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灯台

作者: 長門 郁

ぴこん。


その軽快な音で俺は目を覚ました。普段は滅多に聞かない音だ。それもそのはず、この音はLINEの通知音だ。

友達?何それ美味しいの?状態であるこの俺にLINEが来るなんて、家族の誰かしかいない。

(今何時だよ……てか誰だ、お袋か?ったく俺の安眠邪魔しやがって……)

ケータイをみるとまだ4時前だった。俺の機嫌は悪くなる一方だ。

「なんだよ……2時間も寝てねーっつの」

するとまた、ぴこんと手の中のケータイが鳴く。

そうして久しぶりにLINEを開く。いつ振りだろう。記憶は確かではないが今月は半ばに差し掛かる中、これが今月初のLINEだ。

「ったく、一体誰だってんだよ……ん?」

表示された名前は、俺の知らないものだった。

(木下、由真……?誰だこいつ)

名前だけで女性だと判断できる。いつもの俺だったらさぞ喜んで踊り狂うだろう。だが、半分寝ぼけていることもあり、無理やり起こされたというこの状況下では決して喜ばしいことではなかった。

ケータイは間隔を開けつつも鳴き続けた。

無視する、という選択肢もあった。しかし忙しく動くケータイを無視してまた眠りに入るなんて芸当は不可能だし、ここ数年で数ミリ程度まで擦り減った良心が痛む。

「てかメガネないと読めねー……」

名前の下に最新の言葉が表示される。名前はボヤけながらも辛うじて読めるが、下の文字は小さすぎて解読できない。

俺は枕元のメガネを装着し、そしてその文字を捉えた。

『助けてください』

「ーーっ⁉︎」

背中に電撃が走る。

俺は確かにその時直感したんだ。

これは普通じゃない。普通じゃない何かが起ころうとしていると。


そして俺は、その当事者になった。


もう俺は、すっかり目が冴えてしまっていた。




LINEで綴られていた内容は、実に訳の分からないことだらけだった。

謎の女、木下真由によると、俺とは幼稚園の頃よく遊んだ中だったらしい。その後両親の離婚、苗字が変わってしまったと。

しかし以前の苗字を見ても、何も思い出せない。

(いや、難しいことは後にして、取り敢えず急ごう!)

俺は今、電車で2本先にある灯台を目指して走っている。勿論スウェットだ。持ち物はケータイのみ。

その木下真由は、自分を引き取った母親からの暴力に耐えられず、誤って母親を殺してしまったらしい。そして家から逃げ出して、幼少期に過ごしたこの街へ辿り着いたが、当然行く当てもなく、仕方なく俺へと助けを求めたらしい。

幼少期唯一の友達だった、この俺に。

(そんなこと、言われたら……行くしかねーじゃんかよっ!)

半ばヤケクソになりながら、俺は足を動かした。





「はぁ……はぁ……」

足がガクガク震えてる。当たり前だ、こんなに長く走ったのは久しぶりだ。中学生の頃は陸上部だったことを、この足はとうに忘れてしまったらしい。

呼吸も辛い。潮の匂いが嫌いになりそうだ。肺を空気が通るたびにヒューヒューと音が鳴る。

心臓の脈打つ振動が、頭に直接響くようで気持ちが悪い。

こんな状態だが、俺は辿り着いた。


「……良、くん?」


声がした。いかにもか弱そうな、か細い声が。今にも泣きそうな、そんな震えた声。しかし、それはどこか懐かしい声音だった。

灯台の入り口付近に座っている声の主は、俺を見上げながらまた呟いた。

「良くん……」

泣きじゃくったであろう赤い目を細めて、彼女は笑った。笑いながら、俺の名前を呼んだ。

「お、おう」

俺はこの短い返事の中で暫し葛藤した。

見覚えがない。幼少期とはいえ会えさえすれば思い出すと思っていた。一大事だと思って走ってきたが、これは人違いじゃないのか?こんな平凡な名前はどこにでもある。そもそもどうやって俺のLINEを知ったんだ?いやでも確かに幼稚園の頃は良くんと呼ばれていた。そして女の子に囲まれていた、まさに人生のモテ期だった。そう!目の前にいる彼女はとても可愛らしい。こんな女性と知り合ったチャンスなんて幼稚園の頃しかなかったんじゃないのか?というかこんなに可愛い彼女に人違いだと告げることは、俺にはできない!

「き、き、木下さん?」

よって俺は、そのまま彼女が助けを求めた良くんを演じることにした。

こくんと首を縦に振る。その仕草からして愛らしい。彼女が動くたびに、黒いツインテールが揺れる。

「ごめんね……こんな時間に。それに、いきなりだったよね。……本当にごめんなさい」

瞳には涙が溜まっている。これはまずいぞ非常に。

「だだ大丈夫!偶然起きてたし!ね!」

俺の言葉を聞いて彼女は上目遣いで、本当に?と確認を求める。

まん丸で大きな瞳に、程よく赤みがかかった頬、儚げな表情はどこか背徳的なものを感じる。そんな彼女に上目遣いなんて、それだけで俺はノックアウトだ。

俺と同い年ということは、22歳になる。それにしては幼さが垣間見える。しかし、体つきは立派な女性のものだった。

(俺の肩よりも小さいのに……胸、デカイな……)

パジャマにパーカーという格好だが、それでも体のラインが浮き出ている。

ごくり。

意に反して生唾を飲み込む。

(いかんいかん何考えてるんだ俺は!落ち着け落ち着くんだ良介!)

その時。一際強い風が俺たちを襲った。寒さがいっきに体を支配する。そして。

「ぶっ!」

何かが俺の顔面を叩いた。

「ああっ!ご、ごめんなさい!」

それは彼女の髪の毛だった。ツインテールの毛先が風に靡いて俺に攻撃したのだった。

(いい匂いがします……)

なんて言えない。

「いや、大丈夫。それより灯台の中に入ろう。ここじゃ寒すぎる」

彼女も自分の肩を摩りながら俺の提案に従った。




灯台の中に入ると、途端に外が明るくなった。

日の出の時間だった。視界がより鮮明になる。

すると彼女は何かを思い出したかのように駆け出した。目指すは上へと登る階段だ。

「ちょっと!木下さん⁉︎」

俺の呼び掛けには応じずに彼女はどんどん進んで行った。俺は棒に等しい足を引きずるようにしながら、彼女の後を追った。




「うわあ!綺麗!ねぇ、良くんも早く早く!」

頂上に着くまでには、俺の疲労感は限界を超えていた。しかし彼女が俺を呼ぶなら、行くしかあるまい。俺は最後の力を振り絞って彼女の横に立つ。手摺りがなかったら座り込んでしまいそうだ。

「うお……すげ、キレーだな……」

「でしょう?」

俺が思わす感嘆の声を漏らすと、彼女は得意げに笑った。

絶景だった。水平線の彼方から姿を見せた赤い球体は、まさに生命の要だ。それ程、神秘的な存在感を漂わせていた。俺たち諸共、山やこの灯台、そして反対側の民家など、生きとし生けるもの全てを赤い色で包んでいる。

「ここからの風景を、もう一度見たかったの。良くんと一緒に」

不意に、彼女が言った。

もうおどおどとした感情は感じられない。

隣の彼女に目をやる。

相変わらず艶のある髪の毛は風と共に踊り、整った顔の輪郭は赤い縁取りが成され艶やかだ。何を捉えているのか分からないその瞳は、ただ遠くの景色を映している。

そして俺は気付いた。彼女が身に纏っているパジャマには、血が付いていた。

恐らく、彼女の母親のものだろう。

思わず息を呑む。現実に引き戻された感じがした。一瞬消えた疲労感がどっと俺の全身に襲いかかる。

(忘れてた。この子は人殺しだ)

冷や汗が垂れた。

「ねぇ、良くん」

彼女が手摺りを乗り越える。そして俺の目の前に移動した。

「ちょちょっと!危ないって……」

「良くん」

俺の頬に彼女の手が触れる。


「一緒に死んで」


風が止んだ。いや違う。俺の耳が音を遮断したんだ。

ショックだったのか、俺の体は言うことを聞かない。喋ろうにも、口が動かない。

彼女はいたって無表情だ。感情が読み取れない。どれほど突拍子もないことを言ったのか自覚がないのか?それとも、もう普通の感覚が麻痺しているのか。

「ごめんね良くん。あたしね、良くんのこと、ずっと前から好きだったの」


「いつも皆の中心で、慕われてて、かっこよくて……ひとりぼっちのあたしの友達になってくれた」


「ここの灯台、遠足で来たよね。あの時、ここからの日の出の景色がすっごく綺麗だって、良くんが教えてくれたんだよ?」


彼女はとても饒舌だ。その間、俺はただ突っ立って彼女の言葉を拾っていた。


話が尽きたところで、彼女は大きなため息を吐いた。

「もっと早くに、良くんに会いに来ればよかった」

拗ねたように顔を赤らめ、そして、

「えいっ」

俺の唇にキスをした。


死のうと思った。彼女のために。

世間は俺をさぞ馬鹿な男だと思うだろうな。ああそうさ。俺は馬鹿な男なんだよ。知らない殺人少女のために走って走ってあげくキスされたくらいで惚れちまうなんてな!終いには惚れた女と共に飛び降り自殺。滑稽だ。笑いたきゃ笑えよ。

笑われてもいい。馬鹿にされてもいい。

ただ、後がなくなった彼女の最後の願いを、俺だけが叶えられるなら、本望だと思えた。


「本当にいいの?良くん」

「ああ。ここでこの手を話して逃げる程、腐ってないよ」

「……良かった」


彼女が、笑った。それだけで、俺の心臓が暴れる。

俺も、熱い頬を持ち上げて、笑った。


そして俺たちは、2人で落ちていった。





「っは!」

頭が痛い。強打したのか。思わず手で様子をまさぐる。

「あれ?生きてる」

勿論血なんか出ていないし、そもそも灯台でもなかった。俺の部屋だった。

つまり、

「夢かよっ!」

俺はいつの間にか手にしていたケータイを投げた。

恥ずかしすぎる。なんて夢を見たんだ。とても22歳の見る夢じゃない。

「……風呂でも入ろう」

いたたまれない気持ちを払拭するためにも、俺はベッドから這い出た。

(はぁ……気分最悪だ……)

ため息しかでない。

「結局、そんな漫画みたいなことは起きねーってことだよな……」

自分への嘲笑をかねて、俺は引きつった笑みを浮かべた。

そして部屋を出ようとした、その時。



ぴこん。



壁に激突したケータイが、LINEの通知音を奏でた。



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