一段落するはなし
これは既に、うたかたと神官ニキとの会話の中で判明していたことだが。《調和せし神々》と総称される、この世界の管理者は全部で十四柱いて、薔薇城の内部には一柱につき一つの神殿がそれぞれ独立して存在している。
その全てを、徒歩で回ろうというのだ。
結果として、【AnotherWorld】での記念すべき一日目が、ものの見事に薔薇城内の案内を兼ねた神殿巡りで潰れたことは言うまでもない。
今日一日の締めくくりとして連れて行かれた、『竈と処女と家庭生活の守護者』である女神ウェスタを祀る神殿。
そこで無事――もはやお馴染みのものとなりつつある――洗礼儀式を受け終えた私たちを、神官ニキは同じ区画内に建つ宿坊へと案内した。
うたかたが訊き出したところによると。ウェスタに仕える神官であるニキが案内役としてついた時点で、私たちが今夜ここに泊まることはひとまず決まっていたらしい。
「今日の案内はここまでとなります。皆様お疲れ様でした」
マレビトとその支援妖精の『二人につき一部屋』があてがわれること。明日以降は正午までに申し出ることで他の神殿へ滞在先を変えることができること。食事は日に三度、滞在する神殿の食堂で摂ることができるが時間に遅れすぎると食べ損ねる可能性があること……等々。
当面、必要になりそうな事柄についての説明は、既に道すがら為されていたので。簡単に締めの挨拶を済ませると、神官ニキは長居することもなくどこかへと立ち去っていった。
教えられた夕食の時間までは、まだ少し時間がある。
「うたかた」
「なんでしょう」
神殿巡りの途中で退屈に死んだきり、一向に蘇る様子のない似非虚弱をとりあえず、三人並びであてがわれた部屋の真ん中へと放り込んで。私はうたかたに、いつもどおりその面倒を頼む。
「あとは任せた」
「任されました」
そして。夕食の時間に間に合うよう、マルドゥクと共にさっさと隣の部屋へと引っ込んだ。
「――もしかして、今すぐに『本契約』をすませようとか思ってる?」
ベッドが二つ。机と椅子とクローゼットが一つずつ。あとは小さな窓が一つあるだけで、さほど広くもない宿坊の一室。
神官ニキの話を聞く限り、特に問題がなければ最低でも一週間は寝泊まりをすることになるだろう、部屋の中へと入るなり。扉が閉まりきるのも待たず、私が身に着けていた装備を外しはじめると。それまで真当な支援妖精らしく黙ってあとをついてきていたマルドゥクが、ようやく本性を見せる形で呆れ混じりの声をかけてくる。
「そうだけど。何か問題でも?」
「問題というか……」
たとえば。本契約にはそれなりの時間がかかるから夕食の時間に間に合わない……だとか。
たとえば。《調和せし神々》を祀る神殿の敷地内では本契約が結べない……だとか。
今すぐ事に及べない理由は幾つか思いついたが。マルドゥクはその全てを否定するよう緩く頭を振りながら、後手に閉めた扉へ、がちゃりと内鍵をかけた。
「羞恥心とかないの、君」
正直言って、そんなものはない。
なにしろ私が使っている身体は、そこそこ名の売れた作家が造形した一点物だ。人に見せて恥ずかしいところなんてあるはずがない。
だが、しょせんNPCでしかないマルドゥクにそんな事実を告げたところで、理解が得られることはないだろう。
時間がないので、あまり面倒なことはしたくないというのが私の本音。
だが、マルドゥクの協力がなければ契約が終えられないのも事実だ。
なので仕方なく、ワンタップで楽々キャストオフとはいかない面倒な着衣にかけていた手を止め――戦闘判定に関係する装備を外しきり、コルセットの上に巻いていた帯を解きかけた、いたって中途半端かつ無防備な格好で――未だ扉の前から動いていないマルドゥクへと向き直り、私は「お好きにどうぞ」とばかり両手を広げた。
「『面倒臭い』ってよく言われない?」
「君は『情緒がない』よね」
マルドゥクが『意外と繊細な性質なのかもしれない』と感じたのは、触れてくる手がやけに慎重で、まるで壊れ物を扱うようだったから。
「食べるのも、寝るのも、誰かとこういうことするのも、同じことでしょう?」
「情緒というか、理性がないのかな。君は」
相手の吐息を感じられるほど顔が近付いて、唇が触れる直前、またもや視界を塞がれる。
「何か意味あるの? これ」
キスの合間に尋ねても、マルドゥクは答えなかった。
(一段落するはなし)
日に日に短くなって心苦しいのですが、毎日更新しようと思うとやっぱりこれくらいが無理のない文量ということになります




