天才ハカセと捨て子猫
私は天才発明家だ。依頼主の話を一つ聞くだけで、期待どおりの機械を作ることができる。今ではあちこちから依頼を受けては機械を作り、それを売るということで生活費を稼いでいた。そんな私には嫌いなものがある。
それは……猫である。
今日は雨の中散歩に出かけた。変人だと笑う輩もいたが、私は傘を差しながら歩く細道が好きだった。雨の中特に行先も決めず、ただ景色を眺めながらぶらぶらと歩くだけだが、私の発明以外の大事な趣味だ。
ふと目をやると、道の先においてある段ボール箱から、ひょこりと顔を出す子猫がいた。パラパラと小雨が降る中、子猫はこちらをじっと見つめてくる。そのつぶらな瞳に、私のすさんだ心は一瞬で癒された。
「こんな雨の中かわいそうに……」
捨て猫だろうか、見た目からすると、子供が生まれたが世話ができず、ここへ運んだのだろう。
私は手に持った傘を差してやろうと思った。だがしかし、私は重度の猫アレルギーなのだ。猫に触れるどころか、近づくだけで涙と鼻水が止まらなくなる。この前野良猫に追いかけられたときには、涙と鼻水とひっかき傷でさんざんだった。
小雨が降る中、私は罪悪感を抱えながらも、くるりと背を向けて道を戻ろうとした。するとあの猫が私を引き留めるように、一度だけ鳴いたのだった。
「ミャーォ」
それは雨音にかき消されそうなくらい小さな、もう少しも力がでないというような衰弱しきった声だったが、しっかりと私には聞こえてきた。
私はもう一度まわれ右をして、涙と鼻水を我慢しながら家へ帰るのだった。
次の日。昨日の雨もやみ、あたりは多少水たまりが残っているものの快晴だった。一方私はというと大荒れで、隣にはティッシュの山、少し離れたところで毛布にくるまる子猫。涙を必死に抑えながら何とか出かける準備をした私は、そんな子猫に向かって話しかける。
「いいか、おとなしくしているんだぞ」
私はまじめに言ったつもりだったが、子猫はきょとんとした顔で首をかしげる。まぁ無理もない、人間の言葉など分からないのだから。
ため息を小さく付いてから、私は家にカギをかけて出かけた。
私の知り合いに同い年の医者がいる。私自身、発明は得意といえど人間の体を万能にすることはできない。風邪を引いた日にはいつも彼の薬をもらいに行くのだ。
「珍しい客だな!」
「今日は訳があってな。猫アレルギー用の薬をもらいに来た」
そういうと、彼はぷっと噴出してしまう。
「まさかお前、猫を飼いだしたんじゃないだろうな!? まぁ薬は出してやるけど、飽きて捨てるくらいならやめといたほうがいいぞ」
彼がガラス棚から錠剤を取り出して私に差し出す。
「全く、いつになったら甘い薬が出てくるのだろうか……」
「良薬は口に苦い程度がいいのさ」
「同意できんな」
私はそう言って代金を支払うと、にやにやと笑っている彼に一つ質問をした。
「……この辺でキャットフードを置いてある店は無いか?」
キャットフードと猫用のシャンプーを探すのに時間がかかり、あっという間に夕方になってしまった。私は急いで家へ戻り、玄関のカギを開ける。するとあたりは出かける前と一変して、研究資料や資材やら、おまけに食器やらがあたり一面に散らばっていた。
「まさか……!」
あわてて物音のするキッチンへ走ると、地震でも起こったかのように荒れた部屋の真ん中で、昨日拾ってきた子猫がちょこんと座っていた。
「にゃーぉ」
その無邪気な表情に悪気は見当たらなかったが、私は買い物袋をその場において、その首根っこをつかんで外へ放り出した。そして涙と鼻水をきれいに拭いて、玄関のごみから片づけに入る。
「にゃーぉ」
玄関をでてすぐのところからだろう。あの子猫が小さく鳴いた。私はそれを無視して、今度は廊下の片づけに入る。
「にゃーぉ」
子猫の声がかすかに聞こえる。だが私は黙々と掃除を済ませ、今度はリビングと研究室を掃除にかかる。
ふと気が付くと、子猫の鳴き声が聞こえなくなっていた。そっと玄関を開けてみると、疲れて寝てしまったのか、丸いふかふかの塊になっている。すやすやと寝息を立てるその姿に、私はまた心を奪われてしまう。
私は苦い薬を飲んでから、子猫を毛布にくるめてベッドの上へ連れて行くのだった。次は「どんな薬も甘くする発明」か「猫と話ができる機械」でも作ろうかと考えながら。