンを持った右手。
パンを摘んだ左手。
自分が思った通りに動く、歩くことも走ることも自由な身体。
この世界で目覚めたばかりの頃、全身にまとわりついていた違和感は、いつの間にか気にならなくなっていた。
「それに――」
ふと、意識に飛び込んできた喧騒が、私の言葉を途切れさせる。
誰かの悲鳴と、断続的な怒声。
声がした方へと顔を向け、耳を澄ますと。硝子の割れるような音と甲高い悲鳴が、それほど間をおかず立て続けに聞こえてきた。
「ニュース見たマレビトがとりあえずキレたに一票」
「ワタシも一票」
「では、わたくしも」
全会一致か。
「マルドゥク、悪いけど食器片付けといて」
試しに言ってみると物凄く嫌そうな顔をされたが、知らん顔して席を立つ。
「様子を見に行かれるのですか?」
「何日かはここにいないといけないらしいし? 一人が暴れたせいで『マレビトが』って一括りに悪感情持たれるのもまずいでしょ」
「らしくないねぇ」
「そうでもないわよ」
半分はただの野次馬だ。
小走りに食堂を出て、騒ぎの起きている方へ向かうと。そこではやはり、マレビトらしき男が一人で暴れていた。
ふざけるな。
こんなのおかしい。
どうにかしろよ。
俺はまだ死んでない。
ここから出せ。
NPCには到底理解されない主張を狂ったように叫びながら、手にした剣をやたら滅多に振り回している。室内でそんなことをしているものだから部屋の窓は割れ、家具も傷だらけ。近くに座り込んだ支援妖精らしき少女は怯えきった様子で頭を抱え、私より先に現場へ駆けつけていた神官たちは、どうすることもできずに事態を見守ることしかできていない。
「テンペスタ」
ならばと私は、マルスの神殿で受けた忠告ごと斬り捨てる覚悟で刀を抜いた。
「死ぬのが強ければ、フルダイブなんてしなければよかったのに」
それが、私の偽らざる本音。
今日までに、人を死に至らしめるほど凄惨なサイバーテロは七度起きた。
その結果、何万人もの人が死んでいる。なのにどうして『自分だけは大丈夫』だなんて、ふざけた思い込みを今日まで貫くことができたのだろう。
いつ、テロに巻き込まれて死んでもおかしくない。
それが、今時のゲーマーの現実だ。
「少なくとも、あなたはこうなる可能性を知ることができていたんだから」
振り回される剣を避け、回り込んだ背中側から掴み上げた首ごと壁へと押しつけて、手にした刀の切っ先を肋の隙間に差し入れる。
その瞬間、びくりと震えた男の体は、あっけけないほど簡単に光の粒子となって霧散した。
即死判定だ。
(残酷な現実を知ってしまうはなし)




